勇忌でした

  • 2013/04/19(金) 00:37:30

少し前のことですが、4月14日(日)に

「第10回 近藤勇忌」がありましたよ。

場所は流山、近藤勇と土方歳三の離別の地です。





今年は、新選組結成150周年。

その記念すべき年で、私が最初に参加した行事が

この「勇忌」でした。





そして、流山絡みのお話も致しますと、

流山開催の「流山新選組まつり」が今年で10年目。

それから勇忌も10年目なんですよね。





早いものですね〜。

私が流山に最初に来たのは、それらの行事開始よりも

ずっと前のことでしたけれど、その頃は

新選組関連の看板はひとつくらいしかなく、

殺風景な印象ばかりが強かったものです。





それがこの10年で関連看板は立ったし、

勇忌以外の新選組イベントもあったし、何よりも毎年の勇忌では、

地元の方々が尽力されている様子が毎回感じられ、

がんばってるな〜という印象を受けますよ





さて、勇忌は今年もいつも通り

「長流寺」で執り行われました。

午後1時、定刻通り法要が開始され、

住職様の読経が聞え始めます。






しばしの読経の後、

近藤勇(の兄)のご子孫・宮川豊治様から次々と

ご焼香が始まりました。ご子孫の方は他に

佐藤彦五郎(歳三の従兄弟・義兄)のご子孫である

佐藤福子様がいらっしゃいましたよ。





そして流山市長さんの代理の方や、

流山関連の方のお焼香の後、一般人の私達のお焼香となりました。

そうして法要が終わると、「流山商工会議所」に会場を移して

講演会の拝聴に参加します。





午後2時からの講演会では、まず地元の方の紙芝居がありました。

もちろん演目は流山での近藤・土方ら新選組のお話です。

流山の少年らが近藤らの隊に入って、彼らの様子を見ている

というような設定だったな、たしか。





途中で郡さんの詩吟が入り、

流山講演らしい雰囲気になっていきました。

ちなみに郡さんは、箱館新選組の隊士・

関川大二郎のご子孫でもありますよ。

昨年も講演会の席で詩吟を披露されていて、

なんとなく流山の名物(っていうのか?)にもなっています






紙芝居の後は、いよいよ本題の菊地明先生の登場です

今回のお題は「近藤勇最後の26日」

近藤勇らが流山にやってきて、

それが新政府軍の知るところとなり、勇が投降。

そして露と消えるまでの26日間の話です。





よく知られている話もありますが、中には

事実かどうかを確認する史料がないものも多い

という話もされていました。





この期間の話については、幾度となく資料を見たり、

記事を読んだりしているので、私としては

特に真新しいものはなかったように思います。






でもこうして改めて確認してみると

忘れていたことが思い出され、

また「調べたいな」と思うことが出てくるので、

こういう時間も大切かもしれませんね





また、最後の方で話されていた

近藤勇の遺体の埋葬地関連についてはとても興味のあるもので、

菊地先生のお話を聞きながら、私もすごく残念に思ってしまいましたね。





講演会が終わった後は、いつも通り

研究者さんや作家さん達の紹介があり…

その後は恒例の抽選会です。

今年は10周年(流山のね)ということもあり、

地元の協賛商店の方々が、沢山の商品を提供して下さいましたよ。





例えば地元の飲食店のお食事券でしょ、

それから、お米やお酒。

作家さんの本などもありましたね〜





それで私が当たった物は「長岡屋」という名のお酒です。

近藤勇のラベルが貼ってあるんですよ〜

友人Kちゃんはお米(2キロ)でした。





じつは抽選会の後、二人の商品を物々交換したんですよね。

私は何度も「長岡屋」のお酒は飲んでいるので、

初めてというKちゃんに飲んで貰うことにしました。





こうして今年初のイベントも無事終了です。

流山ではこの日、他にもいろいろと

お祭りにちなんだイベントがあったみたいです。

流山博物館でも、新選組関連の史料が多数展示されていて、

私達もしっかり見学させていただきましたよ。






だた、いつも各忌でご一緒する歳月堂さんや、

作家のSさんとあまりお話が出来なかったことが

心残りでした。それになにより、いつも勇忌に一緒に参加していた

さくらさん(仮名)とBちゃんが都合で来られなかったのが

残念でした。






ただし、また5月には歳三忌があるので

「また来月!」を合言葉に、皆さんと再会を約束しました。

Bちゃん達とも別件で史跡巡りでもできればいいな、

と思っています。





というわけで5月12日の歳三忌もまた、

しっかりレポートさせていただきますので、

よかったらまた見て下さいね

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第9回「勇忌」レポート

  • 2012/04/14(土) 00:39:07

話は前後しますが、平成24(2012)年4月8日に、

『近藤勇忌』がありました。

今回は、そのレポートです





昨年第8回目は、震災の影響で勇忌が中止になりましたので、

流山に行くのは2年ぶりですよ。

今年もお世話になっている、さくらさんとBちゃんと

いつもの場所で待ち合わせしました。しかも今回は、

史跡めぐり仲間のKちゃんも加わって、4人での流山入りです



菜の花号
菜の花号 posted by (C)ルンちゃん



当日は天候にも恵まれ、少し遅れていた桜も満開になり、

土手の菜の花と共に、優しい雰囲気が周辺に満ち溢れていました。

今年は「第1回流山スプリングフェスタ −菜の花まつり−」

というイベントもあって、勇忌とは別の人出もにぎやかな流山です。






私達も久しぶりに、

呉服屋の『ましや』さんにも立ち寄ってみましたよ。

ここには流山限定の新選組グッズが置いてあるのです

ダンダラ羽織や手ぬぐい、ストラップなど…

持っていなかった手ぬぐいがあったので買ってみました。

Kちゃんはダンダラ羽織を購入。職場で使用するらしい(笑)



新選組のおみやげ
新選組のおみやげ posted by (C)ルンちゃん
新選組隊士の手ぬぐい。さて、近藤・土方はどこでしょう?
扇子ストラップは、Bちゃんからいただきました♪




昼食は、いつも立ち寄っている『柳家』さんです♪

今日は季節にちなみ「菜の花弁当」をいただきました。

スプリングフェスタの会場でも販売されていたようで、

「すぐ売り切れになった」というお弁当です。






私達は桜さんが事前にお店に連絡していたので

しっかり頂くことができましたよ。



菜の花弁当
菜の花弁当 posted by (C)ルンちゃん


お弁当の中身はこんな感じですよ〜。

器の中に色とりどりな お品が入って女性好みですね。

お味もとても美味しゅうございました。





午後1時半から長流寺で近藤勇の法要です。

途中、近藤・土方らがいたという流山本陣に立ち寄ってから、

お寺に向かいます。そして法要。

近藤勇のご子孫のお話や、箱館新選組隊士のご子孫の詩吟など聞き、

お焼香をすませて、滞りなく終了しました。





そして2時半からは流山商工会議所にて講演会です。

今回の講演は古写真研究家の森重和雄氏、

演目は『近藤勇・土方歳三、古写真の謎を解く』でした。






森重氏は京都の写真師だった堀与兵衛をご研究されているそうで、

講演会でも与兵衛の経歴や店舗のこと、

どんなお客様が写真を撮りに来ていたかなど

とても興味深いお話をされていました。






近藤勇の二枚の写真についても見方によって、

いろいろな情報を得ることができるんだな〜と

とても参考になりましたよ。






そして有名な方々の写真についても面白かったですよ。

よく知られている写真が、

じつは言われている人物とは全くの別人だということ。

中には気になっていた人物もいたので、

その根拠を述べられて、胸のつかえもおりたような気分です。





写真については、私も興味があるものなので

また機会があったら森重氏のお話を聞いてみたいです。





講演会の後は、恒例の抽選会。

銀杏細工の新選組や、Tシャツなどありましたが、

私は誠のお菓子が当たりました。


勇忌の参加賞など…
勇忌の参加賞など… posted by (C)ルンちゃん
ダンダラ誠は
抽選会で当たったお菓子



こうして今年の勇忌が終わりましたが、

今年は「歳三忌」も「総司忌」も土曜日のため、

私は仕事で行かれません

今年の各忌の参加はこれで終わりです。

チョッと残念です


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第7回 勇忌レポート

  • 2010/04/13(火) 23:35:22


平成22年4月11日(日)

千葉県流山市で、第7回 近藤勇忌がありました。





いつものように、南浦和駅で

さくらさん(仮名)とBちゃんと待ち合わせて流山へ






朝のうち、曇り気味だった空も

流山に着いた午前11:30頃には、

暖かな陽射しを感じることができました。






法要は午後1:30からでしたので、

これまたいつものように柳家さんへ寄って

「近藤勇弁当」を食べました。



柳家さんとは?⇒ 過去記事  流山の柳家さん





時間までお座敷でゆっくり

新選組のことをおしゃべりしながら過ごします。

これがわたしにとっては、嬉しいひと時なんですね♪






法要の会場、長流寺へは

柳家さんから徒歩で15〜20分くらい。

途中、長岡屋近くの花桃を見たり、

川原土手の満開の菜の花を見たりしながら、

のんびり歩いて到着です。






受付をして、お焼香を済ませてから、

講演会の会場へ。






今回の講師は、釣洋一先生です。

会場入口で頂いた資料の片隅に、

ハンサムな男性の写真が載っていました。

Bちゃんと「誰だろう?」と話していたところ、

それが釣先生のお若い頃の写真とわかってびっくり。

でも言われてみれば、目元に今も若い頃の面影がありますね






その話をきっかけに、講演会の始まりです。

お題は「中山道独り旅」





釣先生は平成8年に、浪士隊が歩いた

江戸から京都までの旧中山道ルートを

単独で完歩されていらっしゃるんですよ。






それも浪士隊と同じ暦、

つまり彼らが辿った足跡を西暦に換算し、

その季節や風を味わいながら、

ひたすら歩かれたそうです。






今回の講演では

その旅のきっかけ話から始まって、暦の話、

各土地で体験したエピソードなど、

話は途切れることなく次々と語られました






頂いた資料には、

釣氏が1日平均33.757Km歩いた足跡が

細かく書かれていましたよ。





1日33.757Kmですよ

いつも私がウォーキングで歩くコースが、

5〜6時間歩いて15キロ位なんです。

その倍(時間も倍)もありますよ!





釣先生は浪士隊と同じ日程で歩かれたのですから、

幕末の浪士達も同じくらい歩いたということですよね。

幕末の人って、みんな健脚だったんですね。






釣先生はその後、旧中仙道以外にも

土方歳三が歩いた道(全6000KM)を踏破したそうですよ。

(場所によっては3回も歩いているそうです)

先人に勝るとも劣らない、先生の足もスゴイ!!





話は尽きることなく続くようにみえましたが、

まきが入って、THE END

次回は旧中山道以外のルートについても

聞いてみたいです。






その後はご子孫の紹介も今年は簡単に済ませ、

あっという間の勇忌でした。





ところで、今回参加者に

評判が良かったのがこちらなんですよ

勇忌の記念品1
勇忌の記念品1 posted by (C)ルンちゃん

                勇忌の記念品2
勇忌の記念品2 posted by (C)ルンちゃん






ここ数年は参加の記念品として、

巾着袋を貰うことが常となりましたが、

今年のはステキな緑色です(今までは水色)





見ようによっては

浅葱色(ネギの緑色と白色の境)にも見えて

「この色いいね〜」との声がしきりに聞こえたのでした。





来月の「歳三忌」はどんなでしょうね。

今から楽しみです


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第6回「勇忌」レポート

  • 2009/04/13(月) 16:14:25

平成21年4月12日(日)、

千葉県流山にて、6回目の近藤勇法要がありました。

もうこの流山に、何度足を運んでいることでしょう。
(法要のない頃にも来てますし〜^^)





新選組ゆかりの地でなかったら、

この場所に来ることもなかったかもしれませんね。

初めて来たときのことを、今でもよく覚えていますけど(20年以上前)

現在も変わらない風景があることに

嬉しく感じることもあります





法要は1:30からでしたが、この日にあわせて

「流山新選組まつり」
もありました。





12時から始まるそのまつりに参加する人もいて、

そこでは、新選組流山隊や市谷柳町試衛館の方たちによる、

行軍(行列)や寸劇、殺陣演武
などがみられます。





流山の車両の中でお会いしたMさんは、そちらへ参加。

私と2人の友人は、いつも通り

流山近くの料亭「柳家」さんへと向かいます

そこでお昼を食べながら、しばらくぶりの友人達との再会に、

おしゃべりのひと時を楽しみました。





さて勇法要は、今年も長流寺で行われました。

本堂にて読経が始まり、

ご子孫、関係者、一般者の順で焼香が行われます。






いつもながらスムーズな進行で

予定通りつつがなく終了。

そして会場を変えての講演会です。





2:30からの講演会は

新選組流山隊隊長の松下英治氏による

「新選組流山顛末記」
です。

松下氏は2月に同名の本を出版されていて、

今回はその本のダイジェスト版とでもいうようなお話でした。





松下氏がこの本を執筆される経緯から始まり、

新選組が西本願寺から不動堂尊の新居に移転し、

大政奉還〜鳥羽伏見の戦い〜江戸帰還
を経て

甲陽鎮撫隊
として甲府に向かう話。




その甲府から、江戸〜綾瀬の五兵衛新田に至り、

そして流山に入る経緯を、独自で収集した資料を元に検証し、

今まで詳しくは知られていなかった部分、

京都から江戸に戻ってからの

新選組の足跡とその理由を述べていました。





松下氏の研究法は、残された伝聞の複数を

「真実」と「不真実」とに分けるのではなく、

どちらも「本当のこと」と解釈し、

その中で生まれる「ズレ」の部分や「疑問」について

現地に足を運んだり、資料を探し出すことで

裏づけをしながら解消していくというものだそうです。





今回の執筆についても、かなりな量の資料を集めたようで、

その「点」のような情報を、莫大な量の資料を集めることで、

「点」から「線」にし、その結果

大きな流れを見出したように感じられました。





今まで本陣といわれていた長岡屋についても検証され、

話を聞くことで、私の中にあったモヤモヤも

いくぶん解消されたようです






詳しい部分については、時間の都合もあり

聞くことはできませんでしたけど、

購入した「新選組流山顛末記」をじっくり読んで、

気になった部分を後日、松下氏から

直接お聞きしたいと思います






今回の勇忌は参加されたご子孫の方も少なく、

こじんまりした感じでした。

講演会については、先月に「出版記念祝賀会」

行われていますしね…。





その時はご子孫・研究者が多数集まり、

盛大な会だったと聞いています。

私はインフルエンザで欠席でしたけど…。すごく残念です




まだ沢山の未公開資料もお持ちのようですので、

いつの日か、是非拝見したいです


新選組流山顛末記
松下英治著/新人物往来社

今回購入した本です^^


rwn3.bana
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「勇忌」レポート

  • 2008/04/15(火) 10:00:13



2008(平成20)年4月13日

流山にて「勇忌」が行われました






午後1時半。

長流寺
にて勇法要の読経が始まります。

ご住職の読経の中、近藤勇ご子孫宮川清蔵氏、

流山市長の焼香から始まり、

ご子孫の方々が次々とご焼香されていきます。





ちなみに今回ご出席されたのは

近藤勇、土方歳三、井上源三郎、佐藤彦五郎、

榎本武揚(箱館政府総裁)

濱口興右衛門(咸臨丸乗組員)  

のご子孫の皆様です。





その後に参列者のご焼香が行われ、

30分余りの法要は厳かに進められていきました。





寺の本堂から退出すると、

みなそれぞれ次の会場に向かいます。

商工会議所だった会場が都合により変更され、

本日は福祉会館での講演となりました。





この日は春だというのに冬に逆戻りしたような寒さで、

第1回目と同じ寒い体育館での講演だったら

我慢できないな、どうしようと思ったのですが、

福祉会館の畳敷きの会場は暖かく、

話に集中することができました






2時半。

最初に天然理心流の演武がありました。

宗家9代目の宮川清蔵氏と

井上源三郎ご子孫井上雅雄氏による理心流の演武。





あの太い木刀を使用しての型の披露です。





若い方の演武もあり、

こちらはスピードと力にあふれた

とても迫力のあるものでした。





また実戦さながらの技の披露は

理心流が戦場において実用的なものだ

ということが実感できます。





演武が終わると

いよいよ土方愛さんの講演です。

土方愛さんは歳三兄より6代目にあたる方です。





今回は、著書「子孫が語る土方歳三」を執筆されてから

今までにご体験された不思議な縁(えにし)について

話されました。





例えば今、土方歳三資料館で

「中里介山の描いた近藤勇像」を展示されていますが、

その絵が土方家に来たいきさつなどのお話です。





ちなみに中里介山とは多摩出身の

あの長編小説『大菩薩峠』を書いた作家です。

近藤や土方も登場しますが、

すごく長いお話なので私はまだ読まずにいます。

でもいつか読んでみたいですね






その絵は介山の友人宅から見つかり、

今は資料館にあるのです。

(資料館訪問の際には是非見たいです)





多摩に生まれた介山にとって

近藤勇は明治政府の言うような逆賊ではなく

ふるさとの英雄なんですよね。






そんな思いが

同じ多摩人の私にも共感できて

胸温まるものがありました。






『大菩薩峠』にも登場する裏宿七兵衛と

新選組隊士であり多摩出身(?)の萬田川蔵との

縁についても、愛さんは不思議なめぐりあわせを

感じていらっしゃいます。(長くなるので割愛しますけど)






ちょっと抽象的なので解かりづらいですけど、

つまりは知らず知らず、なにかしら

引き寄せられる事柄がいくつかあって、

後で考えてみるとそれらがすべてつながっていたという、

「縁」のお話なのです。





そういうことって

身近で体験することありませんか?

私はありますよ〜。

特に新選組については結構頻繁にありますね





さて、最近そんな縁にまつわって

驚くような発見があったのですよ!


その話は井上源三郎のご子孫

井上雅雄氏からありました。





実は今までその場所が不明だった

井上源三郎の首級の埋葬地がほぼ断定できたのです!





この情報を私は3月に入手して、

井上氏からもお話を伺い確認していたのですが、

まだ新聞等の公表がされていなかったので、

こちらでのお話は控えさせて頂きました。





でも先日新聞でも発表され、昨日はご本人からのお話もあり、

「井上源三郎資料館」の新設されたHPでも、

詳細が公開されましたので、

やっとお伝えすることができます





詳細については、新聞記事と
当事者の方々のホームページ・ブログにてご確認下さいね。


⇒ 東京新聞関連記事

⇒ 井上源三郎資料館HP

⇒ 土方歳三資料館日記

⇒ 日野宿本陣文書検討会





今年も勇忌の法要から

関東地区の新選組行事が始まったわけですが、

近藤・沖田・井上永眠の年から140年、

戊辰戦争・会津戦争から140年というこの節目の年には、

まだまだ一言で語ることができない

縁(えにし)がたくさんありそうな予感です






「勇忌」二次会でもご子孫の方のお話を聞いたり、

新ネタの話が出たりしたのですが(こちらでも縁の話が頻繁に出ました)

まだ出せない事柄もあるので、こちらはまたの機会に…^^






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明日は「近藤勇忌」です

  • 2008/04/12(土) 17:36:22

今年も「勇忌」の季節になりました^^

今回は第5回目になります。





流山は1年ぶりの訪問です。

たぶん「柳家」さんに立ち寄って、

勇弁当
を食べてゆっくりお寺へ行くという

いつものルンちゃんの行動パターンです

⇒ 「柳家」さんとは? 過去記事





第1回目はすごく寒い雨の日だったのですが、

明日はどんなものでしょうね?

雨が降るともいいますし… 




お寺でのお焼香の後、講演会でお話されるのは

土方歳三(土方家)ご子孫の土方愛さんです





著書「子孫が語る土方歳三」の

その後のエピソードなどをお話なさるようです。





でも私の楽しみはそれだけではなく、

最近登場した新資料等の確認!

みんな新選組が大好きな方々ですからね〜。

情報をいっぱい持っているのです




というわけで、明日おいでの皆様

どうぞよろしくお願いします





お出かけになれない方は、

またレポートを載せますので、そちらをお待ち下さいね。 




勇忌のお知らせはこちらです。
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「勇忌」レポート

  • 2007/04/09(月) 14:54:20

行ってまいりました「近藤勇忌」



お出かけになった方 お疲れさまでした



行かれなかった みなさまへ。勇忌はこんな様子でしたよ。


駅前

  ↑ ↑ ↑
流山駅前の新選組看板
クリックで拡大できます



4月8日(日)PM1:30から勇忌は始まりました。


歳三忌・総司忌が午前から始まるのに比べ、

勇忌はゆっくりのスタートです。



実は同日に流山の別の新選組イベントも開催されていて

(例えば天然理心流の演武など)そちらが法要前にあるので、

それを考慮してということもあります。



実際そちらを見てから来る方も多かったみたいです。


そのからみもあって、1:40頃からの読経となりましたが、

会場の「長流寺」には老若男女の沢山の方が訪れました。




お焼香は近藤勇兄ご子孫宮川清蔵氏より順に、

土方歳三の親戚方ご子孫平拙三氏、佐藤彦五郎ご子孫佐藤福子氏と行い、


一般者の方へとまわってきました。



およそ1時間。

時間の関係で途中ばたばたしたところもありましたが、

全体的には滞りもなく 近藤勇を思う粛々とした時間が過ぎていきました。




読経の後は会場を流山商工会館に移し、佐藤福子氏の講演の始まりです。
佐藤福子氏




今回のお話は「新選組と佐藤彦五郎」



最初に彦五郎の略歴を話された後、


佐藤家に残された資料の中から、エピソードや最近発見された事柄等、

興味のあるお話をいくつもご披露なさいました。



少しお話しますと、例えば日野宿本陣にある三味線掛け。←本陣でご確認下さいネ



そこに三味線掛けがあると つい数ヶ月前に気付いたそうです。



佐藤家へ 度々歳三と長兄為次郎が寄宿していたそうですが、

それを裏付けるものだそうです。

為次郎さん三味線をされていましたものね。




また「佐藤彦五郎資料館」でご覧になった方もいらっしゃると思いますが、

勇から譲られた短筒は、奥の方に隠すように仕舞われていて、

他にいろいろ探してみたら、

「文久元年(勇がまだ試衛館にいた頃)に勇から譲り受けた」

との証文が出てきたとのことです。←この短筒にはその他の話もありました



佐藤家にはまだ未確認の資料が多くあり、

発見事項で今現在裏づけ調査中のことも数々あるそうで、

今後の佐藤家資料への興味はつきないみたいです。



さて佐藤福子氏のお話の後は、恒例のご子孫紹介と

研究者・執筆者のご紹介。もちろん友人の結喜しはや氏も登場。

さくらさんの今回の記念品の説明もありました。



「新選組流山隊」松下隊長からは

流山での新発見情報の話もポロリと聞くことができ、

次回の「歳三忌」講演も期待充分のようです。←お出かけの方はお楽しみに!




最後にはこれまたお決まりの抽選会。

「以前貰った物は当たりませんように」

と祈りつつ当たったのは 近藤シールとメモ帳。←まあ妥当なところかな

しはやさんは近藤コースター。←それ良いですね

さくらさんはN氏と品物交換して近藤ぬいぐるみ。←かわいいですよ さくらさん

「今までで 一番うれしいわ」

と笑っていました。




こうして1年ぶりの流山訪問は終わったわけですが、

また1ヵ月後の「歳三忌」での再会を約束して

「じゃあ また日野で…」

を合言葉に流山を去ったのでした。

rwn3.bana
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明日行ってきます

  • 2007/04/07(土) 12:20:06

明日は流山で「近藤勇忌」があります。



今回4回目と 総司忌や歳三忌の33・32回に比べれば 歴史は浅いです。



第1回目は雨の中 とても寒い日でした。(ーー;)

第2回目は桜が満開でとても綺麗だったのを覚えています。(^^)

第3回目は本堂に入ることができ 粛々とした時を過ごしました。
        ↑ ↑ ↑
      人が多いと入れない



そして明日。

この1週間寒い日が続いたので 先週咲いた桜がまだ咲き続けています。



流山はどうかな?

お天気は?



毎年新選組の行事は春の「勇忌」から始まるので、

幸先よくスタートしてほしいところです。




明日いらっしゃる方、一緒に楽しい時を過ごしましょう!

いらっしゃれない方も こちらでレポートを載せますので、

どうぞお楽しみ下さいネ。(^^) 




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