二本松の思い出 ’04 (弐)

  • 2006/11/16(木) 11:00:00

さて、はるばる二本松まで来たのですから、これで帰るのはもったいない。

二本松少年隊ゆかりの地
へと足を運びます。




まず霞ヶ城(二本松)の天守台

菊人形展会場の裏手は山になっていて、

銀杏や桜の木々の小道を歩けば高台へ出られます。

高台(天守台)から四方を見渡すと、

色づいた木々と二本松の町が見え 

清んだ空気を快く感じることができます。

「会津はむこうかな」 と西方を遠くながめてみました。




そのまま山の小道をめぐるように歩けば、少年隊の丘へ…

そこは二本松少年隊が戊辰戦争直前まで、

鉄砲の稽古をした場所だそうです。

“少年隊顕彰碑”に向かい合掌。



大隣寺の彼らの墓も訪れました。

霞ヶ城からは少し離れた場所にあります。

タクシーで行くのがベストですが、私は歩いてみることにしました。

お城が陽の光を受けて また祭典の最中ということもあり

華やかな雰囲気であったのに比べ、こちらは寺の背面の山が

彼らを守っているような重厚な雰囲気が感じられます。




そこに ひっそりとたたずむ16の墓。




私がいる間に地元の方らしい男性も2人、

墓前を訪ねて合掌されていきました。

今でもこうして大切にされているのですね。

合掌…

大隣寺にて




タクシーの運転手さんに大壇口古戦場跡まで行ってもらいました。

この地は二本松少年隊奮戦の地で、

隊長の木村銃太郎
や、少年達を援護し壮烈に戦った

青山助之丞・山岡栄治
たちの最期の地でもあります。





四方を見渡しました。

所どころに建物はあるものの、畑が目立ちます。

昔はそれこそなにもなかっただろうこの地で、

少年達は敵が来るのを息を殺して待っていたのでしょう。

そして戦いは始まり…。

今は彼らの供養碑が当時の様子を知らせるだけです。




今回“菊人形”めあてだったので

現地で得たガイドパンフをもとに史跡を訪ねました。

漠然としか知らなかった少年隊のことが

多少身近に感じられた気もします。




歴史資料館が特別展開催中の為、

通常展示されている藩政時代の資料を見ることができなかったり、

見落とした史跡もあると思いますので、

下調べをしっかり行って いつか再び訪問したいと思います。


【二本松少年隊】
少年兵といえば会津の白虎隊が有名だが、それより先 二本松でも少年達の戦いがあった。1868(慶応4)年7月26日、三春藩の突然の降伏により、二本松藩の横腹を突く形となった西軍は、潮の如く二本松城下に迫りつつあった。その為、藩は止むなく少年達の出陣を命じることとなり、12歳から17歳までの62名が緊急に各隊に配属され、西軍との応戦体制に入った。
29日未明、隊長木村銃太郎、副長二階堂衛守の率いる少年隊士25名が出陣した大壇口で戦闘が開始された。少年隊の放つ連撃弾は次々と命中。大いに西軍を悩ましたが、新式銃を具備した西軍を前に、次第に戦況は悪化し、ついに隊長が敵弾に倒れ、戊辰戦争中最大の激戦 大壇口の戦いは終焉を告げた。
その後も少年達は果敢に戦いを続けたが、ある者は敵弾に倒れ、また返り討ちにあい、計14名の戦死者を出した。
隊長、副隊長と14名の魂が大隣寺に眠っている。
               〜大隣寺掲示板より一部抜粋〜


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二本松の思い出 ’04 (壱)

  • 2006/11/14(火) 14:30:03

10月から11月は、

各地で“菊祭り”が開かれます。




“菊祭り”といえば

「二本松の菊人形」が有名ですね。





二本松は藩政時代から

菊の愛好家が多かったそうで、

昭和初期には町に菊人形が飾られるようになり、

それが変化して今に至ったのだそうです。




毎年、その年のNHK大河ドラマを題材に

人形が披露されますので、

今年はもちろん「山内一豊と千代」ですね。





2年前のテーマはといえば 「新選組!」

今回は 当時の様子をお話します





'04年10/1〜11/23 

福島県立霞ヶ城(二本松城)公園での“菊人形展”は

14の名場面を再現した、とても華やかなものでした。






会場でまず目についたのは、

隊士達の連なる看板と、あざやかな「新選組!」の額。





その下をくぐり、場内へと向かうと 

舞台に数体の菊人形がありました。





菊人形を初めて見ましたが、

顔と手はマネキンで、

着物や袴をいろいろな種類の菊を使って

表現するのですね。





1本1本、菊を飾り付けていくのは

根気のいる仕事です。

ましてや、生花の手入れもあるので、

期間中の管理は大変なことでしょう。





人形には、それぞれ足元に

名札が立て掛けてあります。

みんな似たような顔なので、

それがないと識別できません。




そんな中で、近藤勇だけはすぐわかりました。

香取慎吾君のマネキン… しかもちょっと洋風顔。
 
彼のだけ、特注のマネキンなんですね。(たぶん)



菊人形



場面は
?新選組拝命〜?試衛館道場〜?黒船が来た〜?力士斬り〜?粛清〜

?池田屋事件〜?禁門の変〜?伊東一派加盟〜?三条制札事件〜

?総司と黒猫〜?鳥羽・伏見戦争〜?甲陽鎮撫隊〜?二本松少年隊〜

?蝦夷共和国

と続きます。





題名だけで場面の様子は想像がつくと思いますが、

菊を使っての場面、しかも私が見た日は

お天気が良かったので菊が光に映えて

大変みごとなものでした。





13・14場面はドラマにはありませんが、

まだドラマ放映中の頃ですし、

またご当地の場面ですので…




第50回記念の菊人形展ということで、

歴代の大河からの名場面集もあり、

みごたえ充分の祭典でした




土方歳三役の山本耕史君や

お琴役の田丸麻紀さんも来たそうです。

この年、山本君はゆかりの各地にでかけていましたよね。





会場の外にはご当地の食べ物やおみやげがあり、

お腹がすいたのでちょっと一休み。

これも嬉しい旅の楽しみです





新選組の菊人形はこの年だけですが、

話のタネがてら出かけてみるのも良いかもしれません。

二本松に行く機会があったら 

是非菊人形を見てくださいね!

                        次号に続く…

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