お龍さんゆかりの横須賀へ

  • 2010/06/16(水) 10:35:31

この前の日曜日(6/13)に横須賀へ行ってきました

いつもの趣味のウォーキングなんですけど、

行ってみたいと常々思っていた場所が見学地だったので、

とても楽しみにしていました。






今回の訪問先は、お龍さんゆかりの場所ですよ。

おりしも大河ドラマ「龍馬伝」では2〜3話くらい前から

お龍さんが登場していて、なんとなく親しみも湧いてくるようです。






さて、横須賀にあるお龍さんゆかりの場所のひとつは、

「横須賀中央駅」を10分ほど歩いたところにある

『お龍さん終焉の地』
です。


お龍さんの終焉の地
お龍さんの終焉の地 posted by (C)ルンちゃん







坂本龍馬が亡くなった後、お龍さんは

土佐の龍馬の実家でしばらく暮らしますが、

居心地が悪かったようで、ほどなくその地を離れ、

京都〜大阪〜東京〜神奈川と移り住みます。







そして明治8年に再婚するのですが、

晩年に住んでいたのが、この米が浜(当時の深田村)だったとか。

現在は「おりょう会館」というメモリアルホール(葬儀場)になっていて、

入口正面にお龍さんの像が建てられています。

お龍さんの終焉の地は今…
お龍さんの終焉の地は今… posted by (C)ルンちゃん


              お龍さん像
               お龍さん像 posted by (C)ルンちゃん
               晩年の写真に似ていますね





周りには当時を偲ぶものはなく、

「おりょう」という文字がなければ、この場所もわかりませんよね^^;






しかもここへ来るまでは、「おりょう会館」が

メモリアルホールだとは思いませんでしたので、

チョッとびっくりしました






その「おりょう会館」から2駅くらい歩いたところに

『お龍さんの墓』
のある信楽寺(しんぎょうじ)があります。


信楽寺の山門
信楽寺の山門 posted by (C)ルンちゃん




門前にお龍さんの写真入り案内看板がありますよ。

お龍さんと伝わる例の美人の写真です

本堂には龍馬とお龍さんの像などもあり、

想像していたのと少し違った雰囲気でしたね。
(賑やかなイメージ)



信楽寺の龍馬&おりょう像
信楽寺の龍馬&おりょう像 posted by (C)ルンちゃん





そして本堂から、お墓の方へ…


信楽寺のお龍さんの墓
信楽寺のお龍さんの墓 posted by (C)ルンちゃん







お龍さんの墓碑には

「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれています。
(「阪」の字が違うけど)


西村松兵衛という人と再婚し、再婚後には

「西村ツル」と名乗っていたはずですけど

墓石には「龍馬の妻」と刻まれています。







龍馬とお龍さんが夫婦として過ごしたのは、2年にも満たない歳月。

しかも龍馬は奔走の身、1箇所に留まることはなく…

日本で最初の新婚旅行といわれる、薩摩での傷治療が唯一、

ふたりでのんびり過ごした時間でしたよね。







つかの間でも一生のうちでは「龍馬の妻」としての想いは強く、

そんなお龍さんの心情も汲んで周囲の人が建てたので、

「龍馬の妻」としての墓碑もありなんでしょうね。

(ちなみに裏面には実妹が建立したと刻まれ、

台座には「賛助人西村松平(松兵衛)」の名前もある)







この二つが、今回立ち寄ったお龍さんゆかりの場所でした


お龍さんののぼり
お龍さんののぼり posted by (C)ルンちゃん





横須賀市は浦賀も含めて、幕末時代の史跡がたくさんあります。

私自身、まだまだ未踏の街なので、行く度に発見があって面白いです

次回の記事もそんな発見のレポートになりますので、

よかったら読んで下さいね〜


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昨日「鎌倉街道」ウォーキングに行ってきました



昨日のコースは6月に歩くはずだった所ですが、

ちょうど「総司忌」があったのでお休みした部分です。




その歩いたコースの中に

「増上寺」と「泉岳寺」
が入っていましたよ。



ちょうど今週14日は

「赤穂浪士討ち入りの日」




なんて絶妙な時期なのでしょう!

6月に行くより 今回歩いたほうが

正解ですよね(ラッキー♪)




そう思いながら二つを楽しみに

12キロ(3里)を歩きました^^




さて、増上寺といえば

徳川家ゆかりのお寺です。




先日の「大徳川展」でも

こちらのお宝がいくつも展示されていました。

「空蝉の袈裟」も確かこちらにあったはずです。




もちろんお宝なので、

一般公開はされていませんが、

なんとなく親しみを持ってしまうお寺です。




本堂の阿弥陀様も

お顔を拝見しているだけで

とても心が和みます。




そしてこちらには、

家茂様と和宮様の霊廟があるのですよ。





霊廟近くへは年3回しか入れないので、

霊廟門までの訪問でしたが、

展の興奮さめやらずのルンちゃんには、

感慨深いものがありました。




今度は門の開いているという

1・5・9月の15日に尋ねたいと

切に思いましたよ。


071209

増上寺からの東京タワー






泉岳寺
はやはり墓参者が多かったです。

ホールでイベントも開かれていたようですしね。

墓前はお線香の煙がすごくて

前が見えにくいほどでした^^;




でも 私もお線香をあげてきました




「こちらは大石内蔵助さん、主税さん、堀部安兵衛さんね…」

などと、ひとりひとり確認してお線香を供えながら

手をあわせました。





ところで、赤穂浪士といえば武士の鑑(かがみ)

新選組もいろいろお手本にしていますよね。




あのダンダラ羽織はもちろん

赤穂浪士のダンダラを真似したものです。←でもお芝居の忠臣蔵のほう
(近藤さんあたりが言い出しそう)




それと浅葱色も

赤穂浪士の切腹裃の色から

取っているらしいです。 ←この辺は曖昧ですが^^;




昨日の朝、TVの「目がテン」を

たまたま見ていたら

「赤穂浪士」がテーマでした。




年配者の多い「四十七士」が

確実に相手を倒す手段として

「一向二裏」
という戦法を

使っていたという話をしていましたよ。




「一向二裏」とは

ひとりが敵の正面から立ち向かっているとき

ふたりが相手の後ろにまわって

不意をついて相手を倒すという方法だそうです。

山鹿流兵法にあるらしいです。 




あれ? これって?




新選組が似たような方法を

使っていませんでしたっけ?

浪士の捕縛の際、ひとりの浪士に

複数の隊士が向かっていくあの戦法。




もしやこれも

赤穂浪士を参考にしたのでしょうか?




そのあたりはわかりませんが、

新選組はやっぱり赤穂浪士が

好きだったでしょうね。




でも新選組に限らず、

赤穂浪士が好きだという方は

たくさんいると思います。





あの煙モクモクのなかで、

次々訪れる墓参者を見ていると

昔も今も変わらないなぁと

しみじみ実感することが出来るのです

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昨日は久しぶりのウォーキングに行ってきました



5月・6月は歳三忌・総司忌と重なり

参加できなかったので、3ヶ月ぶりです。



全行程12キロはいつもなら平気なのですが、

久しぶりのためか かなりキツく感じ、

帰宅直後から筋肉痛で、今日も痛いです




現在「鎌倉街道 下道(しもつみち)」を歩いていますが、

昨日歩いた街道近くには「池上本門寺」がありました。




「池上本門寺」と聞いてピンときた方。さすがですね! 

私は「なんだっけ?なんかあったような???」位の記憶です(笑)




このお寺の奥には「松濤園」という池付きのお庭があり、

幕末の昔 勝海舟と西郷隆盛が会見をしたという

「江戸城開城会見の場」なのだそうです。





ウォーキング仲間のIさん(歴史に詳しい)に教えてもらい

みんながトイレ休憩をしている合間に、

お庭がみえる所に足を運んでみました。 




場所は山門から一番奥の部分で本殿のななめ裏側です。

でも そこまで行っても見えるわけではなく、

本殿横の回廊からかすかに庭のひと隅が見える程度。

案内看板で池の位置はわかりますが、非公開のため見る事はできません




残念!庭を見たかったな。

当時の建物などはないようですが、「碑」があるらしいです。




「松濤園」は年1回公開になるらしいです。

それとパンフレットにあるクイズに解答すると

「松濤園」の見学券がいただけるみたいです。




江戸時代の頃の史跡がいろいろありますし、

敷地が広く開放的なので

また機会を見つけて行って来ようかなと思っています。


池上本門寺の詳細は   こちら
ヴァーチャル参拝ができますよ〜(^^)

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