多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他に街道歩きや旅の話もしてます♪
こんにちは、ルンちゃんです♪

(写真=幕府のイヌ?)
新選組大好き歴が永〜いだけの私ですが、いっしょにお話しましょう!

 
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あなたに質問です

平成24年1月25日までに
212名の方々にお返事を
いただきました。コメントも
ありがとうございます(^ー^)
引き続きよろしくお願いします。



今まで行ったアンケートは
こちらです^^ ⇒アンケート集

1.あなたが今一番行きたい、
  新選組関連史跡の場所は?


2.あなたが真っ先に会いたい
  新選組幹部は誰ですか?


3.試衛館メンバー以外で
  あなたの好きな新選組隊士を
  教えて下さい


4.歴代の土方歳三
  あなたのお気に入りは?


マンガで読むニュース



『今日は何の日?』カレンダー

新選組の事件をカレンダーに
してみました。気になる事件を
チェックしてみて下さいね。

 誠新選組の気になるあの日

Serch

見たい記事がみつからない時は
キーワードを入れてみて下さいネ
それでもわからないときは
どうぞお気軽にコメントくださいね〜(^^)
ご好評頂いてます^^


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最近の過去記事はこちらです^^

「絵図・地図で辿る新選組」展に行ってきました


今、日野市にある「新選組のふるさと歴史館」では、

企画展をやっています




タイトルは

絵図・地図で辿る新選組


平成24年1月24日(火)から2月26日(日)

の期間、開催中です。

絵図・地図で辿る新選組展やってます^^
絵図・地図で辿る新選組展やってます^^ posted by (C)ルンちゃん





金曜日に企画展をやっていることを偶然にも知った私は、

さっそく日曜日に行ってきましたよ♪


ダンダラ誠
ダンダラ誠 posted by (C)ルンちゃん


新選組のふるさと歴史館のある日野市役所周辺へは、

昨年11月にあった産業まつり以来の訪問です。

あの時はなかったと思いますけど、

ダンダラの花壇が目に飛び込んできましたよ。

すごい目立ちますよね〜^^;



ダンダラの正体は?
ダンダラの正体は? posted by (C)ルンちゃん
外見が目立ちすぎ〜。
中のお花が目立たなくていいのかな〜。





最近は歴史館に来る度に何か増えてる気がします。

今度来た時は、何ができているんでしょうね?





さて「絵図・地図で辿る新選組」は2階で行われていました。

以前「清河八郎展」や「板橋宿展」を行っていた会場です。

そんなに広くない室内ですが、コーナーは5つに分かれていて、

1.幕末の江戸

2.幕末の日野と多摩

3.浪士隊の結成と上洛

4.京都での新選組

5.戊辰戦争


となっていました。






「1.幕末の江戸」は江戸の概観と称して

江戸の切絵図が展示され、幕末関連の重要な地には

名前が大きく示されていました。

他にも「桜田門外の変」の絵などありましたね。







「2.幕末の日野と多摩」は日野宿の様子や、

八王子千人同心のこと。そして千人同心にも深く関わりのある

天然理心流(主に増田蔵六系など)についての展示がありました。

この辺りは、常設展示でも見られる部分ですね。






「3.浪士隊の結成と上洛」は清河八郎と浪士組について。

これは「清河八郎展」で、既に拝見済み






「4.京都での新選組」は、市中見回り分担の概略図、

禁門の変や長州に関する資料。市中見回り分担の図は、

新選組や守護職・所司代・歩兵組などの担当する見回り箇所が

色分けされていて見やすかったです。

新選組の担当範囲がよくわかりましたよ。






「5.戊辰戦争」は鳥羽伏見の戦いから始まって、

勝沼戦争、上野戦争(彰義隊)、近藤勇の処刑、

宇都宮戦他。そして、箱館戦争までです。

※おまけで大きな現代の地図が壁にあり



お土産にいかが?
お土産にいかが? posted by (C)ルンちゃん
「幕末江戸・多摩概略図」というものです。
1枚300円だったので、買ってみました。




全体的に切絵図が多用されていたようでしたが、

切絵図は私自身よく眺めているので、その分 

展示に真新しさがあまり感じられなかったのが、

チョッと残念なところです。






でも数枚あった錦絵は、迫力があって面白かったですよ。

特に箱館戦争の錦絵は、大きさもさることながら、

展示品までの距離が近くて、

じっくり・はっきりと見ることができました。

あれが見られただけでも、

今回来た甲斐があったというものですね






他に錦絵の写真も何枚かありましたが、

できれば今度は幕末をメインにした本物の錦絵を多数展示して

「幕末錦絵展」を開いて欲しいところです。

(よろしくお願いします^^)







1階ではいつものように、常設展示も行われていましたよ。

何か気になるものがないか、展示品をチェック!






すると、小笠原長行(ながみち)公の「松静鶴留声」の一行書と

松平容保公の「温故知新」の一行書を発見しました

(前にもあったかも)


小笠原長行は元老中で、箱館にも渡っています。

義弟の三好胖は、仙台で新選組隊士となって

箱館に渡った人です。(17歳で戦死なさいますが…)






それから、西本願寺の侍従だった

西村兼文の「新撰組始末記」もありましたよ。

(中身全部読んでみたい!)


他にも気になる書簡があって、まずまずの収穫でした。


記念スタンプもあります
記念スタンプもあります posted by (C)ルンちゃん
これも、初お目見え〜。記念にどうぞ〜




「絵図・地図で辿る新選組」は2月26日(日)までやっています。

この企画展を見るためだけに

遠距離を来るのは大変だと思いますけど、

常設展示もじっくり見たいと思っているのなら、

この期間に訪問するのもいいかもしれませんね。

よろしかったら、どうぞ〜



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[新選組『特別展』レポート] [コメント:0]
  • [2012/01/30/23:41][ ↑ ][ ↓ ]

  • ここは「仁」のロケ地だ!

    前回は、川越七福神めぐりのお話でした。

    七福神めぐりは2時間もあればできてしまうので、

    その後、城下町を散策することもできますよ。




    もちろん私も七福神めぐりの後、散策しましたので、

    今回はそのお話です





    さて、川越にはその昔、

    南院(多聞院)・中院(仏地院)・北院(仏蔵院)

    という三院がありました。

    慈覚大師が天長7(830)年に創建した

    星野山無量寺にあったものです。





    歳月を経て三院は独立し、その後、南院は廃寺になり、

    「南院跡」に幾つかの石碑の名残りがあるだけです。





    中院は現在の川越東照宮のある場所にありましたが、

    天正16(1588)年に移され、今に至ります。

    昔は三院の中での要になっていたようですが、

    その後、北院の方が勢力を増し現在に至ります。

    境内には、狭山茶発祥の地碑があります。





    そして、北院。

    今は「喜多院」と名乗っていますよ。

    川越でも超有名なお寺ですね

    天正16(1588)年に天海僧正が喜多院に来てから、

    こちらが三院の中心となったようです。





    天海僧正と江戸幕府との関係は深く、

    僧正が江戸の町づくりにも大きく関わり

    陰陽道や風水を利用して「東の京都」を構築した事は

    有名な話ですね。






    そんな深い関係は、川越で

    寛永15年(1638)年に大火があり

    ほとんどのものが焼失した際に、

    庫裏や客殿・書院が江戸城から移築された

    ということでもわかります。





    江戸城はその後、

    建物の焼失の憂き目にあっていますので、

    移築されていたことは、かえって

    良かったのかもしれませんね〜





    話に登場していた川越東照宮は

    仙波東照宮
    と言って、「日光」や「久能山」と並び

    「三大東照宮」と呼ばれていますよ。






    徳川家康が亡くなる前、遺言として自らの遺骸を

    日光東照宮に移すように伝えました。

    死後、久能山から日光へ移葬されることになり、

    その途中、喜多院に4日間逗留したそうです。

    その縁もあって、天海僧正がこの地に

    創建したのが「仙波東照宮」の始まりです。






    最初の鳥居の辺りは、

    よくある普通の神社にしか見えませんでしたが、

    鳥居をくぐり、神殿に進むにしたがって

    日光の東照宮に来ている錯覚さえ感じてきましたよ。




    仙波東照宮
    仙波東照宮 posted by (C)ルンちゃん



    とくに神殿の部分は色具合などが

    日光東照宮によく似ていますね。

    三大東照宮があることは聞いたことがありましたが、

    それが川越だったことは今回初めて知りました。

    来ることができてよかったです。






    かつて、川越にはお城もありました。

    川越城は扇谷上杉持朝が太田道真(資清)・

    道灌(資長)父子ら家臣達に命じて築城されたといいます。

    この地は軍事上の要でもあり、

    多くの武人たちがこの地にやってきています。






    一時は後北条氏のものとなりますが、

    豊臣秀吉の関東攻略にともない

    前田利家らに攻められ降伏。






    その後、徳川家康がこの地を得ると

    自らは江戸城を構え、そして幕府の有力な大名に

    この川越領を受け持たせるようにしたのです。





    それでも築城当時は、

    本丸・二ノ丸ほどの僅かの規模でした。

    それが江戸時代になると幕府の重要ポイントとなるこの城に、

    三ノ丸・追手曲輪・新曲輪などを造り、

    規模を拡大していったそうです。





    街の中にはそれらの遺跡が各所にあり、

    それらを見学しながら、当時の城の大きさを想像すると

    その規模に驚いてしまします。





    そんな川越城も、

    大政奉還・版籍奉還・廃藩置県と歳月を経るに従い、

    城は解体され、学校や役所などの公用地や、

    市民の住宅地へと払い下げられていきました。






    近年、町の歴史を保存する動きが現われ、

    わずかばかりではありますが、

    当時の城を思わせる場所が残されています。






    例えばこちら。

    中ノ門堀跡


    中ノ門堀跡
    中ノ門堀跡 posted by (C)ルンちゃん

    川越城の堀の様子がわかります。

    堀の遺跡の上に民家が建ち並んでいるのは

    払い下げがあったという話の通りですね。

    でもなんだかとても不思議な光景なんですよ。





    かつて二ノ丸があった場所は、

    現在は博物館や美術館などがあります。





    それからこちら。

    川越城本丸御殿



    川越城本丸御殿
    川越城本丸御殿 posted by (C)ルンちゃん


    現存する川越城の本丸御殿です。

    明治になって県庁の庁舎として利用され、

    その後も公共場として利用されていたことから、

    現存することができたようです。





    今は本丸御殿の玄関と広間部分などが残され、

    見学することができますよ。






    ちなみにこの御殿内で、テレビドラマの

    「仁」の一部が撮影されたそうです

    「仁」の物語の中で、川越藩の奥方様が

    登場する場面があるのですが

    それがご縁での撮影だったようです。





    実際にドラマの中では

    「川越藩松平家別邸の内部」として登場しました。

    それから、役者の坂東吉十郎が転んで立ち上がれなかった

    「芝居小屋の廊下」や「楽屋」も、ここを利用したのだとか。

    (御殿のガイドさんの話^^)





    他にも、勝海舟と板倉伊賀守が話をしていた

    「幕府の建物の内部」としても撮影されていたようです

    「仁」の場面を想像しながら御殿内を見るのも

    また違った楽しみがありますね。

    注…「仁」のロケ地は各所にあります




    お菓子の花♪
    お菓子の花♪ posted by (C)ルンちゃん



    町を歩けばお菓子横丁の飴屋さんや、

    お漬物屋さんなど、ひとつひとつが興味あるお店です。

    有名な時の鐘も、今も現役で働いていますよ。

    (お昼に鳴ってた^^)



    時の鐘
    時の鐘 posted by (C)ルンちゃん



    今回いろいろなお寺やお店に行ってみましたが、

    それでも全部は見られませんでした。

    また機会を見つけて、ぜひ行ってみたいです


    蔵のある風景
    蔵のある風景 posted by (C)ルンちゃん



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    [新選組] [コメント:0]
  • [2012/01/28/00:27][ ↑ ][ ↓ ]

  • 川越七福神めぐり(その2)


    はい、お待たせしました。前回の続きです。

    ちなみに前回はこちら ⇒ 川越七福神めぐり(その1) 

    まずはコースのおさらいですよ〜




    1.妙善寺(毘沙門天) − 2.天然寺(寿老人) −
     
    3.喜多院(大黒天) − 4.成田山(恵比須天) −

    5.蓮馨寺(福禄寿神) − 6.妙昌寺(弁財天) − 7.見立寺(布袋尊)




    昼食をしっかりいただいて、

    お腹を満足させたところで

    午後のウォーキングは4ヶ所目からです♪






    4.成田山(恵比須天)
     

    喜多院から5分くらいの所にあります。

    成田山といえば新勝寺が思い浮かびますが、

    こちらはその新勝寺の別院なんですね。

    ご本尊は不動明王です。



    川越の成田山
    川越の成田山 posted by (C)ルンちゃん



    失明した開祖が不動明王に祈願したところ

    見えるようになったという言い伝えがあって、

    病気平癒を求める人々から信仰されているそうです。





    ここの恵比須さまは2体の恵比須さまで、

    片方は釣竿と鯛、もう片方は小槌を持っていて

    お優しいお顔をしています





    5.蓮馨寺(福禄寿神)
     

    蓮馨寺(れんけいじ)は、

    成田山から12分くらいの場所にあります。

    戦国末に川越城主・大導寺政繁が

    母の為に建立したといいます。


    蓮馨寺
    蓮馨寺 posted by (C)ルンちゃん


    このお寺は、一見するとなんでもないお寺なんですけど、

    本堂にかかる幕をくぐるとお向かいに

    おびんずる様
    という像があります。





    おびんずる様とはお釈迦様の16人のお弟子さんのうちの1人で、

    若いときは勝手気ままな暮らしをしていたんだそうですよ。

    それがお釈迦様に出会って発心し、

    修行の末に神通力を得たのだとか。






    霊験あらたかな「おびんずる様」なので、

    その像に触って、その触った手で自分の体をなでると

    たちまち悪いところが良くなるそうですよ


    こちらも蓮馨寺にて
    こちらも蓮馨寺にて posted by (C)ルンちゃん



    病気も良くなれば、関節の痛みも軽くなる。

    そして頭も良くなるというので、

    私もおびんずる様にあやかって、

    頭やら眼やら、いろいろ触ってみました

    これで頭が良くなるかしら〜?






    6.妙昌寺(弁財天)


    池上本門寺の末寺にあたるお寺です。

    池上本門寺第4世日山上人が川越の幸町に

    開創しましたが、川越が城下町に整備されるときに、

    今の場所に移ったそうです。







    こちらの七福神は弁天様です。

    本堂とは少し離れた駐車場のある広場の

    一隅のお堂に安置されていました。



    妙昌寺の外壁
    妙昌寺の外壁 posted by (C)ルンちゃん


    お堂の中の弁天様にお祈りしましたが、

    気になったのはお堂の壁面にある天女の絵の方です。

    こういう漆喰の作品は、

    宮大工さんが遊び心で描いたりしますけど、

    こちらの絵はどうなんでしょうね。

    じっくり見た後、最後のお寺へ参ります。






    7.見立寺(布袋尊)


    新河岸川を川沿いに歩いていくと

    10分ほどで見立寺(けんりゅうじ)に到着です。





    このお寺はすごく古いらしくて、

    豊臣秀吉の書にも登場しているそうですよ。

    以前は蓮馨寺の門前にあったようですが、

    いつ移動したかは不明なんだとか。


    七つ目の見立寺
    七つ目の見立寺 posted by (C)ルンちゃん


    永禄元(1558)年、小田原北条氏の重臣で

    川越城主でもあった大道寺政繁が

    感誉存貞上人を招いて開山しました。

    ちなみに感誉存貞上人は自分の甥っ子で、

    先ほどの蓮馨寺も同様に開山されています。

    今の本堂は明治14年に建てたものだそうですよ。






    こちらの布袋様はチョッと変わっていて、

    にっこり笑いながら両手を挙げて

    (手のひらを上にして)います。

    まるで盆踊りを踊っているようなお姿です。





    それから七福神でには関係ありませんが、

    このお寺には赤穂浪士の一人である

    矢頭右衛門七(討入り当時17歳)の妹のお墓があります。





    彼女は母らと共に奥州白河の

    親戚の家に身を寄せていましたが、

    多賀谷勝盛という人と結婚しました。

    そして後に川越に転居し、七十代まで生きたそうですよ。





    これで七つの寺院を無事めぐり終えました。

    いつもですと、色紙にご朱印をいただきながら

    寺院をめぐりますが、今回はそれはできませんでした。

    ご朱印を貰えるのは元旦から7日までと、

    毎月1日の七福神の縁日だけなのです。






    でも、かわりにこちらなら購入できますよ。


    時の鐘をモチーフにした色紙です^^
    時の鐘をモチーフにした色紙です^^ posted by (C)ルンちゃん





    各お寺に押印済みの色紙が置いてあるのです。

    こちらは千円。

    仮にご朱印を貰える日に自分でまわっても、

    色紙300円と各寺院100円で

    値段は変わりません






    どちらにするかは、その時の状況

    または気分ということになりますね





    川越の七福神は、そんなに長い距離ではないので、

    初心者さんでも大丈夫ですよ。

    かなり歩いたつもりでしたが、地図を見れば

    なんのことはない、町をぐるりと1周した感じです。




    七福神めぐりの後でも、時間は充分あるので、

    菓子屋横丁や城下町の町並みを見てまわると、楽しいです。




    よかったら、あなたも川越七福神めぐりを

    体験してみて下さいね〜


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    [・川越(2012)] [コメント:2]
  • [2012/01/21/23:19][ ↑ ][ ↓ ]

  • 川越七福神めぐり(その1)

    1月15日は、今年最初の大人の遠足の日でした

    訪れた場所は川越です。その七福神めぐりだったんですね〜。

    川越の七福神めぐりは

    『小江戸川越七福神めぐり』と呼ばれていますよ。





    川越といえば、江戸幕府にもゆかりのある

    今も城下町の風景が残る、ステキな場所ですね

    学生の頃にも訪ねたことがありますが、

    喜多院の五百羅漢のことくらいしか覚えていなかったので、

    今回の訪問を楽しみにしていました。





    今回も2回に分けて、お伝えしますね♪





    さて、今回のコースはこちらですよ〜

    1.妙善寺(毘沙門天) − 2.天然寺(寿老人) − 

    3.喜多院(大黒天) − 4.成田山(恵比須天) −

    5.蓮馨寺(福禄寿神) − 6.妙昌寺(弁財天) − 7.見立寺(布袋尊)





    川越でもらった七福神めぐりのご案内書ですと

    「6」と「7」のコースが逆になっいて

    この表示とはチョッと違っています





    でも私達は他に立ち寄る目的があったので、

    このコースで歩きました。

    では、テクテクと参りましょう♪





    1.妙善寺(毘沙門天)


    川越駅から約五分。

    駅から一番近いのがこちらのお寺ですよ。

    寛永元年に尊能法印が開山・建立しましたが、

    天明8年の火災で焼失してしまいました。

    その後ずっと仮堂のままでしたが、檀家さん達の希望もあって

    昭和になって建て替えられ今に至ります。


    妙善寺です
    妙善寺です posted by (C)ルンちゃん



    建てたのが昭和53年と比較的新しいためか、

    よくあるお堂とは作りが違いますね。

    最初到着したときお寺には見えず、

    どこに来たのかと思ってしまいました


    妙善寺は毘沙門天です
    妙善寺は毘沙門天です posted by (C)ルンちゃん

    毘沙門天の案内看板
    毘沙門天の案内看板 posted by (C)ルンちゃん

    ところで川越は、古くから

    さつまいもの生産が多かったそうです。

    さつまいもは昔は飢饉から庶民を救う食べ物でしたが、

    近年では健康志向でさつまいもを食べることも多いとか。

    川越にはさつまいもの加工品も多く、周辺のお店で

    いろいろな製品を見かけます。





    その「さつまいもを食べて健康になろう」との祈りを込めて、

    このお寺に「さつまいも地蔵」を祀り、

    毎年10月13日に、「いも供養」を行っているそうですよ。



    妙善寺のさつまいも地蔵
    妙善寺のさつまいも地蔵 posted by (C)ルンちゃん


    この時は、解説を読んで

    「ふ〜ん、そうなんだ」って思っただけでしたが、

    じっさいに街の中を歩いてみて、

    芋製品の多さにはビックリしましたね。

    それで後になって「さつまいも地蔵」があることに

    より納得したというわけです。





    2.天然寺(寿老人)


    妙善寺から歩いて11分くらいで、次の天然寺に到着です。

    慈覚大師草創と伝えられ、天文23年栄海上人によって

    創建されました。ご本尊は大日如来だそうです。


    天然寺です
    天然寺です posted by (C)ルンちゃん
    寿老人さまは、このお堂の右側にある
    別のお堂にいらっしゃいます^^





    七福神の寿老人さまは、

    本堂とは別の場所に安置されていて、

    ガラス越しに中をよ〜く見てみると、

    一刀彫りの荒削りな巨木の中に

    すごく繊細なお顔をした寿老人さまがいらっしゃいました

    こういった感じの七福神は初めて見たので

    興味深く拝見させていただきました。





    寒い日でした^^
    寒い日でした^^ posted by (C)ルンちゃん
    水琴窟ですが凍っているので、音は出ません^^;




    3.喜多院(大黒天)


    川越で喜多院は有名ですよね。

    1200年以上もの歴史のある古いお寺ですよ。

    淳和天皇の勅により、天長7年に慈覚大師により

    創建されました。

    寛永15(1638)年に川越で大きな火事がありましたが、

    その時この喜多院の堂宇も、ほとんど焼失してしまったそうです。


    喜多院の山門
    喜多院の山門 posted by (C)ルンちゃん
    これだけ焼け残りました




    時の将軍・徳川家光公は、江戸城内にあった

    家光誕生の間や春日局化粧の間を

    新河岸川を利用して移築させました。

    その後、堂宇も再建したそうです。






    今回は行きませんでしたけど五百羅漢像が有名ですね。

    こちらの羅漢像は日本三大羅漢のひとつでもありますよ。

    昔ここへ来たとき、羅漢像の中に

    ひとつは自分に似た顔があるといわれて探したことがあります。

    でも、けっきょく見当たりませんでしたけどね

    よく探さなかったのがいけなかったのかな〜。


    喜多院の大黒天様
    喜多院の大黒天様 posted by (C)ルンちゃん


    ここの大黒天様は「開運出世大黒天」だそうです。

    同行のお仲間さんに「ほら、出世できるわよ。拝んでおきなさい」

    なんて言われて、一心に拝ませていただきました。

    早くご利益よ来〜い!(なんてね




    4つめの成田山はすぐ近くだったのですが、

    昼食時間になったので、しばし休憩です。

    そして私達が入ったお店がこちらです。


    手打そば 鎌倉
    手打そば 鎌倉 posted by (C)ルンちゃん





    地元に詳しい Tさんのおススメのお店で、

    玄関から普通のお家みたいに靴を脱いで2階に上がると、

    お蕎麦をいただくテーブルが並んでいます。




    たぬき蕎麦
    たぬき蕎麦 posted by (C)ルンちゃん
    美味しかったので、ドアップで出しちゃいます^^



    セットメニューが食べたかったけど、

    12時半ごろだったのに、既に売り切れでした。

    それでたぬき蕎麦を注文。

    他のテーブルの皆さんよりも早く注文したので、

    私達のテーブルが一番早く品が届きました。

    のんびり頂いて、集合時間まで、近くの名物菓子店に

    立ち寄りました。



    その2に続く…




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    [・川越(2012)] [コメント:0]
  • [2012/01/18/23:56][ ↑ ][ ↓ ]

  • 歳三登場の松本漫画を読んだところ…


    「キャプテンハーロック」や「銀河鉄道999」などの

    作品でお馴染みの松本零士先生。

    松本先生といえばやっぱり

    SFものの作品が、まず目に浮かびます。





    でも松本先生の作品の中には、

    実は土方歳三(=新選組)が登場する

    幕末ものの本もあるんですよ

    知っていましたか? (「男おいどん」もあるけど^^;)





    その名は陽炎の紋章(かげろうのもんしょう)」です。
        



    ただしこの本、すでに絶版のために

    入手するのが困難なんですよね。

    私も読んだことがありませんでしたし、ずっと探していました。

    ところが最近、偶然にも

    ネットオークションで本を見つけ、入札。

    そして、待ちに待った本を入手することができたのです






    1週間経たないうちに手元に到着!

    さっそく読んでみましたよ。






    まずこの作品の主人公は、土方歳三

    といいたいところですが、そうじゃなくて

    武器商人で名高いスネル兄弟です。

    そのうちの1人であるエドワード・スネル(一応)なんですね。

    エドワードはプロシア人なのに、日本のサムライに共感し

    自身も武士らしくふるまおうとしています。






    そんなエドワードの生き様を描いているのが、

    この本「陽炎の紋章」です。






    そこでどうやって土方歳三が絡んでくるかといえば、

    武器商人であるエドワード・スネルのお客として

    登場するのです。土方はエドワードに好感を持ち、

    刀すら進呈します。






    また土方はエドワードから異国人を託され、

    彼を新選組隊士として自分の身辺に置きます。






    最初に見たとき1巻の副題には「新選組の影」とあったので、

    てっきり1巻のみの新選組登場かと思っていましたけど、

    その後も新選組の出番は多いですよ。






    武器商人の話なので、色々な武器の話が

    所々に登場するのも特徴ですね。

    2巻は「晋作の時代」で、もちろん高杉晋作のことですが、

    彼もまた1巻から登場しています。そして3巻「闇の匠」





    今にも戦争になるという一触即発の時代に、

    エドワードは刀を持って京都を徘徊します。

    そして…






    3巻で完結だと思っていたんですが、まだ続いていました。

    4巻ではいよいよ戦争が勃発するようですが、

    実は私、4巻は手に入れていません。

    全3巻だと思っていたもので…





    しかも4巻で完結なのかな?

    と思っていたところ、

    調べてみたらそうでもないみたいです。

    つまり未完。

    エドワード・スネル(一応)には秘密があるようだし、

    どうなるのか知りたいな〜。






    2年前の佐藤彦五郎忌で、松本先生にお目にかかった時、

    新選組を描きたいとのお話もありましたので、

    是非この物語の続きも描いて欲しいです。





    ああ、その前に4巻を手に入れないと〜。

    3巻入手まで、ずいぶん時間がかかっちゃったしねぇ。

    いつになったら、手に入ることやら…

    3冊同様、気長に機会を待とうと思います


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    [新選組のコミック本] [コメント:4]
  • [2012/01/12/23:36][ ↑ ][ ↓ ]

  • 日本橋七福神めぐり(その2)

    「日本橋七福神めぐり」のお話の続きです。

    前回のお話はこちらでした ⇒ 日本橋七福神めぐり(その1)




    まずはコースのおさらいですよ。

    1.小網神社(福禄綬・辨財天) − 2.茶ノ木神社(布袋尊) − 

    3.水天宮(辨財天) − 4.松島神社(大国神) −

    5.末廣神社(毘沙門天) − 6.笠間稲荷神社(長寿神) − 

    7.椙森神社(恵比寿神) − 8.寶田恵比壽神社(恵比寿神)


    それでは続きとまいりましょう




    5.末廣神社(毘沙門天)


    松島神社から5分くらい歩いた所にあります。

    ビルに挟まれながらも神秘的な空間を作っているのが、

    こちらのお社です。



    末廣神社
    末廣神社 posted by (C)ルンちゃん



    江戸時代初期にはこの辺りに吉原があって、

    その守り神として崇められていたというから、

    かなり古いものですね。

    名前の由来は、延宝3(1675)年に社殿を修復した時、

    末廣扇が見つかったことから名付けられたとか。





    6.笠間稲荷神社(長寿神)


    こちらも末廣神社から歩いて5分くらいの場所です。

    日本三大稲荷である笠間稲荷(茨木県)の東京別社で、

    紋三郎稲荷とも呼ばれています。

    紋三郎稲荷という名前の由来は、一説によると

    江戸時代に藩主牧野定通の一族である門三郎という人が

    信仰心から多くの人々に功徳を与えたことにより

    いつしか笠間稲荷を紋三郎稲荷とも呼ぶようになったとか。


    笠間稲荷神社
    笠間稲荷神社 posted by (C)ルンちゃん


    江戸時代末期に笠間藩主・牧野貞直公が分祀したそうですが、

    こちらも栃木県の笠間稲荷同様、

    紋三郎稲荷とも呼ばれているようです。




    こちらには、茶ノ木神社のように

    両脇にお狐様がいらっしゃらないので

    ひと目ではわかりにくいですけど、

    鳥居の両方に「笠間稲荷」の提灯があるので、

    それでお稲荷様と判断できますよ。





    7.椙森神社(恵比寿神)


    笠間稲荷神社から椙森(すぎもり)神社までは、

    チョッと歩きます。

    それでも12〜3分くらいですから、近いものですよね。

    この神社では参加者の皆さんがすべて並ぶので、

    長い行列ができていました。

    なぜなら、ここで

    記念品の引き換え券に押印してもらうからです




    椙森神社
    椙森神社 posted by (C)ルンちゃん




    本堂へのお参りはしない人もいるので、

    こちらはそんなに長時間は並ばずにお参りできました。

    この神社はすごく古くて、平安時代

    藤原秀郷が平将門を鎮圧するために

    戦勝祈願したところといわれています。





    また江戸には「江戸三森」というのがあって、

    「鳥森神社」「柳森神社」そして

    この「椙森神社」がその神社にあたります。

    敷地には「富塚」という富くじの碑があって、

    宝くじの当選祈願に訪れる人も多いらしいですよ。

    私も大いにあやかりたいものです♪





    この椙森神社で七福神めぐりの色紙のご朱印は終わりです。

    でも、もう1ヶ所神社があるんですよね〜。

    そちらへ参ります





    8.寶田恵比壽神社(恵比寿神)


    椙森神社から歩いて7分くらい。

    町並みを何気なく歩いていると、

    ビルの町並みに混ざって神社もあります。




    寶田恵比壽神社
    寶田恵比壽神社 posted by (C)ルンちゃん



    この神社は昔、宝田村の鎮守様でしたが、

    江戸城を拡張するためにこの地に移ったそうです。

    こちらの恵比寿様は運慶作とも左甚五郎作ともいわれています。

    なんでも江戸開発に尽力した馬込勘解由が、

    徳川家康から譲り受けたものだそうですよ。





    こちらの神社も椙森神社と同じ恵比寿様です。

    恵比寿様がダブルためか、

    こちらではご朱印は頂きません。

    そのかわり、こちらをいただきます




    べったら漬け
    べったら漬け posted by (C)ルンちゃん



    べったら漬けのおふるまいですよ♪

    毎年10月19・20日に、ここで「べったら市」があります。

    それは昔からあるそうですが、

    当時は10月20日の恵比寿講の前夜に開かれたそうです。

    この時、恵比寿講に使う鯛や神棚といっしょに

    江戸名物の大根の浅漬けも売られたんだとか。





    その浅漬大根に付いた糀(こうじ)を、売り子さんたちが

    「べったら、べったら、買わないで通ると着物にくっつくよ」

    と言って、通る若い女性にくっつけた

    (もちろん戯れ事で^^)ことから

    この市を「べったら市」と呼ぶんだそうです。



    べったら市の碑
    べったら市の碑 posted by (C)ルンちゃん


    そんないわれのあるべったら漬けをいただいたわけです。

    ある意味、縁起物ですね。美味しかったですね〜。

    でも、できればお茶も欲しかったなぁ〜。





    ついでながら、江戸の名物べったら漬は

    徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜公も

    好んで食したそうですよ。

    好物の豚肉と一緒に食べていたのかもしれませんね。




    これで七福神めぐりは終わりです。

    日本橋七福神はお気づきかもしれませんが、

    8ヶ所全部神社なんですよね。

    普通はお寺と神社が混ざっているものですが、

    そんな所もここの七福神めぐりの特徴です。

    しかも1時間半くらいでまわれるので、

    初心者さんに向いてます





    そしてもう1つの特徴は、記念品がもらえること♪

    記念品欲しさに三越本店まで戻りますよ〜。

    記念品交換は三越本店と山本海苔本店の2箇所で貰えます。

    まずは、山本海苔本店に行って

    限定5000個の干支小鉢を戴きます。

    私が行った時はすぐ貰えましたが、

    その後すごく人が並んだみたい。

    早めに行って正解でした




    三越のれん
    三越のれん posted by (C)ルンちゃん
    三井越後屋を感じさせる のれん!
    「デパートにのれん」が、なんか粋♪




    そして三越の屋上で、壬辰の干支てぬぐいを戴きました。

    三越では他にも、三越で開催される

    絵画展の招待券なども戴けますよ。

    年頭に縁起物を戴けるのは、嬉しい1年の始まりですよね。


    記念品
    記念品 posted by (C)ルンちゃん



    こうして福をいただき、今年も良いスタートをきりました。

    またいろいろある1年になると思いますが、

    出来る限りのことを実践していくつもりです。

    お互い、良い年にしたいですね


    日本橋七福神めぐりの色紙
    日本橋七福神めぐりの色紙 posted by (C)ルンちゃん


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    [・日本橋(2012)] [コメント:2]
  • [2012/01/09/22:06][ ↑ ][ ↓ ]

  • 日本橋七福神めぐり(その1)

    あけましておめでとうございます。

    今年もよろしくお願いします





    昨年は個人的には忙しい1年でした。

    ブログの更新もままならず、ネタがあっても

    なかなか記事アップできないこともありました。

    今年も既に同様な1年になりそうな気配ですが、できる限り

    記事更新していきたいと思っていますので、

    どうぞ遊びに来て下さいね





    では、今年最初の記事です♪

    今年も恒例になりました「七福神めぐり」からのお話ですよ。

    毎年、新選組にちなんだ場所の「七福神めぐり」を

    選んででかけていますけど、

    今年は「新選組」というより、もっと大きな枠組みで

    「お江戸」を意識して選んでみました。





    それが日本橋七福神めぐりです

    日本橋といえば

    「♪おえ〜ど日本橋な〜な〜つ〜立ち〜」
    でお馴染みの

    東海道や中山道のスタート地点でもありますし、

    江戸の中心でもありましたよね。

    なんて、こんな風にこじつけていますが…





    実は昨年の1月のことなんですが、

    ウォーキングをしているお仲間さんから

    「日本橋七福神めぐり」の楽しいお話を聞いて、

    「ぜひ平成24年のお正月は日本橋七福神めぐりをしよう!

    と心に決めていたのです。


    七福神めぐりののれん
    七福神めぐりののれん posted by (C)ルンちゃん


    毎年、日本橋三越で行っている

    「七福神めぐり」があるのですが、それに参加したのでした。

    その名も

    第27回 日本橋三越本店 日本橋七福神めぐり
    です





    これは日本橋七福会主催、中央区観光協会後援で

    日本橋三越が行っているもので、

    毎年すごい人気の七福神めぐりなんですよね。

    1月4日に日本橋の三越本店に行って、入口で受付をし、

    八つの神社をめぐって三越で引換券を渡すと、

    記念品が貰えるんですよ〜




    さて、4日当日、私が三越前に着いた9:45には、

    既に沢山の人たちが並んでいましたよ。

    スタートは10:30からでしたが、

    並んでいる人の列が長かったので、予定より早く

    10:00過ぎには始まりました。


    最初にマップをもらう
    最初にマップをもらう posted by (C)ルンちゃん


    今回のコースはこちらです。

    1.小網神社(福禄綬・辨財天) − 2.茶ノ木神社(布袋尊) − 

    3.水天宮(辨財天) − 4.松島神社(大国神) −

    5.末廣神社(毘沙門天) − 6.笠間稲荷神社(長寿神) − 

    7.椙森神社(恵比寿神) − 8.寶田恵比壽神社(恵比寿神)


    の計8ヶ所です。






    七福神なのに、なぜ8ヶ所なのかといえば、

    恵比寿様が2ヶ所にいらっしゃるからなのです。

    今回も長くなるので、2回に分けてお話しますね。





    受付で貰ったものはこちらです。

    黄色いリボンと七福神めぐりマップと引換券が2枚。

    リボンは歩いている間、目立つところに付けます。



    案内マップ♪
    案内マップ♪ posted by (C)ルンちゃん


    反対まわりもできましたが、

    マップどおりにいくことにしました。

    要所要所に案内の人が待機しているし、

    人数が多いので、前を行く人についていけば

    迷うこともありませんからね。

    こんなラクな七福神めぐりはありませんね〜

    歩いて5分もしないうちに、1番目の小網神社に到着です。





    小網神社
    小網神社 posted by (C)ルンちゃん



    1.小網神社(福禄綬・辨財天) 

    すごく小さな神社なんですが、

    約550年も前から鎮座する由緒ある神社なんですよ。

    しかも強運厄除の総本山!

    東京銭洗い辨財でも有名だそうです。

    そんなすごいパワーのある神社だとは知らず、

    めぐり終わった後に知ったもので、

    大きなチャンスを逃してしまったかも。






    神社の脇に銭の洗い場があったので、

    お金を洗っておけばよかった。残念!





    ちなみにこのとき驚いたのは、

    道から手を合わせたり、お辞儀して通り過ぎる人が

    多くいたことです。人が多いから

    待たずに通りすぎるというわけですね。

    私はしっかりお参りをして、参拝の色紙(ご朱印)もいただきました。





    こちらの色紙は大変便利で、

    最初に立ち寄った神社で色紙を求めて2千円払えば、

    あとの場所では色紙を渡してご朱印を貰うだけなんです。

    いちいち小銭を出さなくていいので、

    これはすごくありがたかったですよ。





    2.茶ノ木神社(布袋尊)


    1番目から歩いて2分ほどのところにあります。
     
    神社の周囲に茶の木が見事にあったので、

    茶ノ木神社と呼ばれるようになったとか。

    「稲荷」の文字はありませんけど、白きつねが両脇にあるので、

    お稲荷様なんでしょうね。

    江戸時代には下総佐倉城主(堀田家)の守護神として

    祀られていたそうです。その後

    七福神の布袋様が一緒に祀られて、今に至っています。



    茶ノ木神社
    茶ノ木神社 posted by (C)ルンちゃん





    3.水天宮(辨財天)


    こちらは安産祈願で有名な水天宮です。

    久留米藩九代藩主・有馬頼徳公の上屋敷にあった水天宮が

    こちらに移されました。




    水天宮
    水天宮 posted by (C)ルンちゃん
    こちらは弁天様のお社です^^





    頼徳公が加賀藩の前田公と能の芸を競うことになり、

    辨財天に願をかけたところ勝利を得たという逸話があり、以来

    宝生辨財天といわれるようになりました。

    運慶作ともいわれ、芸ごとの他にも学業や金運にもご利益があるとか。

    う〜ん、あやかりたいものですね





    4.松島神社(大国神)


    前の人についていくうち、いつの間に到着したのがこちらです。

    なんで到着したのか わかったかというと、

    大国様(に扮した方)が「ようこそいらっしゃいました」

    と踊り(?)を披露なさっていたからです。






    江戸時代、この周囲は歓楽街で人形細工職人や

    呉服商人、歌舞伎役者たちの参拝が多かったそうです。

    今は、鳥居をくぐると近代的なビルがあり、

    そのビルの奥に神社があるんですね。

    松島神社
    松島神社 posted by (C)ルンちゃん
    こんな感じです^^


    11月には酉の市も開かれ、昔のように賑やかになるそうです。


    続きはこちら ⇒ 日本橋七福神めぐり(その2)


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    [・日本橋(2012)] [コメント:0]
  • [2012/01/07/23:54][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「七福神めぐり」特集


    今まででかけた七福神めぐりを まとめてみました

    2011年(平成23年)

    ・港七福神めぐり(その1)

    ・港七福神めぐり(その2)


    ・柴又七福神めぐり(その1)
    ・柴又七福神めぐり(その2)


    2010年(平成22年)

    ・八王子七福神めぐり(その1)

    ・八王子七福神めぐり(その2)


    2009年(平成21年)

    ・浅草七福神めぐり(その1)

    ・浅草七福神めぐり(その2)

    ・浅草七福神めぐり(その3)


    2008年(平成20年)

    ・調布七福神めぐり(その1)

    ・調布七福神めぐり(その2)


    2007年(平成19年)

    ・日野七福神めぐり(その1)

    ・日野七福神めぐり(その2)


    いかがでしたでしょうか?

    今年の七福神めぐりの様子は
    1月5日以降に記事アップの予定ですので、
    よかったらまた見に来て下さいね。

    場所は まだ秘密です〜

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    [七福神めぐり一覧] [コメント:0]
  • [2012/01/02/21:53][ ↑ ][ ↓ ]

  • 中山道 板橋宿訪問 (その2)


    前回の続きです 

    ちなみに前回記事はこちら ⇒ 板橋宿訪問(その1)




    平尾宿脇本陣


    ここは新選組ファンとしては、はずすことができない史跡ですね。

    新政府軍に投降した近藤勇が幽閉された場所です。


    平尾宿脇本陣
    平尾宿脇本陣 posted by (C)ルンちゃん




    この豊田家は平尾宿の名主で、代々市右衛門を名乗っていました。

    幕末の頃の当主は喜平次で、その孫娘・とみと

    近藤勇との和やかな交流があったという逸話もあります。

    真意の程はわかりませんが、とみ女に愛娘・瓊子(たまこ)の面影を重ねて、

    ほんのひとときでも心なごませることができた と信じたいですね。





    観明寺


    こちらは新選組とは関連がありませんが、

    ボランティアの方に案内して頂きました。

    石神井川の向こう側、板橋宿の東側には

    かつて加賀藩の下屋敷があったそうです。





    この観明寺には加賀藩下屋敷から移された

    赤門と稲荷社があります。

    加賀藩の赤門といえば、東大の赤門を思い浮かべますが、

    ここにも同じ加賀藩の赤門があったんですね〜。


    これも赤門です。
    これも赤門です。 posted by (C)ルンちゃん



    東大の赤門よりは小さい気がしますが、

    まさしく赤門ですよ。

    こんなところでお目にかかるとは、思いもしませんでした。






    東光寺


    宇喜田秀家の供養塔のあるお寺です。

    ここには、平尾の一里塚(勇の首が晒されたといわれている)

    にあったと伝わる地蔵菩薩坐像や、

    寛文2(1662)年の庚申塔があります。






    特にこの庚申塔は彫刻がすごくて

    庚申塔の特徴である邪鬼や猿や鳥、

    月と太陽(その他いろいろ)が揃いぶみ

    しかも庚申塔って表面が削れていたり、砕けていたりが

    けっこうあるものですが、こちらのものは状態がすごく良くて、

    顔の表情の細かい部分まできれいに見えますよ。

    これは必見の価値ありです





    ボランティアの方とはこちらで別れ、

    私達はJR埼京線の板橋駅に向かいます。






    近藤勇の墓


    板橋駅近くの近藤勇・土方歳三のお墓。

    ここは有名ですよね。

    北区滝野川にある寿徳寺の境外墓地にあたります。

    近藤勇の墓
    近藤勇の墓 posted by (C)ルンちゃん


    側面には戦死した新選組隊士他の名前が右に、

    病死や変死の隊士他の名が左に刻まれています。

    それから正面の近藤勇の諱が、こちらは

    「宜昌」になっているんですよね(本当は昌宜^^;)。





    そんなあたりを3人で確認してみました





    前に来たときは、墓石の一部が破損していましたが、

    何年か前に有志の募金で修繕されました。

    今はどこが破損していたかわからないくらい

    綺麗に直っていますね。よかったです。






    同じ敷地内には、永倉新八のお墓と

    近藤勇埋葬当初の墓石などもあります。

    (他にもいろいろなものが増えました)


    新選組のまち
    新選組のまち posted by (C)ルンちゃん


    ここは「新選組のまち」として活動しているんですね。

    近藤勇の墓のお隣にある喫茶店では、

    イサミあんみつ
    なんていうのもあります。

    イサミあんみつあります^^
    イサミあんみつあります^^ posted by (C)ルンちゃん



    どこが「イサミ」なんだろう? と思って注文してみました

    実物がこちらですよ


          これがイサミあんみつです
    これがイサミあんみつです posted by (C)ルンちゃん


    思っていたより具だくさんで、とくにフルーツが多かったです。

    先に昼食を摂っていた私には、かなりの量に感じました。

    (しっかり完食しましたけど^^)





    お店の人には聞きませんでしたけど、

    「この具沢山で無骨(?)なところが 近藤勇に似ているのかも」

    と三人で勝手に納得し、お店を後にしました。





    こうして三人の板橋宿散策は終わりましたが、

    今回もいろいろな発見や、記事には書きませんでしたけど

    途中で美味しい和菓子も頂いたりして、

    楽しい1日を送ることができましたよ






    きっとあなたが板橋宿を散策する時も、見過ごさなければ

    チョッとした嬉しい発見ができると思いますので、

    板橋宿を訪れる機会があったら、楽しんでみて下さいね



               〜お知らせ〜
    こちらの記事で、今年は仕事納めとなります。
    今年もたくさん訪問下さいまして、誠にありがとうございました
    今年の10月でこのブログも6年目に突入しましたが、
    こうして永く続けられたのも、ひとえに
    あなたが訪問してくださったおかげです
    ありがとうございました!!

    来年も楽しいお話を載せるようがんばりますので、
    どうぞまた、こちらに遊びに来て下さいね。

    それでは良いお年をお過ごしください。
    来年があなたにとって、ステキな年となりますように!!




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    [史跡めぐりレポート] [コメント:2]
  • [2011/12/30/22:32][ ↑ ][ ↓ ]

  • 中山道 板橋宿訪問 (その1)


    毎年、近藤勇忌に一緒に出かけるYさん(以下さくらさん)とBちゃん。

    Bちゃんとは今年も歳三忌で会うことができましたが、

    勇忌が震災の影響で中止になったので、

    さくらさんとはずっと会えずにいました。






    このまま会えずじまいで年越しするのは寂しかったので、

    「会えませんか?」とメールでお尋ねしたところ、

    「いいですよ」のお返事を頂き、3人で会うことになりました





    巣鴨で待ち合わせて、向かったのは板橋宿

    ここは、浪士隊が小石川の伝通院から京へと旅立ったときに

    通った宿場であり、また近藤勇が流山から新政府軍へ投降し、

    一時監禁されていた場所でもありますね。





    私がこの地を訪れたのは、中山道ウォークをしていた頃ですから、

    もうかれこれ10年ぶりくらいです。

    本陣などは覚えていますけど、

    曖昧な部分もあるので今回はおさらい歩きですね。






    Bちゃんが史料をいっぱい持ってきてくれたので、

    彼女にいろいろ確認してもらいながら歩いてみました。

    写真もたくさん撮ったので、今回は2回に分けてご紹介しますね





    これより板橋宿
    これより板橋宿 posted by (C)ルンちゃん




    江戸日本橋からですと、ここが板橋宿の入口です。

    道幅は当時のままだそうですよ。

    今は商店街になっていて、いろいろなお店を見るのも楽しいです。





    遍照寺


    宿場の中ほどに「遍照寺」があります。

    ここは明治4年に廃寺となって、その後再び復活したお寺です。

    「明治4年に廃寺なら、彼ら(浪士隊)が通ったときはあったよね」


    「うん、そうだね」


    というわけで、彼らが見たかもしれないお寺なので

    立ち寄ってみました




    遍照寺に至る道
    遍照寺に至る道 posted by (C)ルンちゃん




    路地を入っていくとお寺があります。

    案内板がなければ見逃してしまいそうですよ。

    江戸時代の頃は天台宗で、現在は真言宗だそうです。

    時代(&諸事情)で宗教が変わるお寺もあるんですね。

    お寺の隣には庚申塔などもありました。






    板橋宿本陣跡


    ちょうど宿場の中間にあたる中宿の中央に本陣があります。

    京都に向かって右側です。

    板橋は日本橋の出発点から数えて最初の宿場なので、

    泊まるというより休憩に利用されることの方が多かったようです。





    今は古い建物はなく、本陣の碑があるだけですが、

    当時の本陣の主人・飯田新左衛門のご子孫の方は

    今でもお住まいのようです。




    中宿脇本陣跡


    本陣を通り過ぎて3〜4分、今度は左側に脇本陣跡が見えました。

    ふつう、本陣=本家、脇本陣=分家というイメージがありますが、

    板橋宿は、中宿の脇本陣に住んでいた飯田宇(卯)兵衛宅の方が、

    本家だそうです。



    中宿脇本陣跡
    中宿脇本陣跡 posted by (C)ルンちゃん



    ですから、幕末の頃に和宮様が降嫁されるときは

    こちらの脇本陣にお泊まりになったそうですよ。

    明治には明治天皇もお立ち寄りになっています。






    板橋


    再び京都方面に歩くと、2分ほどで

    石神井川のほとりにたどり着きます。

    ここに立派な橋があるんですね〜。

    これが「板橋」、町の名の由来になったといわれる橋ですよ



    いたばし〜っ!
    いたばし〜っ! posted by (C)ルンちゃん


    初めてここを訪れたときは、名前の由来を聞いて

    なぜかやたらに感心したものです。

    もちろん江戸時代は板でできていましたけど、

    今は頑丈なコンクリートの橋になっていますよ。





    この先にもいろいろ見るものはありますが、

    今回はこの橋で折り返し、平尾宿まで引き返します。





    普通の宿場は京都を「登り(上がり)」と考えて、

    西から上宿・中宿・下宿と呼びました。

    でも板橋は上宿・中宿・平尾宿と名付けています。

    それは下宿にあたる場所に「平尾」という町があったことに由来します。





    平尾宿脇本陣の近くに、いたばし観光センターがあります。

    ここには、区内の名所・旧跡案内や観光パンフレット配布、

    古文書・史料などの展示がされていて、板橋宿に来たなら

    是非立ち寄ってほしい場所ですよ





    訪問した日は寒波で、ものすごく寒い日でしたので、

    こちらに立ち寄って一休みしたのが嬉しかったですね。

    暖かい室内で、あったかいお茶を頂いたら、

    少しホッとしましたよ。





    センターには、いたばし観光ボランティアの

    「もてなしたい」の方たちが待機していて、

    展示品などの説明もして頂けます

    地元の話は地元の人に聞くのが一番!

    あまり知られていない裏話も聞けるので

    こういったボランティアはありがたいですね。

    みなさん、とっても親切です。





    この日もこの後、ボランティアの方に

    平尾宿脇本陣などを案内して頂きました。

    そちらのお話は次回に続きます


    板橋宿は施設が充実してます
    板橋宿は施設が充実してます posted by (C)ルンちゃん


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    [史跡めぐりレポート] [コメント:2]
  • [2011/12/25/22:27][ ↑ ][ ↓ ]

  • 歳さんのふるさとの秋


    高尾山の紅葉を見に行ってからしばらく経ちますが、

    土方歳三さんや井上源三郎さんのふるさとの里山も

    赤く色づいています



    平山橋近くの紅葉
    平山橋近くの紅葉 posted by (C)ルンちゃん




    八王子市街地と高尾山のふもとでは、

    気温にチョッと差があるんです。

    八王子駅では何でもなかったのに、

    高尾山のふもとに着いたら雪が降っていた なんてこともありましたよ。

    (1時間後に八王子駅に戻ったら、雪のかけらもなかったけど^^;)





    日野も高尾山よりは若干気温が高いので、

    高尾の紅葉より少し遅れて色づきます。

    先週くらいが一番きれいだったかな。




    滝合橋からの紅葉
    滝合橋からの紅葉 posted by (C)ルンちゃん




    すごく綺麗だったので、写真に載せようと思っていたところ、

    カメラを持ち歩くのを忘れて何日か経ってしまったので、

    少しピークを逃したかもしれません






    浅川から平山の眺めですよ。

    この辺りは昔お城があった所らしいです。

    「平山城址公園」として城跡も残っています。





    土方さんや源さんも浅川を歩いて、

    この辺りの風景を見たのでしょうか?

    この町で昔からある風景(用水路とか土蔵とか)を見ると、

    いつもそんなことを思ってしまいます。





    里山の風景はいいですね。私も大好きです

    春の花霞、夏の蛙や蝉の声、そして紅葉。

    雪が降るとまた違った景色が味わえます。




    こうした日野の風景も、だんだん少なくなってきましたが、

    いつまでも残っていて欲しいと願う風景です。



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    [歳さん源さんのふるさと日野] [コメント:0]
  • [2011/12/17/00:27][ ↑ ][ ↓ ]

  • 寒がりな多摩人の強い味方

    寒くなりましたね。

    ついこの間まで「セミが鳴いてるな」と思っていたのに、

    もう師走、今年もあとわずかになりました。





    毎年今頃になると、寒さが苦手なルンちゃんは

    「この冬をいかに快適に過ごすか」をテーマに

    「あったかグッズ」を探します。

    昨年はモコモコフリースのジャケットを格安で見つけて、

    心も体もあったかになりました





    そんな私の愛用品は、綿入り半纏なんですよ

    チョッと寒いなと思った時に、

    気軽に羽織れるのがありがたいです♪

    (さすがに外には着ていきませんけど…)





    この冬も夏に引き続き節電が必要みたいですよね。

    そのエコ対策として綿入れ半纏も役立ちそうですよ。





    そのせいもあるのか、今年はどこのお店でもよく見かけますよね。

    ただ、ありきたりな縦じまとかの柄ばかりで

    「いまひとつ…」という感じもします。

    (ちなみに今着ているのは可愛いトンボさんの絵柄、
     その前はワンコでした^^)






    ネットで探してみるといろいろな絵柄があるので、

    もし欲しいなと思っているなら、ネットで探すほうが

    お気に入りが選べそうです。





    私もそう思って探していたところ、

    その途中でこんな半纏を見つけてしまいましたよ




    誠 綿入れ半纏





    はい、新選組の柄に似た半纏ですよ。これは男性用です。

    他にも火消しの羽織風の和柄もありましたよ。

    「柄に似た…」といったのは、

    袖口にダンダラ模様がなかったからなんですけど^^;

    それ以外は新選組っぽいですよね。





    綿入れ半纏なので、

    チョッとゴワゴワした感じにも見えますが、

    防寒に重点をおいているので、

    こういうもんだと理解しましょう





    しかし探してみるといろいろあるものですね〜。

    「新選組(誠)の綿入れ半纏は、さすがにないだろう」

    と思っていたんですけどね。まさかあるとは…

    作った人、スゴイな〜






    また面白い新選組グッズを見つけたら、お知らせしますね〜。

    「あったかグッズ」も引き続き探してみます


    誠 綿入れ半纏
    どやっ、このはんてん(^0^)


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    [・新選組グッズ 実用編] [コメント:0]
  • [2011/12/13/23:30][ ↑ ][ ↓ ]

  • 江戸時代の娯楽、やってます^^


    このところ、趣味のウォーキングの方では

    「大山参り」のルートを歩いています





    「大山参り」というのは、神奈川県の大山の山頂にある

    「大山阿夫利神社 (おおやまあふりじんじゃ)」にお参りする

    というものなんですね。

    これは江戸時代に庶民の間で、盛んに行われていた信仰なんですよ。






    当時は庶民が旅行するなんてことは、

    今のように自由じゃありませんでした。

    でも信仰となると、比較的お上も寛大だったみたいです。

    それでお伊勢さんや富士山にも行けたんですね。





    でもお伊勢さんや富士山だと、江戸庶民にはチョッと遠すぎます。

    そこで「もっと近場で」ということで、

    大山参りが人気だったみたいなんですよ





    旧暦の6月から7月の頃に、数日かけて大山へ行き、

    その日は宿坊に泊まり、翌朝に神社へ参拝登山にでかけます。

    これで目的は達成されたわけですけど、

    これで帰るかといえば、そうでもありません

    気が向くと、江ノ島や鎌倉にも足を運んでいたみたいですよ。





    そりゃそうですよね。

    せっかくここまで来たんだから、もっといろいろ見てみたい。

    そう思う気持はわかります。こうして「大山参り」を口実に、

    みんなこの時とばかりに遊んだのでした

    そういえば、清河八郎さんもこの辺りを観光していましたね〜。


    過去記事 ⇒ 清河八郎も訪れた意外な観光地 





    そんな江戸時代の庶民の気持になって、

    私も「大山参り」をしています。




    さて、その「大山参り」のルートはいくつもあったようです。

    それだけいろいろな所から詣でる人がいたのでしょうね。

    ちなみに、高尾山にも大山道があるそうな。

    昔は高尾山も富士登山代わりになっていたともいうし…

    (詳細は不明。こんど調べてみます^^)






    今歩いているのは、「矢倉沢往還」と呼ばれている所で、

    江戸の赤坂御門から青山〜渋谷〜三軒茶屋〜瀬田〜多摩丘陵〜

    大和〜矢倉沢関所と続いている脇街道です。





    途中には道しるべや、旧家の家屋などもあり

    「こんな所にあの人が来たの?」

    なんていう場所もあり面白いですよ。

    今日は具体的な場所は載せませんけど、

    そのうちご紹介しますので、よかったら見てみて下さいね



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    [新選組] [コメント:3]
  • [2011/12/06/00:16][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新撰組の起きあがりこぼしで応援

    会津の民芸品に 起き上がり小法師というのがあります。

    親指ほどの小さな張り子人形ですよ。 知っていますか?





    起き上がりこぼしは、全国で売られていると思いますけど、

    会津の「起き上がり小法師」は、四百年前に

    藩主・蒲生氏郷公が無役の藩士に作らせて、

    正月に売ったのがきっかけだといわれているそうです。






    会津では今も正月の初市で売るそうですよ。

    家族の人数より一個多く買い求め、神棚に飾って

    正月を祝う風習があるのです。





    その名前の通り、

    倒れても倒れても起き上がる
    のが特徴ですね。

    その様子は、健康・忍耐に通じ、

    子孫繁栄や財産が増えるように との願いも込められています。





    先日の日野市の産業まつりの時も、

    会津のブースで見かけました。

    その時、買うつもりでいたんですけど

    バタバタしてるうち、買いそびれてしまったんですよね





    そんなことがあったので、気になっていたんですけど、

    今日、こんなものをみつけてしまいました




    新撰組の起き上がり小法師


    どうですこれ、

    新撰組バージョンの「起き上がり小法師」なんですよ。

    前から「新選組のがあったらいいのにな」

    と思っていたので、見つけたときにはチョッと嬉しかったです。





    会津若松市の「山田民芸工房」という所で作っているそうですが、

    すぐには買いに行けないので、今回はお取り寄せするつもり。

    ちなみに、この「起き上がり小法師」の売り上げは、

    すべて会津若松市の義援金として、寄付されるそうですよ。





    今年、会津若松市は、鶴ヶ城の瓦を幕末当時の赤い瓦に替えて、

    3月から沢山の観光客を迎えるつもりでした。

    ところがあの震災や原発の影響で、見込んだ人出は大幅に減少。





    この夏に会津に出かけたという知人の話では、

    どこもお客さまが少なく、本当に困っていたとのことでした。

    ですから、私の分の売り上げなんて微々たるものですけど、

    少しでもお役に立てればとも思います。





    起き上がりこぼしを見ていると、

    会津や東北の方々の姿にも重なります。

    この人形に込められた願いが成就するようにと

    願ってやみません。





    今年は行かれませんでしたが、

    来年は私も、会津に出かけたいと思っています。



    新撰組の起き上がり小法師
    1点1点手作りのぬくもり、温かさがにじみ出る
    山田民芸工房さんの素敵な1品です。山田民芸工房さ...



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    [・新選組グッズ 飾り編] [コメント:0]
  • [2011/11/29/11:43][ ↑ ][ ↓ ]

  • 龍馬が食べた(?)カレーの味


    再び、龍馬のネタなんですけど…

    先日、近くの百貨店で、全国の「アンテナショップ」

    を集めた物産展を開催していました。




    アンテナショップっていいですよね

    ご当地の自慢の品がわかるし、

    旅した場所なら、懐かしい思い出の品があるし、

    知らない場所へ行ってみたくもなります。




    今回の物産展でも、いろいろと楽しい品物がありました。

    その中に「ご当地カレー」というのもありましたよ。




    ご当地カレーはたくさんありますよね。お馴染なのは、

    函館なら「五島軒」ですね。私も現地で食べた事があります。

    沖縄だと「ボンカレー(昔の絵柄)」が有名ですけどね。

    他にも場所によって、鹿肉の入ったのや牡蠣の入ったのもあります。





    たくさん並んでいるカレーの中で、

    その日、目についたのはこれでした。



    長崎幕末ロマン 龍馬伝説カレー




    長崎のカレーですよ。表紙が龍馬の渋いイラストです。

    「龍馬のカレー」という品物は他にもあるようですが、

    これは名前だけじゃないようです。

    チョッと気になったので購入してみましたよ。

    どんなでしょう? 食べるのが楽しみ〜





    帰宅してからじっくり箱を見たところ、

    表面はやはり龍馬の顔です。裏面の説明書きによると、

    幕末、オランダの軍医ポンペが自国に送った報告書に

    カレーのことが書かれていたそうです。





    ハイカラ龍馬なら当時カレーを食べたのではないか

    ということで、当時のカレーを研究し、

    再現したのがこのカレーだそうですよ。





    数日後、お昼に試食してみました

    箱の中にはレトルト状態で入ってます。

    取り出したレトルトには、説明も絵も何も書いてありません。

    せめて龍馬の絵くらい付いてて欲しかったけど^^;





    温めて中身をお皿に取り出したところ、

    スパイシーな香りが漂ってきましたよ。

    「スパイスが強いかな?」と思いましたが、

    食べてみたら、そんなに気になりませんでした。

    なかなか美味しいかったです♪





    でも食べ慣れない味しました。

    「いったい何だろう?」と思って箱に記載の材料を見たら、

    コーヒーやビールが隠し味に入っていました。

    気がついたのはビールの味でしたね。





    「昔のカレーを研究して」とありましたが、

    この味を龍馬らは食べたのかしら?

    それは確かめることはできませんけど、

    遠い昔を思って食べると、ロマンも感じられるようです




    今回のご当地カレーは「龍馬のカレー」でしたが、

    他にもいろいろあるので、各地を試してみたくなりました。

    今度探してみるつもりです


    長崎幕末ロマン 龍馬伝説カレー
    日本最初の西洋料理店「良林亭」のカレーを再現!
    隠し味が光る☆龍馬役の福山雅治さんも絶賛さ...




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    [新選組] [コメント:2]
  • [2011/11/25/10:50][ ↑ ][ ↓ ]

  • 龍馬の手紙が4,000万円!!

    見ましたか? 

    11月22日放送の「開運!なんでも鑑定団」





    この日は放送900回スペシャルということで

    2時間の放送だったんですけど、そこで

    坂本龍馬の書状
    (掛け軸)
    が出たんですよ





    ちょうど仕事から帰宅してテレビをつけたら

    「開運!なんでも鑑定団」をやっていました。

    何気に見ていたら、龍馬の手紙が登場したんですよね。





    依頼人さんのお話によれば、お父さんが

    40年前に叔父さんから新築祝いで貰った物だそうです。

    もとは骨董が趣味だったおじいさんの遺品で、

    他にもいろいろな掛け軸があったけど、

    新築の床の間が小さいからとの理由で、小さいものを貰ってきたのだとか。





    今までずっとしまいこんで忘れていたところ、

    昨年の大河ドラマ「龍馬伝」を見ていて思い出し、

    「もしかしたらすごい物かも」と、鑑定団に出すことにしたそうです。





    登場したのは2点。

    画面に出てきた書状のアップを

    私も食い入るように見てしまいましたが、

    なんとなく知ってる、龍馬の

    お世辞にも立派とはいえない字に似てる…^^;

    これはやはり、本物?!





    そして鑑定結果は

    4,000万円(1600万と2400万)でした!

    すっご〜〜〜い!!





    資料的に、すごく貴重なものだそうで、また

    市場に出回ることもないので、かなりなお宝だそうですよ。





    そりゃそうでしょう

    龍馬の手紙なら、欲しい人は沢山いるでしょうからね。

    龍馬の場合は、資料的価値以外に人気度の面からも

    高価になるのはうなづけます。





    平成の時代に、新しい手紙が世に登場するのも、

    幕末好きとして嬉しいことですね





    それにしても、羨ましいですね。

    新築祝いに龍馬の書状が貰えるなんて。

    それにおじいさん、

    どこでこの書状を手に入れたんでしょうね?

    (それが気になる)





    これからもこんな風に、幕末に生きた人の書状が

    見られるといいんですけどね。

    ついでに、新選組関連の書状を進呈してくれる人が

    私にも欲しいもんです


    詳しいことは こちらで ⇒ 開運!なんでも鑑定団HP


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    [新選組] [コメント:0]
  • [2011/11/23/00:24][ ↑ ][ ↓ ]

  • 高尾山のもみじまつり

    高尾山でもみじまつりをやっている

    というので、行ってみました





    期間中は、太鼓やマジックショーなどの

    イベントもあるようですが、

    やはりお目当ては「紅葉」ですよね♪





    高尾山の紅葉は、ちょうど今が見頃なんですよ





    スタンプラリーも行っているので、

    ゴールデンウィークの頃と同じような、すごい賑わいです。

    高尾山スタンプラリー
    高尾山スタンプラリー posted by (C)ルンちゃん
    駅員さんもこのチラシを配っていました^^
    山の各所にあるスタンプを押して
    クイズに挑戦します




    まずは山登りの前の腹ごしらえ。

    今回は高尾山口駅、高尾橋を渡ってすぐの

    琵琶家さんに行きました。


    琵琶家入口
    琵琶家入口 posted by (C)ルンちゃん


    こちらのお店は、創業が大正3年だそうですよ。

    そういえば、昔からありましたね。

    子どもの頃からいつも見ていたお店なんですけど、

    入ったのは今日が初めてです。


    琵琶家のとろろ蕎麦
    琵琶家のとろろ蕎麦 posted by (C)ルンちゃん



    こちらのお店のお蕎麦は十割そばで、

    歯ごたえが感じられます。

    あっという間に、食べちゃった。


    高尾山もみじまつり
    高尾山もみじまつり posted by (C)ルンちゃん





    ケーブルカー乗り場近くのもみじが、紅葉していますね。

    綺麗な場所もありますが、

    全体的には例年よりも色が薄いような。

    今年は気象の変化が激しかったので、

    そんな所も影響しているのでしょうか?






    でも眺めはよかったです

    山の中腹にある展望台が、この時期おすすめですよ。

    ここは10月末まで「ビア・マウント」として営業しています。

    時間制のビアガーデンで、いつもスゴイ賑わいです。


    高尾山にも展望台があります^^
    高尾山にも展望台があります^^ posted by (C)ルンちゃん
    「地球は丸い」と実感できる気がする――




    でも今の時期は「きっちん むささび」として営業していて、

    無料展望台に入ることができます。





    「ビア・マウント」営業中は、人が多くて入れませんけどね。

    人数制限とかしているし、何時間も並ばないと入れないし。

    でもこの時期ですと、待たずに簡単に入れますよ。

    お食事している方もいますが、

    何も買わなくても展望台に登れます。






    展望台からは、都心の高層ビルが立ち並ぶのが見られます。

    運がよければスカイツリーや三浦半島なども

    見られるようですよ。





    この日はスカイツリーまでは見られなかったけど、

    けっこう遠くまで見ることができました





    もみじまつりなので、お店もいろいろ出ています。

    ます酒やら、甘酒やら、お団子やら、おまんじゅうやら…。

    実はこれらが目当てで、昼食のお蕎麦も

    控えめにしたんですけどね〜(お団子と饅頭を食べました


    薬王院のもみじ
    薬王院のもみじ posted by (C)ルンちゃん


    薬王院で健康登山のご朱印も貰って、

    今回も楽しく高尾山を満喫できました。

    このおまつりは、11月30日までやってますので、

    機会があったら足を運んでみて下さいね


    天狗様が出没します
    天狗様が出没します posted by (C)ルンちゃん
    高尾のお山は昔から、
    天狗が棲むと言われています





    友人のKちゃんが、この前

    「高尾山に登りたい」と言っていたので、

    そのうちご招待して一緒に楽しみたいと思っています。

    私がおススメのスペシャルコースを登るつもりですので、

    そのときは、こちらでも紹介しますね。





    いつになるかは、まだわかりませんけど、

    どうぞお楽しみに〜


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    [高尾山の健康登山] [コメント:0]
  • [2011/11/21/23:28][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組検定があるらしい…



    新選組検定
     っていうのがあるらしいです





    漢字検定とか数学検定とかは、よく知っているつもりですけど、

    世の中にはそれ以外にも、たくさんの検定がありますよね♪





    例えば、ルンちゃんの住んでいる多摩地区には、

    タマケン(多摩・武蔵野検定)っていうのがありますよ。

    なんと今年のタマケンの宣伝ポスターは、

    土方歳三さん(の銅像)でした

    ⇒ 2011年多摩・武蔵野検定ポスター





    先日の日野市の産業まつりの時、

    薄桜鬼のブース前で並んでいたら、チラシを貰いました。

    それが「新選組検定」のお知らせでしたよ。





    チラシでは、検定日の他に

    主催者や協力法人、受検料なども載っています。





    ちなみに公式サイトもありますが、

    申込受付開始が12月上旬からなので、

    詳細はまだ発表されていないようです。

    ⇒ 新選組検定公式サイト






    ネット上では、既に新選組検定のうわさは

    チラホラ出ていますね

    検定ができるっていう話は、前に聞いた気もしますが、

    詳しいことは知りません^^;





    もし新選組検定ができたら、あなたはどうしますか?

    私はたぶん受けるでしょうね(都合があえばね^^)

    でも、チョッと値段が高いしな〜(どうしよう?)





    今まで「新選組」という名の付くものには、

    極力関わってきましたからね〜。

    それに、自分の新選組度がわかりそうですし〜。





    まあ、まだ詳細がわからないので、

    新選組検定サイトで詳細が発表されてから、

    よく考えてみたいと思います


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    [新選組インフォメーション] [コメント:0]
  • [2011/11/15/23:55][ ↑ ][ ↓ ]

  • 薄桜鬼 in 日野まつり

    新選組のふるさと日野市で開催される

    11月12日と13日の産業まつり&新選組まつりに

    行ってきました




    9時30分から始まった開会式のあいさつ。

    テントがいっぱいあって

    薄桜鬼のブースがわかりませんから、

    その声を聞きながら市役所に入り、

    まずは会場マップをいただきました





    建物を出て、落ち着いたところでマップを見ようとしたら、

    超ビッグな土方さんと薄桜鬼(の土方さん)に遭遇♪


    土方さんと土方さん(^^)
    土方さんと土方さん(^^) posted by (C)ルンちゃん
    こんなツーショット、他では見られません(^^)





    そのまま市民会館の方へ行くと

    岩手や福島のブースがあり、その近くに

    お目当ての薄桜鬼のブースもありましたよ。





    でも販売は10時からなのに、すでに長蛇の列が…





    そういえば、ホームページに『徹夜おことわり』なんて

    書いてありましたけど、徹夜とまではいかなくても

    すごく早くから来た方もいたのかもしれませんね。

    私も列の人に混ざります。




    まもなく10時になり、販売開始〜。

    この日ブースで販売されていたのは、

    今回のまつり用に作られた日野市限定の

    「薄桜鬼」のポスターとクリアファイルとポストカードです。





    次々にポスターや

    クリアファイルの入った袋を手にした人が

    目の前を通り過ぎます。そして列が少しずつ

    移動していきました。





    けっきょく販売は予想以上に順調でしたので、

    30分も待たないうちに買うことができました。

    長蛇の列は、まだまだ続いていましたけど。





    会場内では「薄桜鬼」のクイズラリーもやっていて、

    会場の数箇所に設置されている「薄桜鬼」キャラの

    名前を当てるとポストカードがもらますよ(先着順)





    そして産業まつりの会場では、お野菜の即売や

    多摩動物園の移動動物園(ヘビもいた)や

    農家さんのところの子牛などもいて

    子供達で賑やかでした。





    各ブースでもクイズやイベントもやっていて、

    いろいろなグッズがもらえます

    飲食コーナーでは焼き鳥やお団子などもあるので

    お腹も満たされますよ。






    こんな様子なので、よかったら

    日曜日(13日)に行ってみて下さいね〜。私もガラポンで

    薄桜鬼のポスター(の引換券)が当たったので、

    たぶん行くと思います



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    [新選組] [コメント:2]
  • [2011/11/13/00:12][ ↑ ][ ↓ ]

  • 家茂様は甘いものが好き


    徳川14代将軍の家茂様は、

    新選組にも、すごくご縁のあった方ですよ。




    新選組の前身である浪士組が結成され上洛したのも、

    3代・家光公以来の将軍の上洛にあたり、

    京の警護の必要があったからです。




    14代将軍の在任中は

    まさに新選組の最盛期でもありました。




    もちろん家茂様は、当時の江戸幕府ではトップに当たる方ですから、

    新選組の連中が、直接お目にかかることもありませんでしたし、

    世が世なら、庶民である私たちなどには

    情報公開さえない雲の上の人ですよ。




    でも新選組に深く関わりのあった方なので、

    なんとなく親しみが湧いてしまいますね

    私が浜離宮や増上寺など、家茂様ゆかりの場所に訪れるのも

    そんな理由があるのかもしれません。




    さて、家茂様については、

    「美男子だった」とか「甘いものが好きだった」とか、

    いろいろな話を聞きますよね。

    でも、その話の根拠がどこにあるのか、

    私はあまりよく知りませんでした。




    でも今回、ある本を読んでみて、いろいろとわかりましたよ。

    それが前にもお話した、こちらの本ですよ。



    骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと
    鈴木 尚著




    増上寺にある将軍家の墓所が改葬されたとき、

    専門家たちが墓地を発掘し調査しました。

    その時の調査報告書を、一般の人向けに

    読み易くしたのが、この本です。




    学術調査書なので、

    発掘現場の写真なども載せられています。

    ご遺骨の写真もあるので、

    それらが苦手な方にはおススメできませんが、

    当時の一般人と将軍家との、形質や生活の違いが

    骨格を比較することでわかる というのが面白いです。




    この発掘調査の際、14代墓所もその対象となりました。

    家茂様の骨格も、調べてみるといろいろなことがわかります。

    例えば身長は156.6cmだったことも、骨格から割り出すことができました。

    この身長は当時の庶民に比べると若干小さめだそうですよ。

    またお顔は面長で、大変鼻筋の通った方だったようです。




    甘いものがお好きだった ということですが、歯の写真を見ると、

    素人目にもひどい虫歯だということがわかります。

    歯科医がない時代、これは歯痛で相当つらい思いをしたでしょうね




    大阪城で容態が悪くなったとき、大名や公家から

    お見舞いの品として送られてきた食品のほとんどが

    白砂糖やもなか、羊羹などの甘いお菓子類だったというくらい、

    甘いもの好きは知られていたみたいです。




    でも家茂様の名誉のために言っておきますと、

    甘いもの好きで虫歯になったというばかりではなく、

    もともと歯のエナメル質が薄くて、虫歯になり易い歯だったようです。




    当時の日本は内憂外患・進退窮まるといった時期。

    好物の甘いものでも食べていないと

    心を休めることもできなかったのかもしれませんね。




    大阪城で亡くなった家茂様は、海路江戸城に戻り、

    和宮様と無言のご対面をなさいました。

    発掘の際には、ご遺体のそばに

    和宮様が添えたと思われる副葬品もあったそうです。




    調査の後に荼毘に付され改葬された家茂様は、

    今は和宮様のお隣で、再び永の眠りについていらっしゃいます。




    今回読んだ本の中には、

    同時期に調査された将軍様やご正室・側室の他に、

    尾張藩主・徳川慶勝様(高須四兄弟の長男で容保様の兄)や、

    伊達政宗公ら伊達家3代、高遠藩内藤家などの

    墓地発掘調査についても書かれています。





    将軍家との血縁だけではなく、

    かかわり方によっても

    骨格に共通な点が現われているという、

    とても奥深い内容でした。




    そしてもう1冊の本

    増上寺徳川将軍墓とその遺品・遺体
    鈴木 尚著





    先の本より専門的に書かれている本で

    百科事典のように分厚く重い本ですが、

    これも手元にあるので、これから読んでみようと思っています



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    [新選組] [コメント:2]
  • [2011/11/06/23:18][ ↑ ][ ↓ ]

  • 薄桜鬼、日野バージョンポスターがお目見え^^

    先日、こちらのブログでもお伝えしました

    日野市の「産業まつり」に薄桜鬼が参加する

    という話の続きです。

    31日に詳細が発表されましたね





    薄桜鬼は、産業まつりへの参加というより

    同時開催される「ひの新選組まつり」への参加

    というほうが正確なようですね。





    例年ですと「ひの新選組まつり」は

    「歳三忌」が開催される5月に行われますが、

    今年は震災の影響で中止になったのです。






    それがこの11月に、小規模なようですが、

    開催されることになったみたいです。

    今度の「ひの新選組まつり」では市内の保育園児たちの

    隊士パレードや新選組パフォーマンスなどがあるようです。






    そして気になっていた薄桜鬼について





    今度の「ひの新選組まつり」のポスターが

    日野バージョンの薄桜鬼ポスターなんですよ。

    日野宿本陣を背に、あのアニメでお馴染みの

    土方さんが立っています。これがカッコイイ♪





    このポスターが当たる「ガラポン」や、

    先着順で「薄桜鬼」描きおろし限定ポストカードが貰える

    「クイズラリー」などがありますよ。

    詳細はこちら ⇒ 日野市観光協会HP 





    イベントや日によって時間が違うので、

    必ずHPなどで確認してから

    おでかけになるほうがいいみたいです。

    当日は楽しい日々を過ごしましょうね



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    [新選組インフォメーション] [コメント:0]
  • [2011/10/31/23:55][ ↑ ][ ↓ ]

  • 近藤さんのドクロマーク


    近藤勇のドクロといえば、

    剣術の稽古着の背中についていた

    あのドクロを思い出しますね





    あれは奥さまのツネさんお手製の

    チェーンステッチの刺繍です。





    絵柄は怖いというより、

    いささか微笑ましい雰囲気すら感じますが、

    武士が身近にドクロの絵を置くのは、

    決死の覚悟を意味しているのだそうですよ。

    近藤さんのドクロにも、同じ意味があるのでしょう。






    その近藤勇のドクロマークを、こんなところで見かけましたよ。


    近藤勇のドクロの手ぬぐい





    注ぎ染という技法による、職人さん手染めの手ぬぐいです。

    地色が紺なので、とても渋い感じなんですよ。

    それでいてドクロが、上手い具合に散りばめられています。






    「手ぬぐい」っていうくらいですから、昔は

    手を拭いたり、汗をぬぐったり、首に巻いたり、

    頭にかぶったりしたものです。

    でも、今は額に入れて飾ったりもするんですね。

    これがけっこう部屋のインテリアとして好評みたいですよ





    お手軽でかさばらないので、

    外国人旅行客のお土産にもなるそうです。





    このドクロ手ぬぐいも、外国人のお土産になるのでしょうか?

    まさかツネさんデザイン(たぶん)のドクロが、

    こんな使われ方をするなんて

    近藤さんもツネさんも思ってもみなかったでしょうね




    近藤勇のドクロの手ぬぐい
    ワンポイントに赤文字の「誠」も入っています^^;



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    [・新選組グッズ 実用編] [コメント:0]
  • [2011/10/30/22:14][ ↑ ][ ↓ ]

  • 産業まつりに薄桜鬼が…

    土方歳三さんと井上源三郎さんのふるさと

    日野市では、毎年11月に「産業まつり」

    というのをやっています




    産業まつりは、地場で収穫された野菜の即売や、

    日野市にご縁のある地方の物産販売、

    その他、模擬店などある楽しいお祭りです。





    今までには、ポニーの乗馬やミニSL乗車

    というのもありましたよ。(これはお子さん向けね^^)





    今年も11月12・13日(土・日曜日)に

    行われるというので、

    町に掲示されているポスターを見てみました。





    すると、なんと今年は、

    「薄桜鬼」が参加するというではありませんか

    これは楽しそう♪






    ここだけしか手に入らないグッズも

    販売されるそうです。

    まだ詳細は明らかにされていませんが、

    今月中にはわかるみたいですよ。


    ここで確認できますよ〜 ⇒ 日野市観光協会HP





    当日、私は知人の子の

    高校文化祭に招待されているので、

    そちらに行くつもりでいました。

    でもこうなると産業まつりにも行きたいので、

    忙しくなりそうです。





    産業まつりは「新選組のふるさと歴史館」のそば、

    市役所の広場でやっていますので、

    よかったら行ってみて下さいね




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    [新選組インフォメーション] [コメント:3]
  • [2011/10/28/11:50][ ↑ ][ ↓ ]

  • 清河八郎暗殺の地

    大江戸新選組史跡めぐり  誠

          PART.5 麻布 一之橋 〜清河八郎暗殺の地〜



    麻布十番からすぐの場所に、一之橋という橋がみられます。

    ここは清河八郎が、幕府の刺客・佐々木只三郎らに

    斬られた場所といわれています。





    清河八郎は、新選組の前身・浪士隊を結成した人物。

    この人がいなければ、近藤勇らはたぶん

    京都へ行かなかったでしょうし、

    新選組もなかったかもしれません

    そういう意味では、新選組にすごく縁のある人物ですよね。





    近藤勇らと決別し、京から戻った清河は、

    浪士組で集めた浪士達を使って、攘夷を実行しようと計画します。

    でも彼の行動は幕府が追っていて、けっきょく

    幕府の刺客に襲われ絶命するのです。





    文久3(1863)年4月13日のその日、

    上ノ山藩士の金子与三郎に招かれ

    一之橋近くの金子宅を訪問し、その帰り道での出来事でした。





    金子宅を訪問する前、清河は高橋泥舟宅に立ち寄ります。

    そこで泥舟の妻の澪に、歌を渡したそうです。

    その歌のひとつが有名な

    魁がけて またさきがけん 死出の山

        迷はせまじ 皇(すめらぎ)の道
    でした。

     




    清川には、何か感じるものがあったのかもしれませんね。

    そんな清河の様子に、泥舟や澪は不吉なものを感じ、

    金子家訪問を引き止めますが、

    「約束を破るわけには行かない」と外出し、

    そのまま帰らぬ人となったのです。






    今の一之橋には、当時のおもかげはなにもなく、

    「一之橋」という文字がなければ

    そのまま通り過ぎてしまいそうな場所ですよ。




    一之橋
    一之橋 posted by (C)ルンちゃん



    ところで、アメリカの通訳士だったヒュースケンは

    清河が結成した「虎尾の会」のメンバーでもある

    樋渡八兵衛や伊牟田尚平らに暗殺されました。





    その暗殺現場が、清河が暗殺された「一之橋」から

    ほんのすぐそばの「中之橋」付近だったのです。




    偶然ではありますけど、

    清河にとっては皮肉な出来事にも思えますよね。

    歴史は時に、不思議な巡り会わせを与えてくれるものです。



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    [大江戸新選組史跡めぐり] [コメント:0]
  • [2011/10/25/00:16][ ↑ ][ ↓ ]

  • 近藤周斎の墓

    大江戸新選組史跡めぐり  誠

          PART.4 金地院 〜近藤周斎の墓〜



    芝・増上寺のお隣で、

    東京タワーのお向かいにあたる場所に、

    金地院(こんちいん)があります。

    金地院
    金地院 posted by (C)ルンちゃん


    こちらは臨済宗南禅寺派のお寺で、

    以心崇伝(いしんすうでん)が開山しました。

    崇伝は京都南禅寺金地院の住持でしたが、

    徳川家康に招かれ書記を務めるうち、

    次第に頭角をあらわし、側近となっていきます。






    崇伝といってもピンとこないかもしれませんが、

    慶長19年(1614年)の方広寺大仏殿等の再建の際、

    梵鐘銘文の文字中に「国家安康 君臣豊楽」とあるのを、

    崇伝らが「豊臣家が家康(=徳川家)を切断し、

    豊臣家の繁栄を祈念する不吉な文字」と解釈し、 

    大阪の陣のきっかけを作った人物(の1人)

    とも言われていますよ。






    他にも「武家諸法度」や「禁中並公家諸法度」などの

    法度にも参画し、「黒の宗相」とも呼ばれた、

    徳川家康・秀忠・家光三代に深く関わりのあった人です。

    金地院の葵の紋
    金地院の葵の紋 posted by (C)ルンちゃん
    この紋でも、徳川家との関わりがわかりますよね^^




    その崇伝が家康の死後に

    江戸に開山したのが、この金地院です。

    だたし戦前は今の場所の他にも敷地があったそうですが、

    戦後に現在の地にまとめたとのことです。






    このように徳川家とはとても縁の深いお寺ですが、

    その敷地のひと隅に、天然理心流宗家の三代目であり、

    新選組局長・近藤勇の義父でもある

    近藤周斎のお墓があるのです。




    近藤周斎の墓
    近藤周斎の墓 posted by (C)ルンちゃん





    周斎の墓碑には「周斎近藤邦武之墓」の文字と、

    丸に三ツ引きの家紋があります。

    裏面には「祠堂 金二十両納之」の文字もみられます。






    土方歳三が隊士募集を兼ねて江戸に下った際、

    病気療養中の周斎を見舞いますが、

    彼らが江戸を発ってまもなく、慶応3年10月28日に

    周斎は死去しました。享年76歳。





    その後、このお寺に埋葬されますが、

    このお寺には周斎の他は、近藤家やその縁者らしき人は

    埋葬されていません。






    当時の近藤勇は見廻組与力格、

    れっきとした旗本となっていました。

    江戸幕府においてはそれなりの地位もあったということで、

    幕府からの要請などもあって、徳川家ゆかりのこの場所に

    埋葬されたのかもしれませんね。

    (埋葬の詳細は不明との住職様のお話^^)






    最期を看取ることができなかった勇には、

    徳川家ゆかりの地への埋葬が、

    ひとつの親孝行だったのかもしれません。





    このお寺には、南部氏(南部藩など)の墓所もあり、

    江戸住まいだった正室や子女らの立派な墓が

    ひっそりとたたずんでいます。



    勝林山金地院
    東京都港区芝公園3−5−4



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    [大江戸新選組史跡めぐり] [コメント:2]
  • [2011/10/21/00:10][ ↑ ][ ↓ ]

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    今月のご紹介本


    アサギロ(浅葱狼) 1〜4巻
    ヒラマツ・ミノル作/小学館

    1巻は宗次郎が、例の剣術指南番と
    勝負した話が載っていますよ

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    発見! 新選組おもしろグッズ


    ◇箱館奉行所麦酒 6本セット

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