前回の続き
八王子七福神めぐりですよ
もし前回を見逃していたら、こちらをみて下さいね。
過去記事 ⇒
八王子七福神めぐり 〜その1〜
4番目の信松院から善龍寺までは
JR線の線路を渡って、甲州街道を抜けるので
少し距離があります。
それでも15分くらいで行かれますよ
5.善龍寺(走大黒天) 元本郷1−1−9
昔は滝山にあったそうですが、そこから元八王子に移り、
天正19年頃に今の地に落ち着いたそうです。
善龍寺 posted by
(C)ルンちゃん
ここの大黒様は『走大黒(はしりだいこく)』といって、
自ら各家庭に走り寄って『福』を授けるのだとか。
走大黒様 posted by
(C)ルンちゃん
こちらが、走っている大黒様ですよ〜
元禄年間に日真聖人が
本堂庫裡・書院再建の発願をした際、
本堂から発見されたそうです。
そのお姿が右足を前に踏み出し、
まるで走り出すかのようにみえたので、
「走大黒」と名付けられたということです。
この善龍寺には、天然理心流では名高い
増田蔵六先生の碑があるのですよ
「増田蔵六翁之小伝」というもので、
友人や門友、門弟らが建てたものです。
「増田蔵六翁之小伝」の碑 posted by
(C)ルンちゃん
本堂の横にありますよ。
八王子にはこんな風に、いろいろな場所に
千人同心や
天然理心流に関わる史跡があります。
ふらりと立ち寄って、偶然見つけることもあるので、
思わぬ場所で感動しますよ。
おまけ…JR線西八王子駅付近は千人町と呼ばれ、
昔千人同心が住んでいた土地でもあります。
以前ご紹介した
「千人同心記念碑」はその近く、
追分町にあるんですね。
過去記事 ⇒
千人同心記念碑
今回はその記念碑を、追分の交差点にある
歩道橋の上から眺めてみました
いいながめです〜♪
歩道橋からの千人同心碑 posted by
(C)ルンちゃん
写真中央です。
画像クリックで拡大できます。
追分の交差点は昔から分岐点で、
道しるべ(道標)がありました。でも、
昭和20年8月の八王子空襲の際に壊され、
一部は紛失してしまいました。
でも町の人々の要望で、残った部分を使用して
復元され建っています。
追分の道しるべ posted by
(C)ルンちゃん
割れて一部なくなった道標を
作り直してつなげてあります。
上から2段目・4段目がオリジナル。
写真では2段目が写っています。
もうひとつ
おまけ…八王子市内の甲州街道の街路樹はイチョウです。
秋には黄色い並木が、とてもきれいですよ。
イチョウ祭りも開催され、とてもにぎやかなんですけど、
雌株が多いので、いたるところに銀杏が落ちています。
町の人達が袋いっぱいに、銀杏を拾って持ち帰りますが、
あまりに数が多いので、こうして誰も拾わず残ってしまいます。
これが、臭うんだな〜
銀杏がゴロゴロ posted by
(C)ルンちゃん
臭い銀杏だけど、食べるのは好き〜^^
もしあなたが銀杏好物なら、八王子に来たときには
たくさん拾って持て帰って欲しいです。(よろしく〜)
6.了法寺(新護弁財天) 日吉町2−1
了法寺も何度か場所を移り、今に至っています。
千人同心の住居が近かったので、同心達のお墓があります。
こちらの弁財様はチョッと変っていますよ。
普通は弁財様といったら、女の方で
手には琵琶などの楽器をお持ちですよね。
でもこちらの弁財様は右手に宝剣を持ち、
左手に法珠を持つという、勇ましいお姿です。
一切の衆生を正道から外れないよう
守護するためだとか
厄除けのみならず、
縁結びのご利益も高いそうなんです。
この弁天様なら、迷える心も断ち切って、
幸せに導いて頂けそうですね。
それからもうひとつ、お寺も変っていて、
なんと「萌え系」のお寺なんですよ。
「萌え寺」とも言うらしい^^;
こんな風に変ったのは昨年の5月頃からだそうです。
変ってから男性のお参りが増えたそうですよ。
なんとも不思議な感じでしたね〜。
境内の案内図 posted by
(C)ルンちゃん
「萌え看板」というらしい^^;
おまけ…西八王子駅から甲州街道を超えたあたりから
千人町が始まります。駅前通りはちょうど、
千人同心が馬場にしていたところです。
ですから、この通りを昔
「馬場横丁」って読んでいたそうです。
馬場横丁
posted by
(C)ルンちゃん
交差点脇、信号待ちする場所に立っています。
7.宗格院(寿老尊) 千人町2−14−18
千人同心ゆかりのお寺です。
武田家の家臣だった
山本忠玄の子・价州良天和尚の開山です。
ちなみに兄・忠房は千人頭となって、
この寺を開基しています。
こちらには不老長寿の神様、
寿老尊が安置されています。
でも私がこちらで一番気になったのは、
寿老尊の後ろにいらしたお地蔵様、
「せき地蔵」でした。
このせき地蔵は、「せき」という娘を
その父親である忠房が供養したものです。
このせきさん、なんでもお酒が大好きだったそうで、
このお地蔵様にお酒を供えてお願いすれば
「咳の病」が治るといわれているそうですよ^^
そんなわけで、今でもお酒が供えられています。
寿老尊とせき地蔵 posted by
(C)ルンちゃん
前が寿老尊様、後ろがせき地蔵です。
もう1体のお地蔵様 posted by
(C)ルンちゃん
千人同心の住んでいた町にあったお地蔵様を
こちらに移動しました。
でも目がなんとなく怖い^^;
「せき地蔵」のことを総司さんも知っていたら、
お参りしていたかもしれませんね。
いえいえ、例え本人は病でここまで
来られなかったとしても、
誰かが代わりに来たかもしれません。
…なんてことを考えながら、次の場所へと向かいます。
8.吉祥院(吉祥天) 長房町58−3
最後の場所は、山の上にありました。
なるほど、これが運気上昇のご利益へとつながるわけですね。
敷地内の階段 posted by
(C)ルンちゃん
吉祥天は、海から生まれた
インド出身の美と幸福の女神です。
まるでビーナスのようですね。
お顔も美しい
吉祥天様 posted by
(C)ルンちゃん
別名は功徳天(くどくてん)とも呼ばれて、
鬼子母神の娘で毘沙門天の妃ともいわれています。
一切の災いを転じて吉祥(めでたきしるし)をもたらす
ありがたい神様ですよ。
でも吉祥天は七福神には入っていません。
八王子七福神の「八」に因んだ
8番目の神様なのです
このお寺は以前は日吉町にあったそうですが、
昭和29年にこの地に移ったそうです。
それより以前、この辺りは湧水が各所にあり、
縄文・弥生・奈良・平安時代にも集落がありました。
その後、雑木林や一面の畠の風景が長く続きましたが、
昭和の戦争の際、空襲で焼かれてしまったという歴史があります。
敷地には鐘があり、一般の人でもつくことができます。
私も祈りながらひとつつかせて頂きましたが、
煩悩がありすぎるのか、にごった音が出てしまいましたよ。
修行しないとダメだな〜^^;
ここは見晴らしも良く、八王子市内が見下ろせます。
高尾山も近いですよ〜。
このまま高尾山まで行かれる方も多いとか。
高尾山を眺める posted by
(C)ルンちゃん
これで、8つの御朱印が揃って、七福神めぐりは完了です。
ありがとうございました!
八王子七福神めぐりは、正味3時間くらいの行程です。
道もわかり易く、比較的楽な七福神めぐりでした。
今回、場所はよく知っているお寺でも
その由来など、知らないことが多くありました。
何気ないお寺でも、場所ごとに驚きや感心ごとがあり、
身近な場所でもけっこう調べてみると面白いものだ
と感じましたよ
また八王子の空襲については、
多少は本を読んで知ってはいましたが、
歩いてみるとずいぶん色々な場所に、
その傷跡があることを実感したのです。
都心で幕末の資料を探そうとすると、
空襲ですべての資料が焼けてしまった
という話をよく聞きますが、八王子も同じです。
こんなときにはすごく残念な気持や、
憤りを感じますね。
今回感じたいろいろな思いをきっかけにして、
八王子についてはこれから少しずつ調べてみたいです。
(ここには八王子城や片倉城もありましたからね)
また面白いことがあったときには、
ブログにも載せてみようかと思いますので、
よかったら読んでみて下さいね
歴史ブログ 幕末・明治維新
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