浅草七福神めぐり その3

  • 2009/01/13(火) 11:50:28

いよいよ浅草七福神めぐり、最終話です。

私が行ったのはこの順番です

矢先稲荷神社 − 鷲神社 − 吉原神社 −橋場不動尊 − 石浜神社 −

今戸神社 − 待乳山聖天 − 浅草寺 − 浅草神社





前回まで6ヶ所のお話をしました。

今回は待乳山聖天からです。




今戸神社から待乳山聖天はけっこう近い場所です。

初めて今戸神社に行ったとき、待乳山聖天を外から見て

「どんな所だろう?」ってすごく興味がありました。

その時は時間がなくて、通り過ぎただけでしたが

後日立ち寄ることができました。




ですから、今回は2回目です




待乳山聖天(まつちやましょうてん)/(毘沙門天)


こちらに祀られているのは、

十一面観世音菩薩の化身、聖天さま(大聖歓喜天)です。




敷地内にある「巾着と二股大根」はここの紋章で、

商売繁盛、無病息災、夫婦和合、子孫繁栄を意味しているという、

昔から庶民に大変ご利益のある所だそうですよ。


09010212
大根〜! posted by (C)ルンちゃん
これは階段にあった大根の印



面白いのは、ここでは大根をお供えする慣わしがあるのです

なんでも大根は人間の迷いの心、いかりの毒を表すといわれ、

大根をお供えすることで、聖天さまが

体の毒を洗い清めて下さるそうです。





毎年1月7日に「大根まつり」があり、

ふろふき大根のお振る舞いがあります。

今年も7日にあったんですけど、

平日だったので行かれませんでした。残念〜





さて8ヶ所目はいよいよ浅草寺!


浅草雷門
浅草雷門 posted by (C)ルンちゃん
正面は参拝客がいっぱいで写真が撮れないから、斜めから^^;






一番わかりやすい浅草寺に最初に行かなかったのは

きっと人が多くて参拝に時間がかかり、

その後の七福神めぐりが疲れるだろうなと思ったからです。

そして行ってみたら、やっぱりかなりの人でしたね〜





いつもなら、仲見世をのんびり見ながら本堂まで行っても

たいして時間はかかりませんけど、

この日は何も見なくても、たどり着くまでに1〜2時間はかかりそう。





ご朱印がもらえるのか、とても不安〜




と思いつつも、いつも立ち寄る人形焼のお店で

できたての人形焼きを買って、温かいのを食べながら列に並びます。
(雷門入って左側すぐのお店。10個で300円は安かろう






途中、ご朱印の看板を見たので、

先にそちらに行こうかとも思いましたが、

人の流れに乗れそうもなく、断念。




そのまま人の波に身をゆだね、

本堂に到着したのは、およそ1時間後^^;





浅草寺/(大黒天)


江戸時代、徳川幕府の祈願所と定められ、

江戸の信仰と文化の中心として栄えた場所
です。





でもそれよりも前、鎌倉時代には

名将たちも篤く信仰していましたし、

推古天皇の時代、隅田川に投網していた漁師の網に

観音様がかかったのが最初ともいわれている、

それは古くから信仰・文化の中心だった場所なのです。






こちらの七福神は大黒様ですけど、

あまりの人の多さに、探すことも眺めることもできず、

ただ、本堂で手をあわせるだけでした^^;





お参りを済ませ、人の波に乗ったら

そのまま裏に出てきてしまいました





さてご朱印は?と思って、警備中のおまわりさんに尋ねたら

「一度出たら、もう入れない」と言われてしまい、慌てました。

「ご朱印が欲しいんです!」
と、思わずご朱印の福絵を

おまわりさんに差し出しましたからね〜






私の熱意に圧倒されたのか

「あちらから入れるかも?」と言われたので、

指差す方向にまっしぐら!




結局その後、入らなくてもご朱印がもらえることがわかったので、

問題なかったんですけど、チョッと焦って違う事務所に

「ご朱印下さい!」
ってお願いしたというハプニングもありました^^;

やれやれ…





そして最後に浅草神社。

この神社は浅草寺の本堂の隣にあります。




浅草神社/(恵比寿)


浅草寺のところで、漁師が投網で観音様を拾い上げた話をしましたが、

その観音様を郷長の土師真中知(はじのまなかち)が厚く敬い、

毎朝夕、礼拝したそうです。






彼の没後、彼の嫡子が観音様から

「あなたがたの親は私を水中から救い上げ、

篤く供養してくださった。

親御さんの御霊を神として祀ったなら、

子孫、そして土地の繁栄は間違いない」


と夢見に告げられ、その通り祀ったのがこの神社だそうですよ。





ですから、ご祭神は土師真中知命、他二神を主座神とし、

それとは別に大国主命と徳川家康公も合祀しています。

こちらで、9個目最後のご朱印を頂きました





9ヶ所めぐりを終えたときは、

青空にあったお陽様もいつの間にか沈み、

辺りは薄暗くなっていました。

2、3時間で済むものと思っていましたが、

5時間くらいかかったということですね〜。




でも今年もなんとか、ご朱印が揃いましたよ。


RIMG0030
浅草七福神のご朱印 posted by (C)ルンちゃん



昨年の七福神めぐりでは時間に追われ、

ぎりぎりで揃えたので、その1年は

「波乱含みの1年だけど最終的にはうまくいく」

という暗示のようだと言ったら、

まったくその通りの2008年となりました
(かなり忙しかった!!)




2009年は「万事に、ゆとりを持ってことを成す」というつもりで

巡ってみたのですけれど、どうなるかしら?





兎にも角にも、今年も楽しく新選組に関わっていきたいですね。

各地の史跡めぐりもしたいと思っています。

こちらでも、いろいろ書いていきますので、

またお気軽にお立ち寄り下さいね♪


これまでのお話は ⇒ 七福神めぐり その1   その2


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浅草七福神めぐり その2

  • 2009/01/10(土) 11:29:35

借りているブログサーバー(DTI)のネットワーク障害で、
1月8、9日このブログにつながらなかったようです。
アクセスしようとした方には、ご迷惑をおかけしてスミマセン
といっても、私にはどうすることもできず、
ただひたすら、あやまるばかりです。

まだ不安定さが残るようなので、もしかしたら再び
同じ障害がでるかもしれませんが、
個人的にはブログをやめてはいませんので、
しばらく経ってからアクセストライしてみて下さい。

これからもどうぞよろしくお願いします
                         ルンちゃんより




浅草七福神めぐり その2


浅草七福神めぐりの続きです。私が行ったのはこの順番です^^

矢先稲荷神社 − 鷲神社 − 吉原神社 −橋場不動尊 − 石浜神社 −

今戸神社 − 待乳山聖天 − 浅草寺 − 浅草神社






前回は初めの3つをお話しました。

今回は橋場不動尊からです。





吉原神社から橋場不動尊までは、

かなり距離があります。(案内図によると25分)




途中、吉原仲之町通りを通ります。

このあたりはたぶん、平日の夜なら

艶めかしい場所になるのでしょう^^;

お正月の昼間なので、なんとなく健全(?)





吉原大門を超えて橋場へ向かいます。

橋場方面は、何度か足を運んだことがあるので、

もう道に迷うこともないはず^^;





橋場二丁目の交差点を左折、

まもなく、橋場不動尊に到着。





橋場不動尊/(布袋尊)


鎌倉末期からの古いお不動さまです。

ご本尊のお不動様はチョッと暗くて、よく見えませんでした。


橋場不動尊
橋場不動尊 posted by (C)ルンちゃん


でも後で写真を拝見すると

そのお姿はとても古いながら、風格がありますね。

境内には樹齢700年の大銀杏があります。





こちらの七福神は布袋様で、袋は肩にかつがず、

お腹がカンガルーの袋のように開いている


珍しいものだそうですよ。





「そうですよ」と書いたのは、

じつはお不動様を見るのに必死で、

肝心の布袋様を見るのを忘れてしまったからなんです

なにをやってんでしょうねっ!






橋場不動尊から石浜神社は歩いて5分の距離です。

同じ道沿いだし、行ったことがあるので

ここは迷うこともありません





石浜神社/(寿老神)


他の神社に比べて、開放的な感じの場所に建っています。

すぐ横が隅田川の川べりだから、そう感じるのかもしれませんね。


石浜神社
石浜神社 posted by (C)ルンちゃん



源頼朝が藤原泰衡の征討の際、

この神社に祈願したそうです。

そして大勝したので、社殿を造営寄進したといいます。





ただ、今の社は再開発により

別の場所から現在の地に遷座したそうで、

昔の古い趣のある建物はありません。

それが、チョッと残念なところでもありますね。






石浜神社からは、

今来た道を橋場交差点まで戻り、

そのまま橋場通りを歩きます。

リバーサイドスポーツセンターの建物が見えたら

その手前の道を右に入っていきます。

それらしい敷地が見えたので行ってみたら

当たり、今戸神社です^^






今戸神社/(福禄寿)


ここは招き猫発祥の地だそうで、

沢山の招き猫がありますよ


今戸神社の鳥居
今戸神社の鳥居 posted by (C)ルンちゃん


こちらの神社のご朱印、招き猫スタンプは

すべてこちらの神主さんのデザインだそうです





源頼義・義家父子にゆかりのある神社ですけど、

ご祭神はいざなぎ・いざなみのみことで

産霊(むすび)の神様です。





縁結びにご利益あり
との評判なので、

いつでも女性の参拝者が多い所です。

この日も沢山の方が来ていました。





そして今戸神社には「沖田総司終焉の地碑」があります。

今戸神社の沖田の碑
今戸神社の沖田の碑 posted by (C)ルンちゃん


一応、松本良順先生が江戸に戻ったとき、
宿泊所にしていた場所ではあります。
永倉新八が、ここで沖田が亡くなったと残しているんですよね…




一時、沖田もいたことはいたらしいですが、
今では終焉の場所は別の地だったといわれています。
(やはり、千駄ヶ谷辺り…)



でも現在は神社の入口に
「沖田総司終焉の地」の看板まで立っています^^;
(すごいな〜)




まあ、縁結びのご利益のほうは本物だと思うので、
浅草寺からそんなに遠くない場所でもありますし、
あなたも気が向いたら行ってみて下さいね〜



今戸神社の狛犬は鈴をつけてます。かわいい^^

今戸神社の狛犬
今戸神社の狛犬 posted by (C)ルンちゃん

これで、6ヶ所めぐりました。
いつもなら、あとひとつなんですけど
今回は9ヶ所なのであと3ヶ所めぐります。
けっこう大変〜

  前回のお話は⇒七福神めぐり その1   次回に続く⇒その3

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浅草七福神めぐり その1

  • 2009/01/06(火) 09:46:31

さて、このお正月も

恒例となりました七福神めぐりに行ってきました




おととしの土方ゆかりの日野七福神、

昨年の近藤ゆかりの調布七福神に続き、

今年私が選んだ場所は、どこかというと、




沖田ゆかりの 
浅草七福神!


ここには、今戸神社があるのです




調べてみて驚きましたが、浅草の七福神めぐりは

全部で9ヶ所
なんです。なんでも

「九は数のきわみ、一は変じて七、七変じて九と為す。

 九は鳩でありあつまる意味をもち、また天地の至数、易では陽を表す」


との古事に由来しているそうです。




ちなみに、七福神めぐりは

幕末の頃も盛んだったそうですよ。

そんなことを知って、ますます七福神めぐりが好きになりました
(福をいっぱい頂きます^^)





浅草七福神の名称は「浅草名所(などころ)七福神」

9ヶ所どこから巡ってもOKですが、私は




矢先稲荷神社 − 鷲神社 − 吉原神社 −橋場不動尊 − 石浜神社 −

今戸神社 − 待乳山聖天 − 浅草寺 − 浅草神社


の順番でめぐりました。





そのうち5ヶ所は

鎌倉街道歩きで立ち寄った場所だったので、

9ヶ所あっても道順は大丈夫だろうと安易に考え、

行ってきましたよ〜。





レポートは長くなるので、

3回に分けて記事アップしていきますね



さて1回目は、矢先神社 − 鷲神社 − 吉原神社



地下鉄浅草線「稲荷町」で下車して、

矢先神社へ。

ここは初めての場所です。




ネット検索で収集した七福神めぐりの案内図を片手に

「いざ、出発!」と思ったのに、

案内図と、自分の立っている場所の位置関係がわからず、

さっそく交番へ^^;(私、方向音痴じゃありませんけど)





若いおまわりさんに地図を見せてもらい

方位をつかんだところで出発。

この後も、持ってきた案内図の曖昧さに

何度か迷うのですが、矢先稲荷神社に到着。
(大丈夫?この先…^^;)






矢先稲荷神社/(福禄寿)


この神社はその昔、三十三間堂があったところです。

三十三間堂といったら京都が有名ですが、浅草にもあったんですね。

京都のものを模して作られたといいます。


矢先稲荷神社
矢先稲荷神社 posted by (C)ルンちゃん


三十三間堂は、武士が弓の稽古をするために建てられたものです。

堂の端から端まで120mの距離の矢を射る「通し矢」が行われた際、

その矢の先に祭られていたお稲荷さんだったので、

「矢先稲荷神社」と名付けられました。




ちなみに「通し矢」は以前、

隊士の安藤早太郎さんの記事でお話したように、

とても大変な所業なんですよ

その時の記事
⇒ 副長助勤 安藤早太郎





弓に関係する神社なので、このお堂の天井には

馬に乗り、弓を持った武将が沢山描かれています。

那須与一、源義経、楠正成などです。

流鏑馬(やぶさめ)の図もあります。

なかなか凛々しい




馬に関連して、山内一豊の妻千代が

馬と一緒に描かれてもいます



福禄寿
矢先神社の福禄寿さま posted by (C)ルンちゃん


ここで、1つめのご朱印を頂きます。

浅草の七福神のご朱印には、

3種類の方法があるんですよ。





1.1枚の色紙に次々ご朱印を頂く方法。

2.福絵という七福神が描かれた絵に朱印を頂く方法。

3.七福神の描かれた絵馬を笹に掛けていく方法。






今回私は、

福絵にご朱印を頂くことにしました

ついでに、お振舞いの甘酒も頂きました♪




矢先稲荷神社で、印刷された案内図を頂きましたが、

ネットで検索したものと同じものでした。

これ、地図がアバウトで、

いまひとつ細かいところがわかり難いです

(北が右側だし。使う時注意して下さい^^;)






もう少しわかり易く、

町名や目安の入れ方を工夫して欲しいと

個人的には思います。





でもこの時期は、

かなりの方が七福神めぐりをしているので、

その人たちについていけば、大体回ることができますけど^^
(笹や色紙や箱を持っているので、すぐわかります)





案内図ですと「合羽橋(かっぱばし)道具街通り」

を歩くのですが、道を間違えたので、

浅草ビューホテル前を通って北上。
(何度も言いますけど、方向音痴じゃありませんから〜^^;)


国際通りの鷲神社に到着。





鷲(おおとり)神社/(寿老人)


「鷲」と書いておおとりと読みます。

「おとりさま」「酉の市」発祥の地です。

天日鷲命(あめのひわしのみこと)が祀られています。

開運、開拓の福神様です。


鷲神社
鷲神社 posted by (C)ルンちゃん


その昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が

社前の松に熊手をかけ、戦勝のお礼をされた日が

11月の酉の日だったので、その日を例祭としたのが始まりだとか。





この日も入口に大きな熊手がありました。

にぎやかな感じがいいですね〜^^

大きな熊手
大きな熊手 posted by (C)ルンちゃん


人も沢山いて、結構並びましたよ。

しばし並んで、二礼二拍手一礼を済ませます。



二つ目のご朱印を頂きました。

ついでにお振舞いの甘酒を頂きます♪
(9ヶ所、飲むつもり〜?)





鷲神社から次の吉原神社は、

案内図をみるとすぐ近くのようです。

でも、またしてもわかり辛かったです





吉原神社/(弁財天)


吉原といえば遊郭のあった所ですね。

1655(明暦3)年の大火の際、以前の吉原から

この千束に移転して「新吉原」になりました。


吉原神社
吉原神社 posted by (C)ルンちゃん



廓では5社が祭られていたようですが、

明治5年に合祀されることになり、

吉原神社として創建されたそうです。





こちらの七福神はやっぱり

弁財天=市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
です。

腰のラインが柔らかくて、ちょっと艶かしいです





ここは、普段は誰も人がいないそうで、

お正月以外のご朱印は、

少し離れた「千束稲荷神社」で頂くそうです。

でもこの期間は敷地内にご朱印場を設けて、

そこでご朱印を授けてもらえます。

やはり行くなら、この時期がいいですね。




これで、3つのご朱印を頂きました。

まだまだ続く浅草七福神めぐり。

この続きもどうぞお楽しみ下さいね。



      次回に続く ⇒ 七福神めぐり その2 その3


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