多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他に街道歩きや旅の話もしてます♪
こんにちは、ルンちゃんです♪

(写真=幕府のイヌ?)
新選組大好き歴が永〜いだけの私ですが、いっしょにお話しましょう!

 
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アニメ「薄桜鬼」

hijikata


あなたに質問です

平成24年5月14日までに
235名の方々にお返事を
いただきました。コメントも
ありがとうございます(^ー^)
引き続きよろしくお願いします。



今まで行ったアンケートは
こちらです^^ ⇒アンケート集

1.あなたが今一番行きたい、
  新選組関連史跡の場所は?


2.あなたが真っ先に会いたい
  新選組幹部は誰ですか?


3.試衛館メンバー以外で
  あなたの好きな新選組隊士を
  教えて下さい


4.歴代の土方歳三
  あなたのお気に入りは?


マンガで読むニュース



『今日は何の日?』カレンダー

新選組の事件をカレンダーに
してみました。気になる事件を
チェックしてみて下さいね。

 誠新選組の気になるあの日

Serch

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ご好評頂いてます^^


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最近の過去記事はこちらです^^

近藤勇が腰痛治癒祈願をした神社

京都史跡めぐり 2日目 〜その2〜

前回の続きです。まずは2日目のコースから。




御香宮神社 − 伏見奉行所跡 − 伏見/会津藩陣屋・魚三楼など − 藤森神社 −

淀小橋 − 井上源三郎首級埋葬地 − 妙教寺 − 愛宕茶屋埋骨地 − 

淀堤千両松激戦の祉碑 − おせき餅 − 池田屋跡




キザクラ〜^^
キザクラ〜^^ posted by (C)ルンちゃん






キザクラカッパカントリーで少し休憩をしてから、

京阪本線「伏見桃山」駅まで戻ります。

途中には、『伏見土佐藩邸跡』もあったので、

そちらもチョッと立ち寄りました。



伏見土佐藩邸跡
伏見土佐藩邸跡 posted by (C)ルンちゃん
碑しかないので、よく見ないとわかりません^^;






京阪本線で京都方面へ「藤森」駅まで戻ります。

そこから歩いて5分くらい。

『藤森神社(ふじのもりじんじゃ)』
に到着です。

敷地では縁日の準備がされていました。

「ゴールデンウィークだから?」と思いましたが、

どうやらお祭りみたいなんですね。







実はこの神社、「菖蒲の節句発祥の地」なんだそうですよ。

5月5日に「藤森祭(深草祭)」というお祭りがあります。

節句に飾る武者人形には、この藤森の神様が宿るといわれていて、

江戸時代には朝廷や幕府からも御下賜や献上品があり、

武運長久の祈願も行われていました。







藤森神社には本殿・東殿・西殿があり、

それぞれに複数の御祭神が祀られています。

本殿に祭られている神様のおひとり「神功皇后」が、

新羅から凱旋なさった時に

軍中の旗 (纛旗「とうき」)を立てられたのが、

この神社の始まりといわれています。







その発祥の地点(お旗塚)には、今もイチイの木の切り株があり、

「いちのきさん」と呼ばれています。

この「いちのきさん」にお参りすると腰痛が治るといわれていて、

「新選組の近藤勇も参拝して腰痛を治した」

という言い伝えがあるそうですよ


藤森神社のイチイの木
藤森神社のイチイの木 posted by (C)ルンちゃん


いちのきさんの看板
いちのきさんの看板 posted by (C)ルンちゃん
近藤先生の名前があったので、写真をパチリ!






近藤勇が腰痛だったなんて知りませんでしたね〜。

(聞いたことある気もするけど…^^;)

胃痛に引き続き、体調不良でいろいろ苦労していたんですね。

それにしても参拝するだけで腰痛が治るなんて、すごいご利益ですね。

私は腰痛持ちではありませんけど、今後腰痛になったときのために

先にお参りをしておきました。これで将来万全です








東殿には日本最初の学者である舎人(とねり)親王が祀られているので、

学問向上にもご利益がありますよ。それから、

室町時代からの騎馬神事「走り馬(駈馬)」というものもあって、

その絡みで11月に競馬関係者も多数出席するお祭りもあるようです。







ちなみに敷地内には、歴代の有名な競馬ウマの絵馬も奉納されていて、

競馬ファンには嬉しい場所になっていますね。

(ナリタブライアンの絵馬もあったョ^^)

彼らはこの神社で勝運の神様にお祈りしてから、

淀の競馬場に向かうのだそうです。





私達も勝負のため…じゃありませんけど、

京阪本線「藤森」駅から再び「淀」へ向かいます





「淀」駅にて、京都在住のSさんと合流。

伏見についてもすごくお詳しい方なので、

ここから新選組にも関わる場所を、いろいろ案内していただきました。

3人旅の始まり〜


淀小橋跡
淀小橋跡 posted by (C)ルンちゃん
左側の今は道の部分に、橋が架けられていたそうですよ。


淀小橋の碑
淀小橋の碑 posted by (C)ルンちゃん
碑は最近になってできたものです。




最初に訪れたのは『淀小橋跡』です。

昔の宇治川に架かっていたという橋で、鳥羽伏見の戦いの時

幕府軍が淀城に向かう途中で渡った橋です。

その際、追っ手から逃れるために橋は焼き払われたのだとか。

でも頼みの淀藩は既に恭順の姿勢を取り、

幕府軍を入城させなかったのは、ご存知の通り。






「淀小橋跡」を後にして、

この旅一番の目的地へ向かいます。

次回に続く…


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[・京都(2012)] [コメント:0]
  • [2012/05/18/00:03][ ↑ ][ ↓ ]

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    第15回 ひの新選組まつりにて…


    いつも5月の第2日曜日(つまり母の日)は

    「歳三忌」があって、そちらに出席していたのですが、

    今年の歳三忌は土曜(12日)に行なわれてしまったので、

    行かれずじまいで、終わってしまいました (仕事だったので





    そんなわけで、日曜日が空いてしまったので、

    同じ時期(12・13日)に開催する「ひの新選組まつり」に

    行ってみましたよ






    今年で第15回。 節目ということで、

    日野市まちおこし連絡協議会や ひの新選組まつり実行委員会なども、

    力を入れていたみたいです。






    参加人数も今までで最高の、800人とのことでした。

    地元の人はもちろん、新選組に関わりのある東北の方々、

    その他、各団体の皆さん総出で活気のあるお祭りになる

    …はずでした。





    私が会場に着いたのは午前11時半過ぎで、

    西洋流砲術の演武会場には人が集まっていましたよ。

    「あれ?でも、時間的にはもう終わっている頃なのに、

     演武が長引いているのかな〜?」

    なんて思いながら通り過ぎ。






    市役所隣りの市民会館前には、たくさんのパトカーが並んでいました。

    「変だな」となんとなく思いつつも、産業まつりでは

    パフォーマンスで消防自動車が止まっていることもあったので、

    「似たようなものかな?」と思いつつ、各ブースめぐりをしたんですよね。

    新選組ゆかりのブースにも立ち寄って、パンフレットなど

    いろいろ貰ってまわりました。





    市民会館内では「薄桜鬼」のグッズを販売しているはずでしたが、

    なぜか会場は閉まっていて入れません。

    入口にいた係員さんに聞いてみたところ、諸事情で今、

    立ち入り禁止状態になっているとのことでした。

    広場のイベントも始まる気配はなく…





    そんな中で、飲食関係のお店は繁盛していましたよ。

    「会津のカレー焼そば」や「佐世保バーガー」、

    「白河バーガー」「山形の玉こんにゃく」「焼き鳥」など。

    どこもたくさんの人が並んでいて、にぎやかな様子。

    私もいくつか並んで、午後のための腹ごしらえをしました。





    会津のカレー焼そばが、ちょうど売り切れてひと段落する頃、

    場内放送が。

    午後のイベントがすべて取りやめになるらしい。

    最初、理由がわからなかったのですが、

    何度かの放送で「市民会館に爆弾をしかけた」という

    不審な電話があったということがわかりました。






    万一のことを考えて、広場や会館内で行うすべてのイベントは中止。

    模擬店も取りやめ、パレードも縮小。

    速やかにその場を退出するようにとのことでした。

    この後も、いろいろなパフォーマンスがあったのにね…





    来る時に乗ったバスの中には、

    綺麗な衣装に着飾った小学生の女の子が

    お母さんや妹さんと一緒にいました。





    なんでも昨日から髪にカーラーをつけて

    今日の準備をしていたらしいです。

    幼い顔につけまつ毛&完璧なお化粧、

    そしてほっぺたにアクセントのハートマークまでつけて

    この日のダンスを楽しみにしていたのにね…






    焼き鳥店のおじさんは、追加の肉を解凍して

    次の準備をしていた矢先でした。

    このお肉、どうなってしまうのでしょう?






    しぶしぶながらも移動する人達。

    これから楽しもうと会場に入って来る人たちは、

    イベント中止の理由もわからず…不思議そうな顔。





    「バクダンが仕掛けられたんだってよ」

    そんな声も、あちらこちらで囁かれます。





    別な場所で、一部は行われるような話もあったようですが、

    そのまま駅に向かった人達には、さらに人身事故による電車停止

    という不運もあったそうです。






    私はといえば幸いなことに、最初から予定していた12時半からの

    日野宿交流会館での抽選会に参加したり、

    日野駅前郵便局にある特別公開中の

    「吉田屋(屋号)」のお蔵を見学したりしていました。






    また、八坂神社で年数回しか公開されない、

    近藤や沖田の名前の入った「天然理心流奉納額」を

    見学したりもしていたので、

    直接的な被害は全くありませんでした。






    なにかしらの不運に見舞われた方には、本当にお気の毒なことでした。

    来年はこんなことのないようにと願ってやみません。

    みんなが楽しく過ごせるようにと祈るばかりです。

    遠くから来た方は、これに懲りずに

    どうぞまた日野に来て下さいね。

    来年も負けずに盛大にやって欲しいです。



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    [新選組] [コメント:0]
  • [2012/05/15/00:36][ ↑ ][ ↓ ]

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    鳥羽伏見の戦いの地


    京都史跡めぐり 2日目 〜その1〜

    京都史跡めぐりの話の続きです。

    京都2日目。町家の小窓から見る空は良い天気です。

    しかも、暑くなりそうな気配。






    この日のコースは、かなり過激なスケジュールだったんですよ。

    御香宮神社 − 伏見奉行所跡 − 伏見/会津藩陣屋・魚三楼など − 

    藤森神社 − 淀小橋 − 井上源三郎首級埋葬地 − 妙教寺 −

    愛宕茶屋埋骨地 − 淀堤千両松激戦の祉碑 − おせき餅 − 池田屋跡
     





    伏見方面がメインですよ。

    伏見は学生時代に寺田屋へ行ったくらいで、

    ほとんど足を運んだことがありません。

    ですから、すごく楽しみでした





    まず、今夜の宿は別な場所なので、

    宿で朝食を摂った後チェックアウトを済ませて、次の宿へと向かいます。

    といっても歩いて10分位の場所なんですけどね

    「平安坊」という、これまた町家風の宿に荷物を預けて、いざ出発!






    京都駅から近鉄京都線で桃山御陵前駅まで行き、

    そこから歩いて『御香宮神社』に向かいます。

    この辺りは、以前来た事があるというKちゃんの案内です

    私はついていくだけなので、楽チン♪



    御香宮神社
    御香宮神社 posted by (C)ルンちゃん


    5分位で到着。

    よく写真で見た風景が現われました。

    伏見は豊かな水のおかげで酒蔵も多い。

    奉納された酒樽の数でもわかりますね。




    御香宮神社の奉納酒
    御香宮神社の奉納酒 posted by (C)ルンちゃん





    『御香宮神社』はよい香りのする泉が湧いたことから

    名付けられた名称です。

    さぞかし美味しい水がいただけるのだろうと、湧き水も飲んでみました。

    クセがなく美味しい〜



    これが香りのする水?
    これが香りのする水? posted by (C)ルンちゃん
    「水占い」というのもありました。
    浮かんできた文字は…



    由緒ある御香宮神社は、鳥羽伏見の戦いの際には

    薩摩藩が陣を敷いた所でもありました。

    沿道に並ぶ灯篭には「正保2年」という文字もみられます。

    調べてみたら1645年ですって。

    もちろん鳥羽伏見戦の時にはあったものですね。



    御香宮神社の灯篭
    御香宮神社の灯篭 posted by (C)ルンちゃん
    沢山の灯篭が並んでいました。

      
               伏見の戦跡碑
               伏見の戦跡碑 posted by (C)ルンちゃん


    伏見の戦跡の看板
    伏見の戦跡の看板 posted by (C)ルンちゃん
    「土方歳三」の文字もみえますよ。




    ここは安産の神様なのに、ある意味正反対な「戦さ」

    というものに関わりのある場所になってしまいました。

    でも再び穏やかな風景に変貌し、今は

    赤ちゃんを連れた家族が沢山訪れる場所になっています。

    なんだか ほっとします。







    ここから歩いて『伏見奉行所跡』に向かいます。

    歩いてみるとよくわかりますが、ちょうど『御香宮神社』辺りが高台で、

    伏見奉行所はその下のほうになっていますよ。

    陣地を取るなら高いところの方が何かと有利なので、

    そう考えるとやはり『伏見奉行所』陣地はつらいな〜

    土方さんの苦い顔が思い浮かぶようです。







    そんな伏見奉行所跡は、今は団地になっています。

    この辺り一帯の住所には「−奉行町」という名前が付いていて、

    地元の方の熱い想いもあるのでしょうか、団地の造りにも

    すごくこだわっているという感じですね。


    伏見奉行所跡
    伏見奉行所跡 posted by (C)ルンちゃん





    ここから近鉄線の線路を渡って西側へ。

    京阪本線の伏見桃山駅近くに『魚三楼』という料亭があります。

    こちらも伏見戦の話には、よく登場するお店ですね。

    鳥羽伏見の戦いの時に流れ弾がかすったという格子が

    今でも残されていて見ることができますよ。


    魚三楼
    魚三楼 posted by (C)ルンちゃん

    魚三楼の被弾跡
    魚三楼の被弾跡 posted by (C)ルンちゃん




    『魚三楼』から寺田屋のある方面へ西に進むと、

    伏見御坊があります。東本願寺伏見別院のことです。

    ここは会津藩の駐屯地になった所です。

    伏見奉行所から簡単に歩いていける距離です。






    昔はもっと家が少なかったでしょうから、

    もっと近くに感じたかもしれません。

    山門と鐘楼、銀杏の木は、幕末当時のまま

    今も残っています。



    会津藩駐屯地跡
    posted by (C)ルンちゃん





    ここまで来たところでチョッと休憩。

    この日はとても暑くて、水なしでは歩けません。

    この辺りには月桂冠や黄桜の酒蔵がありますよ。

    私達も立ち寄ってみました(飲酒目当てじゃないけど^^;)






    今回立ち寄ったのは「キザクラカッパカントリー」です。

    こちらでは、お酒のできるまでの解説や、

    河童にちなんだ展示がされていました。

    おみやげも売っているので、しっかり見てみましたよ。






    「酒粕の金平糖」というのもあったので、

    友達のお土産に買ってみました。

    お酒も買いたかったけど、

    これからの史跡めぐりの道のりは長いので、

    ここで購入するのは断念。





    まだまだ長い、本日の道のり。

    次回に続きます。

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    [・京都(2012)] [コメント:0]
  • [2012/05/13/23:33][ ↑ ][ ↓ ]

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    歴史館で気になっていたものを見た

    京都史跡めぐり 1日目 〜その2〜

    前回の続きです





    1日目のコースはこちらでした。

    四条界隈 − 祇園会所跡 − 八坂神社 − 月真院 − 

    霊山歴史館 − 古高俊太郎住居跡







    四条通りを過ぎ八坂神社を抜けて、東山へ。

    京都に来ると必ず訪れるのが東山です。

    私のお気に入りの場所でもありますよ。





    二年坂・三年坂(産寧坂)をぶらりと歩きます。

    途中気になるお店に入ったり、食事をしたり。






    ここで立ち寄るのは月真院です。

    東山を歩けば自然と通る道ですからね

    月真院は、新選組から抜けた高台寺党の

    伊東甲子太郎や藤堂平助らが屯所にしていた場所です。

    その碑が門前にありますよ。でもそれ以外には

    門の内側を見ても、彼らがいたという形跡はひとつもありませんけどね。



    御陵衛士屯所跡
    御陵衛士屯所跡 posted by (C)ルンちゃん



    月真院前には、新たに像が増えていましたよ

    沢山の通行人も立ち寄って見ていました。

    清水坂には出ずに、もと来た道を戻って霊山方面へ向かいます。

    近くには島田魁の墓のある「東大谷墓地」もありますが、

    時間を考えて、本日は行かずに心の中で手を合わせます。






    そして霊山歴史館

    こちらに来るのも久しぶりですね

    その日はちょうど春の特別展

    「水戸学が開いた維新への扉 幕末精神をたどる」


    を、開催していました。展示は二期構成で、

    見学のときは第一期の最中でしたよ。






    テーマが幾つか分かれていて

    1.水戸学と尊王攘夷思想
    2.龍馬を斬った刀
    3.桜田門外の変
    4.水戸藩士
    5.水戸学と新選組
    6.吉田松陰と松下村塾
    7.水戸学と志士


    となっていました。関連の絵や書簡、

    パネルなどが展示されています。





    「龍馬を斬った刀」では、数年前に

    江戸東京博物館で開催された「龍馬伝」展で見たものが

    展示されていました。刀もその時見ましたね。






    今回、私達が霊山歴史館に来たのはお目当てがあってですが、

    それはちょうど「水戸学と新選組」のコーナーにありましたよ。






    ひとつは「近藤勇の直筆の掛け軸」です。

    縦196センチ・横63センチの掛け軸で、

    七言絶句の漢詩が書かれています。

    これは3年前に京都市内の古美術商が、

    大阪府内の旧家から入手したとかいうもので、

    昨年10月にニュースにもなりましたよね






    ニュースの様子は、こちらのブログでも紹介しましたが、

    あの時は本物は見ることはないだろうと思っていたのですが、

    念願かなって直接見ることができましたよ

    「剣客士 近藤書」の字が、近藤勇らしくて微笑ましい。







    そしてもうひとつも、昨年ニュースになった

    「土方歳三が最後に残した辞世の句」
    というものです。

    霊山歴史館で収蔵していた資料を調査していたときに見つけたそうで、

    島田魁の遺品の小冊子(綴り)の最初の部分に書かれていたものです。






    鉾とりて 月見るごとにおもふ 哉

       あすはかばねの上に 照るかと







    調査によって、霊山歴史館の木村学芸課長が、

    「総攻撃前夜に開かれた五稜郭幹部らの惜別の宴の際に

    土方が詠んだのではないか」と考察しています。

    土方さんの書いた字でもなさそうなので、

    誰か(島田さん?)が書き写したということなんでしょうか。






    この綴りには、他にも幾つかの歌が載っていて、

    降伏の後で謹慎中に詠まれた隊士たちの歌も入っています。

    こちらのほうも、私達にはすごく興味のあるものでした。






    「義をたて つくせしことも 水の泡

       打よす浪に消て ながるも」 




    「きのふ迄 ともになびきし 一枝の

       柳をちらす 秋風そ うき」





    さて、誰の歌でしょうか? じつは

    上は横倉甚五郎、下は中島登の歌なんですよ

    友人Kちゃんは以前から中島登のことを調べていますし、

    私はといえば、彼らと同じ多摩出身ということで、

    とても親近感を持っているのです。

    ですから私達にとっては 「気になるふたり」 なんですよね。







    どちらの歌にも無念さが満ちていて、

    彼らのことを考えると胸が痛くなるような歌です。

    二人の歌は歴史館ニュースで確認できますよ。

    ⇒ 霊山歴史館ニュース





    さて、歴史館を出て東山をのんびり歩いた後は、

    木屋町方面へ向かいます。

    木屋町通りにも史跡がいっぱいありますね

    土佐藩邸跡や本間精一郎遭難地の他、

    お龍の独身時代寓居跡なんていうのもありました。





    土佐藩邸跡
    土佐藩邸跡 posted by (C)ルンちゃん







    史跡の写真を撮りながら、解説板を読んでいると

    地元のおじさんがやってきて、史跡について説明してくれました

    きっと、いつもこうして観光客に話しているのでしょうね。






    夕暮れの「しる幸」
    夕暮れの「しる幸」 posted by (C)ルンちゃん


    『古高俊太郎の住居跡』に来た頃には、

    夕方の気配も漂ってきました。

    この場所は現在「しる幸」というお食事処でもあり、

    明かりがつくと、また昼間とは違った風情が楽しめます






    ちなみに私は、このお店に入ったことがないので、

    この旅では入りたいなと思いつつ、その日は断念。

    期待は次の日へ…






    こうして1日目の史跡めぐりは終わり、

    東本願寺近くの本日のお宿に向かいます。

    「御宿 にわ」
    町家風の宿なんですね〜。


    泊まったお宿「にわ」
    泊まったお宿「にわ」 posted by (C)ルンちゃん





     
    町家の間取りは東京人には、不思議な空間です。

    「うなぎの寝床」という間口が狭く細長い空間。

    それから中庭もあるしネ

    宿でも中庭部分が工夫してあって面白かったです。






    そして泊まったのは「清風」という名のお部屋。

    榎本武揚が土方歳三のことを「清風」とたとえていたのを思い出し、

    チョッとうれしくなってしまったのは、私たちだけかしらね


    泊まったお部屋は「清風」
    泊まったお部屋は「清風」 posted by (C)ルンちゃん




    宿の半露天風呂でその日の疲れを癒し、

    この旅一番のハードスケジュールが待っている、2日目に備えます。



    京都史跡めぐり 2日目 〜その1〜 に続きます

    夕暮れの京都タワー
    夕暮れの京都タワー posted by (C)ルンちゃん
    京都タワーを見ると、「京都に来たんだな〜」と実感します。
    ライトアップのタワーは優しい感じ〜^^



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    クリックをたくさん頂いた記事を、
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    [・京都(2012)] [コメント:2]
  • [2012/05/11/00:05][ ↑ ][ ↓ ]

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    鳥羽伏見の戦いの地 (2012/05/13)

    四条界隈は史跡の宝庫

    京都史跡めぐり 1日目 〜その1〜

    ゴールデンウィークを利用して、京都へ行ってまいりました

    私にとって、京都訪問は8年ぶりです。

    ちょうどあの大河ドラマ『新選組!』放送の時以来なんですよね。

    2泊3日というほんのひと時でしたが、見たものが多くて、

    なにからお話したらいいのか迷ってしまうほどですよ。






    それで記事アップも、遅れていたわけですけど…





    なんとか数回に分けて記事にしてみますので、

    新選組づくしの旅、よかったらご覧になってみて下さいね

    ではさっそく、まいりましょ〜。





    まずは1日目に行った場所のご案内です。

    四条界隈 − 祇園会所跡 − 八坂神社 − 月真院 − 

    霊山歴史館 − 古高俊太郎住居跡





    コースとしては少ないですけど、

    そこは新選組が誕生した場所ですからね。

    界隈いたる所が、ゆかりの場所みたいなものです。

    ですから立ち止まる所が多くて多くて…






    東京駅の新幹線ホームでKちゃんと待ち合わせ。

    Kちゃんは函館も一緒に行った、新選組史跡めぐりの相棒です

    午前7時に出発して、9時20分頃にはもう京都。

    ずいぶん京都までの時間が早くなりましたよね。

    そこから地下鉄を利用して、あっという間に四条通りです。





    四条大橋からの鴨川
    四条大橋からの鴨川 posted by (C)ルンちゃん
    久しぶりのいいお天気でした^^




    こちらは四条の鴨川の様子ですよ。

    京都に来たら、鴨川ははずせませんね

    5月が間近なので、川床の準備もしているようです。

    今はこんな感じで穏やかな風景ですけど、幕末は物騒な場所でした。





    ちなみにこちらは『四条大橋』の様子です。

    四条大橋
    四条大橋 posted by (C)ルンちゃん




    本当のところはわかりませんけど、

    このあたりで沖田総司と永倉新八と斎藤一が

    土佐浪士の那須盛馬と十津川郷士の中井庄五郎と出くわして、

    斬り合いをしたという話がありますね。

    新選組最強メンバー揃い踏みなんて、

    想像しただけで身震いしそうです(うれしさで^^)






    しかもその後斎藤は、紀州藩の三浦休太郎護衛のときに

    襲撃してきた中井庄五郎と再び合間見えるという

    奇遇に見舞われています。それが天満屋事件なんですけどね。





    四条大橋では他にも、

    新選組を中傷する立て札が建てられたこともあったようです。

    そして、すぐそばにはこちらもありますよ。

    南座です
    南座です posted by (C)ルンちゃん

            南座の提灯
          南座の提灯 posted by (C)ルンちゃん


    その昔、お芝居の最中に複数の新選組隊士が乱入してきて

    ひと悶着起こしたというのが、この『南座』でした

    あまりいいお話ではありませんけどね、

    いろんな隊士がいたということでしょう。

    そんな隊士たちをまとめなければならない土方さんは、

    さぞかし大変だったでしょうね。






    四条大橋から四条通りを東に進んでいきます。

    そうして見えるのが『一力亭』のお茶屋さん。



    一力亭
    一力亭 posted by (C)ルンちゃん





    大石内蔵助も来たとかいう場所ですね。 ←この辺はよく知らない^^;

    昔は『万亭』とか『万屋』とか言ったそうですが、

    仮名手本忠臣蔵が上演されるときに、幕府をはばかって

    「いちりき」と呼んだとか。

    「万」の字をわけて「一」と「力」。それで「いちりき」

    それがそのまま、今の名前になったということです。





    幕末ではこの場所で、近藤勇が各藩の周旋方のお歴々と同席し、

    公武合体についての自分の意見を述べたのでした。

    格式が高く一見さんは中に入れないので、外から写真だけパチリ。




    八坂神社
    八坂神社 posted by (C)ルンちゃん

    東の突き当りが八坂神社で、

    その向かいの今ローソンになっている所が『祇園会所跡』です。

    池田屋事件の時、新選組が壬生屯所を数名ずつ出て、

    この祇園会所で落ち合ったといわれていますよね。






    『八坂神社』も新選組の話があって、

    「谷三十郎が石段下で殺されていた」という話や

    「大石鍬次郎の兄が新選組隊士に殺された」という話がありますが、

    その出処は子母沢寛著の「新選組物語」なので、事実かは不明のようです。

    (たぶん作り話)





    でも八坂神社の北側は、実際に

    壬生浪士組が相撲興行を主催した場所だといわれています。

    相撲場面は「新選組!」にも出ていましたよね

    相撲興行は確か壬生と、この場所の2箇所で行われたのではなかったかな。


    円山公園
    円山公園 posted by (C)ルンちゃん





    四条通りは今も賑やかな繁華街ですけど、

    こんな風に新選組関連の場所も沢山ありますよ。

    ステキなお店もたくさんあるので、

    史跡めぐりとお店めぐりで

    いくら時間があっても足りないくらいです。

    (今回載せていない史跡もあります)







    そして東山方面へ。

    お話は長くなりそうですので、次回に続きます


    円山公園のさくら
    円山公園のさくら posted by (C)ルンちゃん
    今年は寒かったので、京の桜に間に合いました
    見ることができて、とても嬉しかったです。



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    [・京都(2012)] [コメント:0]
  • [2012/05/07/23:26][ ↑ ][ ↓ ]

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    5月のチョッとしたお楽しみ〜

    仕事の都合で見逃すことも多いのですが、

    けっこう気に入って見ているのが、

    水曜日放送の『歴史秘話ヒストリア』です。






    この何週間かは見逃すこともなく、毎週観ていますよ





    実はこんなに連続で見られるのは珍しいことなんですけど、

    このところ、なんとなく気になっていたのですよね。

    そろそろ新選組やらないかな〜なんて…






    すると、なんということでしょう。

    私の願いが叶いましたよ。

    5月に土方歳三が登場します



     

     歴史秘話ヒストリア 第109回 

    ずっと気張っていたかった
      
          〜新選組 土方歳三の生きる道〜






    予告では「イケメンヒーロー」なんて紹介されていましたよ

    昨年公開された例の句(近藤勇とかの…)も出るみたい(たぶん)

    土方歳三が指揮した「ブランコ部隊」というのもあったらしくて、

    ?部分がいろいろあって面白そうです。






    5月9日(水)の放送日は、

    土方歳三さんの命日〈11日)を意識したのでしょうか?

    以前BSで放送されたドラマの画像が気にはなりますが、

    テーマが土方さんなので、見ようと思っています。





    歴史秘話ヒストリアのHPで、次回の予告も見られますよ。

    あなたも5月9日の放送を見るようなら

    あとで感想を教えて下さいね〜 



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    [新選組インフォメーション] [コメント:2]
  • [2012/04/27/00:16][ ↑ ][ ↓ ]

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    京都めぐりのお供に^^

    私事ではございますが、

    今度のゴールデンウィークを利用して、京都へでかけることになりました。

    大河ドラマ「新選組!」放送時以来の訪問なので、

    私にとっては8年ぶりです





    どんな旅になることやら。 今からとても楽しみ〜♪





    それで今、史跡めぐりのコースを

    吟味しているところなんですよね。

    史料をいろいろ引っ張り出して調べていますが、

    行きたい所がいっぱいありすぎて、簡単には決められません





    第一、私の行くような所は観光地じゃないので、

    いちいち場所を探すのだけでも一苦労です。





    でも、救いはありますよ〜。

    苦労している私の強い味方が、じつはあるんですよね〜。

    多摩版ではいつもお世話になっている、こちらの本ですよ。





    『ふぃーるどわーく』 発行元/歳月堂

      HPに飛びます
     




    『ふぃーるどわーく』は 歳月堂さんが発行している

    新選組を訪ねる本
    ですよ

    新選組好きな歳月堂さんのお二人が、

    関連の史跡に何度も足を運んで、細部にわたって調べたものなんです。





    よく知られている あの場所はもちろん、

    「えっ、こんな所に新選組ゆかりの地があったの?!」

    なんていう場所まで、丁寧に書かれているんですよね

    しかも史跡までの交通(バス)案内までも、

    しっかり出ているので、とてもありがたいっ!






    最近、市販されているガイドブックの中には

    「幕末史跡を訪ねる本」なんていうのも、見かけるようになりました。

    でも『ふぃーるどわーく』は、それよりもずっと前から登場している、

    新選組史跡ガイドのさきがけ
    ともいうべき本なんですよ





    なによりうれしいのは、沢山の史跡が載っているのに

    持ち運びし易いB6判の大きさと、リーズナブルなお値段

    お寺にある史跡の位置までも記されているので、

    迷うことなく目的にたどり着くこともできます。





    今回でかける京都編では

    ふぃーるどわーく 京都 東

    ふぃーるどわーく 京都 南

    ふぃーるどわーく 京都 西


    というのがありますが、もちろん全部持っていくつもり〜

    今もそれを頼りに、地図とにらめっこしているのでした。






    こんな風に、旅前からいろいろ調べて

    楽しい京都旅行にするつもりです。

    旅先の様子は、このブログでもアップしていきますので、

    どうぞまた見に来て下さいね





    『ふぃーるどわーく 京都 西』は現在、改定版で発売されていますよ。

    あなたも京都へ行く時には、ぜひ

    『ふぃーるどわーく』をお供にどうぞ〜

    FW-kyoto-w

    『ふぃーるどわーく』 歳月堂

    手のひらサイズで使いやすいですよ^^

     

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    [新選組] [コメント:0]
  • [2012/04/17/23:42][ ↑ ][ ↓ ]

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    第9回「勇忌」レポート

    話は前後しますが、平成24(2012)年4月8日に、

    『近藤勇忌』がありました。

    今回は、そのレポートです





    昨年第8回目は、震災の影響で勇忌が中止になりましたので、

    流山に行くのは2年ぶりですよ。

    今年もお世話になっている、さくらさんとBちゃんと

    いつもの場所で待ち合わせしました。しかも今回は、

    史跡めぐり仲間のKちゃんも加わって、4人での流山入りです



    菜の花号
    菜の花号 posted by (C)ルンちゃん



    当日は天候にも恵まれ、少し遅れていた桜も満開になり、

    土手の菜の花と共に、優しい雰囲気が周辺に満ち溢れていました。

    今年は「第1回流山スプリングフェスタ −菜の花まつり−」

    というイベントもあって、勇忌とは別の人出もにぎやかな流山です。






    私達も久しぶりに、

    呉服屋の『ましや』さんにも立ち寄ってみましたよ。

    ここには流山限定の新選組グッズが置いてあるのです

    ダンダラ羽織や手ぬぐい、ストラップなど…

    持っていなかった手ぬぐいがあったので買ってみました。

    Kちゃんはダンダラ羽織を購入。職場で使用するらしい(笑)



    新選組のおみやげ
    新選組のおみやげ posted by (C)ルンちゃん
    新選組隊士の手ぬぐい。さて、近藤・土方はどこでしょう?
    扇子ストラップは、Bちゃんからいただきました♪




    昼食は、いつも立ち寄っている『柳家』さんです♪

    今日は季節にちなみ「菜の花弁当」をいただきました。

    スプリングフェスタの会場でも販売されていたようで、

    「すぐ売り切れになった」というお弁当です。






    私達は桜さんが事前にお店に連絡していたので

    しっかり頂くことができましたよ。



    菜の花弁当
    菜の花弁当 posted by (C)ルンちゃん


    お弁当の中身はこんな感じですよ〜。

    器の中に色とりどりな お品が入って女性好みですね。

    お味もとても美味しゅうございました。





    午後1時半から長流寺で近藤勇の法要です。

    途中、近藤・土方らがいたという流山本陣に立ち寄ってから、

    お寺に向かいます。そして法要。

    近藤勇のご子孫のお話や、箱館新選組隊士のご子孫の詩吟など聞き、

    お焼香をすませて、滞りなく終了しました。





    そして2時半からは流山商工会議所にて講演会です。

    今回の講演は古写真研究家の森重和雄氏、

    演目は『近藤勇・土方歳三、古写真の謎を解く』でした。






    森重氏は京都の写真師だった堀与兵衛をご研究されているそうで、

    講演会でも与兵衛の経歴や店舗のこと、

    どんなお客様が写真を撮りに来ていたかなど

    とても興味深いお話をされていました。






    近藤勇の二枚の写真についても見方によって、

    いろいろな情報を得ることができるんだな〜と

    とても参考になりましたよ。






    そして有名な方々の写真についても面白かったですよ。

    よく知られている写真が、

    じつは言われている人物とは全くの別人だということ。

    中には気になっていた人物もいたので、

    その根拠を述べられて、胸のつかえもおりたような気分です。





    写真については、私も興味があるものなので

    また機会があったら森重氏のお話を聞いてみたいです。





    講演会の後は、恒例の抽選会。

    銀杏細工の新選組や、Tシャツなどありましたが、

    私は誠のお菓子が当たりました。


    勇忌の参加賞など…
    勇忌の参加賞など… posted by (C)ルンちゃん
    ダンダラ誠は
    抽選会で当たったお菓子



    こうして今年の勇忌が終わりましたが、

    今年は「歳三忌」も「総司忌」も土曜日のため、

    私は仕事で行かれません

    今年の各忌の参加はこれで終わりです。

    チョッと残念です


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    [・「勇忌」レポ] [コメント:0]
  • [2012/04/14/00:39][ ↑ ][ ↓ ]

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    大昌寺参道の桜

    平成24年4月10日現在の、日野の大昌寺 参道の桜です

    大昌寺参道の桜−2
    大昌寺参道の桜−2 posted by (C)ルンちゃん




    大昌寺は土方歳三の従兄弟であり義兄でもある

    佐藤彦五郎と、姉のぶのお墓のある所ですよ。

    ここの参道の桜がいつも綺麗で、

    いつかブログに載せようと思っていたのです。




    大昌寺参道の桜−1
    大昌寺参道の桜−1 posted by (C)ルンちゃん
    このアングルが、ルンちゃんのお気に入り〜




    じつは、去年も写真を撮りに行ったのですが、

    その時はだいぶ花が散った後でした。ですから、

    今年はリベンジでもあったんですよね




    大昌寺参道の桜−3
    大昌寺参道の桜−3 posted by (C)ルンちゃん



    昨日ここへ来たときは、まだ上の方が咲いていませんでした。

    人も沢山いて、上手く撮れなかったのですが、

    本日は完全に満開! まさにジャストタイミングですよ!

    がんばった甲斐がありました (実は出社前に撮りに行った^^;)



    日野市役所の通りの桜
    日野市役所の通りの桜 posted by (C)ルンちゃん



    そして、こちらおまけの写真は、日野市役所の桜並木ですよ。

    いつも市役所の駐車場に車を止めてから、

    新選組のふるさと歴史館へと歩いていく道なんですけど、

    ここもルンちゃんのお気に入りの場所なんです♪





    今の季節、この道を通るのが嬉しい〜。

    どこの桜も綺麗ですけど、この季節に

    新選組のふるさと歴史館に来ることがあったら、

    あなたにもこの道を歩いてみて欲しいです〜


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    [・日野の桜] [コメント:0]
  • [2012/04/10/23:46][ ↑ ][ ↓ ]

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    御前稽古に出られなかった人

    久しぶりの新選組版「今日は何の日?」です





    文久3(1863)年の3月15日に、

    壬生の浪士組(残留組)は、正式に会津藩のお預かりとなり、

    4月16日には会津藩に招待されて、容保様に御前稽古を披露しました。

    きっと呼ばれた者はみんな、希望に胸を膨らませたことでしょうね。





    でも、残留組になったにもかかわらず、

    希望を見出す間もなく、亡くなってしまった隊士もいます。

    その人の名は、阿比留鋭三郎(あびる えいざぶろう)。

    (阿比留栄之介、阿比原栄三良、阿比留栄三郎とも)

    元対馬藩の人です。






    彼は北辰一刀流を、

    千葉栄次郎(千葉周作の次男)の元で修行しています。

    浪士組に加わろうと思ったのですから、

    それなりに腕にも自信があったはず。






    浪士組に参加したときは、三番組隊士として上洛。

    その後、浪士隊が分裂すると、

    清川八郎の率いる本隊と共には江戸へ戻らず、

    残留組として京に残ったのでした。






    希望を見出そうと京に留まったのか、

    それとも病の身で、もはや旅することもできなかったのか。

    けっきょく彼は、まもなく死去します。

    それが文久3(1863)年4月6日でした。(新暦だと5月23日)

    ※3月25日の死亡説もあり







    彼の死因は病死だといわれていますが、

    殺害されたともいわれています。その辺はよくわかりません。

    享年21歳(23歳とも)というと、あまりにも若い死です。

    病気だったとしたら、沖田総司のように労咳とも考えられますね。






    そういえば、大河ドラマ「新選組!」では、

    阿比留の枕元に「虚労散薬」が置いてありましたね。

    あの薬は労咳の薬なので、ドラマの中では阿比留は

    労咳(=結核)という設定だったようです。

    ドラマ中、ひとり病気治療のために江戸へ帰る阿比留鋭三郎。

    彼の背中が、やけに痛々しく感じましたね





    阿比留を演じていたのは、カルテカの矢部さんでした。

    弱々しいイメージが病身役にピッタリでしたね。

    阿比留が映像に登場するのはめずらしいので、

    今でもよく覚えています。





    実際の阿比留鋭三郎は江戸に帰ることもなく、

    遠い京の地で亡くなったようです。

    阿比留鋭三郎の遺体は壬生墓地に埋葬され、

    現在 墓石は壬生寺にあります。


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    [・新選組「今日は何の日」] [コメント:0]
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    新機能がつきました^^


    いつも「多摩人漫遊記」に訪問&コメントを頂きまして、

    誠にありがとうございます

    今回、いつもご参加いただいているアンケートに

    「面白いな〜」っと思った新機能が付いたので、お知らせしますね





    それは「回答者データー」というもので、

    年代や性別、地域ごとに、それぞれの回答を円グラフ化したものなのです。

    アンケートの項目によってデータが変わるので

    眺めてみると面白いですよ。

    また、自分と同じような人がいらっしゃるかな?

    なんて同志を確認することもできます




    例えば

    あなたが真っ先に会いたい新選組幹部は誰ですか?

    とか

    歴代の土方歳三あなたのお気に入りは?

    ですと、「年代によって選ぶ人も変わるだろうな」

    と、想像もできますし、ある程度は思った通りでした。




    でも、

    試衛館メンバー以外であなたの好きな新選組隊士を教えて下さい


    ですと、地域などは全く想像もできなかったのですが、

    面白いことに「地元に縁のある人を選ぶ」

    という傾向があることがわかり、「なるほど〜」

    と妙に納得してしまったのです





    こんな風にグラフを見ていたら、いろいろなことが想像できて、

    時間の経つのさえ気付きませんでしたよ




    人に寄って気づきは違うと思いますので、

    よかったら結果を見て、いろいろ感じてみて下さいね




    もし、アンケートがまだでしたら、

    そちらもご参加いただけると嬉しいです

    年齢・性別・地域とかは、答えないことも可能ですから、

    気軽に参加してみて下さいね。




    追記… 他にもありますよ〜。こんなアンケートはどうですか?

    あなたが今一番行きたい、新選組関連史跡の場所は?


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    [新選組] [コメント:0]
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    辞世の歌を集めた漫画です^^


    書店に立ち寄る機会があったので、

    今川美玖さんから教えていただいた

    泣きうた
    という本を探してみましたよ





    今川さんは、この本の前にも ししゃも歳三さんと一緒に

    幕末女子
    という本を書かれていて、

    その本も共感する部分がたくさんあって 面白かったです。


    過去記事 ⇒ 幕女…って呼んで下さい^^;





    3月16日に発行された『泣きうた』ですが、

    書店でみつけて表紙を見た瞬間、購入決定!

    だって、表紙がとてもステキなんですもの〜♪


    ほら、これですよ^^


    泣きうた



    病で横たわる沖田総司に、

    洋装の土方歳三が優しくダンダラの羽織をかけている絵。

    この部分だけでも、額に入れて飾っておきたいくらいです






    さて、本の内容は副題にもある通り、

    「幕末侍たちの三十一文字」ということで、

    彼らの辞世の句(または和歌)が集められています。

    その歌に込められた想いを、

    漫画という手法を使って表現しているんですね。






    登場する人物は7人。

    名前をあげてみますと、沖田総司、高杉晋作、中野竹子、

    土方歳三、伊庭八郎、久坂玄瑞、藤堂平助
    という面々です。(本の登場順)

    「侍」といいつつ女性が1名入っていますが、侍にも劣らぬ生き様だった

    ということで、読んでいただければいいでしょう





    沖田総司の辞世の句といえば

    動かねば 闇にへだつや 花と水
     ですね。

    この句が本当に総司のものかは別として、

    漫画では、この句が作られた過程が描かれています。





    もちろんフィクションなんですけど、

    もしも本当にこんな風に辞世の句が作られたなら、

    「総司の闇も、少しは救われるかな」なんて思えそうです。






    伊庭八郎の

    まてよ君 冥土もともと 思ひしに しばしおくるる 身こそかなしき


    私の好きな歌のひとつですが、描かれている漫画も歌と同様に

    伊庭八郎の想いが感じられて、胸が痛くなるようでした。





    ただページの都合なのか、瀕死の重傷を負って

    ベットで動けない状態になるまでの伊庭が描かれていないので、

    史実を知らない人には、その辺りが わかり難いかもしれません。






    土方歳三の場面では、お馴染みの

    よしや身は 蝦夷が島辺に 朽ちぬとも 魂は東の 君や守らむ


    の他に、しれば迷い しなければ迷はぬ 恋の道(これは恋歌ですが…)も登場し、

    歌にちなんだ漫画(もちろんフィクション)が描かれています。

    土方さんの登場が多いのは、作者の好みもあるようですが、

    私も同じ思いなのでもちろん大歓迎! そして思いきり楽しみましたよ






    『幕末女子』が、けっこうユニークだったので、

    『泣きうた』も笑える部分が多いのかな〜、

    なんて思っていましたが、予想に反してシリアスムードですね。

    まあ、集めた題材が題材なので、それも当たり前かもしれません。





    というわけで、1人ずつのお話は短いですけど、

    彼らの想いを感じる歌に触れたいな、

    彼らの世界観を漫画で感じてみたいな、なんて思ったら、

    本屋さんで手に取ってみるといいでしょう





    表紙を見た感想なども、

    よかったら教えて下さいね〜

            
    萌えよ幕末女子     泣きうた
    どちらも ししゃも歳三さんの漫画
         今川美玖さんの文ですよ〜^^




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    [新選組のコミック本] [コメント:6]
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    高尾山の冬そば

    今、高尾山では高尾山の冬そばキャンペーン

    というのをやっています。(3月31日まで)

    この期間中に、パンフレットにあるクーポンを使って

    お蕎麦を割引で食べたり、

    スタンプを集めてプレゼントに応募したりするんですね。



    高尾山のそばキャンペーン
    高尾山のそばキャンペーン posted by (C)ルンちゃん



    いつもこの期間にお蕎麦を食べに行っているので、

    今年も行ってみましたよ〜。

    このキャンペーンも今年で10年目なんですって。






    いつもはどこに入ろうか迷うのですが、

    今日はキャンペーンのパンフレットを見ながら、お店選びができますね

    今回は「香住」さんにしてみました。

    お店は山の上のケーブルカーのりば「高尾山駅」のすぐ近くですよ。








    入口で食券を買って、店内に窓口で食券を渡して注文です。

    そのとき割引クーポンを渡したら、すごく小さなポチ袋をくれました。

    その中に割引分の100円玉が入っています。

    ポチ袋という チョッとしたひと手間なんですけど、

    こんなところにも気遣いがあって、なんとなくほのぼのしますね





    香住のとろろそば
    香住のとろろそば posted by (C)ルンちゃん

     



    肌寒かったので、温かいとろろ蕎麦を注文しました。

    かためのとろろがたっぷり入って、

    とても美味しゅうございました






    ケーブルカーのりばの近くには、

    もうひとつ気になるお店があります。

    いつもは人がいっぱいで立ち寄ることができませんが、

    今日は比較的すいていたので、思い切って並んでみましたよ。







    ここは「天狗焼き」のお店です。

    天狗焼きは高尾山の名物のひとつで、

    いつも来ると長蛇の列なんですよ。

    1時間以上待たないと買えない位なんですね。






    今日は比較的すいていたものの、

    それでも15〜20分くらいは待ったかな。

    これが焼きたての天狗焼きですよ




    天狗焼き
    天狗焼き posted by (C)ルンちゃん




    「今川焼き」みたいな感じです。

    外の皮はカリカリ香ばしく、中のあんもたっぷり(甘さもほど良い)。

    そして、その餡にはこだわりがあって、黒豆使用なんですね。

    しかも豆の形も残っているので、味が濃くて美味しいですよ。

    天狗の形もかわいいでしょ。

    お客さんが並んでも買う理由がわかる気がします。






    こうして、しっかり腹ごしらえして山頂へGO!

    (お腹がいっぱいでチョッと苦しいけど^^;)






    40分後、山頂へ到着〜!

    今回は山頂にある「ビジターセンター」に寄ってみました。

    ビジターセンターは高尾山の自然情報の発信基地です

    チョッと知りたいことがあったので立ち寄ったのですが、

    面白い発見もありましたよ。




    高尾山ビジターセンター
    高尾山ビジターセンター posted by (C)ルンちゃん




    ここにあるのは自然についての情報だけと思っていたのですが、

    昔の高尾山の歴史についても展示されていたのです。

    例えば昔の山頂は木々が少なく、もっと遠くまで見ることができたとか、

    旧道の話だとか、それから大正時代の高尾山の名物だとか…。





    昔から高尾山は、大山まいりや富士登山の信仰に

    深く関わりがあったといいます。

    このお山が、昔から人々に親しまれていたことを

    あらためて身近に感じることができました






    高尾ビジターセンターでは季刊紙(ニュースレター)の

    のぶすま
    というのも発行していて、

    希望するとバックナンバーももらえます。

    私も知りたいことが載っていた記事があったので、

    しっかりいただいてきましたよ。

    情報が貰えて良かったです




    1号路登山道
    1号路登山道 posted by (C)ルンちゃん




    そしてもちろん、健康登山のご朱印もいただいてきました。

    今回でやっと7回目。

    満行(21回)は、いつになることやら〜^^;

    高尾山にて
    高尾山にて posted by (C)ルンちゃん

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    [高尾山の健康登山] [コメント:0]
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    河上彦斎と土方歳三


    河上彦斎(げんさい)といえば幕末の暗殺者、

    佐久間象山を暗殺した人物といえば、わかりますよね。

    薩摩の田中新兵衛や土佐の岡田以蔵と同様に、

    「人斬り」の異名を持つ「人斬り彦斎」のことですよ。





    最近の話題ですと、「るろうに剣心」の

    剣心のモチーフとなったのが、彦斎だそうですね。

    この彦斎、土方歳三と妙なつながりがあるのです。





    こちらのブログで以前に、

    土方歳三の辞世の句(和歌)と吉田松陰の和歌が、

    すごく似ているというお話をしました。

    過去記事 ⇒ 「歳三辞世の句」の秘密(?)







    どうして二人の和歌があんなに似ているのか

    いろいろ想像してみましたけど、実はもうひとり、

    似たような和歌を詠んだ人がいるのです。





    それが河上彦斎なんですね。(つまり、和歌つながり^^)

    では、どんな感じなのか。

    歳三の和歌をおさらいしながら見てみましょう




    たとひ身は 蝦夷の島根に朽ちるとも 魂は東の君やまもらん

    (よしや身は蝦夷が島辺に朽ちるとも魂は東の君やまもらむ、とも) 





    はい、こちらが土方さんの和歌でした。

    もう充分ご承知ですよね

    そして、吉田松陰の和歌の方はこちらなんですよ。





    身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし大和魂





    どうです?  似ていますよね。

    今度は河上彦斎の和歌です。





    たとひ身は 夷の国に朽ちぬとも 吾がみよしのの花は忘れじ






    内容は違いますけど、語彙や文の並びは

    とてもよく似ていると思いませんか? 面白いですよね。

    では彼らに、なにか接点はあったのでしょうか?

    (ここからは、私の勝手な推察です^^;)





    河上彦斎という人は、人を斬ることに抵抗を持たない、

    「近づくと怖い人」というイメージがあります。

    でも実際の彦斎は勉学に励み、和歌もたしなむ

    繊細で観察力に優れた人だったようです。

    そしてこの人が師事していたのが、宮部鼎蔵なんですね。





    宮部といえば、池田屋事件で新選組の襲撃にあい、

    命を落とした人物です。彦斎は宮部と松田重助のために

    墓碑まで建立したそうです。





    宮部鼎蔵は吉田松陰と友好があり、

    共に東北周遊に出かけて、会津では

    清水屋旅館に泊まっています。

    (その数十年後、歳三も泊まっています^^)





    河上彦斎の作った和歌が、吉田松陰の和歌に似ているのは、

    宮部鼎蔵つながりゆえなのかもしれませんね。

    他にも彦斎は、長州とも関わりがあったので、

    そちら経由も充分考えられますけどね

    (あくまでも推察です。あしからず…)





    ところで、河上彦斎と歳三(というか新選組)とは

    少なからぬ因縁を持っています。

    先の池田屋事件で、宮部鼎蔵を倒したのは新選組ですし。





    そして、佐久間象山を暗殺したのは彦斎ですが、

    象山の息子が敵討ちのために入ったのが新選組ですよ。

    その絡みで新選組側も彦斎の捜索をしていたことでしょう。





    そんな仇敵みたいな二人が、「たとひ身は…」

    という同じ語彙で始まる和歌を作っていたなんてね。

    なんだか不思議で、面白いです。


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    [新選組] [コメント:2]
  • [2012/03/15/13:36][ ↑ ][ ↓ ]

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    沖田・近藤が世界中で飾られてる^^;

    インターネットで探し物をしていたら、

    面白いものをみつけたのでお知らせしますね。




    ホームスティのおみやげ専門店から
    こけし 沖田総司 近藤勇 




    はい、まさしく こけしですね

    高さ11センチ、頭の直径約5センチの

    沖田総司と近藤勇の こけしだそうですよ。






    日本国中、いろいろな場所でこけしを見かけますね。

    東京でさえ、いくつかのこけしがあるようですが、

    新選組のこけしがあるとは、今まで知りませんでしたよ。

    (ただし、京都発ね^^;)





    しかもこのこけし、

    外国の人にはサムライドールとして人気があるらしい…






    色彩的には普通のこけしよりカラフルなので、

    その点で人気があるのかもしれませんね。

    もしかしたら近藤や沖田のこけしが

    世界中で飾られているのかもしれない

    なんて思ったら、チョッとワクワク(?)してきます。






    ある日ある時、海外旅行に行ったら

    ひょっこり このこけしたちを海の向こうで

    目にするのかしら〜?

    そんな日が来ることを願って、外国そして日本のみなさん

    どうぞ沢山ホームスティのお土産にして下さいね





    ちなみに、沖田総司や近藤勇のこけしがあったので、

    土方歳三のもあるかな〜?

    と思って探してみましたが、ありませんでした。

    な〜んだ、残念〜


    こけし 沖田総司 近藤勇
    グリーンゲイブルズみたいな家で
    見かけたら どうかな〜^^;


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    [・新選組グッズ 飾り編] [コメント:4]
  • [2012/03/10/00:06][ ↑ ][ ↓ ]

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    「燃えよ剣」DVD版の特典


    この前、テレビドラマ「燃えよ剣」のDVDを観たら、

    意外なものが入っていたので、

    お知らせしておきますね




    「燃えよ剣」のDVDは、

    なかなか発売されなかったのですが、

    昨年の4月にやっと出たんですよ。

    それは、こちらでもお話しましたよね。

    過去記事 ⇒ 出た〜っ! 燃えよ剣!

     



    今回、観たのは第一巻です。そこには

    第一話「新選組前夜」

    第二話「春の月かげ」

    第三話「三条木屋町・紅屋」

    の3つの話が入っています。




    試衛館メンバーが上洛してから、隊士を集め、

    巡察を開始するあたりまで。





    もちろん、懐かさも含めて

    じゅうぶん味わいながら観ましたが、

    3話で終わりと思っていたその後に、

    なんと特典まで付いていたのです







    その特典がとっても嬉しい♪

    だって、「栗塚旭インタビュー」という

    映像特典だったのですからね!






    映像では、現在の栗塚旭さんが登場していますよ。

    ちょうど数年前にCM出演していた、あのお顔です。

    ドラマ制作から40年も経っているので、

    お歳はめしていますが、お元気なお姿です。





    そして「燃えよ剣」の撮影現場や

    エピソードなどを語っていらっしゃいます。





    それから他にも特典が付いていて、

    そちらは音声特典なんですよ。

    第三話の「三条木屋町・紅屋」を見ながら、

    栗塚さんが出演の役者さんのことや、

    各場面の撮影現場のことなどについて

    コメントしています。





    その栗塚さんのお話のお相手をされているのが、

    「新選組血風録の世界」という本を書かれた、

    黒須洋子さん





    黒須さんといえば、昔あった

    「新選組の映画を観る会」での

    映像紹介用のパンフを毎回作成されていましたよ。

    また個人的には、歳三忌での二次会の席で、

    「燃えよ剣」や「新選組血風録」のいろいろな裏話を

    聞かせていただいた方なのです






    ですから、その音声を聞いているうちに、

    「新選組の映画を観る会」での思い出などが甦り、

    とても懐かしい気分になりました。

    私にとってこのDVDは、とても価値ある品物でしたよ。

    次回、第2巻を観るのも楽しみです。






    もしあなたが栗塚さんファンなら、

    ぜひ観て欲しいですね〜

    初回限定DVDですと、全巻収納BOXと

    ブロマイドも付いています。





    このドラマを観たことがないなら、

    最近のドラマと雰囲気が違うので、

    新鮮に思えるかもしれませんね。

    よかったら「燃えよ剣」の世界をお楽しみ下さいね


    [DVD] 燃えよ剣 第一巻
    なつかしい、近藤勇(舟橋元)らが表紙です


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    [新選組] [コメント:0]
  • [2012/03/06/11:49][ ↑ ][ ↓ ]

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    「今日は何の日?」一覧表

    新選組版「今日は何の日?」を一覧表にしてみました

    気になる日をクリックしてみて下さいね♪




    1月

    1月 3日  「鳥羽伏見の戦い」開戦の日

    1月 4日  島原、居続けの日

    1月 5日  井上源三郎 最期の日

    1月 8日  ぜんざい屋事件の日

    1月15日  島田魁 誕生の日



    2月

    2月 4日  浪士大終結の日

    2月 5日  浪士隊編成発表の日

    2月 8日  浪士組、江戸出発の日

    2月12日  勘定方、河合耆三郎の災難

    2月23日  山南敬助 切腹の日



    3月

    3月 1日  井上源三郎 誕生の日

    3月10日  西本願寺、引越しの日

    3月20日  島田魁の命日



    4月

    4月6日   御前稽古に出られなかった人

    4月15日  会津藩からの招待状

    4月16日  御前稽古、披露の日

    4月25日  近藤勇の命日
           近藤勇の命日に寄せて

    4月29日  土方歳三、会津城下入りの日



    5月

    5月11日  土方歳三の命日

    5月30日  沖田総司の命日
           沖田総司の黒猫の話



    6月

    6月 3日  大阪力士と大乱闘の日

    6月 5日  池田屋事件

    6月10日  井上松五郎送別の宴

    6月15日  不動堂尊移転の日



    7月

    7月19日  禁門の変

    7月20日  家茂薨去の日

    7月27日  「京都守護職」設置の日



    8月

    8月18日  八・一八の政変

    8月27日  近藤勇の襲名披露試合の日



    9月

    9月 3日  生殺与奪の土方歳三


    9月 6日  葛山武八郎処罰の真相
      

    9月12日  三条大橋制札事件
      

    9月18日  芹沢鴨暗殺の日

    9月22日  会津降伏の日


    10月

    10月 9日  近藤勇誕生の日

    10月11日  近藤勇が松本良順を訪ねた日

    10月14日  近藤勇、松本邸再訪の理由

    10月20日  榎本艦隊 蝦夷地上陸の日



    11月

    11月 5日  松前城陥落の日

    11月10日  斎藤一、帰隊の日

    11月15日  開陽丸座標の日 〜そして沈没〜

    11月18日  伊東甲子太郎粛清、油小路の変

    11月28日  捨助がやってきた!


    12月

    12月 7日  天満屋事件の日

    12月15日  蝦夷共和国誕生の日

    12月18日  近藤勇 墨染で狙撃!


    このカレンダーはまだ未完成です。
    これからも事件が増えていきますので、
    またご覧になってみて下さいね^^



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    [今日は何の日?一覧表] [トラックバック:0][コメント:2]
  • [2012/03/01/13:29][ ↑ ][ ↓ ]

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    期末テストお助け組

    私の知り合いに 「歴史が苦手」という、

    ふたりの少年(中学2年)がいるんですね。

    昨年の11月のこと、

    ちょうど2学期の期末テストが間近に迫っていて、

    「今度の日本史(テスト)は、ヤバイ(点が取れない)!」

    と言っていました。






    詳しく聞いてみたところ、テスト範囲は

    「幕末(開国)から明治まで」とのこと。





    幕末から明治♪






    「それなら、ルンちゃんが教えてあげてもいいよ

    と言ったら、「ぜひお願いします」ということになって

    急遽、期末テストお助け組(自称)の幕末講座の開催となりました。





    たまたま少年のうちの1人が、

    テレビドラマの「仁」を見ていたので、

    「仁」がらみでお話をすることにしました。






    坂本龍馬は、なぜ京都にいたのか?

    仁がタイムスリップした頃の日本は、

    どんな国だったのか?など…





    ドラマのシーンを交えていろいろ話したところ、

    彼らからもポンポン質問が出てきて、

    なかなか楽しい講座となりましたよ(私も面白かった〜)





    そして試験に臨んだ ふたり。

    その結果は、いつもより

    ず〜っと良い点が取れたとのことでした。

    よかったね〜♪






    それでめでたし、めでたし

    で終わればよかったのですが

    そうならないのが世の常…





    実は今、3学期の期末テストの真っ最中なんです

    そうです。再びテストが心配ということで

    ルンちゃんが、かり出されました。しかも今回の範囲は、

    江戸時代が終わったところからなので、

    明治から大正までですよ。






    明治から大正〜






    その時代は、私が日本史の中で

    もっとも興味の薄い時代なんですよ。

    だって、薩長側の世の中ですものね。





    でも前回(二学期期末テスト)のことがあるので、

    彼らもすごく期待しているみたい。

    というわけで、岩倉使節団やら西南戦争やらのお話を

    させていただきました。





    そして今日、テストが終わりました。

    日本史テストは先週の金曜日でしたが、

    どうだったんでしょうね?

    すご〜く気になる、彼らのテスト結果です。


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    [新選組] [コメント:4]
  • [2012/02/28/23:27][ ↑ ][ ↓ ]

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    「一刀斎夢録」を読んで

    浅田次郎氏の描いた斎藤一。

    タイトルは「一刀斎夢録」





    実は1年程前に、すでに読み終えていたのですけど、

    ちょうど記事アップしようと思っていた時、

    あの「3.11」がありました。






    内容がすごく重いお話なので

    アップする機会を逃していましたが、

    最近になっていろいろなところで

    この本のことを聞くようになり、

    私も記事にすることにしましたよ。






    この本は、浅田次郎氏の新選組三部作。

    その最後の作品ということでしょうか。

    浅田氏の描く新選組物語の特徴は、

    子母沢寛著の「新選組始末記」などにあるような

    聞き書きスタイルを取り入れているところですね。







    この物語では、メインは斎藤一本人が、

    梶原稔(かじわら みのり)という近衛師団中尉に

    自らの過去を話しているという形を取っています。






    斎藤一が自らの過去を語る?





    それが私の中の斎藤一のイメージと一致しなくて、

    最初からチョッと違和感がありました。

    斎藤一といえば寡黙で、明治になってからも

    自らを語らずという感じでしたから…






    でも物語の構成上それは必要なことで、

    また「なぜ自らの過去を語るのか?」は

    物語の中でも斎藤自身が語っています。






    この物語の中では、斎藤一は自らを正当化することもなく、

    反対にいかに卑劣な冷たい人間だったかを語ります。

    剣を持つものが彼の話を聞くことで嫌気が差し、

    剣を放棄することを恐れて、

    梶原に剣を放棄しないことを約束させるほどです。






    この物語では「龍馬暗殺」の実行犯も彼なんですよ。

    斎藤一が関わったすべての事件について語っていますが、

    どれも明るい話題ではありません。






    そんな中でチョッと嬉しいのは、

    斎藤が土方を高く評価しているところでしょうか。

    彼の命令ならどんなことでもしてしまうくらい、

    彼については絶大なる信頼を置いているようです。





    また沖田総司についても剣の腕前を認めていて、

    沖田ファンにとっては、嬉しくなる場面でもあります。





    この物語でのキーマンは、市村鉄之助。

    彼は土方歳三の遺品を、

    日野の佐藤彦五郎(歳三の義兄)に届けるために、

    土方の命令で戦地の箱館を脱出したことで有名ですよね。






    この物語では、斎藤一のただ1人の弟子として

    登場しています。

    時には斎藤にボコボコに殴られ、蹴られながらも、

    健気に彼に付き従う姿が痛々しいです。






    斎藤一に対峙し、

    まるで鏡に映ったもうひとりの斎藤のように

    (この物語では斎藤は左利きなので)

    狂いなく斎藤の剣技を模写していきます。





    そんな二人の、必然とも偶然とも思える再会。

    斎藤はある決意をして、

    再会した鉄之助に会いに行くのですが、

    お互いの裏の裏をかいた結末に、

    心苦しくもなっていきます。






    浅田次郎氏の描く新選組物語は、どの作品も

    哀愁や悲しい愛情が感じられます。

    心悲しく感じる部分は

    共感を与えることにもなるのでしょうが、

    今回に限っては、この結末には辛すぎるものがありました。






    もちろんこれは私の感想で、

    感じるものは人それぞれだと思います。

    でも、命にかかわる辛いことを体験したばかりで

    まだその傷が癒されていない場合には、

    この本を読むのはキツイかもしれません。






    さて、重い結末の話で終わるのは不本意なので、

    最後はチョッと軽い話題で閉めたいと思います。

    「一刀斎夢録」の一刀斎とはなんのことでしょう?





    一刀斎の「一」の部分を「はじめ」と読んで、

    逆に並べると「斎刀一(さいとうはじめ)」

    警視庁での斎藤一の隠語なんだそうですよ。





    そこだけ「なるほど〜」と思いました。


    一刀斎夢録 上下巻
    浅田次郎著



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    [新選組の本] [コメント:2]
  • [2012/02/21/10:48][ ↑ ][ ↓ ]

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    左右田一平さんのこと


    2月10日に、

    左右田一平さんがお亡くなりになったそうですね。

    (16日の朝刊に載っていました)


    おいくつだったんだろうとみれば、81歳。






    ご高齢ではありましたが、

    まだ逝くには早すぎる、

    もっと出演されるドラマを見たかったと、

    ベテラン俳優の突然の死を

    惜しむ気持でいっぱいです。






    左右田一平さんといえば、やはり新選組ファンには

    テレビドラマの『新選組血風録』での斎藤一、

    そして『燃えよ剣』での裏通り先生の印象が強いですよね。






    あれらの作品以降も、時代劇や現代劇、

    人気のドラマなどに出演されることも多く、

    いろいろな場面でお見かけしていました。






    私個人のことでは、

    昭和の頃に「新選組の映画を観る会」というのがあって、

    ゲストとして左右田さんがお見えになったとき、

    私の席のまん前に、左右田さんが座られたことがありました。





    テレビに出演されている俳優さんをあんなに間近で、

    しかも長時間、一緒に時間を過ごしたのは初めてだったので、

    すごく嬉しかったという思い出があります。






    あの時いただいたサインは

    今も大切にしまってあります。

    (笑っていらしたお顔がなつかしい)






    そのせいもあるのかもしれませんね。

    テレビで何気にチャンネルを変えた時、

    左右田さんが画面に映っていると、

    ついそのまま見入ってしまい、結局最後まで

    ドラマを見てしまったということが何度もありましたよ。





    最近お見かけしないなと思っていたところ、

    まさか訃報を聞くとは思いもしませんでした。






    ちょうど私は、二週間ほど前に

    思い出したように『血風録』のDVDを取り出してきて、

    第11話「槍は宝蔵院流」での谷三十郎と

    斎藤一(左右田さん)との決闘を見ていたのですから…






    しかも一昨日も、

    昭和時代の新選組本を読んでいたところ、

    左右田さんの名前が登場していたのです。

    私の(生活の)中では、

    本当に身近な俳優さんという感じでした。





    もうTVでお姿を拝見できないのは、悲しいですね。

    でも、いろいろな作品の中に左右田さんはいらっしゃいます。

    その作品の中で、いつまでも生き続けているのかもしれません。

    私も、心の中に新選組がある限り、きっと

    左右田さんのことを忘れることはないでしょう。





    左右田一平さん、ステキな斉藤一や

    裏通り先生をありがとうございました。

    どうぞ安らかにお眠りください。

    心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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    [新選組] [コメント:4]
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    踊る土方歳三


    我が家で最近、

    ミステリアスな出来事が続いています。





    私の部屋には土方歳三のフィギュアが

    2体あるんですよね。ひとつは

    「新選組!」の山本耕史さんをモチーフにした土方歳三。

    もうひとつは「燃えよ剣」や「新選組血風録」の

    栗塚旭さんモチーフの土方歳三。






    その栗塚さんのほうの土方歳三が、

    勝手に踊るんです





    正面を向けて置いておくのに、

    気付くと横を向いている!?





    最初に気付いたとき、その現象にゾッとしたものです。

    だってね、なにもしないのに横を向いているんですから。

    聞いただけでも、怖いでしょ





    まあ、原因がわかれば

    大したことじゃないかもしれませんけどね…





    実はこの現象、あの3.11から始まったのです。

    (こう書けば、理由はわかるかもしれませんね)







    山本さんの土方は座った形なので、

    動きようもないのですが、

    栗塚さんの土方は立った姿なので、

    支え棒に支えられて立っているのです。





    その支えが安定していなくて、気持ち斜めになっていて

    フィギュアが固定されないのでした。

    そのため、大きめの揺れが来ると

    カタカタ揺られてフィギュアが微妙に動き出し、

    気付くと横を向いている というわけです。






    原因がわかれば、なんのことはないのですけど、

    3.11以前には全くなかった現象なので、

    別な意味で、考えると怖いですよ





    だって土方歳三が踊るような地震が

    頻繁に起こっているっていうことですからね。

    倒れる地震は絶対来ないで欲しい!!

    (3.11の時は土方 倒れました)







    土方さん、どうかもう

    これ以上踊らないで下さい。






    万一の用心に、避難袋などの用意は

    必ずしておきましょうね。

    人間の力ではどうしようもないことでしょうけれど、

    神様仏様に「大地震が来ないように!」と、

    私も毎日お祈りしています。


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    [新選組] [コメント:6]
  • [2012/02/13/20:40][ ↑ ][ ↓ ]

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    新発見! 新選組のお菓子


    まだ、行ったことはないのですけど、

    調布に新選組にちなんだお菓子があるそうですよ。




    松月堂 新選組物語

    (ホームページに飛びます)



    調布といえば、近藤勇が生まれた土地ですね

    大河ドラマ「新選組!」が放送されていた頃は、

    調布にも新選組にちなんだお菓子がいろいろありました。

    でも期間限定だったようで、放送終了と共に

    なくなってしまいました。






    多摩の新選組ファンとしては

    それがチョッと寂しかったです







    ところがブームも去り、

    特に「新選組」が騒がれていない今、

    こうして密かに新選組のお菓子が登場していたなんて、

    すごく嬉しいです♪







    松月堂さんの「新選組物語」というお菓子。

    練乳を混ぜ込んだ皮に白餡を包み焼き上げてあるそうです。

    種類は2つ。ミルク味と抹茶カテキン味。

    包みも新選組の羽織をモチーフに、

    なんとなくさわやかな感じなんですね





    どこに行けば買えるのかな

    と思い、松月堂さんの場所を探したら

    なんと、よく出かける調布駅の

    「深大寺」行きのバス乗り場前のビル内にあったんですね〜。

    知らなかった。あのビル、よく入っていたのに〜





    今度、深大寺に行ったときには

    ぜったい立ち寄って、味わってこようと思います。

    あなたも調布にお出かけの際は探してみて下さいね。

    (もちろん良さそうなら、お味見&感想も聞かせてネ♪^^)



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    [・新選組グッズ 食品編] [コメント:5]
  • [2012/02/10/11:45][ ↑ ][ ↓ ]

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    「絵図・地図で辿る新選組」展に行ってきました


    今、日野市にある「新選組のふるさと歴史館」では、

    企画展をやっています




    タイトルは

    絵図・地図で辿る新選組


    平成24年1月24日(火)から2月26日(日)

    の期間、開催中です。

    絵図・地図で辿る新選組展やってます^^
    絵図・地図で辿る新選組展やってます^^ posted by (C)ルンちゃん





    金曜日に企画展をやっていることを偶然にも知った私は、

    さっそく日曜日に行ってきましたよ♪


    ダンダラ誠
    ダンダラ誠 posted by (C)ルンちゃん


    新選組のふるさと歴史館のある日野市役所周辺へは、

    昨年11月にあった産業まつり以来の訪問です。

    あの時はなかったと思いますけど、

    ダンダラの花壇が目に飛び込んできましたよ。

    すごい目立ちますよね〜^^;



    ダンダラの正体は?
    ダンダラの正体は? posted by (C)ルンちゃん
    外見が目立ちすぎ〜。
    中のお花が目立たなくていいのかな〜。





    最近は歴史館に来る度に何か増えてる気がします。

    今度来た時は、何ができているんでしょうね?





    さて「絵図・地図で辿る新選組」は2階で行われていました。

    以前「清河八郎展」や「板橋宿展」を行っていた会場です。

    そんなに広くない室内ですが、コーナーは5つに分かれていて、

    1.幕末の江戸

    2.幕末の日野と多摩

    3.浪士隊の結成と上洛

    4.京都での新選組

    5.戊辰戦争


    となっていました。






    「1.幕末の江戸」は江戸の概観と称して

    江戸の切絵図が展示され、幕末関連の重要な地には

    名前が大きく示されていました。

    他にも「桜田門外の変」の絵などありましたね。







    「2.幕末の日野と多摩」は日野宿の様子や、

    八王子千人同心のこと。そして千人同心にも深く関わりのある

    天然理心流(主に増田蔵六系など)についての展示がありました。

    この辺りは、常設展示でも見られる部分ですね。






    「3.浪士隊の結成と上洛」は清河八郎と浪士組について。

    これは「清河八郎展」で、既に拝見済み






    「4.京都での新選組」は、市中見回り分担の概略図、

    禁門の変や長州に関する資料。市中見回り分担の図は、

    新選組や守護職・所司代・歩兵組などの担当する見回り箇所が

    色分けされていて見やすかったです。

    新選組の担当範囲がよくわかりましたよ。






    「5.戊辰戦争」は鳥羽伏見の戦いから始まって、

    勝沼戦争、上野戦争(彰義隊)、近藤勇の処刑、

    宇都宮戦他。そして、箱館戦争までです。

    ※おまけで大きな現代の地図が壁にあり



    お土産にいかが?
    お土産にいかが? posted by (C)ルンちゃん
    「幕末江戸・多摩概略図」というものです。
    1枚300円だったので、買ってみました。




    全体的に切絵図が多用されていたようでしたが、

    切絵図は私自身よく眺めているので、その分 

    展示に真新しさがあまり感じられなかったのが、

    チョッと残念なところです。






    でも数枚あった錦絵は、迫力があって面白かったですよ。

    特に箱館戦争の錦絵は、大きさもさることながら、

    展示品までの距離が近くて、

    じっくり・はっきりと見ることができました。

    あれが見られただけでも、

    今回来た甲斐があったというものですね






    他に錦絵の写真も何枚かありましたが、

    できれば今度は幕末をメインにした本物の錦絵を多数展示して

    「幕末錦絵展」を開いて欲しいところです。

    (よろしくお願いします^^)







    1階ではいつものように、常設展示も行われていましたよ。

    何か気になるものがないか、展示品をチェック!






    すると、小笠原長行(ながみち)公の「松静鶴留声」の一行書と

    松平容保公の「温故知新」の一行書を発見しました

    (前にもあったかも)


    小笠原長行は元老中で、箱館にも渡っています。

    義弟の三好胖は、仙台で新選組隊士となって

    箱館に渡った人です。(17歳で戦死なさいますが…)






    それから、西本願寺の侍従だった

    西村兼文の「新撰組始末記」もありましたよ。

    (中身全部読んでみたい!)


    他にも気になる書簡があって、まずまずの収穫でした。


    記念スタンプもあります
    記念スタンプもあります posted by (C)ルンちゃん
    これも、初お目見え〜。記念にどうぞ〜




    「絵図・地図で辿る新選組」は2月26日(日)までやっています。

    この企画展を見るためだけに

    遠距離を来るのは大変だと思いますけど、

    常設展示もじっくり見たいと思っているのなら、

    この期間に訪問するのもいいかもしれませんね。

    よろしかったら、どうぞ〜



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    [新選組『特別展』レポート] [コメント:0]
  • [2012/01/30/23:41][ ↑ ][ ↓ ]

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    ここは「仁」のロケ地だ!

    前回は、川越七福神めぐりのお話でした。

    七福神めぐりは2時間もあればできてしまうので、

    その後、城下町を散策することもできますよ。




    もちろん私も七福神めぐりの後、散策しましたので、

    今回はそのお話です





    さて、川越にはその昔、

    南院(多聞院)・中院(仏地院)・北院(仏蔵院)

    という三院がありました。

    慈覚大師が天長7(830)年に創建した

    星野山無量寺にあったものです。





    歳月を経て三院は独立し、その後、南院は廃寺になり、

    「南院跡」に幾つかの石碑の名残りがあるだけです。





    中院は現在の川越東照宮のある場所にありましたが、

    天正16(1588)年に移され、今に至ります。

    昔は三院の中での要になっていたようですが、

    その後、北院の方が勢力を増し現在に至ります。

    境内には、狭山茶発祥の地碑があります。





    そして、北院。

    今は「喜多院」と名乗っていますよ。

    川越でも超有名なお寺ですね

    天正16(1588)年に天海僧正が喜多院に来てから、

    こちらが三院の中心となったようです。





    天海僧正と江戸幕府との関係は深く、

    僧正が江戸の町づくりにも大きく関わり

    陰陽道や風水を利用して「東の京都」を構築した事は

    有名な話ですね。






    そんな深い関係は、川越で

    寛永15年(1638)年に大火があり

    ほとんどのものが焼失した際に、

    庫裏や客殿・書院が江戸城から移築された

    ということでもわかります。





    江戸城はその後、

    建物の焼失の憂き目にあっていますので、

    移築されていたことは、かえって

    良かったのかもしれませんね〜





    話に登場していた川越東照宮は

    仙波東照宮
    と言って、「日光」や「久能山」と並び

    「三大東照宮」と呼ばれていますよ。






    徳川家康が亡くなる前、遺言として自らの遺骸を

    日光東照宮に移すように伝えました。

    死後、久能山から日光へ移葬されることになり、

    その途中、喜多院に4日間逗留したそうです。

    その縁もあって、天海僧正がこの地に

    創建したのが「仙波東照宮」の始まりです。






    最初の鳥居の辺りは、

    よくある普通の神社にしか見えませんでしたが、

    鳥居をくぐり、神殿に進むにしたがって

    日光の東照宮に来ている錯覚さえ感じてきましたよ。




    仙波東照宮
    仙波東照宮 posted by (C)ルンちゃん



    とくに神殿の部分は色具合などが

    日光東照宮によく似ていますね。

    三大東照宮があることは聞いたことがありましたが、

    それが川越だったことは今回初めて知りました。

    来ることができてよかったです。






    かつて、川越にはお城もありました。

    川越城は扇谷上杉持朝が太田道真(資清)・

    道灌(資長)父子ら家臣達に命じて築城されたといいます。

    この地は軍事上の要でもあり、

    多くの武人たちがこの地にやってきています。






    一時は後北条氏のものとなりますが、

    豊臣秀吉の関東攻略にともない

    前田利家らに攻められ降伏。






    その後、徳川家康がこの地を得ると

    自らは江戸城を構え、そして幕府の有力な大名に

    この川越領を受け持たせるようにしたのです。





    それでも築城当時は、

    本丸・二ノ丸ほどの僅かの規模でした。

    それが江戸時代になると幕府の重要ポイントとなるこの城に、

    三ノ丸・追手曲輪・新曲輪などを造り、

    規模を拡大していったそうです。





    街の中にはそれらの遺跡が各所にあり、

    それらを見学しながら、当時の城の大きさを想像すると

    その規模に驚いてしまします。





    そんな川越城も、

    大政奉還・版籍奉還・廃藩置県と歳月を経るに従い、

    城は解体され、学校や役所などの公用地や、

    市民の住宅地へと払い下げられていきました。






    近年、町の歴史を保存する動きが現われ、

    わずかばかりではありますが、

    当時の城を思わせる場所が残されています。






    例えばこちら。

    中ノ門堀跡


    中ノ門堀跡
    中ノ門堀跡 posted by (C)ルンちゃん

    川越城の堀の様子がわかります。

    堀の遺跡の上に民家が建ち並んでいるのは

    払い下げがあったという話の通りですね。

    でもなんだかとても不思議な光景なんですよ。





    かつて二ノ丸があった場所は、

    現在は博物館や美術館などがあります。





    それからこちら。

    川越城本丸御殿



    川越城本丸御殿
    川越城本丸御殿 posted by (C)ルンちゃん


    現存する川越城の本丸御殿です。

    明治になって県庁の庁舎として利用され、

    その後も公共場として利用されていたことから、

    現存することができたようです。





    今は本丸御殿の玄関と広間部分などが残され、

    見学することができますよ。






    ちなみにこの御殿内で、テレビドラマの

    「仁」の一部が撮影されたそうです

    「仁」の物語の中で、川越藩の奥方様が

    登場する場面があるのですが

    それがご縁での撮影だったようです。





    実際にドラマの中では

    「川越藩松平家別邸の内部」として登場しました。

    それから、役者の坂東吉十郎が転んで立ち上がれなかった

    「芝居小屋の廊下」や「楽屋」も、ここを利用したのだとか。

    (御殿のガイドさんの話^^)





    他にも、勝海舟と板倉伊賀守が話をしていた

    「幕府の建物の内部」としても撮影されていたようです

    「仁」の場面を想像しながら御殿内を見るのも

    また違った楽しみがありますね。

    注…「仁」のロケ地は各所にあります




    お菓子の花♪
    お菓子の花♪ posted by (C)ルンちゃん



    町を歩けばお菓子横丁の飴屋さんや、

    お漬物屋さんなど、ひとつひとつが興味あるお店です。

    有名な時の鐘も、今も現役で働いていますよ。

    (お昼に鳴ってた^^)



    時の鐘
    時の鐘 posted by (C)ルンちゃん



    今回いろいろなお寺やお店に行ってみましたが、

    それでも全部は見られませんでした。

    また機会を見つけて、ぜひ行ってみたいです


    蔵のある風景
    蔵のある風景 posted by (C)ルンちゃん



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    [新選組] [コメント:1]
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    川越七福神めぐり(その2)


    はい、お待たせしました。前回の続きです。

    ちなみに前回はこちら ⇒ 川越七福神めぐり(その1) 

    まずはコースのおさらいですよ〜




    1.妙善寺(毘沙門天) − 2.天然寺(寿老人) −
     
    3.喜多院(大黒天) − 4.成田山(恵比須天) −

    5.蓮馨寺(福禄寿神) − 6.妙昌寺(弁財天) − 7.見立寺(布袋尊)




    昼食をしっかりいただいて、

    お腹を満足させたところで

    午後のウォーキングは4ヶ所目からです♪






    4.成田山(恵比須天)
     

    喜多院から5分くらいの所にあります。

    成田山といえば新勝寺が思い浮かびますが、

    こちらはその新勝寺の別院なんですね。

    ご本尊は不動明王です。



    川越の成田山
    川越の成田山 posted by (C)ルンちゃん



    失明した開祖が不動明王に祈願したところ

    見えるようになったという言い伝えがあって、

    病気平癒を求める人々から信仰されているそうです。





    ここの恵比須さまは2体の恵比須さまで、

    片方は釣竿と鯛、もう片方は小槌を持っていて

    お優しいお顔をしています





    5.蓮馨寺(福禄寿神)
     

    蓮馨寺(れんけいじ)は、

    成田山から12分くらいの場所にあります。

    戦国末に川越城主・大導寺政繁が

    母の為に建立したといいます。


    蓮馨寺
    蓮馨寺 posted by (C)ルンちゃん


    このお寺は、一見するとなんでもないお寺なんですけど、

    本堂にかかる幕をくぐるとお向かいに

    おびんずる様
    という像があります。





    おびんずる様とはお釈迦様の16人のお弟子さんのうちの1人で、

    若いときは勝手気ままな暮らしをしていたんだそうですよ。

    それがお釈迦様に出会って発心し、

    修行の末に神通力を得たのだとか。






    霊験あらたかな「おびんずる様」なので、

    その像に触って、その触った手で自分の体をなでると

    たちまち悪いところが良くなるそうですよ


    こちらも蓮馨寺にて
    こちらも蓮馨寺にて posted by (C)ルンちゃん



    病気も良くなれば、関節の痛みも軽くなる。

    そして頭も良くなるというので、

    私もおびんずる様にあやかって、

    頭やら眼やら、いろいろ触ってみました

    これで頭が良くなるかしら〜?






    6.妙昌寺(弁財天)


    池上本門寺の末寺にあたるお寺です。

    池上本門寺第4世日山上人が川越の幸町に

    開創しましたが、川越が城下町に整備されるときに、

    今の場所に移ったそうです。







    こちらの七福神は弁天様です。

    本堂とは少し離れた駐車場のある広場の

    一隅のお堂に安置されていました。



    妙昌寺の外壁
    妙昌寺の外壁 posted by (C)ルンちゃん


    お堂の中の弁天様にお祈りしましたが、

    気になったのはお堂の壁面にある天女の絵の方です。

    こういう漆喰の作品は、

    宮大工さんが遊び心で描いたりしますけど、

    こちらの絵はどうなんでしょうね。

    じっくり見た後、最後のお寺へ参ります。






    7.見立寺(布袋尊)


    新河岸川を川沿いに歩いていくと

    10分ほどで見立寺(けんりゅうじ)に到着です。





    このお寺はすごく古いらしくて、

    豊臣秀吉の書にも登場しているそうですよ。

    以前は蓮馨寺の門前にあったようですが、

    いつ移動したかは不明なんだとか。


    七つ目の見立寺
    七つ目の見立寺 posted by (C)ルンちゃん


    永禄元(1558)年、小田原北条氏の重臣で

    川越城主でもあった大道寺政繁が

    感誉存貞上人を招いて開山しました。

    ちなみに感誉存貞上人は自分の甥っ子で、

    先ほどの蓮馨寺も同様に開山されています。

    今の本堂は明治14年に建てたものだそうですよ。






    こちらの布袋様はチョッと変わっていて、

    にっこり笑いながら両手を挙げて

    (手のひらを上にして)います。

    まるで盆踊りを踊っているようなお姿です。





    それから七福神でには関係ありませんが、

    このお寺には赤穂浪士の一人である

    矢頭右衛門七(討入り当時17歳)の妹のお墓があります。





    彼女は母らと共に奥州白河の

    親戚の家に身を寄せていましたが、

    多賀谷勝盛という人と結婚しました。

    そして後に川越に転居し、七十代まで生きたそうですよ。





    これで七つの寺院を無事めぐり終えました。

    いつもですと、色紙にご朱印をいただきながら

    寺院をめぐりますが、今回はそれはできませんでした。

    ご朱印を貰えるのは元旦から7日までと、

    毎月1日の七福神の縁日だけなのです。






    でも、かわりにこちらなら購入できますよ。


    時の鐘をモチーフにした色紙です^^
    時の鐘をモチーフにした色紙です^^ posted by (C)ルンちゃん





    各お寺に押印済みの色紙が置いてあるのです。

    こちらは千円。

    仮にご朱印を貰える日に自分でまわっても、

    色紙300円と各寺院100円で

    値段は変わりません






    どちらにするかは、その時の状況

    または気分ということになりますね





    川越の七福神は、そんなに長い距離ではないので、

    初心者さんでも大丈夫ですよ。

    かなり歩いたつもりでしたが、地図を見れば

    なんのことはない、町をぐるりと1周した感じです。




    七福神めぐりの後でも、時間は充分あるので、

    菓子屋横丁や城下町の町並みを見てまわると、楽しいです。




    よかったら、あなたも川越七福神めぐりを

    体験してみて下さいね〜


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    [・川越(2012)] [コメント:2]
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