多摩人(たまびと)漫遊記 〜新選組のチョッと話〜


人生大半を新選組に費やす筆者が、史跡巡りや新選組で得た様々な事柄を綴る。他に街道歩きや旅の話もしてます♪
こんにちは、ルンちゃんです♪

(写真=幕府のイヌ?)
新選組大好き歴が永〜いだけの私ですが、いっしょにお話しましょう!

 
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こちらです^^ ⇒アンケート集

1.あなたが今一番行きたい、
新選組関連史跡の場所は?


2.あなたが真っ先に会いたい
新選組幹部は誰ですか?


3.試衛館メンバー以外で
あなたの好きな新選組隊士を教えて下さい


マンガで読むニュース


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『今日は何の日?』カレンダー

新選組の事件をカレンダーに
してみました。気になる事件を
チェックしてみて下さいね。

 誠新選組の気になるあの日

Serch

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キーワードを入れてみて下さいネ
それでもわからないときは
どうぞお気軽にコメントくださいね〜(^^)
ご好評頂いてます^^


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最近の過去記事はこちらです^^

「ピスメ」をつくりたい^^

このところ巷では ピースメーカー 鐡

ドラマ化の話題で持ちきりですね





でも私の中で、マイブームになりつつあるのが、

消しゴムはんこ
なのです。





「消しゴムはんこ」というのは、その名の通り、

消しゴムで作ったハンコです。






その辺にある消しゴムに、絵を描いて

彫って仕上げるだけです。

昔で言えば、お芋で作った「イモ版」

というところでしょうか





以前から「消しゴムはんこ」のことは

知っていました。お手軽に作れることも

知ってはいたんですけどね^^;






でも、こんなものも作れるなんて

思いもしませんでしたよ。

そうです。デザインやキャラ選びによって、

いろいろなものが作れるんですよね

⇒ 「ピースメーカー」の消しゴムはんこ
(ブログサイトに飛びます。動画を見てください)






「ピースメーカー」の消しゴムはんこを作った

なおさん
という方のブログですけど、

なかなかの作品ですね






やり方は簡単なので、だれでもできますよ。

ただし、手先の良し悪しで作品の出来は変わります^^;






私もピスメなら作ってみたいです。

手先は器用な方なので(自称^^;)

たぶん人並みにはできるのではないかと…






ただ時間がないので、すぐには作れませんね〜。

お正月でも作ってみるつもりです







もし興味があったら、

あなたも作ってみては如何でしょうか?

今作ったら年賀状にも使えますよ。

作品ができたら、是非見せて下さいね





ちなみに作り方はこちらです。
⇒ 消しゴムはんこの作り方
  (写真でわかりやすい解説です^^)

消しゴムはんこセットもありますよ。
⇒ 消しゴムはんこセット



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[新選組] [コメント:0]
  • [2009/11/21/11:05][ ↑ ][ ↓ ]

  • 周斎先生もうらやむ小山町の…

    「町田市小山町」といえば、

    天然理心流宗家3代目であり、近藤勇の義父でもある

    近藤周助先生(のち周斎)の実家があった所だといわれています






    確かにあの周辺をみると、

    先生の実家と、苗字が同じ家が多い気もしますけど…





    それはさておき、その小山町近くには、

    天然温泉に入れる施設があるんですよ

    それが、「いこいの湯」です





    この温泉けっこう評判がよくて、

    できた当初は道路脇に、待つ車が渋滞していたものです。





    周辺も里山に囲まれて、以前露天風呂に入っていたら、

    視界に野うさぎが現れたこともありました。(しかも2匹!)

    今は周辺にもビルが建ち景観も変ったので、

    そんなに車も渋滞していませんけど、やっぱり人気ですよ♪





    私も仕事が早く終わったときには、

    疲れを癒しに行っている、お気に入りの場所です





    泉質はナトリウム――弱アルカリ性低張性高温泉の

    炭酸水素イオン入り。

    入ると保温効果でいつまでも体がポカポカ温かく、

    しかもお肌すべすべになります。






    室内は循環式のお風呂で

    「寝湯」「ジャグジー」「炭酸湯」などのお風呂があって、

    外には数個の露天風呂。

    うちひとつが天然温泉かけ流しなんですよ。






    「ドライサウナ」や「よもぎサウナ」の他にも

    「岩盤浴(別料金)」もできるし、お食事処や休憩所もあるので、

    1日いても飽きない場所なんです。

    それでいて、とってもリーズナブル






    この間も、「岩盤浴」から始まって、

    よもぎサウナ → ジャグジー → ヒノキの露天風呂 →かけ流し露天

    のメニューで温泉を楽しんできました






    場所が場所だけに、のんびりしていると

    近藤周斎先生のことを思い出してしまいます。






    実家の近くに温泉があることを周斎先生が知ったら、

    悔しがったかもしれないな〜なんて、

    ひとり勝手に想像しながら

    仕事の疲れを癒しているルンちゃんです



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    [新選組] [コメント:0]
  • [2009/10/17/10:20][ ↑ ][ ↓ ]

  • 民宿「ザ・ひじかた」に想いを寄せて

    風のうわさで、

    函館にある民宿「ザ・ひじかた」がなくなった

    と聞いたのは今年の夏頃だったでしょうか






    確認するまもなく時が過ぎ、先日送られてきた

    「新選組友の会ニュース(会報)」
    のNさんの記事で、

    それが本当のことだとわかったのです。





    「ザ・ひじかた」
    は昭和57年に開業された民宿です。

    当時、道路のグリーンベルトに、

    「土方歳三最期の地碑」
    は置かれていて、

    その傍らに民宿「ザ・ひじかた」はありました





    私がその名前を知ったのは、

    58年に初めて函館を訪れた頃のこと。





    「土方歳三」にちなんだその名前の民宿に

    ぜひ泊まりたいものだと思ったものです。

    でも箱館五稜郭祭りの当日に、部屋は満室の様子で、

    けっきょく、民宿内部の見学だけさせてもらったのでした。






    お客様が集まる食堂には、

    いくつもの新選組関連本が置かれ、

    新選組グッズも目につきました。





    その雰囲気で、こちらの民宿が

    新選組好きな人たちの想いが一杯詰った

    新選組ファンには、

    とても居心地がいい場所だと感じたのです。






    民宿の方もとても親切で、

    「ぜひ今度は泊まりにきてください」と

    声もかけられました。

    もちろん私自身もそのつもりでいましたけど…





    その後函館に何度か行く機会がありましたが、

    ツアー参加であったため、

    指定のホテルに泊まるばかりで

    その機会も得られませんでした。






    3年前に函館を訪れる際には、

    「ザ・ひじかた」のことが頭によぎりましたが、

    都合があって別のホテルを予約してしまいました。







    でもその旅の際、

    以前「土方歳三最期の地碑」が置かれていた

    グリーンベルトの確認を兼ねて訪れた場所から、

    昔と同じように見上げた建物に

    「ザ・ひじかた」の看板をみつけたときには、

    懐かしさがこみ上げてましたね






    そして次回こそ函館に来るときには、

    「ザ・ひじかた」に泊まろうと思っていたのです。





    そんな想いでいたところが、

    突然の「ザ・ひじかた」廃業のお知らせ





    いつまでも変らずあると思っていたものが、

    突然なくなってしまう
    という、この寂しさは、

    どこへ気持ちを持っていってよいやら、

    収まりどころがなく漂ってしまいます。






    しかも今回はその想いに、

    後悔までもが重なってしまいました。。。

    本当に残念です






    ……ああ、そういえばお友達のさくらさん。

    以前 「歳三忌」だったかの恒例くじで、

    「ザ・ひじかた」の宿泊券が当たっていましたっけ。





    たしかあの方も、仕事が忙しく

    「ザ・ひじかた」に泊まり損ねていましたね




    今度さくらさんに会ったとき、

    今はなき民宿に想いを寄せて

    ふたりで語りあいたいと思います。


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    [新選組] [コメント:6]
  • [2009/10/09/11:45][ ↑ ][ ↓ ]

  • 深大寺と高尾、勝手に蕎麦対決^^;

    先日、深大寺に行ってきました




    深大寺の元三大師堂には、近藤勇亡き後

    天然理心流宗家5代目を継いだ、

    近藤勇五郎(勇の甥)の門弟たちの奉納額が現存しています。


    詳しくは過去記事
    ⇒ 深大寺の天然理心流奉納額






    でかけたこの日は、奉納額前の扉が開いていたので、

    全体がよく見えて、写真もしっかり撮れました。

    かなり大きくて見ごたえがありますよ



    天然理心流奉納額
    天然理心流奉納額 posted by (C)ルンちゃん


    深大寺に立ち寄った時には、

    ぜひあなたにも見学して欲しい場所です
    (機会があったら見て下さいね)






    深大寺の名物といったら 『深大寺そば』ですよ。

    この地は江戸時代、稲作に向かない土地だったため

    そばを作ってそば粉を寺に納めていたそうです。





    またハケと呼ばれる段丘崖から湧き出る清水を利用して

    そばをうちましたが、上野寛永寺の門主に気に入られて、

    それがきっかけで江戸の町に広まって有名になり

    今に至っているそうです。





    この深大寺の周辺にも20軒以上のお店があり、

    それぞれが趣のあるたたずまいをみせています。

    どのお店に入るか迷うところですけど、

    今回は深大寺のちょうど門前にある『元祖 嶋田家』に入ってみました





    こちら『元祖 嶋田家』さんは文久年間の創業という

    老舗中の老舗ですよ。

    この重厚な看板がいいですね〜

    店内はふたつに分かれていて、どちらも池が見えますよ。

    2階にはお座敷もあるようです。


    深大寺の蕎麦
    元祖 嶋田家 posted by (C)ルンちゃん



    つい先日も高尾のお蕎麦を食べましたが、

    こちらのお蕎麦も美味しいです


    深大寺のそば
    深大寺のそば posted by (C)ルンちゃん


    でも勝手に言わせてもらえば、

    高尾は昔「自然薯(じねんじょ)ありき」で、

    その自然薯に合う食べ物ということで

    そばと一緒に食べたという歴史があります。

    (今は自然薯が取れなくなったので
     ほとんどの店はとろろ芋のようですが)






    ですから「とろろ(そば)」を食べた

    という気分なんですね。






    でも深大寺の場合は

    最初に「蕎麦ありき」で始まったので、

    「そばを食べた」という気分なんです。
    (もちろんこれは私の感覚ですけど^^;)






    偶然にも今回、食べ比べを行ったような状況だったので、

    この微妙な味の違いを感じることができましたよ





    深大寺のお蕎麦には「二八そば」とか「十割そば」とか

    いろいろ種類があるようなので、

    何度も行って味わってみるのがいいかもしれません。


    らくやき窯
    らくやき窯 posted by (C)ルンちゃん


    おそばの賞味の後は、

    ぶらりお店を巡って、おみやげ探しも面白いですよ。

    以前紹介した楽焼のお店

    『むさし野深大寺窯』
    もこちらにありますよ。




    近藤勇の土鈴が売っています。
    過去記事 ⇒ 近藤勇を鳴らしてみると




    きたろう茶屋
    は、あの

    「ゲゲゲの鬼太郎」をモチーフにした店です。

    関連グッズなど販売していますが、店頭にある

    季節限定の「梨と牛乳」

    ミックスソフトクリームが美味しいです。


    梨ミックスソフト
    梨ミックスソフト posted by (C)ルンちゃん
    一反もめんの木ベラで食べます^^


    看板
    看板 posted by (C)ルンちゃん

    090923_1358~03
    鬼太郎が歩いてる^^ posted by (C)ルンちゃん



    休日ということで深大寺も賑わっていましたけど、

    お正月のようなあわただしさはなく、

    比較的のんびりと過ごせます。





    近くには温泉施設や、植物園もあるので、

    1日中ゆっくりこの周辺で過ごすのも

    時にはいいかもしれませんね。

     
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    [新選組] [コメント:0]
  • [2009/09/28/14:00][ ↑ ][ ↓ ]

  • 高尾山は超人気♪


    高尾山
    に登ってきました〜っ!




    地元の人には、

    「高尾山なんて、庭みたいなもんだ」


    なんて言葉をよく聞かせてもらっていますけど、

    私にとっても、子供の頃からすごく馴染みのあるお山です

    何回登ったことでしょうね〜(多すぎてわかりません^^;)





    その高尾山が今、超人気スポットなのはご存知ですよね。

    あのミシュランガイドで2007(平成19)年から連続で、

    最高ランクの“三つ星”を獲得し、話題の観光地となっています。






    ルンちゃんにとっては、いつも職場から見える高尾山ですし、

    ふもとのお蕎麦屋さんに蕎麦を食べにも来るので、

    よく知った場所なんですけど、登ったのは久しぶりです






    ちなみに高尾山は、甲陽鎮撫隊の残党が、

    一時隠れていたこともあったようですよ。

    でも、新政府軍が探しにきたときは既に山を降りていたので、

    誰も捕まることはなかったとか(よかったね^^)






    そんなゆかりの場所でもある高尾山

    当時を思い描いて登山したいところですけど、

    とてもじゃありませんが、それは無理ですね。

    だって、想像以上の人の数だったんですもの!






    山頂に行くまでにも人・人・人っていう具合ですし、

    登山渋滞で、立ち往生なんてこともありました。

    頂上もこんな感じなんですよ


    高尾山の山頂
    高尾山の山頂 posted by (C)ルンちゃん
    軽井沢ではありません^^;



    なんでしょね〜。

    こんなに人がいる高尾山なんて初めてですよ

    眺めのいい場所に座ることもできません。






    それでもあまり待つこともなく、山頂で名物のお蕎麦を頂き、

    のんびりできたのはラッキーでしたね。

    私がお店から出たときはお客さんが長蛇の列になっていたので、

    ほんとタイミングがよかったです。






    そして下山途中で見た高尾の町の風景です

    RIMG0293
    高尾の町 posted by (C)ルンちゃん



    いつも見慣れている町なのに、山の上から見ると

    違った感じに見えますね。

    夜に見るとまた綺麗なんでしょう。




    それから、高尾山薬王院にも立ち寄りました。


    高尾山薬王院の天狗様
    高尾山薬王院の天狗様 posted by (C)ルンちゃん
    ユニークなお顔の天狗様^^





    高尾山薬王院には『健康登山手帳(1冊600円)』

    というものがあって、高尾山に登るたびに

    100円出すと、その手帳に押印してもらえます。





    その印を21回頂くと「満行」となり、

    成満木札を頂くことができて、

    御護摩受付所の外壁には名前が掲示されます。

    そして精進料理のお振る舞いも頂けるんですよ





    すでに何度も「満行」されているという

    「つわもの」もいらっしゃるようです。






    私も『健康登山手帳』を購入しました。

    お寺の方に

    「まずは満行めざしてがんばって下さい」


    にっこり笑いかけられましたよ。

    もちろん私はこの日が第1回目。

    あと20回がんばらなくちゃね





    ふもとに戻ると、これから登山の方も沢山います。

    ほんとすごい人気です。




    私はお土産を見たり、のんびりと沢歩きを楽しみ。

    そして見つけた牛革草

    こんなところにも自生しているんですね

    RIMG0299
    高尾の牛ちゃん posted by (C)ルンちゃん


    高尾山の人気はまだ当分続きそうですね。

    今回は人に圧倒されて、もくもくと歩いてしまいましたけど、

    もう少し、のんびりできるようになったら、

    周辺の草花を見ながら歩きたいです





    高尾山に行くなら、

    すごい人出には覚悟したほうがいいですけど、

    家族で楽しい1日を過ごすには、いい場所ですので

    よかったら行ってみて下さいね〜


    おまけの写真

    RIMG0300
    薬王院で買った「おごま丸」 posted by (C)ルンちゃん
    これは薬王院のおみやげ100円也。他にもありますよ〜^^



    るるぶ高尾山
    高尾山のある八王子の書店では
    山積みになってます^^;


     
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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/09/25/11:05][ ↑ ][ ↓ ]

  • 勝沼のぶどう

    連休いかがお過ごしですか?

    私は遠出もせず、比較的近場で楽しく過ごしています。

    でも連休なので、いつもと違った過ごし方をしているつもりなんですよ。

    というわけで、今日はそのお話をしますね





    山梨県の勝沼
    といえば、

    甲陽鎮撫隊(=新選組)の史跡のある場所です

    柏尾という場所で新政府軍と戦い、あっという間に敗戦。

    近藤勇達は、すぐさま江戸まで戻ってくるわけですね。





    その勝沼に行ってきたのです。

    でも今回の目的は史跡めぐりではありません

    ぶどうを頂いてまいりました。

    勝沼はぶどうの産地でもありますからね。





    この秋、マイブームになっているのが、ぶどうなのです。

    じつは地元のぶどう「高尾」を食べそびれてしまい、

    その不満が強い欲求に変わり、禁断症状にまで至っています

    注…以前は地元の販売所に行けば買えましたが、
       年々「高尾」の人気が上がり、
       今は贈答品の予約でほどんどいっぱいです。
       なので、販売所に行っても買えませんでした


     



    家の近くのスーパーで普通の巨峰とか買えばいいのですけど

    (もちろん買いましたとも^^)


    「どうせなら、もっといろいろなぶどうを味わいたい」


    なんて思いたち、けっきょく勝沼まで行ってしまったのです^^;





    とはいっても、我が家から勝沼までそんなに遠くもありません。

    千葉県の流山よりほんの少しだけ、時間がかかるくらいでしょうか。

    乗換えの面倒さを考えれば、

    流山に行くより勝沼に行くほうが楽だったりもします。

    (なので、ぜんぜん大変ではありません^^;)






    電車に乗って着いたところが「勝沼ぶどう郷」駅。

    連休とあって、降りる人も多いです。

    駅を出れば一面のぶどう畑!

    その向こうに見えるのが目的の「勝沼ぶどうの丘」です。





    町営バスでも行けますよ

    でも歩いても15〜20分くらいなので、

    周りの景色を見ながら歩いていくのがいいですね。






    ぶどう畑の路地を抜けのんびり小山を歩くと、

    いくつかのブドウ農園の入口があります。

    そこには販売所もありますよ。





    申し込めば、ぶどう狩りも楽しめます。

    ぶどうの種類によって畑が違うので、

    食べたいぶどうの種類を言って、その場所に案内して貰います。





    販売所へは帰りに立ち寄ろうと、

    まずは「ぶどうの丘」目指しますよ〜。

    「ぶどうの丘」
    はその名の通り、360度ぶどう畑に囲まれた丘です。

    ぶどうの丘
    ぶどうの丘 posted by (C)ルンちゃん
    この眺めを見て〜^^




    いくつかの建物があり、一番眺望のいい場所には、

    勝沼の町を一望するレストランがあります。

    もちろんワインも注文できますよ。

    別棟にはバーベキューを楽しめる処もあります。





    地下にはワイン・カーヴ(貯蔵庫)があり、

    そこでは専用の試飲容器タートヴァンを買って、

    いろいろなワインをお試しすることができます。





    売店では試飲した180銘柄のワインを買うことができます。

    他にもぶどうのジャムやお菓子、地元の特産品の数々が

    ここだけで充分手に入ります

    まったく便利なものです。





    ついでにホテルや温泉施設もあり、

    この丘だけでゆったりくつろぐことができますね。

    秋が深まるにつれて、ブドウ畑の葉が色づき、

    あたり一面のぶどうの紅葉のさまを、

    想像するだけで楽しめます。

    実際に見られたら、もっとステキでしょうね





    う〜ん。泊まりにすればよかったかな

    でも、紅葉にはまだ早そうですね。

    この日はレストランで勝沼の町を見ながらのんびりお食事して、

    その後、ぶどうを買いに畑のほうに行きました。





    勝沼のぶどうの種類は豊富です

    「巨峰」はもちろん、「甲州」「甲斐路」「藤稔」

    「ピオーネ」「ベリーA」「ロザリオビアンコ」

    「ピッテロビアンコ」など…





    それぞれに美味しさの違いがあり、

    試食して自分のお好みを選びます。

    (甘いのや、甘酸っぱいのや、少し苦味のあるのや…)






    ちなみに私のお気に入りは ピッテロビアンコ
    こういうやつ


    別名「レディースフィンガー(淑女の指)」ともいって、

    緑色で細長いぶどうです(形が面白い^^)

    とても甘い上に、皮が薄いのでそのまま皮ごと食べられますよ





    この「皮ごと食べられる」っていうところが、

    面倒くさがり屋の私に最適なんですよね^^;

    細長いので食べ易いし、手も汚れません。

    どこかで見かけたら、あなたも食べてみて下さいな。





    今回は他にも「種無し巨峰」や「甲斐路」も買ってきました。

    これで欲求は満たされた感じですね





    勝沼は10月にワイン祭りもありますので、

    まだまだ楽しめますよ。

    今回は行きませんでしたけど、ここから柏尾まで

    歩いて1時間もかからないみたいですので、

    史跡めぐりがてら立ち寄ってみるものいいかもしれません。



    ぶどう畑
    ぶどう畑 posted by (C)ルンちゃん
    これはピオーネかしら?つぶが大きいです^^
    食べ応えありそう〜



    あなたも勝沼に行くことがあったら、

    美味しいぶどうを味わってみて下さいね

     
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    [新選組] [コメント:4]
  • [2009/09/23/11:07][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組は「八ツ橋」を食べたのか?

    昨日から、職場近くの中学生たちが

    京都・奈良に修学旅行に行っています。

    新型インフルエンザの影響で、

    6月だったのが延期されてやっと行くことができました。

    よかったね〜






    京都旅行なんていいですよね。

    私も彼女たちについて行きたかったな(それは無理^^;)

    そんな私の気持を知ってか知らずか、

    おみやげに「八ツ橋」を買ってきてくれるそうです(それは嬉しい^^)





    自由行動時間があるそうなので、私も彼女たちに

    「八ツ橋・お漬物ほか試食めぐりコース」


    を教えてあげました






    そういえば「八ツ橋」って

    今でこそ京都のおみやげの定番ですけど、

    新選組の人たちは食べたことがあったのでしょうか?






    そもそも、幕末の時代に

    「八ツ橋」ってあったのかしらね?





    気になったので、チョッと調べてみたところ、

    幕末にも八ツ橋があったみたいなんですよ。





    八ツ橋の元祖ともいうべきお店があるんです。

    それが「本家西尾」さん。

    ⇒ 本家西尾 八ツ橋HP






    1689(元禄2)年創業のお店ですよ。

    つまり320年の歴史がある老舗中の老舗なんですね

    当時は「八ッ橋屋梅林茶店」と呼ばれていたみたいです。

    このお店は、熊野神社聖護院の参拝客を迎える、

    門前茶屋
    でありました。






    最初は今の八ッ橋の原型でもある、

    橋形のせんべいが誕生したそうです。

    それが変化して今の形になったんですね。





    ただ、いつから今の形になったのかは、

    今回わからなかったので、幕末時代にすでに

    今の形だったのかは不明です。





    同じお店に「白餅」というのがあって、

    創業以来から、東海道を行く旅人の携帯食として

    利用されていたそうですので、そちらはもしかしたら

    新選組の隊士たちも食べていたかもしれませんね。





    でも、どちらも「新選組が食べた」という資料は

    今のところありません。

    出てきたら面白いのに(残念…)





    幕末時代からあるものは、

    彼らが食した可能性もあるので、ぜひ味わってみたいです





    今回生徒たちが買ってくる八ツ橋は、

    有名な「おた○」らしいので、

    自分で京都に行ったときにでも食べてみましょう





    あなたも京都に行くときに、

    よかったら江戸時代からのお店の八ツ橋を

    お試し下さいね〜


    本家西尾八ツ橋じゃないけど、
    調べたらこんなのもありましたよ
      
      ⇒ 新選組のパッケージの八ツ橋



     
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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/09/14/11:32][ ↑ ][ ↓ ]

  • 開陽丸を眺めていたい^^


    あなたが土方歳三さんのことを好きなら、

    彼が関わった、箱館戦争五稜郭、そして開陽丸についても、

    チョッとは興味があるかもしれませんね






    ちなみに私は、土方さんも海も好きなので、

    開陽丸に興味があります(もちろん箱館戦争や五稜郭にも^^)





    開陽丸について、簡単にご説明しますと…





    排水量2590トン、全長72.80メートルの

    400馬力の蒸気機関付き帆船です。

    大砲26門、小型砲8門を装備し、

    乗船人数は350〜500人という、

    当時は最新鋭の軍艦でもありました。






    1861(文久元)年に徳川幕府は、

    強力な軍艦をアメリカに注文しようとしましたが、

    南北戦争中を理由に断られます。






    そこで注文先をオランダに変え、

    350馬力のスクリュー船で、大砲26門付きの

    オランダで最新鋭の装備を施したもの


    という条件つきで発注したのでした






    1865(慶応元)年、

    オランダで進水式を済ませた開陽丸は、

    150日をかけて日本に到着。

    以降、幕府の主力艦として

    榎本武揚らの傍らに開陽の姿はあります。






    旧幕府軍が箱館に渡ったときには、

    彼らをささえる大きな勢力となるはずでしたが、

    江差で戦う旧幕府軍の応援に駆けつけた際、

    暴風雨に見舞われ、江差沖であえなく座礁・沈没。





    暗夜にともしびを失う如し







    と榎本武揚以下、旧幕府軍の誰もが、

    嘆き悲しんだのでした。

    注…本当は開陽には「○○丸」は付かないらしいです







    この話を聞くたびに、もったいないな〜と思いつつ、

    「もし、あのとき江差なんかに行かずに開陽が残っていたら、

     どんな風に歴史が変っていたのだろう?」

    と想像することも度々です。








    江差に復元されている開陽丸に乗った際にも、

    いろいろな想いが湧いて、妙に気持ちが高ぶっていましたね。

    日本の歴史にはいろいろな帆船が登場しますけど、

    やっぱり私は、開陽丸が好きみたいです






    ところで先日のことなんですけど、

    その開陽丸をインターネットでみつけました。

    といっても、もちろん本物ではありません。

    帆船の模型なんですよ。



    帆船の模型 ⇒ 開陽丸






    大きさは幅53cm、高さ43cmで、

    職人さんの手作りで、かなり丁寧に作られているようです。





    帆船模型は、1本のむくの天然木から削り出して

    船体を作っています。

    帆の部分も一枚ずつていねいに張られていて、

    細かな部品や塗りもよさそうですよ。







    開陽の特徴である、3本マストや煙突
    も見えます。

    ただし、砲門が片面9門しかないのは惜しいなぁ。
    (本当は13門^^;)






    でもこれを部屋に飾ったら、

    いろいろ思いをめぐらせて楽しめそうなんですよね

    今すぐには買えないけど、

    いつかは手に入れて飾ってみたい品なのです♪





    帆船模型つながりで思い出したのは、

    昔放送された里見浩太朗主演の「五稜郭」






    そのドラマでは、開陽丸の帆船模型が

    キーアイテムで登場していました。

    最後に、中島三郎助の次男・房次郎のなきがらの傍らに

    ポツンと残されていたのがとっても印象的でしたね。





    帆船模型の写真を見ただけで、

    こんな思い出が浮かんでくるのですから、

    開陽丸を自宅に飾ったら、どんな思いがめぐるのででしょう?


    そう考えるだけでも楽しいです

    開陽丸
    咸臨丸などの帆船もあります


     
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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/09/12/11:30][ ↑ ][ ↓ ]

  • ダンダラのお話


    あなたが「ダンダラ」といったら

    何を思い浮かべますか?






    もちろんこのサイトに来て頂いているのですから、

    真っ先に『新選組の羽織』を思い浮かべることでしょう。





    そうです。

    ダンダラといえば、新選組の羽織にある

    あの山形の模様ですよね






    でも、本当は違うみたいなんですよ〜






    先日のこと。

    インターネットで調べ物をしているとき、

    このダンダラの文字が目に入りました。




    それがこれ ⇒ ダンダラヒメヨコバサミ





    ダンダラの文字に、

    すごく興味を持ったんですよね〜






    海の生物について調べていたので、

    この名前を持つ物が「海のいきもの」だということは

    わかっていたのです。でも正体は何?






    想像するに「…ハサミ」と名についているからには

    甲殻類だとは思いましたけど、

    甲良にダンダラ模様があるカニなのか、

    貝殻にダンダラを背負ったヤドカリなのか?






    海の中をダンダラ羽織って闊歩しているとか…






    どんどんイメージが膨らんで、結局

    思わずサイトをクリックしてしまったのです。

    その正体がこちらですよ。

    ダンダラヒメヨコバサミ(shopに飛びます)







    あれっ?何がダンダラだったのでしょう?

    最初、その意味がよくわからなかったのですよね。

    でもこのサイトには確かに「新選組の服の模様」って書いてあるのです。

    でもどう見ても、ダンダラ模様には見えませんよね^^;
    (山形模様じゃないし…)








    そこでもう少し調べてみたんです。

    そもそも「ダンダラ」ってどういう意味なんでしょう?






    じつはダンダラとは「だんだら縞」というのがあって、

    そこからきているようなのです。







    その「だんだら縞」とは

    横に筋の入った「ボーダーストライプ柄」

    のことをいうのだそうです。

    江戸時代には、上方地方(京阪)で

    「だんだら染」と呼んでいたとのことですよ








    なるほど、たしかにそういわれれば、

    さっきの「ダンダラヒメヨコバサミ」←日本人が命名したそうです

    の足は赤と白のストライプになっていましたよ。







    これでひとつは納得しました。






    でもそうしたら、新選組のダンダラ羽織

    どういうことなんでしょうね?

    横縞ではありませんよね。







    そこでまた調べてみました






    和柄・和の模様・和のデザイン〔縞〕
    だんだら縞




    これによると、

    上方の人たちが「だんだら」と呼んでいた縞模様を、

    新選組が山形の模様のことだと勘違いしたときから

    山形がダンダラと言われだしたというのです。







    え〜っ!そうだったの〜!?







    新選組の誰が「ダンダラ」と使い出したのかわかりませんので、

    彼らのせいともいえないとは思いますけど。

    それにもしかしたら、

    後世でそう言い出したものかもしれませんし…^^;







    その辺りはもっと調べてみないとわかりませんが、

    今では『ダンダラ模様』といったら

    新選組の羽織(の模様)ということで浸透していますね。







    ここまで、広まってしまうと

    ダンダラ模様=山形模様
    が勝手に一人歩きして

    完全には修正できませんよね〜







    というわけで、

    こちらのサイトに来て頂いたあなたには、

    ダンダラの本当の意味がわかったと思いますので、

    どこかでダンダラの話が出たときにでも、

    うんちくで使ってみて下さい
    (少しは修正に役立つかもしれませんネ^^;)



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    [新選組] [コメント:5]
  • [2009/09/03/11:04][ ↑ ][ ↓ ]

  • 大塩平八郎と新選組の○○つながり^^;

    知り合いの中学1年・男子の宿題のために、

    インターネットで検索した資料を提供した、この夏休み。





    彼の宿題

    「歴史上の人物について新聞をつくる」


    の完成作品を見せてもらいました。





    日本・外国を問わず、歴史上の人物をひとり選んで調べ、

    画用紙に新聞形式でまとめるというものだったのですが、

    タイトルといい、文や絵の配置といい、なかなかのできばえ





    なので、彼の新聞をコピーさせてもらいました

    さすがにブログ公開までの許可は得られませんでしたが、

    (学校への提出前でもありますし…^^;)


    今、手元に彼の作った新聞があります。





    ちなみに、彼が選んだのは大塩平八郎

    なかなか渋い人選ですよね〜。(笑える人選理由ですけど…)




    ところで、多摩人漫遊記の

    次なる記事は何にしようかと考えていたとき

    ちょうど、その新聞が私の目に止まったんですよね。





    大塩平八郎と新選組とは、さすがに年代がずれているので、

    つながらないよね〜なんて思いながら、文面を見ていたのですけど…^^;





    … あったんです、つながりが(一応^^;)

    大塩平八郎
    新選組







    そのふたつを結ぶもの。

    そのキーワードは

    「鴻池 善右衛門(こうのいけ ぜんえもん)」
    です






    大塩平八郎といえば、

    学校の教科書にも登場する人物なので、

    あなたも知っていますよね。






    大坂町奉行所の与力だった平八郎は、儒学者でもありました。

    彼が生きたのは1793(寛政5)〜1837(天保8)年。

    ちなみに近藤勇が誕生したのが1834年、土方歳三が1835年です。







    天保の大飢饉のときに、

    豪商による米の買い占めなどによって米価が高騰し、

    大阪の人々が困窮したとき、その豪商たちを襲って、

    米や金を貧しい人々に分け与えようとしたところ、

    奉行所の知るところとなり、結局

    幕府によって鎮圧されてしまいます。






    世に言う大塩平八郎の乱ですね






    それ以前に、当時の東町奉行の跡部良弼に、

    「蔵の米を民に与えてほしい」とか

    「豪商に買い占めを止めさせてほしい」と

    要請しますが、一切受け入れられませんでした。





    その時、自分や門人の禄米を担保に一万両の借金を

    この鴻池善右衛門に申し入れる
    のです。     ←ここです^^






    でも上司の妨害もあり結局借金できず、最終的には、

    これしかないと暴動計画を立てたんですよね。






    一方、新選組も鴻池に対して

    借金を申し込んでいた
    のは、有名な話です。






    浪士組が京へ残ったとき、先立つものがなく

    芹沢鴨・山南敬助・永倉新八・原田佐之助・井上源三郎・

    平山五郎・野口健司・平間重助の8人が大阪の鴻池へ行き、

    借金を申し入れます。でももちろん担保はなし^^;






    主・善右衛門の代理の者が、わずかな金子を包んで

    丁重に断りますが、それで帰るわけもなく、

    声高に威嚇する芹沢鴨!





    結局、善右衛門が出てきて、

    芹沢らは脅迫まがいの方法で、200両手に入れるわけです。
    (その後も鴻池との関係は続く)






    このふたつの話に登場する鴻池 善右衛門

    同一人物ではありません。

    善右衛門は代々主に受け継がれる名前らしいです。

    新選組に接客したのは1851年に家督を継いだ10代目のようですので、

    平八郎のときは9代目ということになりますね。





    でも「鴻池に借金を申し込んだ」ということで

    ふたつは微妙につながったのでした





    ついでながら、大塩平八郎は陽明学を学び、

    自宅で『洗心洞』という私塾も開いていました。

    そして頼山陽とも親交があったようです。





    頼山陽といえば『日本外史』の著者であり、

    この『日本外史』を近藤勇が愛読していたのも有名な話です。

    ここでも微妙なつながりがありますね^^;





    まあ、大層なものではありませんけど、

    「調べてみると色々と面白いつながりがあるものだ」

    と実感した出来事なのでした





    また面白いつながりを見つけたら、

    お話したいと思います


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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/08/31/12:17][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新選組検定に、サクッとチャレンジ♪

    面白いサイトをみつけてしまいました

    それはこちら ⇒ けんてーごっこ





    これは、10問程度の検定を

    自分で作って公開するというものです。

    もちろん作らなくても、

    そこにある検定をやってみることもできますよ〜






    興味津々で「新選組」のキーワードで検索したら、

    出たでた、新選組関連の検定が!






    それでチョッとやってみようと思って、真っ先に受けてみたのが

    沖田総司検定
    です。





    10問すべて選択問題なので、簡単に答えられますよ。

    これ史実?っていう問題もありましたけどね…^^;





    初心者さんでもわかるような問題なので、

    サクサクッと返答♪







    そしてルンちゃんの結果は?


    kentei

    やった〜、嬉しい〜



    ちなみに合格すると、こんな認定証も貰えます



          
    ここから、ルンちゃんが受けた検定ができますよ。
    やってみます?




    一応この検定に関しては、全国1位になりました




    と、まぁこんな風に楽しむことができます。





    今回は人様の作った検定に挑戦しましたけど、

    次回は自分で新選組検定を作ってみたいです。

    いつになるかはわかりませんけど、

    ブログでも紹介しますので、お楽しみに〜






    もしよかったら、あなたも検定問題作って下さいね。

    ご連絡頂けたなら、

    検定を受けにあなたのブログに行きますね〜


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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/08/21/11:01][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「甲陽鎮撫隊 深大寺祝蕎麦之図」なる錦絵^^;

    深大寺つながりなんですけど、

    こんなのをみつけてしまいました


    ⇒ 甲陽鎮撫隊 深大寺祝蕎麦之図






    『甲陽鎮撫隊が甲州へ行軍の際、

     深大寺に立ち寄って深大寺蕎麦を食べた』


    という設定の錦絵です。





    もちろん、史実ではありません

    そこまで足を伸ばす時間は、さすがに彼らにはないですよね^^;

    でもなかなか面白い絵なので、取り上げてみました





    しかもこの錦絵には、藤堂平助さんもいますし、

    元気な沖田総司さんもいます。

    これから戦争に行く図なのですが、

    なんだか幸せそうにも思える錦絵ですよね。






    少し残念なのは、土方さんが後ろ向きなので、

    顔が見えないというところです。

    錦絵の土方さん、どんなお顔なのでしょうか?

    近藤先生は、そっくりですけどね〜






    ところで深大寺蕎麦は有名ですけど、実際のところ

    土方さんたちは食べたことがあったのでしょうか?

    可能性としては、ありそうな気もしますけど。






    もし「出稽古のついでに立ち寄ったことがある」

    というような文献が残っていたら、

    深大寺の史跡めぐりが、今以上に楽しくなりそうですね






    ちなみにある会の会誌に、

    「近藤・土方・沖田の3人が深大寺に立ち寄って、

     蕎麦を食べている」という絵が載ったことがあります。





    なかなか微笑ましい光景でしたよ。

    その絵は、今でも私のお気に入りになっています

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    [新選組] [コメント:0]
  • [2009/07/23/11:35][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「五稜郭の赤い松」と「歳三嘆きの黒い松」

    数年前の函館・江差・松前旅行のとき、

    旅の記念にと「赤い松」「黒い松」

    松ぼっくりを拾ってきました。

    それがこちらです


    五稜郭の赤松&歳三嘆きの黒松
    五稜郭の赤松&歳三嘆きの黒松 posted by (C)ルンちゃん


    100円ショップのプラケースに

    収めてみました。

    なかなかサマになっているでしょ






    「赤い松」は函館・五稜郭内にある

    赤松
    の松ぼっくりです。

    箱館奉行所を取り囲む形で、植わっている

    もしかしたら土方さんも見たかもしれない赤松
    ですね





    箱館奉行所は明治時代になって

    解体されてしまいましたけど、

    そのとき松は切られずに残ったみたいです。






    ちなみにこの赤松は、1858(安政5)年、

    当時の箱館奉行組頭である栗本瀬兵衛が、

    赤松の種子を佐渡から取り寄せて生育させ、

    その苗木を五稜郭周辺に植樹した
    のが最初だとか。





    明治になってそのほとんどが国道5号線(札幌本道)沿いに

    移植され、今では赤松並木とか赤松街道とか呼ばれているそうです。

    ⇒ 赤松街道 





    現在、箱館奉行所の再建工事中ですが、

    新しい建物が出来たときには、当時に似た姿で、

    今植わっている赤松は建物の傍らにたたずみます。





    それを新しい建物の中から、

    眺めることができるわけですね





    つまり土方さん目線で見られるのです。

    そんな風に想像するだけで、

    なんだかとても嬉しくなります。

    今から、すごく楽しみですよね♪






    さて、もうひとつの「黒い松」は、

    江差の「歳三嘆きの松」の黒松
    です。


    松ぼっくりを拾いました

    これですよ^^



    開陽丸が江差で座礁・沈没したとき、

    この松の傍らで開陽丸の沈む様子を見て

    土方歳三が嘆き悲しみ、その松の幹を

    こぶしで叩いたといわれています。






    現在、松のそばには、

    その「由来」を書いた看板も立てられているわけですけど…





    でも、その話は作り話らしいですよ〜






    「歳三嘆きの松」の話のことを、初めて知ったのは平成元年頃。

    私が見たのは「イラストで見る箱館戦争」

    という本だったと記憶しています。

    以来この話は一人歩きし、

    他の本でもよく見かけるようになりました。






    その頃は

    「きっと新しい資料から、嘆きの松の話を発見したのだろう」

    などと思っていましたけどね…






    昨年だったか数年前だったか、

    ある方が「歳三嘆きの松」について

    事の真相と当事者の名前を本で語っていました。

    存じたお名前でしたし、その後反論も聞かないので、

    たぶん作り話というのは本当なのでしょう。







    最近では「歳三が叩いて木を曲げた」

    などという話もあるようですが(これは初耳)

    「歳三嘆きの松」伝説は

    真実じゃないようですので、信じませんように。





    松ぼっくりを拾った頃は私も信じていたわけで、

    ニコニコしながら拾っていましたね〜^^;

    でもあの旅はすべてが面白い事だらけだったので、

    とてもいい思い出になっています


    その時(2006年)の過去記事
    ⇒ 函館史跡めぐり
    2006年は後半の部分です。





    今思えば、とても間抜けた話なんですけどね、

    旅の記念にはなっているので、

    松ぼっくりはこのまま残しておきます。





    こういうのは、

    お金のかからないおみやげにもかかわらず、

    とてもいい思い出にはなりますよ。

    (いえ、負け惜しみなんかじゃなく^^;)


    あなたもよかったらお試し下さいね。






    ただ、松ぼっくりはそのままだと、

    カビが生えたりもしますので、

    ケースに入れるとき、カビ防止も兼ねた防虫剤を

    ひとつ一緒に入れておくといいですよ^^
    (ムシューダとか…もちろん定期的に取り替えます)






    時々眺めてみると、

    旅の思い出がよみがえってきて楽しいです

    そこに、幕末の想い人の面影も重なって、

    どこか懐かしく感じることもあります。





    たかが松ぼっくり、されど松ぼっくり。

    どうぞ函館に訪問の時には見てみて下さいね^^

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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/07/13/10:59][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「沖田総司藤原房良」と「良房」

    今日はとりとめもなく、沖田総司さんのお話です





    沖田総司藤原房良
    (おきたそうじふじわらのかねよし)





    ご存知、沖田さんのフルネームですね

    このうち「総司」が字(あざな)です。

    字(あざな)とは、普段その人を呼ぶときに使う名前のことですよ。






    総司の幼名は宗次郎といいます。

    宗次郎の名を短く省略され、「そうじ」とでも呼ばれていたのでしょうか?

    元服してから同じ音の「総司」という名に変えました。






    ちなみに昔(昭和の頃)、総司の読みかたは

    「そうじ」
    「そうし」どちらが正しいのか?

    話題になっていたことがあります。





    でも後に、宮川家(近藤勇の実家)から

    慶応3年7月14日付の沖田総司からの手紙が発見され、

    その手紙に「総二」と署名のあったことから、

    今では「そうじ」が正しいといわれるようになりました。






    テレビドラマ「新選組血風録」や「燃えよ剣」では

    栗塚旭演じる土方歳三が、「そうし」と呼び、

    それがお茶の間に広まりましたね





    漫画でも新選組ファンに超有名な、

    和田慎二の「あさぎ色の伝説」などでは「そうし」と読んでいたので、

    「そうし」の名前はかなり浸透していましたしね(他にもいろいろ)





    ですから「そうし」という名で馴染んでいた方には

    「そうじ」の呼び名は違和感があって、

    受け入れ難かったかもしれません。





    私は木原敏江の「天まであがれ!」で馴染んでいたので、

    「そうじ」が身についていました。(「天まで…」は「そうじ」表記)

    「総司=そうじ」で確定されたときには、

    「やっぱり〜」なんてうれしく思いましたね





    さて、沖田総司藤原房良のうち

    「房良(かねよし)」が諱(いみな)になります。

    元服前の諱は「春政」

    元服してから「房良」に変えました。





    諱(いみな)とは、その人の本名のことで、

    この名で呼びかけることができるのは、

    親や主君だけでした。






    諱には、その人の霊的な人格が深く結びついている

    と考えられていて、その名を口にすると、

    その人の霊的な人格を支配することができる

    という言霊信仰があったのです





    ですから親や主君以外の人が、

    その人を諱で呼びかけるということは、無礼に当たったわけですね。

    それで、普段は字(あざな)で呼ぶというわけです。





    「諱(いみな)」は「忌み名」とも表し、

    (口でいうのがはばかれる)という意味も持つようですが、

    やはり総司さんの名前なので、

    どこか気になる「房良」という文字です

    参考:ウィキペディア(Wikipedia)




    そして文字つながりなんですけど…





    この気になる「房」と「良」の

    二文字が使われたお店が、じつは京都にあるのです。

    そちらは「良房(つまり逆^^;)」ですけどね





    そのお店に初めて入ったとき、

    妙に親しく、懐かしく感じたのは、

    この二文字が目に入ったからでもあるのでしょう。





    それが「鍵善良房」です





    京都では有名な和菓子屋さんです。

    ここでは「くずきり」が名物で、

    味がすぐに変わる「くずきり」を美味しく戴くために、

    注文してから作るというこだわりのお店です。





    氷の入った器によく冷えた「くずきり」は

    史跡めぐりに疲れた体に、とてもやさしい味ですよ。





    残念ながら「くずきり」は、

    昭和初期から出されたものらしいので、

    総司さんが食べたということはありませんけど、

    お店自体は、江戸時代・享保年間に創業されたという老舗です。





    元の屋号は「鍵屋良房」で、

    代々のご当主名に「善」の文字を使ってたことから、

    いつしか「鍵屋の善さん」と呼ばれるようになったそうです。

    そこから転じて「鍵善」となり、後に「良房」が再びつけられ

    今は「鍵善良房」の屋号になっているそうです。






    鍵善良房は、祇園の八坂神社門前にあるので ←今は支店もある

    もしかしたら、自分と同じ字をもつこのお店に

    総司さんも足を止めたかもしれないなんて思うと、

    冷えたくずきりの味も妙に懐かしくなるものです





    もし京都を訪問することがあったら、

    一度この「くずきり」をご賞味下さいね。

    そしてそのときには、同じ文字を持つ

    総司さんのことでも想ってみて下さい


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    [新選組] [コメント:6]
  • [2009/06/24/10:59][ ↑ ][ ↓ ]

  • 気になる「鴨」の名の由来

    新選組の本を読むと決まって登場するのが

    「芹沢鴨の暗殺」
    の話ですよね。





    暗殺についてはここでは語りませんけど、

    その時いつも気になってしまうのが、

    芹沢さんの名前
    です。





    幕末の頃は変名が流行っていたそうで、

    近藤勇は「大久保大和(他もある)」、

    土方歳三は「内藤隼人」という名前を持っていましたし、

    伊東甲子太郎は事あるごとに、名前を変えていました。
    (鈴木大蔵→伊東甲子太郎→伊東摂津)





    自分で名前を決めるのもありだったようで、

    芹沢さんも「下村嗣司(しもむらつぐじ)」という本名から、

    「芹沢鴨」
    という名に変えています。





    「芹沢」は彼が下村家へ養子に行く前の

    苗字なんですけど、何ゆえ「鴨」なのか?





    「鴨」っていうと





    『鴨がネギ背負ってやってくる』
    とか

    『鴨にされた』
    とか

    あまりよくない意味で使いますよね





    「名は体をあらわす」といいますけど、

    「運命をもあらわしてしまったのではないか」

    という気さえしてくる「鴨」の名前です。
    (鴨にされちゃったとまで
     言いたくはありませんけど^^;)






    さて、その名前の由来については

    ある説があります。




    それは芹沢さんの故郷、玉造にある地名説話によるもので、

    「彼の身近にあった言葉を使用した」というものです。





    地名説話とは

    「常陸国風土記」
    の行方郡(なめかたごおり)の章

    に書かれているものです。

    そこには常陸の国の各地名が、

    どのように名付けられたのかが記されています。





    風土記によれば、常陸の国は

    日本武尊(やまとたけるのみこと)と大変ゆかりのある場所で、

    日本武尊がお通りになった際、お話になったことを元に、

    次々と名前がつけられていったそうです。





    梶無川という川から日本武尊が陸にあがられたとき、

    鴨が飛び交いました。弓を持って射られたところ、

    弦の音に応じて直ちに鴨が落ちてきた
    のです。

    それからその場所を鴨野といったということです。





    この鴨野が玉造町加茂の場所で、

    鴨の宮という神社もあるそうですよ。

    参考:浅田次郎新選組読本(菊地明「鴨の由来」)





    芹沢さんにとっては「鴨」の文字は

    「芹沢村」と同様に、身近なもの。だから

    そこから名前を取ったというわけですね




    他にもネットで調べてみたら、こんな考察もありました。




    ポイントは

    『(日本武尊の射る)弦の音に応じて直ちに鴨が落ちてきた』

    という部分です





    日本武尊(つまり天皇)の威光を感じ、

    弦の音だけで落ちる鴨の姿が、

    自分の身を犠牲にしても帝のために尽くそうとする

    「尽忠報国」の志に通じるもの
    として、

    「鴨」という字を己に当てたというものです。


    参考:司馬遼太郎も知らなかった芹沢「鴨」の由来 
       茨城のむかしむかし大昔15






    実際のところは、はっきりとはわかっていませんが、

    なかなか説得力のある考察で、思わず

    「なるほど〜」とつぶやいてしまいました






    どちらにしても、なにかしら意味を持って

    つけた名前なんでしょうね。

    芹沢さん「鴨ネギ」なんて思ってしまってスミマセン^^;






    傍には絶対寄りたくない人物なんですけど、

    「なぜか嫌いになれない芹沢鴨」のお話でした


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    [新選組] [コメント:4]
  • [2009/06/16/16:10][ ↑ ][ ↓ ]

  • 日本開港150周年記念切手

    今週の月曜日のことです。

    郵便局に切手を買いに行ったら、こんなのがありました。




    日本開港150周年記念切手





    そういえば横浜では、横浜開港150周年記念

    イベントがいろいろ開催されていましたっけ





    これもその記念のひとつだね〜♪

    と思いながらよく見たところ、

    すばらしいものを発見!





    この記念切手、

    横浜だけじゃなく、函館のもあるんですよ〜!!
                         (長崎のもあるけど^^;)





    日本開港150周年記念切手 函館 
    (大きな画像が見られます)





    1シート、80円切手が10枚。

    切手の図柄は開港地にゆかりのものや場所なんですよ。





    ちなみに函館は「函館山の古地図」「100万ドルの夜景」

    「八幡坂」
    「聖ハリストス教会」などの

    名所が載っていますよ。





    行ったことのある場所ばかりだったので、

    どこかなつかしいです





    ちょうど80円切手が欲しかったので、

    迷わずこの記念切手を買いました
                   (Get!!)





    郵便局から戻って、インターネットで調べてみたら、

    6月2日に発売されたばかりのようでしたね。

    しかも、横浜・函館・長崎の3シートを入れる

    切手帳もある
    らしいです^^;(但し有料)





    五稜郭は残念ながら今回は載っていませんが、

    お気に入りの古地図があるので、それだけでも満足





    会社で使う切手も、しばらくはこれを買って

    楽しみたいと思います
    (職権乱用〜♪)






    ところで……150周年

    何が150年経ったのだろう?と考えてみたところ、

    あの「日米修好通商条約」が締結されて実際に開港されてから、

    150年ということですね





    開港150周年といいますが、

    函館は「日米和親条約」のとき、既に開港されてますので、

    厳密にいうと155年経っていることになるんですけど…

    まあ、細かい事は言いっこなしということで





    150年前には条約に反対した人たちも沢山いたのに

    お祝いしていいのかしら?  

    なんて事も、チョッとだけ気になりますけど、

    「記念」として祝うことのできる今が幸せに思えます。


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    [新選組] [コメント:6]
  • [2009/06/12/11:12][ ↑ ][ ↓ ]

  • 薩摩を食い尽くせ!

    新選組を好きな方の中には、

    徹底したこだわりの方がいます。





    例えば、新選組を好きなので、

    新選組の敵だった薩摩は好きじゃない。





    だから、鹿児島への旅行はしないっ!






    そんな方も、時にはいらっしゃいますよ。

    これもひとつの、こだわりですよね。





    かくゆう私も、中・高校生の頃には同じ気持ちでした。

    「薩摩はゆるせない〜、敵っ!
    なんて…






    今はもう、そんな気持ちはない(かな?)ですけど。

    性格も丸くなりましたしね





    さて、その高校生の頃のお話ですけど、学校で

    「修学旅行アンケート」
    というのがあったのです。

    修学旅行先はどこがいいか?


    というものでした。






    「北海道」
    「九州」かで争われたんですよね。

    このふたつなら、

    あなただって選ぶのに苦労しませんよねっ!





    もちろん私も、土方さんの眠る函館に行きたかったので、

    迷うことなく「北海道」を選びました





    まわりの生徒たちの話を聞くと、

    ほとんどの子は「北海道」でした。だから

    これで北海道行きは決まりだなって思ったのですけど





    結果はなぜか「九州」に決定! 






    「先生たちが九州に行きたかったのでは?」

    と少なからず思いましたよねぇ…

    (実際のところどうだったんでしょう?)






    九州に決まったからには、しかたがありません。

    九州になったからって、修学旅行を休むわけもなく(旅行は楽しいから)

    でも薩摩(鹿児島)は、しっかりコースに入ってる!





    こうなると敵地に乗り込む意気込みですね





    ちょうど、広島出張をした

    近藤勇のような
    気合の入れようです

    薩摩のものはなんでも見てやろうと、

    けっこう熱心に見学しましたよ





    そして、夜は薩摩(鹿児島)泊まり。

    夕食は薩摩自慢の郷土料理の品々です。

    料理の名前はほとんど覚えていませんけど、

    とても美味しかったですよ






    そのなかで今でもよく覚えている、

    郷土料理の一品があります。

    それが、さつま汁なんです





    さつま汁とは、鶏肉とサツマイモをベースに

    いろいろな野菜をふんだんに入れた

    お味噌仕立ての汁物です。





    そのとき確認したのは、

    鶏肉
    さつま揚げと、

    サツマイモ
    にんじん

    ごぼう、大根、生姜
    など…






    特に鶏肉とサツマイモのコラボが、絶妙なんですよ〜。

    甘辛好きな私には、たまりません





    お腹いっぱいになって、テーブルを立ったとき、

    他のテーブルには、お料理がかなり残っていましたが、

    私たちのところだけは、きれいサッパリ
    なくなっていましたよ。






    まさしく薩摩(料理)を、食べ尽くしたという感じです

    (友人共々大食漢!^^;)






    そんな風に初めての敵地、もとい^^;

    薩摩の印象は悪くなかったです。

    桜島の眺めもよかったし、天気もよかったし。





    西郷さんの銅像が、やけによく目についたのは、

    気になりましたけどね…





    結局、他の県もまわったのですが、

    今でもよく覚えているのは、宮崎県のきれいな海と

    薩摩の(美味しい)思い出でした

    (熊本城も一応覚えてますが…)







    さつま汁は今でも時々作って食べています。

    簡単につくれますし、

    自分で作っても美味しいですよ〜






    まだ食べたことがない方は是非一度

    さつま汁を作って食べてみて下さいね。

    そのときは「薩摩を食い尽くす」つもりで

    どうぞ、ガバッとお召し上がり下さい




    レシピはこちら
    ⇒ さつま汁




    一般的な食材はレシピの通りですけど、

    基本の鶏肉とサツマイモが入っていれば、

    あとはお好きな野菜をいれればOKです


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    [新選組] [コメント:4]
  • [2009/05/27/10:37][ ↑ ][ ↓ ]

  • 池田屋跡が「池田屋」になる!?

    昨日は函館のお話でしたが、本日は京都のお話です。

    池田屋事件のあった跡地ビルに、池田屋ができるそうですよ。



    「池田屋事件」とは?
    過去記事 ⇒ 今日は何の日「池田屋事件」




    「池田屋」といっても当時を思わせるようなものはなく、

    現在はビルが建ち、建物の脇に案内板があるだけです。

    近年ではパチンコ店が永く営業していましたが、

    その後しばらくは空き店舗だったんですよね。





    それが今年になってテナントさんが決まり、

    新しく居酒屋になるそうですよ。

    そのお店の名前が、




    はなの舞
     池田屋店。




    「はなの舞」のお店は、東京でもよく見かけますけど、

    池田屋の名前がつくのがチョッと嬉しいですよね

    なんでも約130年ぶりに「池田屋」の名前が復活するとかで、

    ご町内の期待も掛かっているようです。(町おこしとかで…)






    思えば池田屋に喫茶店(レストラン?)があった頃から、

    私もあの池田屋跡のビルを見続けてきました。(京都旅行の時ですが^^)

    その後ケンタッキーになり、気がついたらパチンコ店になり、

    店内に入ることもなくなって久しいです。





    それが今度は居酒屋になって登場ですよ。

    居酒屋なら入る機会もあるでしょう。





    しかも内装は江戸時代をイメージして、

    ついでに映画などにも登場する「階段落ち」に使われるような

    高さ約7メートルの階段もつけるらしいです

    あきらかに池田屋を意識していますよね。

    (階段落ちは映画のほうですけど…^^;)





    こうなると、店に入る機会をじっくり待つより、

    無理にでも入るきっかけを作るしかありませんね

    一度は見てみたいです。





    これで京都へ行く理由がふたつになりましたよ。

    ひとつは、井上源三郎さんの埋葬地跡訪問。

    そしてもうひとつがこの池田屋です。





    函館にも行きたいし、京都にも行きたい。

    ご当地めぐりは尽きることがありませんね〜。





    時期がきたら、でかけるつもり。

    でもその前に、あなたがお出かけになったときには、

    情報よろしくお願いしますね

    参考:YAHOO!News(京都新聞)


    追記/今日は近藤先生の命日ですね。。。
    過去記事 ⇒ 近藤勇の命日
           命日に寄せて 


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    [新選組] [コメント:10]
  • [2009/04/25/10:51][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「函館ネタ」です^^

    左サイドのアンケート

    「あなたが今一番行きたい、新選組関連史跡の場所は?」


    にご参加いただき、ありがとうございます。
    (まだまだ受付中です^^)





    今のところ、函館がトップですね!

    函館に興味のある方が多いということが

    よくわかりました




    そこで、本日は「函館ネタ」で

    話を進めていきたいと思います。よろしくお願いします。






    さて、現在函館の五稜郭にて

    箱館奉行所を建設中
    だということを、あなたはご存知ですか?

    以前こちらでも何度か記事を書きました。

    その時の記事
    ⇒ 函館探索記.1〜五稜郭編〜

    ⇒ 函館奉行所復元工事の一般公開





    私が2006年に函館に行ったときには、まだ現地調査中で、

    調査場がロープで仕切られていたんですよね。

    友人と現地にたたずみ「楽しみだね〜♪」って

    建つイメージを思い浮かべたものです。






    2008年
    (つまり去年)の5月には

    こんな感じでした。




    タワーから復元工事現場をのぞむ
    タワーから復元工事現場をのぞむ posted by (C)ルンちゃん





    完全に建物で仕切られて見えなかったのですが、

    帰宅してから、写真を拡大してよく見たら、

    なんとなく中が透けて見えるんですよね^^

    この写真の様子では、これから土台が作られる

    という感じでしょうか?




    五稜郭 土饅頭辺り
    五稜郭 土饅頭辺り posted by (C)ルンちゃん





    あっ、これは同じときに撮った土饅頭の写真。

    「土方さんが眠っているかもしれない」ともいわれている場所です。

    サービスで載せておきますね〜




    その後、現地では函館市民参加で

    現場見学会があったり、壁ぬりがあったりしたのは

    インターネットで確認していたんですね。

    屋根ふきなども順調に行われ、

    外観はそれらしい形が現れてきましたよね。





    今回の箱館奉行所再建工事は、

    ただ単にそれらしく建てられるわけじゃなく、

    私たちの想像以上のこだわりによって

    建てられるようですよ。





    土台保護や瓦による採寸など、

    どれをとっても手抜きはまったく感じられない、

    でも思いやりは充分感じられる工事です





    その辺りの詳しいことは、

    土方歳三資料館のブログにありますので

    ご覧になってみて下さいね。

    副館長さんが函館を訪問し、

    関係者さんの説明を受けながら見学したそうです。

    土方歳三資料館日記





    こんなに限りなく現物に忠実に再現して頂けると思うと

    涙が出るくらい嬉しいですよね






    新しくできる建物は土方さんが見たり、

    足を踏み入れた所じゃありませんけど、

    土方さんの存在を意識できるくらいの

    建物になりそうですもの。





    完成のあかつきには、是非函館を訪問して、

    箱館奉行所を見に行きましょう!

    (はやく見たいです^^)







    ところで。。。


    先日、ある建物も

    再建させようという水面下の動きがある(?)

    というような噂を聞きました。

    でもこれは、なかなか実現はむずかしそうですけど…





    実現すれば大きなニュースになるお話ですが、

    まだ噂だけなので、どこかは言えません。

    でももし本当に再建することになったら、

    箱館奉行所くらいのこだわりを持って、

    建てて欲しいと願っています。



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    [新選組] [コメント:4]
  • [2009/04/24/16:50][ ↑ ][ ↓ ]

  • 歳三ふるさとの桜たち


    都心部よりいくぶん開花の遅い、日野や八王子の桜

    今がちょうど盛りです





    日野市の「JR豊田駅」前の通りをまっすぐ北上し、

    新国道20号を抜けた左側に「コニカミノルタ」の工場があります。




    工場内だけ住所が「桜町」と呼ばれていて、

    日野市では有名な桜の名所なのですよ

    桜の時期にはライトアップもされ「桜まつり」という

    夜桜見物をしながらの「花見の宴」もあります。


    コニカミノルタの桜並木(日野市)
    コニカミノルタの桜並木(日野市) posted by (C)ルンちゃん


    個人的には、亡き弓道の恩師とのご縁で、

    敷地内にある道場で弓の稽古をしたことがあります。

    夜桜を見ながらの弓射る稽古は、風情があって

    とても心地よかったですね




    もう少し北の、旧20号(旧甲州街道、日野自動車工場の辺り)は

    幕末や明治の頃はすごく殺風景な場所だったようで、

    「追いはぎ」などが出没する危険地帯だったそうですよ。





    そういえば20年くらい前でも、

    「追いはぎ」ならぬ「たぬき」が出没してましたっけ




    土方歳三さんが、その西側の八王子市高倉辺りまで

    馬の足慣らしで来ていたっていう話もあるらしいのですが、

    出処がはっきりしないので、うわさだけかもしれません^^;
    (引き続き調査してみます)





    ところ変わって、

    京王線「平山城址公園駅」を降りて、浅川近くの平山住宅団地には、

    昭和の初期に娯楽施設(=遊園地)があったらしいです。

    養殖池がいくつかあって、

    そこで遊んだあとに川魚料理が堪能できたとか。





    今は養殖池も埋め立てられ、娯楽施設はひとつもありません。

    当時施設があったことを知っている人も少ないでしょう。

    でも池の名残りのような広場と、施設の入口にあった

    桜並木がみごとな花を咲かせています

    平山住宅の桜並木(日野市)
    平山住宅の桜並木(日野市) posted by (C)ルンちゃん



    ここで初めて桜を見たとき、団地にしては

    やけに立派な桜並木だなって思ったものですが、

    施設の話を聞いたら納得できました。

    桜並木だけでも残してくれて、ありがたいです





    どちらの桜も明治以降のものなので、

    土方さんは見てはいませんね。もし見ていたなら

    豊玉の才能(?)を発揮して、一句ひねって頂けたでしょう

    どんな句を作ったかな?




    ところで今度の日曜日は、「近藤勇忌」ですね

    流山の桜は、まだ残っているかしら。。。

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  • [2009/04/09/10:48][ ↑ ][ ↓ ]

  • 古写真を作ってみました^^

    幕末の頃には写真技術が外国から入ってきて、

    当時の日本の写真を私たちは見ることができます。




    かろうじて、近藤勇土方歳三らの写真が残され、

    こうして現在、その容姿がわかるのが、

    すごく嬉しいし、ありがたいですよね

    (沖田総司はないけど…)





    古写真を見ていると、心ワクワクするものがあります。

    ずっと見ていても飽きないんですよね〜。

    なぜこんなにも面白いかといえば、

    それは、やはり当時の様子がわかるからでしょうか。





    知っている場所がこんなにも変化したんだって、

    時の流れの不思議な感覚を味わえる
    からかもしれません。

    だから、まったく知らない場所より、

    知っている場所の古写真の方が、見ていて楽しいです





    それは例えば、昔の多摩の風景(具体的には日野宿とか)や、

    幕末の京都の様子(祇園社とか)

    その他もろもろ…





    その当時の写真の上に、自分を置いてみて、

    史跡めぐりで、その場所を歩いたときの感覚を思い出しながら、

    イメージするんです。

    それがけっこう楽しいんですよねっ





    ところで古写真つながりのお話なんですけど、

    自分の手持ちの写真を、

    古写真風に編集できるサイトがあるんですよ。




    それはこちらです。
    幕末古写真ジェネレーター




    サイトを見てもらえばわかりますけど、

    自分のPCに入っている写真を

    このサイト経由でアップロードすると、

    簡単に古写真風に変えてくれるのです




    古写真独特の不思議な空間が、この編集写真でも味わえるのか?

    チョッと気になったので、お試ししてみました





    例えばこちら!

    古写真に見えますか?

    八坂神社の写真 After
    八坂神社の写真 After posted by (C)ルンちゃん



    日野の八坂神社です。

    八坂神社の古写真は出回っていると思いますけど、

    これは普通に撮った写真を古写真風にしたものです。

    どうですか?



    ちなみにこちらが元の写真ね

    八坂神社の写真 Before
    八坂神社の写真 Before posted by (C)ルンちゃん



    ねっ、面白いでしょ

    カラー写真がモノトーンになるだけじゃなく、

    微妙な古写真の味わいが、うまく出ていますよね。





    面白いので、調子にのっていろいろ作ってみました。

    以前撮った風景や、沖縄の写真、

    ティーポットなどの洋風のもの…




    どれもそれなりに楽しめましたよ。

    でもやはり古写真にして「おお!」って感動するのは

    和物でしょうね。




    瓦の屋根や鳥居などは

    なかなかいい味出してます




    いろいろ試して、気に入ったものは保存しておいて

    あとで楽しむのもいいですよ。





    ただし自分で作った古写真は、個人の趣味でのみお楽しみ下さいね。

    「未公開の古写真だ!!」などと、巷を騒がせないようにお願いします。

    どうぞ面白い写真を作ってみて下さいね

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    [新選組] [コメント:2]
  • [2009/03/30/10:52][ ↑ ][ ↓ ]

  • 「会津鶴ヶ城」と「荒城の月」


    「荒城の月」
    っていう歌を知っていますか?

    ♪春高楼の…で始まる、土井晩翠・作詞、瀧廉太郎・作曲の唱歌です。





    子供の頃学校で歌ったか、または聞いたかしたと思いますし、

    会津の鶴ヶ城
    を訪れた方なら、そこに「荒城の月」の碑があるので、

    そちらを見た方も多いかもしれませんね





    この歌が出来たのは明治の時代なんですけど、じつはこの歌、

    幕末の会津戦争をイメージして書かれた歌
    とも

    云われているのです。





    あるとき晩翠は、東京音楽学校から

    中等唱歌集の編集のために作詞するよう

    依頼されました。





    そのときいくつか「お題」をもらったのですが

    そのひとつに「荒城の月」があったのです。





    彼がこの題をもらったとき、真っ先に思い出したのが

    旧制第二高等学校時代に訪れた、まだ会津戦争の傷跡の残る

    鶴ヶ城だったそうです。





    当時はまだ明治時代。

    ほんの少し過去をさかのぼれば、そこは幕末。

    晩翠は父や祖父からも、会津藩の話を聞かされていたわけですね。





    そんな会津鶴ヶ城のイメージと、

    晩翠の故郷である仙台青葉城のイメージ、

    そして晩翠の思い描く数々のイメージが、

    重なって生まれたのが「荒城の月」なのです





    1946(昭和21)年に会津若松市で音楽祭が開催され、

    そのとき招待された晩翠は、会津の人々の前に立ち、

    「荒城の月」のモチーフが鶴ヶ城だったことを語ります。





    すると会場にいた会津の人々は、

    あまりの驚きで、しばらく誰も何も言わず、

    しーんと会場が静まり返ったそうですよ。




    さて、歌詞は漢詩のように、

    「起承転結」の流れになっています。
    (以下は私の描くイメージです^^)





    1番は月の明かりの中、

    人々が花の下に集い宴を開いている様子。

    楽しいはずの宴ですが、歌詞とメロディで

    どこか「かげり」が見え隠れします。





    一番会津をイメージできるのは、2・3番の歌詞でしょうか?

    (2番は上杉謙信の文を参考にしたともいわれていますよ)





    会津藩が1ヶ月のろう城から降伏したのが、

    明治元年9月22日。(確か、ろう城中に元号が明治になった)

    新暦に換算すると1868年11月6日なんですよね。





    2番の歌詞では「秋陣営」「霜」など

    当時を偲ばせるような言葉が登場します。




    3番では、ろう城中の藩士やその家族たちが、

    仰ぎ見た月の様子が感じられるようで、

    なんとも物悲しい雰囲気です。





    そして4番へと続きますが、

    同じ奥州の「奥の細道」で松尾芭蕉が見た

    「高館」の様子にも通じるようで、

    「栄枯必衰」
    を感じずにはいられません。
    (芭蕉の心境がよくわかるT_T)





    本当は歌詞を全部載せて、

    一緒に見て頂きたいところなのですけど、

    著作権に抵触するみたいですので、ここには載せません。





    こちらに、簡単な歌のいわれと歌詞がありましたので、

    興味のある方は、ご覧になってみて下さいね。
    ⇒ 荒城の月 Wikipedia




    いわれを知るまでは、

    何気なく聞いていた歌ですけど、

    知ってみると、ことさらにこの歌詞が胸に響きます。





    あなたもこの歌を聴く機会がありましたら、

    どうぞじっくり歌詞を聴き、

    この歌のイメージを想い描いてみて下さいね

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    [新選組] [コメント:5]
  • [2009/03/18/11:12][ ↑ ][ ↓ ]

  • 鹿之助さんの小野路に異変!?

    先日のこと。。。


    土方歳三資料館日記(ブログ)
    を拝見したら

    小島資料館
    についての記事がありました。





    小島資料館は幕末の頃、

    小野路(東京都町田市)にあった名主さんの家で、

    土方歳三
    もよく訪れた場所です。





    当時のご当主、鹿之助さんは

    日野の佐藤彦五郎さん同様、

    近藤勇
    ら新選組のよき理解者でもありました。




    現在は「小島資料館」として

    貴重な資料を一般公開している、ありがたい場所ですよ




    その資料館の前面道路を広げるために、

    工事が行われているというのです。




    あの道は鎌倉街道の下道(しもつみち)にあたり、

    私も街道歩きで通ったことがあります。




    とても風情のある、いい場所なんですよ




    でも、同じ道をバスが行き来するので、

    今まで特に細い部分(ちょうど小島資料館の前あたり)は

    車が交互通行をしていたのです。




    昨年下道歩きのときも

    資料館の反対車線の整備を目にしていたので

    いつかは風情が変わるだろうと思っていたところ

    いよいよ拡幅工事が本格的に始まったみたいなんですよ。




    その場所に住む方の利便を考えれば、

    工事も仕方のないことですが、

    昔からの風情がなくなるのは、

    チョッと残念なところでもあります。




    でもそれより残念なことは、

    小島資料館の庭も工事にかかっているそうで、

    庭の木を切り倒すそうなんですよ。

    鹿之助さんや歳三さんが眺めた景観がなくなってしまう





    これは一大事! 工事が入る前に、

    せめて見納めになる庭を見ておかなくては!




    そう思って、小島資料館のHPをみたら、

    今度の日曜日が第3日曜日で、

    しかも今年最後の開館日みたいなんですよね。




    1月、2月は毎年休館になりますので、

    そうなると、今度が最後のチャンスになりそうなんです。




    というわけで、急遽今度の日曜日は

    小島資料館へお邪魔しようと思っています。

    小島資料館見学は4〜5数年ぶり。

    ここ最近はチャンスを逃し、3度目のリベンジなんですよね。





    どうぞあなたもこの機会をお見逃しなく。

    もちろん資料館はなくなりませんので、

    資料館見学のみを希望する方はあせらなくても大丈夫です。




    でも、小野路の雰囲気を味わいたいという方は、

    考えてみて下さいね。

    ⇒ 小島資料館HP


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    [新選組] [コメント:2]
  • [2008/12/17/11:02][ ↑ ][ ↓ ]

  • 『函館古地図カレンダー』が届きました♪

    前回お話した

    『函館古地図カレンダー』
    が届きました



    ちなみに、前回の記事
    ⇒ 09幕末カレンダー



    函館古地図カレンダーに

    興味をお持ちの方もいらっしゃるかと思うので

    どんなだったかお話しますね。




    まず、函館古地図カレンダーの各絵柄については

    こちらでご確認下さいね。
    ⇒ 函館150




    振込み確認が先方でできたら、すぐ届けてもらえます。

    申込受付と入金確認、商品送付の際、

    電子メールがもらえるので安心ですよ。




    届くときは、1部ごとに箱に入れられて届きます。

    ルンちゃんは2部頼んだので、こんな感じ。

    RIMG0107
    函館古地図カレンダーが届きました posted by (C)ルンちゃん



    箱の中身を見ると、4枚のカレンダーが入っています。




    注文の際「金具はついていません」と書かれていましたが、

    壁に掛けるような金具が、

    一切ついてないカレンダーなんですね。




    つまり4枚のポスターに、各3ヶ月の暦が書かれています。

    ですから、使うときは壁に直接貼り付けるようです。




    好きなカレンダーはいつも使った後、

    金具部分を取って残しておくので、

    その手間が省けたっていえばそうですけど、

    普通に使うには、チョッと不便かもしれませんね。




    まあものは考えようで、思いついて私は、

    職場で机の上のカバーにはさんで使うことにしました。



    こんな感じ
    RIMG0109
    函館古地図カレンダー posted by (C)ルンちゃん

    この後、仕事に必要なメモ類が

    カレンダーの周辺に入りましたけど…




    なるべく机上に、

    ものを置きっぱなしにしないようにすると思うので、

    私のようなズボラな人間には

    机上がきれいになって、かえっていいかもしれません




    図柄をよく見ると、

    実行寺
    称名寺の文字もみえます。

    弁天台場
    も載っているし、なかなかいいですよ。




    「あの辺りだ〜」って

    思い描きながら楽しんでいます




    3ヶ月経ったら入れ替えるか、

    別の使い方を考えるつもりです。




    函館古地図カレンダーは、函館150shopで購入できます。
    ⇒ 函館150shop



    購入された方は、ご感想を聞かせて下さいね。

    他の情報をお持ちの方も、いろいろ教えて下さると嬉しいです



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    [新選組] [コメント:0]
  • [2008/12/15/16:32][ ↑ ][ ↓ ]

  • 新見錦さんの取り扱い方

    今日はチョッと、学校の歴史の教科書のお話から。。。



    昔の教科書では当たり前だったことが

    今では全く異なっていることがあります。




    例えばこちらの方
    ⇒ 別サイトに飛びます




    昔は紛れもなくこの方ですよと紹介されていた肖像画でしたが、

    今の教科書では『○○○といわれている肖像画
                      
                  ここがついた

    と書かれています。





    この方も同じですよ。
    ⇒ 別サイトに飛びます




    とっても有名な絵だったし、

    クイズでもよく取り上げられていましたが、

    今では別人とされて

    教科書からその肖像画が消え
    てしまいました





    こんな経験を間のあたりにすると




    『歴史は進化している!』





    そんな風に思ってしまうのです。





    もちろん歴史自体が変わるというわけではなく、

    研究が進み、今までわからなかったことが

    わかってきたという歴史研究の進化なんですけどね





    さて、新選組の話なんですけど、

    この方の取り扱われ方もすいぶんと変わってきましたよ。




    新見錦
    (にいみにしき)さん。(=しんみともいう)





    昔だと、芹沢鴨の片腕であり、

    芹沢派のブレーンとして書かれていましたよね。





    芹沢鴨の傍らにはいつも新見がいて

    芹沢とともに悪行三昧。

    芹沢暗殺の直前、芹沢の力を削ぐ形で

    山の緒にて近藤派に責められ切腹。
    (極端に書き過ぎたカナ?)




    小説でも同様な場面が多数登場していますよね。





    でも最近の研究では、  

    倒幕派尊王攘夷志士が祀られている

    霊山護国神社に新見の名前も祀られているので

    彼は本当は志士のひとりで、新選組にバレて殺された。




    とか、




    新選組隊士の墓碑に刻まれている

    田中伊織
    という名が、実は新見かもしれない




    とか言われています。




    他にも、暗殺は新選組ではなく、

    水戸派にやられたという説もありますね。




    昔はなかった説ですけど、新見錦の研究が進み、

    いろいろ取りざたされるようになり

    これから真実がわかってくるのかもしれません。





    こんな説が登場すると小説にも変化が表れ、

    今までなかったようなお話がいろいろ出てきました。




    これも進化というのでしょうか?




    昔の小説や今の小説などいろいろ読み比べてみると、

    そんな風に不思議さと面白さが感じられます




    これからの小説では

    新見さんはどのように取り扱われるのでしょうね?

    そして彼の真実の姿はどうなんでしょう?




    謎の多い新見錦さんですから、

    彼については、ますます進化していきそうです


    rwn3.bana
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    [新選組] [コメント:2]
  • [2008/12/06/13:24][ ↑ ][ ↓ ]

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    Comment ありがとうで〜す!!
    今月のご紹介本


    ダンダラ新選組
    望月三起也/ぶんか社
     

    幻のコミックが
    文庫本になって帰ってきたっ!!

    永年捜し求めていたあなた、
    待っていた甲斐がありましたね♪
    どうぞ念願を叶えて下さい。
    私もホントに嬉しいです^^

    詳細はこちら^^
    ⇒ 過去記事

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    ◇誠だるま → 関連の過去記事


    ◇新選組の羊羹 → 過去記事

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