「新選組誕生と清河八郎」展やってます

  • 2013/08/04(日) 23:23:35


今年は「新選組誕生150年」の年ですね

それを記念して、各地でイベントなども行われているようですが、

新選組のふるさと日野でも、特別展が開催されていますよ〜





日野市立新選組のふるさと歴史館

新選組誕生150年記念 巡回特別展

「新選組誕生と清河八郎」

平成25年7月13日(土)〜 9月23日(月・祝)






今回の展示は「清河八郎記念館」との共催だそうです。

新選組ができた年は、清河八郎の暗殺された年でもあります。

つまり今年が新選組誕生150年なら、

清河八郎の没後150年にもあたる年なんですよね。





「節目の年」ということで今回の展示が企画され、

10月5日(土)からは同展示が庄内(山形県)の

清河八郎記念館でも行われる「巡回特別展」となりました。



20130728



さて今回の特別展では、

「新選組誕生を清河八郎との関わりから検証する」

という趣旨で、清河八郎記念館所蔵の品が、

多数展示されていましたよ。






清河八郎に関する展示は、以前でも

この新選組のふるさと歴史館で行われたことがありますが、

その時よりも多く清河さんに関する資料が並んでいましたね。





特別展資料は通常、歴史館の2階に展示されるのですが、

今回はその階のほとんどが、清河さん関連資料でしたよ。

それでもまだ足りなくて、1階の一部にもありましたね。





展示品の中には、清河八郎が父・斎藤治兵衛に送った手紙や、

弟・熊三郎の手紙もありました。

清河さんの手紙は多数展示されていて、

彼の筆まめがわかりますね






清河さんは自叙伝も残していて、

東奔西走している様子もわかります。

彼の行動力には驚くべきものがありますね。





他にも「虎尾の会」はもちろん

「ヒュースケン暗殺」もついても述べられていましたよ。






今回の展示については、

「新選組誕生への流れ」とは言っていますが、

もうほとんどが「清河八郎」です ですから、

彼に興味のある方には、うれしい展示となっていることでしょう。





ちょうど常設展示が、新選組誕生にもなるので、

常設展示も見学すると、流れがつかめていいかもしれません。

ふるさと歴史館にまだ行ったことがない方は、

この機会に訪ねてみてはいかがでしょうか

(暑いので、訪問の際には熱中症に気をつけて)

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「日記から見た幕末の日野」展

  • 2013/02/24(日) 23:36:04

日野市立「新選組のふるさと歴史館」で、

企画展をやっている というので、行ってみました。





じつは1月12日からやっていたみたいなんですけど、

なかなか行かれず、やっと時間ができたと思ったら、

最終日の2月24日になっていましたよ

なんとか間に合ってよかったです。




平成24年度企画展

  日野から見た幕末の日野  ー佐藤彦五郎と新選組ー





展示会場は2階のこじんまりしたスペースです。

階下は常設展示になっていて、新選組関連の展示物があります。

企画展のほうはいつも2階で行われます。以前には

「板橋宿」や「清河八郎」展が開催された場所でもありますよ。

(過去記事を参照下さい^^⇒ 過去記事



20130224



今回の展示はタイトルにもあるように、

日記から日野の様子を知るというものです

ここで登場するのは、土方歳三の従兄弟で義兄にもあたる

佐藤彦五郎の日記ですよ。





佐藤彦五郎は日野宿の名主だった人で、

自宅に天然理心流の道場をつくるなど、

理心流にも深く関わりのあった人です。





また京都に行った近藤勇らを、

何かと支えていたうちの おひとりがこの方でした。

ですからある意味、新選組を語るにおいては

なくてはならない人でもありますよ。





そんな彦五郎さんの書いた日記には、

当時の日常で起こった様々なことが書かれています。





展示は「はじめに」の導入部分から始まって、

第1章 江戸時代の日野宿

第2章 佐藤彦五郎の交遊録

第3章 佐藤彦五郎と天然理心流

第4章 佐藤彦五郎と新選組


となっていました。





展示物は、前述の彦五郎日記の他に、

日野宿組合宿村高書上帳控、大昌寺宗門人別帳控など、

日野宿に関わりのある物が並びます。

また個人の所有物だったとみられる、

彦五郎の和歌短冊、書状などもありました。





彦五郎さんは俳諧もたしなんでいて、

宗匠を呼んでの句会なども開いていたようです。

宗匠を呼ぶのって結構大変だったみたいですよね

(よくは知らないケド^^;)






それってある程度、地位を持った文化人や教養人じゃないと

できないことですよね。まあ、名主さんだから

当たり前っていえば当たり前なのかもしれませんけど。





彦五郎さんの交遊関係も見てみるとすごく広くて、

日野宿の佐藤家が、当時の文化サロンに

なっていたことが伺えます。




今回の展示品は、ほとんどが日野市所蔵のものでした。

ですから馴染みのあるものばかりでしたよ。





そんな中で、私が個人的に面白いな〜と思ったのは、

「長木屋源右衛門書状」でした。(但し写真パネルです^^;)

それは府中の大国魂神社に奉納する

天然理心流の額に使用する板についてのことが書かれているものです。





『(何かの手違いがあって)額に使う板が

  なかなか用意できなかったのが、やっと用意ができたので

  運ぼうと思っていたけど、雨続きで道が悪くて運べなかった。

  でもやっと良くなってきたので運ぼうと思っていたら、

  今度は農期で皆出払ってて、人手不足の為に日時までは未定。

  それでも近日中には運びます』 

みたいなことが書かれている書状です





これを読むと、当時の人の生活を垣間見るようですね。

「道がぬかるんで物が運べない」なんてことは、

最近の私の周辺では考えられないことですけど、

少し前の昭和時代には、似たような道はいくらでもありました。





自分の過去と、江戸時代の人々の生活を

ダブらせながら思いをめぐらせてみると、

当時の人々がより身近に感じられるようです。

奉納額の板を運んでいる人たちの様子が、

なんとなく見えてもくるようです






また今回の展示では、彦五郎の妻である「のぶ」の名前が

すべて「トク」表示でした。一般的に知られている

土方歳三の姉「のぶ」さんは、幼少の頃は「ラン」

その後「トク」、明治になって「のぶ」という名前に

なったそうなんです。

ですから幕末の頃は「トクさん」





以前にも、私はどこかで「のぶ」以外の名前を

見たか聞いたかしていて、前からすごく気になっていたのです。

でも今回、ボランティアガイドの方に確認できたので、

やっとスッキリしましたよ




当時は名前を変えることもあったとか。

そういえば、あの伊東甲子太郎さんなどは、

何度も変えていましたっけね。それに歳三さんだって

「内藤隼人」っていう名前がありましたしね。





今回登場した「佐藤彦五郎日記」は

解説書が史料として歴史館で販売されていますよ。

私も持っていますが、読んでみるとなかなか面白いです。





ただ万延2(1861)年2月から、

元治元(1864)年10月までが抜けているんですよ

その時期はちょうど浪士組が出来たり、

池田屋騒動があったりする頃なんですけどね。






新選組の活躍部分が抜けているのが、すごく気になりますよね。

新政府軍が来たときに燃やしてしまったのかな。

今でもどこかに残っていればいいのですけどね…





というわけで、大発見は特にはありませんでしたけど、

個人的にはそれなりに収穫があった、今回の企画展でした

また次回を楽しみにしていましょう。


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「絵図・地図で辿る新選組」展に行ってきました

  • 2012/01/30(月) 23:41:54


今、日野市にある「新選組のふるさと歴史館」では、

企画展をやっています




タイトルは

絵図・地図で辿る新選組


平成24年1月24日(火)から2月26日(日)

の期間、開催中です。

絵図・地図で辿る新選組展やってます^^
絵図・地図で辿る新選組展やってます^^ posted by (C)ルンちゃん





金曜日に企画展をやっていることを偶然にも知った私は、

さっそく日曜日に行ってきましたよ♪


ダンダラ誠
ダンダラ誠 posted by (C)ルンちゃん


新選組のふるさと歴史館のある日野市役所周辺へは、

昨年11月にあった産業まつり以来の訪問です。

あの時はなかったと思いますけど、

ダンダラの花壇が目に飛び込んできましたよ。

すごい目立ちますよね〜^^;



ダンダラの正体は?
ダンダラの正体は? posted by (C)ルンちゃん
外見が目立ちすぎ〜。
中のお花が目立たなくていいのかな〜。





最近は歴史館に来る度に何か増えてる気がします。

今度来た時は、何ができているんでしょうね?





さて「絵図・地図で辿る新選組」は2階で行われていました。

以前「清河八郎展」や「板橋宿展」を行っていた会場です。

そんなに広くない室内ですが、コーナーは5つに分かれていて、

1.幕末の江戸

2.幕末の日野と多摩

3.浪士隊の結成と上洛

4.京都での新選組

5.戊辰戦争


となっていました。






「1.幕末の江戸」は江戸の概観と称して

江戸の切絵図が展示され、幕末関連の重要な地には

名前が大きく示されていました。

他にも「桜田門外の変」の絵などありましたね。







「2.幕末の日野と多摩」は日野宿の様子や、

八王子千人同心のこと。そして千人同心にも深く関わりのある

天然理心流(主に増田蔵六系など)についての展示がありました。

この辺りは、常設展示でも見られる部分ですね。






「3.浪士隊の結成と上洛」は清河八郎と浪士組について。

これは「清河八郎展」で、既に拝見済み






「4.京都での新選組」は、市中見回り分担の概略図、

禁門の変や長州に関する資料。市中見回り分担の図は、

新選組や守護職・所司代・歩兵組などの担当する見回り箇所が

色分けされていて見やすかったです。

新選組の担当範囲がよくわかりましたよ。






「5.戊辰戦争」は鳥羽伏見の戦いから始まって、

勝沼戦争、上野戦争(彰義隊)、近藤勇の処刑、

宇都宮戦他。そして、箱館戦争までです。

※おまけで大きな現代の地図が壁にあり



お土産にいかが?
お土産にいかが? posted by (C)ルンちゃん
「幕末江戸・多摩概略図」というものです。
1枚300円だったので、買ってみました。




全体的に切絵図が多用されていたようでしたが、

切絵図は私自身よく眺めているので、その分 

展示に真新しさがあまり感じられなかったのが、

チョッと残念なところです。






でも数枚あった錦絵は、迫力があって面白かったですよ。

特に箱館戦争の錦絵は、大きさもさることながら、

展示品までの距離が近くて、

じっくり・はっきりと見ることができました。

あれが見られただけでも、

今回来た甲斐があったというものですね






他に錦絵の写真も何枚かありましたが、

できれば今度は幕末をメインにした本物の錦絵を多数展示して

「幕末錦絵展」を開いて欲しいところです。

(よろしくお願いします^^)







1階ではいつものように、常設展示も行われていましたよ。

何か気になるものがないか、展示品をチェック!






すると、小笠原長行(ながみち)公の「松静鶴留声」の一行書と

松平容保公の「温故知新」の一行書を発見しました

(前にもあったかも)


小笠原長行は元老中で、箱館にも渡っています。

義弟の三好胖は、仙台で新選組隊士となって

箱館に渡った人です。(17歳で戦死なさいますが…)






それから、西本願寺の侍従だった

西村兼文の「新撰組始末記」もありましたよ。

(中身全部読んでみたい!)


他にも気になる書簡があって、まずまずの収穫でした。


記念スタンプもあります
記念スタンプもあります posted by (C)ルンちゃん
これも、初お目見え〜。記念にどうぞ〜




「絵図・地図で辿る新選組」は2月26日(日)までやっています。

この企画展を見るためだけに

遠距離を来るのは大変だと思いますけど、

常設展示もじっくり見たいと思っているのなら、

この期間に訪問するのもいいかもしれませんね。

よろしかったら、どうぞ〜



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『日野宿 いろは』展に行ってきました

  • 2009/08/10(月) 11:06:36

8月1日から開催している

日野の新選組ふるさと歴史館の企画展に行ってきました。

今回は第2回目の企画展だそうです






日野市役所の駐車場に車を置いて、

耳を刺すようなセミの声を聞きながら、

新選組ふるさと歴史館へ向かいます。





新選組ふるさと歴史館
新選組ふるさと歴史館 posted by (C)ルンちゃん





ここへは5月の歳三忌以来の訪問ですよ

自動ドアが開くと、なんと土方さんがお出迎え。







土方さんがお出迎え^^
土方さんがお出迎え^^ posted by (C)ルンちゃん






思わず

「あっ、土方さん♪」


と声を掛けてしまいました。

同じことするのは、たぶん私だけじゃないはず〜






今回の展示タイトルは『日野宿 いろは』

つまり「日野宿」のお話なんですね。





「日野宿」は、江戸時代に整備された「五街道」のひとつ、

「甲州道中(甲州街道)」の宿場町です。





その宿場として活動し始める江戸時代初期から、

役目を終える明治、そして現在までを、

絵図を中心に展示したのが、今回の企画展です。







ちなみにルンちゃんは街道歩きが趣味なので、

甲州街道は、数年前にほぼ全域歩いています






宿場には、ある特徴があり、

日野宿にもその特徴がしっかりありますよ。

歩いてみるとわかります。

でもそれは昔の絵図を見ても一目瞭然。





例えば、宿場へ入る道路は街道と一直線上ではなく、

宿場の入口と出口が、必ずかぎ状(¬ ←こんな形)

の道になっています。






これは侵入者(主に敵)が、

一気に宿場になだれ込まないための工夫で、

宿場によっては、隠れて敵を待ち伏せする場所を

設けているところもあります。

(日野宿にはなさそうですけど)







日野宿も絵図を見るとそのかぎ状がよくわかります。

宿場の入口と出口には東の地蔵と西の地蔵が、

今でも現存していて見学することができますよ






今回の『日野宿 いろは』展では、

1684(貞享元)年に描かれた

「日野町有形絵図」を見ることができます。

これは現存する日野宿最古の地図だそうです。






ちなみにこの絵図には、井上源三郎さんの生家の近くにある

欣浄寺(ごんじょうじ)
も載っています。

江戸時代以前は、こちらの細い道が街道だったらしいです。






新選組関係の展示もいくつかありました。






天然理心流、佐藤彦五郎(歳三の義兄)の目録(切紙だったかも^^;)や、

村田蔵六(理心流2代目近藤三助の高弟)が出した切紙が

展示されています。






そして近藤勇が彦五郎に送った手紙は、

浪士隊入隊直前のものです。

(仲間のひとりを、病気を理由に浪士隊参加からはずすといもの)






また彦五郎が江川太郎左衛門(代官)に送った届書には、

日野宿から浪士隊に参加するメンバーが書かれてあり、

「千人同心 井上松五郎弟
            源三郎」
「百姓 為次郎弟
             歳蔵」


などの名前を確認することもできますよ。






個人的に興味を持ったのは「日野里長御用留」で、

この日付が慶応4年5月19日となっていて、

彦五郎の名前があったことです。





歴史館のガイドさんに確認したところ、

この彦五郎というのは、確かに佐藤彦五郎だとのこと。






彦五郎さんといえば、同じ年の3月に

甲陽鎮撫隊の甲州行軍に「春日隊」として参加しています
よね。

甲陽鎮撫隊が惨敗し、新政府軍が日野宿に入ってきたとき、

鎮撫隊の残兵探索で彦五郎も追われていたのです






でもその後、近藤や土方が幕府用人に働きかけ、

「一家差し構いなし」の達しを貰うことができました。

そして離散していた家族が戻ってこられた、

といういきさつがあります。






いつから公務に戻ったのかは、

調べていないのでわかりませんけど、

この5月19日には、元通り仕事をしていたということですね。





思わず「よかったね」

とつぶやいてしまった書類なのでした





日野宿と新選組は、

こんな風にとても深い縁があります。

宿場についての「いろは」も、

この企画展を見るとわかりますので、

機会があったら行ってみると面白いですよ

※交通アクセス等は「新選組ふるさと歴史館」HPへ
 当ブログ右サイドの「お役立ちLINK」からどうぞ^^


第2回 企画展開催中!
第2回 企画展開催中! posted by (C)ルンちゃん

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「新選組 その後」展レポート

  • 2009/02/18(水) 11:43:27

先日2月15日(日)に行われた、天然理心流演武。

あれは、日野市立新選組のふるさと歴史館の

特別展にさきがけて行われた、イベントだったのです。

その時の記事 ⇒ 幕末天然理心流の再現






そして本当は、これがメインなんですよ


第4回特別展

  「新選組 その後 

  〜自由民権運動に仮託した多摩の思い〜」

  平成21年2月14日(土)〜5月24日(日)






今まで歴史館では、今回を含め4回の特別展を行いました。

(こちらでもレポートさせて頂いています。青字はそのレポートです)

第1回 新選組 誕生
第2回 新選組 京都の日々1 新選組 京都の日々2
第3回 新選組 戊辰戦争のなかで1 新選組戊辰戦争のなかで2
第4回 新選組 その後

この回で一応完結となるわけです。





さて、この「新選組 その後」展

タイトルの通り、箱館で降伏した後の新選組を追っています。





といっても土方歳三は戦死し既にこの世にはなく、

最後の隊長となった相馬主計が、

戦争の責任をとって新島に流刑となってしまった以上、

新選組としての組織の存在はまったくありません






追いかけるのは、個々の隊士たち。

そして、かれらの思い―――です。





元新選組隊士が、その後どのような生き方をしたのか?

新選組を支えた多摩がその後、どんな目にあったのか?

そして、近藤や土方たちの思いを、

多摩の人々がどのように継承していったのか?





そんなことがわかる、今回の展示です。





甲陽鎮撫隊(新選組)が甲府で惨敗し、

日野に新政府軍がなだれ込んできます。

その時新選組に関わる人々が、かなり危ない目にあいました。

そしてその後も、多摩地方ではいろいろと抑圧があったようです。





その当時の不満や政治への不安もまざり、

多摩地方では自由民権運動が盛んになりました。

自由民権運動っていうと、

板垣退助の動きに目がいきがちですけど、

じつは多摩地方でもかなり活発だったんですよね




そんな自由民権運動にちなんだ数々の展示が

初めのコーナーの部分ですよ。





そして、次のコーナーは

生き残った新選組隊士たちの話です。






新島に流罪となった、相馬主計のこと。

そして、井上泰助(井上源三郎の甥)や松本捨助、

永倉新八や桑名、唐津の藩士達。


故郷に帰ったり、投降した後の

それぞれの生活について展示されています。






別なコーナーでは、新徴組のその後や、

最初に戻って、清川八郎・山岡鉄舟の資料を展示し、

「新選組とはなんだったのか?」


という新選組の歴史的役割について、

見学者になげかけています。






個人的な感想としては、「新選組のその後」ということで、

新選組の華やかかりし部分ではないですし、

間接的な部分が多いため、

全体的に地味な展示のように感じられました。






また桑名・唐津の藩士達の部分は

箱館戦争に至る経緯を知らないと

「どうしてここに桑名・唐津の藩士達の話が?」

と思えてくるような唐突さも感じられ、

この特別展だけ見た人でも、わかるような

もう少し詳しい解説が欲しいなと思います。
(たぶんこうして書いてても
 「?」の方がいらっしゃるかもしれませんよね)








そんな中で、今回行ってよかったなと思ったのは、

相馬主計の肖像画
が見られたことでしょう。

これは、今回初めての出展です。

近年発見されたもので、相馬主計の奥さん(植村マツ)

大切にしていたものだそうです







相馬主計がいくつで亡くなったのか、

はっきりとはわかっていません。

でも、この肖像画を拝見すると

かなり高齢にもみえるのですよね。






もし40代くらいで亡くなったとして、

この肖像画のような姿だったとしたら、

ずいぶん苦労をしたのではないかと、

察せられるものです。






この写真だけ見せられて、「誰か?」

といわれてもわからないかもしれませんが、

「これが相馬主計です」と言われれば、

頬のあたりが、よく見る相馬さんの写真と似ていて、

なるほど〜と思えますよ。





他に相馬主計の書いた嘆願書もみられたので、

一応満足のルンちゃんです





「新選組 その後」展は5月24日(日)まで開催中です。

新選組まつりの時もやってますので、

ついでに足を運んでみるのもいいかもしれませんね。





特別展はいつも途中で展示換えもあるので、

私もまた、見学にいこうと思っています。


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相馬主計『贈友談話』のこと (2008/04/23)

相馬主計『贈友談話』のこと

  • 2008/04/23(水) 14:19:42

日野市立新選組のふるさと歴史館で行われている

特別展「新選組 戊辰戦争のなかで」展の展示品が

一部入れ替わったというので再び見に行ってきました




ちなみに前回の話はこちらです。

⇒ 過去記事 「新発見!相馬主計の手記」




前回の記事でご紹介した土方歳三の手紙

相馬主計の手記「贈友談話」


引き続き展示されていましたが、

全体的には薩摩関係資料が目立った感じでした。





その中には今大河ドラマ『篤姫』にも登場している

小松帯刀(肝付尚五郎)の書状もありましたよ。




町田民部宛の書状で

「禁門の変」直前に書かれたものだそうです。




黒田清隆の内閣総理大臣の辞令書など

黒田関連の書簡も多数ありましたので、

薩摩関係に興味のある方には嬉しいかもしれませんね。





そんななかで沖田総司に関する風評がひとつ!





伏見街道で沖田が即死したという話が

巷でささやかれたらしい…





「上書・建白書並び風説書留」に書いてあるのですが、

どこをどう間違えて近藤から沖田、怪我が即死になるのでしょう。

また、そんなものが文面で残っているのも面白いですよね






さて、相馬主計の『贈友談話』ですが、

中身の詳細がやっとわかりました。





新選組のふるさと歴史館で今回の展の詳細が書かれている

「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」が

販売されたのです。




そちらに全ページの写真と翻刻文が載っています。




中身のことを詳しく書くと

「転載禁止」に触れてしまいそうで

あまり多くのことはいえないのですが、

『贈友談話』によっていくつかの不明瞭な部分が

多少なりともわかったと思います。






例えば相馬主計は箱館戦争後に後始末のために

新選組の隊長に選ばれたというわけでもなく、

箱館へ渡る前から、

別隊を率いることができるほど優秀な人物であったこと。





そして、相馬主計だけが新島へ流された理由などです。





反対に疑問がより一層強くなったのは

切腹についてでした。





相馬主計は新島から戻った後、自ら命を絶つのですが、

『贈友談話』には自らの命があることに

喜びと感謝の念すら抱いているのですよね。

それなのになぜ切腹してしまったのでしょうか?




その辺りの疑問を解消すべく、

もっとじっくり読みかえしてみようと思います。





「日野市立新選組のふるさと歴史館叢書く 第三輯」は

新選組ふるさと歴史館で入手できます。

特別展に行く時に確認してみて下さいね。


⇒ 日野市立新選組のふるさと歴史館HP





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「天然理心流展」に行ってきました^^

  • 2008/03/05(水) 10:40:43

先日 こちらでも告知しました

「八王子の天然理心流展」レポートです





場所は八王子市民会館の向かいにある

市立の郷土資料館です^^

館内に入ってちょうど正面の特別展示室が

今回の会場です。





建物全体からみればそんなに広いエリアではありませんが、

見たことのない資料ばかりが展示されていたので

見ごたえは充分ありましたよ!





展示資料としては

近藤内蔵之助、坂本三助、増田蔵六


関連資料が主なものでしたが、それ以外にも

内蔵之助の高弟 小幡万兵衛や、

山本満次郎、松崎和多五郎
など







天然理心流を知る人にはお馴染みの人物の資料があり、

どれも興味をそそるものでした。

(近藤勇関連の品物もチョッとだけあります^^)






全部についてお話したいところですが、

どうやっても語りつくせそうにもないので

「これは」というものだけをご紹介しますね





まず目を引くのは

近藤内蔵之助が門弟に渡した(発行した)

剣術切紙です。





これは1793(寛政5)年12月のもので

現存する中で最も古い伝法状(免状)
になります。




そんなに長いものじゃありませんが、

寛政5年の文字がしっかり確認できます。




文章のなかには「口傳」の文字もありますよ。

いったいどんな風に

技を口伝されたのでしょうね?





三助の出した序目録の添状も

現存の中で最も古いものだそうです。





ちなみに添状とは

出稽古先で個人の実力が一定の基準に到達したと認めた際、

その場で目録等の免状は作れないため、

「後でお渡しします」という約束書みたいなものを書くのです。





それが添状と呼ばれるものです。





展示されている三助の添状のうちいくつかは

まだ二代目を継ぐ前のもので

内蔵之助の許可のもと書いたものです。

(見習い期間ということでしょうか)






二代目を継いだ後のものも展示されていたので、

時間の経過が感じられてなかなか面白かったですよ。







増田蔵六のものはお馴染みの肖像画もありましたが、

気になったのは「剣術形名記」「印可」です。





増田蔵六はとても几帳面な方で、

天然理心流の切紙から免許までの形について

解説や要点を書面ですべて残しているのです。






「印可」は流派の奥義が問答形式で書かれてあります。




それらは「他見他言不許」や「一子不伝」と記されてあり

今まで公開されることがほとんどありませんでした。





また公開されても、どちらも冊子になっているため、

中身すべてを見ることはできません。

今回も見学できるのは表紙だけとなっています。





その点は残念なのですが、なんと今回は

同時に販売された図録のほうに

その中身がすべてカラーで載せられてあり、

内容を確認することができます。






今回この図録が

展示品以上に内容豊富なのです!

(買って損はないですよ^^)





「剣術形名記」と「印可」は

天然理心流資料としては超1級品で、

天然理心流を知るうえで貴重な資料です。





その他にも、あまり残されていない棒術についての

史料も見られるので今回の特別展は

私にとってはとても勉強になるものでした

見学できてよかったです♪





3月15日から展示品の入れ替えが

多少あるらしいので、

是非もう1度、足を運びたいと思います。





興味のある方は

是非行ってみてくださいね!





ちなみに特別展示室以外にも

八王子の歴史資料が多数ありますので、

時間があったら他の展示品もご覧くださいネ。





時間のない方も、

2階にも少しだけ八王子千人同心と

天然理心流の資料がありますので、

そちらも見逃しなく…^^

八王子の天然理心流の図録
八王子の天然理心流の図録 posted by (C)ルンちゃん
今回の図録です。表紙も凝ってますよね^^




八王子市役所HP
→ 八王子郷土資料館

→ 郷土資料館特別展

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西洋流砲術演武レポート

  • 2008/02/19(火) 11:00:16

平成20年2月17日(日)、日野市で行われた

「西洋流砲術演武」
の見学に行ってきました





日本で最初の洋式砲術調練は1842(天保12)年、

現在の板橋区高島平である「徳丸原」で行われました。

高島四郎太夫秋帆が日本での開祖です。





演武を行った「西洋流火術鉄砲保存会」は

その高島平で7年前に発足した会で、

今回11名程が参加されていました。





幕末期、国内外の情勢から海防強化や治安維持の目的で

幕府代官江川太郎左衛門は農兵隊の創設を幕府に願い出ていました。

でもすぐには許可されず、次の代でやっと承諾されました。

それは1861(文久3)年のことです。





日野宿で調練がされたのは1865(慶応元)年2月21日。

その前年に農兵隊の幹部が代官屋敷で教育調練を受けていましたが、

実際に日野で調練が行われるまでには

初めての洋式調練から22年の月日が経っています。





この日野宿農兵隊はかなり活躍していて、武州一揆では

自分たちの土地を打ちこわしから守るために

拝島から来た暴動群を多摩川でくいとめたり、

八王子の強盗をやっつけたりしています





甲陽鎮撫隊が甲州に赴いた際にも一部の隊士が

鎮撫隊に加わっていました。

そのため、新政府軍が日野宿にやってきた時

捜査の手が入り、佐藤彦五郎一家はちりじりになるのです。





こんな感じで、西洋流砲術と日野は

少なからず縁があるわけですね!






さて当日の演武はPM1:30からと聞いていたので

1:00頃に行ってみると、人はまだほとんどいませんでした。

でも、しばらくすると太鼓とほら貝の音とともに

新選組に扮した人々や砲術隊の一団が行進しつつ登場。





その頃から見学の人が集まり出しました。




公園外を1周し会場に入ってきたのは

20人くらいの一団です。





最初新選組と浪士の殺陣のパフォーマンスがあり、

その後にいよいよ砲術の実演です。





今回は火縄銃の演武らしく、

会場に入った演者たちは火縄に火をつけ始めました。




赤い火縄
はとても印象的でしたけど、

ライターで付けていたのがなんとなく可笑しかったですよ




縄は輪っかにして左手首に通しています。

巻きつけているという感じでしょうか。




次に筒内の掃除(写真参照)

そして火薬の挿入です。




タバコよりも若干太くて短い筒型のケースに

火薬が入っているようで、それを

肩からかけているポーチバッグみたいなものから取り出して

本体に挿入しています(写真参照)




たぶんその後に弾込め作業があるのでしょうが、

演武なのでそこは省かれ(つまり空砲)、いよいよ実演です

合図と共にまずは祝砲で1発!



 
パンッ!





わかっていたにもかかわらず、

その音にちょっとびっくりしてしまいました

公園内にいたハトもその音に飛び立っていく始末。





その後は数回の連打です。

このときはもう音には慣れましたけど

火薬のニオイが漂っていました。





合図と共に次々発射されていきます。

銃術も一種の武道でしょうか?

こういったものにもきちんと作法があるのですね。





打ってから次の打ち方までの時間は

思ったよりは早かったですけど、

あれが実戦だったらやはり時間がかかって

大変だな〜と思いました。





演武は15分くらいで終わったでしょうか。

あっという間でしたが、身近に見ることができて

とてもいい体験ができましたよ





今回見学者は思ったよりも少なく(100人もいない)

ゆったりと見れましたけど、もっと銃砲についての

詳しい解説や、できれば歴史館での

銃砲の講習会などもして欲しかったですね。




そんな希望も込めて、また再び

砲術演武の実演を願っています






※ブログの写真容量が一杯になってしまったようなので、
 今回は「フォト蔵」を使っての写真アップです^^
 スライドショーでお楽しみ下さい♪



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新発見! 相馬主計の手記

  • 2008/02/12(火) 12:24:13

先日こちらでも告知した

日野市立新選組のふるさと歴史館の特別展

「新選組 戊辰戦争のなかで」にきのう行ってまいりました




その前日、土方歳三の小説を1冊読み込んでいた私は

妙にテンションを上げたまま展へ突入!




今もまだ興奮冷めやらぬといった

なんとなく足が地に着いていないような

ヘンな感覚があるのですが。。。




それはさておき。




「新選組 戊辰戦争のなかで」展


題名の通り、戊辰戦争以降の新選組関連史料が

多数展示されています。





すごく簡単にまとめると

鳥羽伏見戦・甲陽鎮撫隊・五兵衛新田・

会津戦争・箱館戦争などの関連史料です。





他には日野宿農兵隊の史料、

新徴組の史料といったところでしょうか。





中には以前見たことのある「伏見鳥羽戦争図」草稿や

五兵衛新田 金子家写真、それから今回はじめてみる

横倉喜三次が近藤を介錯した刀の写真もありました。




でも私が興味を持ったのは別のふたつ! ←つい力が入ります!

もうこれだけでも行った甲斐がありましたよ〜。





ひとつは「内藤・小原宛 土方歳三の書状」です。




彼の書状はいくつかありますが、

これは慶応4年8月21日の夜に書かれたものです。

8月21日といえば土方さんが会津の母成峠にいる時ですよね!





彼は戦況を見て、新政府軍が22日には猪苗代、

果ては会津城下まで入ってくることを察し

書面で進言しています。





実際新政府軍は22日に猪苗代を攻め、

その勢いで城下へ突入、

23日には会津最大の激戦になっています。




その切迫した様子が書面から感じ取れるのです。
(短い文ですけど)




しかもこの手紙、土方さんが書いた書状のうち

現存確認できる最後の手紙だそうですよ。

私が興奮してしまう理由わかってもらえますか。





そしてもうひとつが相馬主計の手記 「贈友談話」です。

新発見の史料ですよ!




こんなものが残っていたなんて

びっくりですよね。


※相馬主計さんについては以前に紹介した
 「北走新選組」の記事にあるのでそちらをご覧下さい。

→ 過去記事
 北走新選組



「贈友談話」は原稿用紙を半分に折ったものが

何枚か束ねてあります。

展示で見られるのは最初の半ページのみです。




相馬さんについては謎の部分があって、

すごく気になっていたので解説員さんに

「贈友談話」の出所とその内容を尋ねてみました。




でも出所は教えて貰えませんでしたね
(やっぱりね〜。でも気になる〜^^;)



内容の方は現在調べているらしくて

近日中に活字にして史料公開するらしいです。




販売されたらすぐ確認したいです。

それまでは気になりますが待つしかなさそうですね。




というわけで今回の展も楽しませて頂きました。

3月25日以降展示史料の内容が変わるそうなので、

そのときも見に行くつもりです




江戸に帰ってからの新選組については

知らない方も多いと思うので、

近隣の方は是非ご覧になって欲しいですね。




もちろん遠方の方も機会を作ってどうぞ^^




ちなみに来週は西洋流砲術演武があります。

「お友達をお誘い下さいね」って

チラシをいっぱい貰ってしまったので

ついでながら宣伝しておきますね。

→ 詳細はこちらです

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