ブログ引っ越しました

  • 2014/11/13(木) 00:02:55

このブログのブロバイダーであるDTIブログが、
12月17日
にブログサービスを終了することになり、
急慮、他のブロバイダーにお引越ししました。

お引越し先(新URL)
⇒ http://rwn3shinsen.seesaa.net/

 ※この引越しを機に、ブログ名を
  「新選組のチョッと話 〜多摩人漫遊記〜」に変更しました。

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紅葉まつり ’13

  • 2013/11/21(木) 00:40:53


高尾山では11月30日まで、

恒例の紅葉まつりをやってます。

もちろんルンちゃんも行ってきましたよ。





11月入ってすぐに行ったので、

「紅葉はこれから」という感じでしたが、

お祭りの方は盛況で、すごい人だかりでした。





いつもの通り薬王院で「健康登山」の御朱印いただき、

境内の紅葉をゆっくりと見学します。

その後はケーブルカー乗り場近く、

十一丁目茶屋の前にある広場まで下りました。





ここでは、春と秋のお祭りの期間、

土・日曜日と祝日に升酒販売をしています。

いつもは素通りなんですけど、今回は初体験で

お酒をいただいてみましたよ^^





升酒販売の季節は、いつも友人達と来ていて、

彼女らの送迎があるので

お酒を飲むことはできません。(私は運転手^^)

でも今回は単独行動でしたので、

思い切って立ち寄ってみたんですよね。






今回の升酒の銘柄は「氏照」

八王子城主だった「北条氏照」にちなんだ名前で、

福生にある石川酒造のお酒です。

石川酒造のお酒では「多摩自慢」が超有名ですけどね




高尾山の升酒
高尾山の升酒 posted by (C)ルンちゃん
昼食がまだたっだので、
いろいろ買ってしまった^^;




お酒だけでは物足りないので、

わざわざ下山途中で田楽も仕入れみました。

これでしっかり味わえますね。





晴天の下、

清々しい山の空気を吸いながら味わう

田楽とお酒はとても美味しいものでした。





また途中から、同席されたご夫婦と

高尾山談義に花まで咲せて、

楽しいひと時を過ごさせていただき、

またひとつ、高尾山の楽しい思い出が増えたのでした。


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大久保長安の史跡めぐり その2

  • 2013/11/18(月) 23:35:49


前回の続き、

八王子にある大久保長安の史跡めぐりです。




5.宗格院


JR西八王子駅近くにある「宗格院」も、

「八王子七福神」のひとつなので、

私が毎年訪れている場所です。




こちらには、近くの川、浅川の氾濫を防ぐ為に作られた

「石見土手」の一部が、僅かながら残されています。

ちなみに「石見土手」の名は、長安が島根の銀山奉行だった

「石見(いわみ)銀山奉行」の名が由来しています。



宗格院
宗格院 posted by (C)ルンちゃん
お正月は七福神めぐりで、すごく混んでいます。
でも今日は静か〜^^




6.極楽寺


こちらには、長安の指揮に従って

八王子のまちづくりに貢献した、

長田作左衛門の供養塔があります。




また、松姫の姪にあたる玉田院や

八王子千人同心組頭で、

「桑都日記(八王子ではなにかと有名」の著者である

塩野適斎の墓もあります。

極楽寺
極楽寺 posted by (C)ルンちゃん
山門をくぐると、すごく奥行きがある。
本堂が遠いですね。




こちらも国道16号沿いなので、

車ではよく通る場所ですが、

門の中に入るのは初めてでした。

意外に広くてビックリですね。






7.八幡八雲神社


こちらは直接、長安に関係ないのかもしれませんが、

今回のスタンプラリーの立ち寄りの場所だったので、

立ち寄りました。






「なんか、名前を聞いたことがあるな〜」

と思いながら行ってみたら、なんと

時々立ち寄る飲食店の近くの神社でしたよ。



八幡八雲神社
八幡八雲神社 posted by (C)ルンちゃん




こちらは八王子の東の鎮守様ですよ^^

ちなみに西の鎮守様が、

新選組(甲陽鎮撫隊)隊士たちが集合した

「多賀神社」です。






8.市守神社

天正18(1590)年の八王子城の落城後、

長安が八王子宿を整備するにあたって創建した

神社がこちらです。

この神社も八王子市民には馴染みのある場所で、

毎年の酉の市がこちらで開催されるのです。




市守神社
市守神社 posted by (C)ルンちゃん
お酉様の時は、すぐに入れないくらい
賑わいますよ〜^^




私が行ったときにも、

酉の市の準備を行っていましたよ。

大きな熊手が飾られる前に見るのは

初めてでした。





この大きな熊手は、

どんな人が買っていくのでしょうね〜^^


市守神社の正面
市守神社の正面 posted by (C)ルンちゃん
お酉様には人が沢山いて、なかなか見られなかったけど、
こんな感じだったんだ〜。





史跡めぐりの開始時間が遅かったので、

最初から最後まで、急ぎ足の史跡巡りでしたが、

スタンプラリーは、全部制覇できましたよ〜。

全部で12個。






ちなみに記念品は、各エリア2つ以上、

合計8つ以上ゲットできればもらえます。

そして貰ったのは、長安のイラストのついた根付でした。





今回、長安の史跡を巡ってみて、

いつも私が生活しているエリアの

至る所に長安の足跡があって驚いています。

意外と身近な人だったのですよね。






たぶんこれからも意外なところで、

長安の名前を見ることもあるのでしょう。

その時は、私の記憶の中に

1つずつ留めて(加えて)みるつもりです^^



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長安ゆかりの史跡めぐり その1

  • 2013/11/09(土) 23:58:45


八王子にある大久保長安の史跡の一覧を、

偶然にも入手したので、先日思い切って

史跡を訪ねることにしました。







しかも「大久保長安 スタンプラリー」というのも

開催していたので、ついでに記念品もいただくつもりで

各史跡を見てまわりましたよ。

少し記事が長いので、2回にわけてお伝えしますね。







最初に訪れたのは、JR八王子駅南口から徒歩2分の

「興林寺」です。


1.興林寺


創建は天文12(1543)年と伝えられるお寺です。

駅から近いお寺で、私もよく通った場所ですが、

ここが長安ゆかりの寺だということは、知りませんでした。


興林寺
興林寺 posted by (C)ルンちゃん
この左方向に燈籠があります



こちらにはゆかりの燈籠(とうろう)があります。

長安が佐渡金山奉行を勤めていた頃に、

上杉謙信が愛用していた燈籠を手に入れたそうで、

それがこの燈籠だったようです。






長安が八王子に来た際に、

この興林寺に寄付したと伝えられています。

長安が次々に出世したことから、当時は

「出世燈籠」と呼ばれていたそうです。






でも不正疑惑により、長安の死後

大久保家がお家断絶となったことで、

お上にはばかって燈籠も竹やぶに隠され、

いつしかそのまま忘れさられてしまいました。






江戸時代末期の頃、

宿場の甲州屋伝衛門という商人が

この燈籠を見つけた際に擦ったところ、

急に運が開けたそうで、それからは

「開運燈籠」と呼ばれるようになりました。






そんなわけなので、私もその運を授かろうと、

燈籠を探してみましたよ。でも、それらしい物がない。

おかしいなぁ〜。






もう一度地図を見ながら、

「行き過ぎたかな?」と思って引き返そうとしたら、

お寺の方が家から出てこられました。そして

「燈籠ですよね」との言葉に返事をしたら、

お目当ての燈籠まで案内して下さいましたよ。

(ありがとうございました^^)




はい、こちらが燈籠です。

開運の燈籠
開運の燈籠 posted by (C)ルンちゃん
本体全部じゃなくて、一部らしい――



見た感じがあまり燈籠らしくなく、

看板もありませんでしたので、

これは姿を知らないと見逃しますね。

お寺の方がいらして、本当によかったです。





写真を撮った後は、もちろん

しっかりお擦りさせてもらってから、

お寺を退出しました。

そして次の場所へと進みます。






2.浅間神社


こちらは八王子市民の憩いの場であり、

春にはお花見、夏には花火大会のある富士森公園です。

このひとすみにあるのが浅間神社です。





ここもよく私が訪れる場所なんですよね〜。

でも神社にまではなかなか立ち寄れなくて、

じつは今回が初めてでした。

神社は森の中に、ひっそりと佇んでいます。




八王子の浅間神社
八王子の浅間神社 posted by (C)ルンちゃん
この裏手に富士塚がありますよ




ここには都内最古の富士塚があります。

富士塚は「富士講」に利用されるものです。





その昔、富士山の霊験を授かるため、

庶民は「富士詣で」というものを行いました。

でも高齢者や子供は、体力的に

富士山まで行くことは無理だったので、

その人々のために各所に富士山を真似た

「富士塚」というものができました。

ここに登ることで、富士山のご利益をいただくのです。





「富士講」は江戸時代半ば頃が一番盛況だったそうですよ。

でもこちらの塚は、それよりももっと古いのだそうです。

ちなみにこの地名「富士森」は、「富士塚のある森」

という意味でつけられたらしいです。





なるほど〜。前から

なんで「フジモリ」っていうのかと思っていましたが、

納得しましたね。






って、こうしてお話していますが、これらの話

実は、ある方々の受け売りなんですよね^^

ちょうどこの浅間神社を訪れたときに、現地にいらしていた

「大久保長安の会」の方から聞いた話です。






「大久保長安の会」とは、以前こちらでも紹介した

国道16号線沿いにある看板を設置した団体です。

長安没後400年にあたる今年、

いろいろな行事を企画して、

長安の功績を広めているそうです。






この日も長安のことを知って貰うために、

ゆかりの地各所にメンバーが待機し、訪れる人々に

史跡解説をしているとのことでした。

長安に関しての詳しいお話が聞けて、

とても勉強になりました。ありがとうございます。





「富士森公園」から5分ほどの場所には

八王子市郷土資料館があります。

ちょうどこちらでは、前回ご紹介した

大久保長安の特別展示を開催中です。





3.信松院


こちらは「八王子七福神」のひとつでもあるお寺です。

武田信玄の娘・松姫を開基とするお寺ですよ。

武田家が滅び、武田家ゆかりの姫たちを伴い、

八王子に落ち延びてきた松姫は、

この地で長安に守られ暮らします。




松姫ゆかりの信松院
松姫ゆかりの信松院 posted by (C)ルンちゃん
門前には松姫様の像が…



以前来たときに、松姫様の墓前にお参りしましたが、

今日はそちらへは参らず、お堂にてお参りして

退出します。










4.産千代稲荷神社


産千代稲荷神社は、「うぶちよいなりじんじゃ」

と読みます。じつは私も最初は読めなかった〜^^;

昔、この辺りに長安の陣屋があったそうです。

敷地は、かなり広かったみたいですね。





その陣屋内に鬼門除けの守護神として、

神社が建てられたのが、この稲荷神社ですよ。

今は、この神社に「大久保長安陣屋跡の碑」が

建てられています。





ここで今年の春、大久保長安の法要が行われたそうですよ。

こちらにも「大久保長安の会」の方が待機していて、

説明をしてくださいました。

神社内には長安が使用した井戸も残されていて、

この井戸がまた色々な意味で、貴重な資料らしいです。



続く…




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16人目線

  • 2013/11/04(月) 22:11:51


2004年5月に刊行された本で、

すごく気になっていた小説があるので

読んでみましたよ




新選組幕末の青嵐 [ 木内昇 ] 集英社文庫





もちろん新選組の話なんですけど、

一般的な小説とは

チョッと違った書かれ方をしていましたね。





それは「登場人物の目線で描かれる」というものです。

しかも目線は一人だけではなく、16人のメンバーが

かわるがわる話の主役になりながら、

新選組のストーリーが展開されていくんですよね。





例えば、最初の「暗闇」は

土方歳三の目線で描かれていますよ。





なにもすることがなく、しかたなくやっている薬の行商。

その行商箱に剣術の防具をつけて、

自分の行くべき方向を見つけられず彷徨う、

歳三のぼやきを感じることができます。





また「試衛館」では、一風変わった沖田総司が、

実際にどんなことを感じているのかがわかりますし、

「浪士組」では、近藤勇がどういうつもりで

浪士隊に加わろうとしているのかを、

察することができます。





話の都度、主役が変わるので、最初は

「読みにくいかな?」と思いましたが、

そのうち気にならなくなりました。





それよりも読み進めていくうちに、

感情が表には出にくい永倉新八の胸の内や、

己さえ気付かなかった斎藤一の

「本当の気持」が感じられ、

どんどん話に惹かれていったのです。





特に、「局中法度」「覚悟」では、

井上源三郎目線で見た土方歳三が描かれていて、

それが、とてもいいのですよね〜




多摩の人々に接する歳三と、新選組局内での歳三と、

その二つを見ている源三郎しかわからない、

歳三の動かざる真の部分が見えるのです。





よく小説では、歳三は「死に場所を求めている」

ように描かれることが多いのですが、ここでは

「自分の信念のままに生き抜く」歳三が描かれます。





その信念があるから、新選組局内で

どんな事件があってもブレないし、

「武士として潔く死ぬ」ことより、

「信念を貫くために生きる」ことを選ぶのです。





もしその行動の途中で死ぬことがあるなら、

それは覚悟の上でのことなのでしかたない

と歳三は考えます。






また非情な彼の中には、

信じる者への絶対なる信頼があって、

彼の情の深さも感じることができます。

それらに、歳三の凄さの中に温かさまでもが感じられて、

歳三ファンには嬉しい作品になっていますよ




もうひとつ印象に残るのは、

沖田総司の最期でしょうか。





今までの小説では、

孤独に死んでいく総司の最期は

悲しくて寂しい描かれ方をしています。

でもこの小説では「自分の極める剣の道に

また一歩近づいた」という描かれ方なんですよ。





総司は1つの剣の道を極め、

「次の場所」へと進んでいくのです。

ですから捉え方によっては、寂しいというより

温かい気持にもなれるのですよね





話の展開は史実の通り、

試衛館メンバーはバラバラになっていきますが、

どこか心情的には、再び1つなっていくようにも感じられて、

他の物語とは違って、チョッと心温まる小説でした。





一人目線だったら語り尽くせない

それぞれの登場人物の胸のうちを、

複数目線で描くことにより感じることができるのが、

この小説の特徴ですよ〜。

ですからある意味、欲張りな物語といえますね。




どうぞ興味があったら、読んでみてくださいね。




あっ、ちなみに著者の木内 昇氏。

男性だと思ったら、女性でした

どおりで、心情描写が細やか過ぎるほど細やかだな〜

と感じました。

どうぞその辺りも、読んで確かめてみて下さいね。


新選組幕末の青嵐 [ 木内昇 ]/集英社文庫
けっこう分厚い文庫本でしたが、
一気に読めちゃいました^^


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「大久保長安と八王子」展

  • 2013/10/29(火) 00:25:22

チョッと前に、「大久保長安に関する

いろいろな企画が八王子で立てられているようだ」

というような話をさせていただきました。





もちろん長安は、活躍した時期も

新選組とは全く異なりますし、

直接関係もありません。





でも江戸時代の初期、

江戸幕府に深く関わっっていた人ですし、

八王子千人同心にも関係していました。





そして何より、八王子の町作りに尽力した方なので、

どのように関わっていたのか、とても興味がありました。

そんな理由から、長安のことが知りたくて

行ってみましたよ




平成25年度大久保長安没後四百年記念事業

「大久保長安と八王子」展

平成25年10月22日(火)〜
              11月24日(日)

           By八王子郷土資料館




大久保長安と八王子
大久保長安と八王子 posted by (C)ルンちゃん



特別展を行っているのは、

JR八王子駅南口から徒歩15分の

八王子郷土資料館です。

ルンちゃんも何かと利用させていただいている場所ですよ。

(高尾山とか新選組とか、他にもいろいろ^^)





展示は1階の特別展示室。

いつも特別展示はこちらで行っています。





今回の展示では、

八王子市内にある発給文書の他、佐渡や下田などの

長安ゆかりの地に伝えられた資料の展示も

ありました。





一番馴染みのあるのは「大久保長安像」ですね。

こちらは手のひらに乗りそうなコンパクトな坐像ですが、

何かと写真に載るので、親しみを感じます。





でもいつもは正面しか見られないので、

今回はじっくり裏面(後頭部)も見させて貰いました。

ところどころ表面が剥がれていますが、

古いものなので仕方がないのでしょうね。





今回の展示はもちろん、

大久保長安に因んだ物ですけど、

「へェ〜」とか言葉が出そうな物もありましたよ。





例えば「武蔵御嶽神社釣鐘」

青梅市にある御岳山は私も時々訪れる場所です。

(今年はふもとまで行った^^)





修験場として利用された場所で、

関東の幕府や武士からの沢山の武具が奉納されています。

じつは慶長10(1605)年に、

大久保長安が普請奉行となって、

本社を建立しているのです。





また「大久保長安制札」というのもあって、

これは高尾山の木を許可なく伐採する者を

捕らえるようにとの書状です。





これらはルンちゃんにとっては

とても身近な場所であり、

それらひとつひとつに長安が関わっていたことが、

驚きなんですよね。

(えっ?これもそうなの?っていう感じ)





長安ゆかりの展示品は、

そんなに多くはありませんでしたが、

新たな発見ができたので、よかったです




ちなみに長安関連のイベントは他にもあり、

そちらも体験してきたんですよね〜。

それは次回にお話ししますね〜


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天然理心流つながりで…

  • 2013/10/26(土) 00:13:52



久しぶりですが、今回は

今までにいただいた御朱印のご紹介です。





前回は「新選組の幹部つながり」でご紹介しましたが、

今回は「天然理心流つながり」ですよ




まずはこちら

桂福寺
桂福寺 posted by (C)ルンちゃん


桂福寺は、天然理心流初代の近藤内蔵助先生と

二代目の三助先生のお墓があります。





とても静かな場所で、

いつ行っても人がほどんどいなくて、

けっこう好きな場所なんですよね。





三助先生ゆかりの場所は、東京都町田市にもあります。

清水寺(せいすいじ)というお寺ですが、

こちらも春には桜の花びらが階段を覆い

とても風情がある所です。

清水寺
清水寺 posted by (C)ルンちゃん




御朱印をいただいた日は真夏の暑い盛りで、

住職様に御朱印を書いていただいている間、

じっと暑さに耐えていた記憶があります。




そしてこちらは善龍寺。

善龍寺
善龍寺 posted by (C)ルンちゃん



八王子千人同心にも縁の深い、

天然理心流の増田蔵六先生のお墓と顕彰碑があるお寺です。

(理心流の奉納額もありますよ^^)





また、八王子七福神の中でも有名な「走り大黒」

と呼ばれる大黒様のいらっしゃるお寺でもあるので、

この3つのお寺の中で、私が一番足を運ぶお寺でもあります。



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高幡不動の看板

  • 2013/10/20(日) 22:04:40


夏に高幡不動尊へ行ったとき、

チョッと笑ってしまったことがありました






それは、どこにでもある

商店街の案内看板を、

見ていた時のことなんですけどね。






新しいきれいな看板があったので、

「どんなお店があるのかな」って

興味津々で眺めてみたのです。

するとなにやら馴染みのある、あさぎ色(ここでは水色)が

目に飛び込んできたんですよ。





takahatakanban1






「あれっ?」て思って、その色の方に視点を移したら、

それは、まぎれもない新選組でした。

そうなんです。高幡不動の看板には

新選組がいたんですよね〜





takahatakanban2
一番後ろは原田さんですよね、でも
先頭はだぁーれだ?




新選組パレードの様子を描いているようにも見えますけど、

私には普通に、新選組が闊歩しているようにしか

見えませんでした 






その商店街に、

やたら馴染んでいるような感じが楽しくて、

思わず笑ってしまったのです。






案内看板に新選組がいるのは面白いですね。

たぶん行く度に見てしまうことでしょう。

商店街の方々の発想にナイス!です。





土方歳三さんのお参り(=史跡巡り)に来た時には、

高幡不動尊駅横、高幡不動尊参道入口にある

この看板を見て楽しんで下さいね〜


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土方歳三と怪人

  • 2013/10/17(木) 00:58:50


こちらでも紹介した

富樫倫太郎氏の「土方歳三 箱館戦争異聞三部作」

今までに紹介したのは、そのうちの2作、

『箱館売ります』と『松前の花』でした。






そして3作目が、この

神威の矢(上)(下) [ 富樫倫太郎 ] 〜土方歳三 蝦夷討伐奇譚〜』なんですよね〜






この3作は、どの作品も1作完結で独立した話になっています。

作品どうしのつながりもそんなに強くありません。

それでも時系列で考えると、『箱館売ります』と『松前の花』は、

同時期の「箱館」と「松前」という風に

まとめることはできるのです。






でも『神威の矢 〜土方歳三 蝦夷討伐奇譚〜』に至っては、

全く別のお話なんですよ。と云うより別世界ですね。

「パラレルワールド」という感じなんです。だって、

人間じゃないものが登場しているのですから






例えば、徳川が幕府強化のために、

フランス政府に依頼して派遣されたものに、

フランス軍事顧問団がありましたよね。






その副団長にブリュネと、団員のカズヌーフがいて

この物語に登場しているのです。

でもその2人が本物のブリュネとカズヌーフではなく、

全くの別人、サン・ジェルマン伯爵と

カリオストロ伯爵という設定なんです。






しかもこのサン・ジェルマンは、

2000年も生き続けている怪人であり、

カリオストロ伯爵は狼男なんですよね。

現実にはありえない。

その狼男と土方歳三が、なんと戦ってしまうのです。

これはもうSFの世界です。






それだけじゃありません。

タイトルに「神威(カムイ)…」とあるように

アイヌも登場しますし、おまけに陰陽師まで現われます。

それぞれ別のお話なんですけど、話が進むうちに、

土方、アイヌ、陰陽師、怪人が結びついていくのです。





そして、すごい神がかりな話になるのでした





これまで新選組の小説は、

数え切れないほど読んだルンちゃんですけど、

「怪人と戦う土方」なんて構図を見たのは、

後にも先にもこれくらいしかありませんよ。

まさか3部作の3作目に、こんな話が来るとは思いませんでした。






最後がどうなるかはもちろん言いませんので、

怪人と土方との戦いをじっくり読んでみて下さいね。

ただこの物語は、表面上はSF調のお話ですけど、

読み方によっては奥が深い部分もあるので、(アイヌについてとか)

その辺りに重点を置いてみるという方法もいいかもしれません。

(読み方はあなた次第)






最後にもう一言。





「土方歳三 箱館戦争異聞三部作」は先にもお伝えしたとおり、

3作ではありますが、どれも独立した形になっています。

ですから、どれから読んでも不都合はないです。






でもそのために1話に1回、つまり3度

土方が死ぬんですよ〜。

そこにひっかかってしまうのは、私だけでしょうか?






どうぞあなたも読んでみて下さいね。

もし同じ場所でひっかかった時には、教えてくださいね〜。



神威の矢(上)(下) [ 富樫倫太郎 ]
さて、土方歳三はどこにいるでしょうか?


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新選組 江戸屯所跡

  • 2013/10/13(日) 23:24:13


もう先月のことになりますが、

東京(駅)に行ってきました





といっても、東京に行くことは

そんなに久しぶりというわけでもないのです。

ただ、いつも経由するだけで駅を出ることはないので、

こうして駅から出るということでは、ひさしぶりだったんですよね。






人混みはどちらかというと苦手なほうなんですけど、

東京駅周辺は、なんとなく好きです

多摩人にとっては都会という感じですし、

「江戸城に近い」というのが、江戸(時代)好きにしてみれば

嬉しいのかもしれません。






本当なら、ここまで来たのだから

江戸にちなんだ史跡巡りをしたいところなんですけど、

実はその日は、仕事がらみで来ていたので、

そこまではさすがに出来ませんでしたね。






つまらない





と歩いていたら、

目的地の途中でこれが目に入りました。

hyouji




ああ、そうでした。 ここも史跡でしたっけね。

「そこが(目的地の)通り道なら、問題ないよね

とニヤリと笑い、写真をパチリ。

はい、こちら新選組関連の史跡ですよ〜





marunouchi2

丸の内2丁目。

こちらは、鳥羽伏見の戦いの後、

大阪から江戸へ帰ってきた新選組が、

釜屋の宿を経て、一時宿舎にしていた場所です。

いってみれば、「新選組の江戸屯所跡」ですね。






もとは秋月種樹(たねたつ)邸だった所(その前は稲葉邸)で、

種樹が慶応3(1867)年6月21日に

若年寄に就任した際に支給された屋敷がありました。

でも同年12月25日(26日?)に辞任した時に返上し、

しばらく空き家になっていたようです。






それを新選組が借りていたようなんですよね。

でも新選組も、すぐに甲府へ出陣したので、

1ヶ月もいなかったようですよ。





そんな理由で、

新選組のここでの話は残っていないようですし、

当時の名残も、なにもありません。

今あるのは、こちらですよ〜。


genchi





「とりあえず新選組の史跡に来られたので、良しとしよう」

と納得し、仕事を済ませてから会社に戻るため、

再び東京駅に足を運びました。





電車に乗る前に、綺麗になった東京駅をじっくり眺めて…

tokyo station


なかなか機会はありませんけど、いつかは

この中にあるホテルにも泊まってみたいです。

その時は、ゆっくり江戸の史跡巡りもしたいですね


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箱館戦争異聞三部作

  • 2013/10/09(水) 00:30:39

以前お話した『箱館売ります』

筆者・富樫倫太郎氏には

土方の登場する作品が三作あるんですよ。

名付けて「土方歳三 箱館戦争異聞三部作」






その中でルンちゃんが最も好きなのが、

二作目にあたる

松前の花(上) (下) [ 富樫倫太郎 ]
   〜土方歳三 蝦夷血風録〜 


なんですよね





なぜ好きかというと、この作品には

私の好きな人物3名がメインに登場しているからです。

そのうちの1人は、もちろん土方歳三です。






そしてあとの2人はといえば、

人見勝太郎と伊庭八郎ですよ。





タイトルに「松前…」ってあるくらいですから、

箱館政府の松前奉行だった人見勝太郎が登場するのは、

不思議じゃないかもしれませんね





そして伊庭八郎も人見勝太郎と同じ遊撃隊なので、

その絡みで登場しているというわけです






さて、物語はその3人がすぐ登場するかといえば、

そんなに単純でもありません。

最初に登場するのはまったく別の人物です。






松前にある和菓子屋から物語は始まるんですよね。

和菓子の餡作りにこだわる小野屋の藤吉という人物が登場します。

じつは箱館政府が、隊の移動中に携帯するパンを、

なぜか和菓子屋藤吉に注文するのです。

(和菓子屋だから、パンなど作ったことないのに…)






まあ、その理由は物語を読んでいくうちに、わかるんですけど。

実際にパン作り依頼の話はあったらしいですよ。

(よくは知りませんが)

その事実を物語に絡ませて、物語は展開していくのですよね。

(小野屋藤吉は最後まで絡んでいきます)






3人が一緒に登場する最初の場面は、蝦夷地平定の祝賀会です。

土方が好きでもないワインを榎本にススメられ、

舐めるように飲んでいると、フランス人ブリュネーがやって来ます。

そして奇妙な会話をしているところに、人見と伊庭が現われます。






そこでの会話が面白い

読んでいると彼らの様子が手に取るようにわかり、

自分もその会場にいるような気分になっていきますよ。






また、この物語には、松前藩の重臣だった山下雄城の娘、

蘭子という女性が登場します。

この女性が物語のヒロインでもあり、

3人にも深く関わっていくのですよね。

ある意味、土方の命の恩人でもあります。







彼女には目的があり、

そのために箱館政府に協力するのです。

しかし彼女は病に冒されていて、

目的を遂げることもままならない。





そんな彼女を見て、土方は

「忘れた方がいい」と、はっきりと告げるのですが…






後半は、いよいよ明治政府軍が上陸し、

本格的な戦争が始まります。

その後半での各場面がいいですよ

人見と伊庭との会話、戦いの場面、そして蘭子のとった行動。






特に蘭子が、ある人物に託した

印籠の中身を知ったときは、

彼女の気持が痛いほどによくわかり、

涙を流さずにはいられないのでした。






「土方歳三 箱館戦争異聞三部作」とはいいますが、

どの物語も1作完結になっています。

それに、どれも完全に独立した話なので、

この「松前の花」から読んでも、大丈夫です。






特に「松前の花」は、

女性が共感しやすい作品だと思いますので、

女性の方にぜったい読んで欲しいです。






最後にもうひとつ






この物語には下国東七郎が登場しています。

下国東七郎とは、永倉新八が戦争の後、

江戸で帰参を願い出たときに受け入れてくれた松前家老です。






また両国橋で、新八が鈴木三樹三郎と出会ってしまい、

その後、三樹三郎とその仲間につけ狙われた時には、

新八をかばって自宅に匿い、松前に逃がした人物でもありますよ。






物語に彼の名前が登場したときに、

そんな彼の経歴を思い出しましたが、

ここでの彼の扱われ方に、チョッと驚きました。





さて、どんな扱われ方なのでしょうか?

その辺りも、どうぞ確認してみて下さいね。


松前の花(上) (下) [ 富樫倫太郎 ]


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迷惑な入隊志願者

  • 2013/10/07(月) 00:09:08

すごく久しぶりですが、

新選組版・今日は何の日です





これは、新選組局長・近藤勇が京を離れ、

江戸に戻っている頃のことです。





近藤が江戸に戻っていたのは、

将軍上洛を要請する建白書の提出と、

東国出身の新しい隊士を募集するという目的からでした。





でもそれとは入れ違いに、

土方歳三が留守を預かる京都の新選組に、

2人の若者が多摩から訪ねてきたのです。





それは1864(元治元)年、10月7日のことです。
    (西暦に換算すると11月 6日)






その2人とは、

松本延三郎の息子・元太郎(松木村の元太郎とも)と、

小林重太郎で、どちらも近藤勇の門人だと名乗ります。






土方が2人を見て苦い顔をした理由は、

入隊希望と言いながら、刀も差していない容姿だったことと、

近藤・土方を、気安く呼び捨てにしていたからです。






同年の6月、新選組は池田屋に討ち入り、

多くの不逞浪士を殺傷・捕縛しました。

また7月の「禁門の変」でも、幕府の一部隊として参戦しています。

今や「新選組」の名は、天下に知れ渡っていたのです。





泣く子も黙る新選組の局長に、こんな知り合いがいることは、

体裁が悪いばかりではなく、隊の面目も立ちません。





どうしたものかと途方にくれたようですけど、

たぶん、早々に2人には多摩へ帰ってもらったことでしょう





そして「二度と、このようなことがないようにしてもらいたい」と

念を押すように、江戸にいる近藤勇と、

日野の名主で義兄でもある佐藤彦五郎宛へ

手紙を書いたのでした。


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八王子千人同心を作った男

  • 2013/10/04(金) 01:10:10

以前にもこのブログでご紹介しました、

八王子市内(R16)のウェルカム看板

ウェルカム八王子



ここに登場しているのは、江戸時代に八王子代官だった

大久保長安です。






長安の業績はたくさんあります。

八王子でも浅川土手の整備の他、いろいろ行っているのですが、

今回取り上げたいのは、長安が

八王子千人同心の生みの親
だってことですよ





「八王子千人同心」は江戸時代初期、

武蔵と甲斐の国境警備の必要性を感じた長安が、

家康に警備組織の創設を申し述べ、

それが認められたことから誕生しました。






最初は旧武田家臣団を中心とした五百人の組織でしたが、

慶長4(1599)年には人員を倍に増やすことが認められ、

近在の地侍や豪農なども交えて千人隊が組織されたそうですよ。






彼らは平素は農業に従事し、いざ有事の時には

幕府の一組織として戦うというのが、その役割でありました。

1652年以降には日光東照宮を警備する

日光勤番が主な仕事ともなっていたようです。






そんな八王子千人同心の中には、幕末期

新選組に縁のある人もいました。例えば新選組隊士の中島登は

一時、千人同心に所属していたともいいますし、

井上源三郎の兄・松五郎も同心のひとりでした。






それから、土方歳三とは何かと近い間柄だった土方勇太郎も

八王子千人同心でありましたしね

天然理心流もまた、千人同心達の手で伝えられてきたのです。






そんな風に考えると、

八王子千人同心を作った大久保長安という人が、

私の中ではけっこう親しみを感じる人物に

なっていくから不思議なんですよね〜





さて、最初の看板に戻りますが、

最近看板の周辺に、新たに長安のステ看が取り付けられました。

しかも大量に!


cyouan
これはごく一部です^^;





これは何を意味するのでしょうか?

(その辺りはよくはわかりません)






じつは今年2013年は

長安の没後400年にあたるのだそうですよ。

それで長安の命日の4月25日(偶然にも近藤勇と一緒)には

「大久保長安400年帰幽祭」なども開かれたようです。






その前後にもいろいろな企画が組まれていて、

八王子ではなにかと長安がらみのイベントが

行われているようです。





長安については数年前には名前くらいしか知らなかったので、

もう少しいろいろ知りたいなって思います

時間がなくて参加は難しいのですが、

機会があればイベントにも顔を出したいと思っています。


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湘南の桜貝

  • 2013/09/30(月) 00:21:52

この夏も暑い中、新選組の史跡めぐりをしてましたけど、

大好きな湘南の海にも何度か行っていました。

今日は、その話です(新選組とは関係ありませんので、あしからず)






最近のマイブームは、地味なんですけど「貝拾い」なんです。

それも「桜貝」限定なんですよね





桜貝くらい誰でも見たことありますよね。

よく海岸のお土産店で小ビンに入って売っている

あのピンク色の小さな貝のことですよ。





販売している小ビンの桜貝は、

販売用に染色していることもあるそうですが、

砂浜に打ち上げられたピンクの貝は、正真正銘天然の色です。





昔ルンちゃんは九州を旅したとき、宮崎の海岸で

沢山の桜貝を拾ったことがありました。

初めて見たピンク貝に感動したものですよ。

「本当にピンク色している」なんて…





湘南の海では桜貝を見たことはなかったので、

「よほど綺麗な海(水)じゃないと、桜貝はいないんだ」

って、ずーっと思っていました。





ところが数年くらい前にインターネットで、

茅ヶ崎で桜貝を拾っている人がいることを知って、

湘南にも桜貝がいることがわかったのです。





それで昨年くらいから、湘南の砂浜に行ったときに

桜貝を探してみたんですよね。最初は探しても

なかなか見つからなかったのですが、ようやく1つみつけて、

湘南にも桜貝がある(いる)ことが実感できたのでした




最近は拾うコツもつかめてきて、

いつ、どんな所へ行ったらいいのかがわかって、

一度にこんなに拾うことが出来るようになりましたよ。


湘南の桜貝
湘南の桜貝 posted by (C)ルンちゃん
穴があいているのは「ツメタガイ」という貝に食べられてしまったから。
拾ってみると結構そんなのがあります。





ちなみに「桜貝」とは桜色した貝の総称で、

ニッコウガイ科の二枚貝のことのようです。

サクラガイ・カバザクラ・モモノハナガイなどがあって、

大きくても長さ約3センチ、幅0.6センチほどの楕円形の貝ですよ。





白色もあるようですが、大体は淡いピンク色。

その中には、とても光沢があり、光をあてると

表面が虹色に見えるものもあります。





初めて見たのが宮崎県の海だったので、「暖かい地方の貝かな?」

と思いましたが、日本では北海道南部から九州にかけての

広い範囲の沿岸に生息しているそうです。

(朝鮮半島や中国沿岸にもいるらしい)





「一度にこんなに拾えた」なんて私は喜んでいますけど、

じつは昔の鎌倉の砂浜では、浜一面がピンク色になるほどの

桜貝が見られたこともあったようです。





作曲家・八洲秀章(やしま ひであき)は、その昔

由比ヶ浜で拾った桜貝をモチーフに「さくら貝の歌」を作曲しました。

私は知りませんが、有名な歌だそうですね。






平成24年12月16日。

由比ヶ浜に「さくら貝の歌」の碑が建てられ、

除幕式が行われました。 それはかつての

「さくら貝のじゅうたん」を復活させようとの願いをこめて、

建てられたものだそうです。






「綺麗な海(水)じゃないと桜貝はいない」という言葉は

あながち間違いでもなかったようですね。

もっと沢山の桜貝が拾えるように、私も環境保護のために

できることをやっていきたいです。





もうひとつ、桜貝についての話

「桜貝を拾うと幸運がやってくる」という話もあるんですよ。

これは拾い始めてから知ったことなんですけど、

たくさんHappyが来てくれたらいいなって思っています

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菅野ワールド発売!

  • 2013/09/23(月) 22:17:17



以前、こちらのブログでも紹介した

菅野先生のコミックが、9月20日に発売されましたよ。




誠のくに [ 菅野文 ] /白泉社





「誠のくに」は、今年(平成25)の

別冊花とゆめ4〜8月号で掲載されたお話です。

「会津幕末歴史検定」というのが9月15日(日)にあって、

その検定の開催記念っていう名目で連載されていました。






そのせいだったのか「会津幕末歴史検定」の申込用紙には、

「誠のくに」の発売日がしっかり告知してありましたね

それで私も発売日を知ったのですけど。

(会津検定の受検はしていません^^;)






菅野先生の新選組コミックは、今までに

「北走新選組」「凍鉄の花」があります。それらに続く

3冊目の新選組本が、この「誠のくに」ですよ






ただし今回の主人公は、斎藤一です。

今までの菅野ワールドでは登場しなかった

斎藤一が登場しているんですよね。

(今までの話は箱館や多摩でしたから





まあ、「会津幕末歴史検定」の絡みがあるので、

会津に最も縁の深い、斎藤一が主人公というのも

うなずけますけどね。






さて物語は、会津戦争で新選組が敵に

包囲された場面から始まります。でもそこから遡って、

斎藤の少年時代(江戸)からのお話なんですよ。






「凍鉄の花」と「北走新選組」は、どちらかといえば

ピンポイントのお話だったのですが、

今回の「誠のくに」は、斎藤の少年時代から時間を進めて、

明治以降も描かれているのが特徴です。






でもコミック1冊分のお話なので、彼の生涯を

完全に描くには短すぎるんですよね。ですから、

新選組の通史はサラリと描き

会津戦争に比重をおいての話の展開となっています。






個人的には、そこの部分がいささか残念に感じるところで

「もう少し時間をかけて新選組(=斎藤)を描いて欲しかった」

というのがホンネでもあるのです





それでも物語の中には、

斎藤一が自分の求めるものを追いかける姿や、

土方歳三の脆さなどが垣間見られ、菅野先生独自の

視点やアイデアが詰め込まれているのがわかります。





それが「菅野新選組ワールド、ここにあり!」っていう感じで、

その部分は、しっかり味わわせていただきました






もし興味があったら読んでみて下さいね〜

できれば「凍鉄の花」や「北走新選組」も

一緒に読んでいただくと、私が感じた世界を

あなたも実感できるんじゃないかなって思います。


誠のくに [ 菅野文 ]
裏表紙は土方歳三さんなんですよ〜^^


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