八王子七福神めぐり 〜その2〜

  • 2010/01/06(水) 23:12:16

前回の続き八王子七福神めぐりですよ

もし前回を見逃していたら、こちらをみて下さいね。

過去記事 ⇒ 八王子七福神めぐり 〜その1〜





4番目の信松院から善龍寺までは

JR線の線路を渡って、甲州街道を抜けるので

少し距離があります。

それでも15分くらいで行かれますよ




5.善龍寺(走大黒天)
 元本郷1−1−9

  昔は滝山にあったそうですが、そこから元八王子に移り、

  天正19年頃に今の地に落ち着いたそうです。




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善龍寺 posted by (C)ルンちゃん




  ここの大黒様は『走大黒(はしりだいこく)』といって、

  自ら各家庭に走り寄って『福』を授けるのだとか。

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走大黒様 posted by (C)ルンちゃん
こちらが、走っている大黒様ですよ〜





  元禄年間に日真聖人が

  本堂庫裡・書院再建の発願をした際、

  本堂から発見されたそうです。

  そのお姿が右足を前に踏み出し、

  まるで走り出すかのようにみえたので、

  「走大黒」
と名付けられたということです。





  この善龍寺には、天然理心流では名高い

  増田蔵六
先生の碑があるのですよ

  「増田蔵六翁之小伝」
というもので、

  友人や門友、門弟らが建てたものです。



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「増田蔵六翁之小伝」の碑 posted by (C)ルンちゃん
本堂の横にありますよ。


注…こちらのお寺には、
  増田蔵六先生のお墓と
  天然理心流の木刀の奉納額もあります。






  八王子にはこんな風に、いろいろな場所に

  千人同心天然理心流に関わる史跡があります。

  ふらりと立ち寄って、偶然見つけることもあるので、

  思わぬ場所で感動しますよ。





おまけ…JR線西八王子駅付近は千人町と呼ばれ、
    
    昔千人同心が住んでいた土地でもあります。

    以前ご紹介した「千人同心記念碑」はその近く、

    追分町にあるんですね。

    過去記事 ⇒ 千人同心記念碑 





    今回はその記念碑を、追分の交差点にある

    歩道橋の上から眺めてみました

    いいながめです〜♪

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歩道橋からの千人同心碑 posted by (C)ルンちゃん
写真中央です。
画像クリックで拡大できます。





  追分の交差点は昔から分岐点で、

  道しるべ(道標)がありました。でも、

  昭和20年8月の八王子空襲の際に壊され、

  一部は紛失してしまいました。

  でも町の人々の要望で、残った部分を使用して

  復元され建っています。

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追分の道しるべ posted by (C)ルンちゃん
割れて一部なくなった道標を
作り直してつなげてあります。
上から2段目・4段目がオリジナル。
写真では2段目が写っています。



もうひとつ
おまけ…八王子市内の甲州街道の街路樹はイチョウです。

    秋には黄色い並木が、とてもきれいですよ。

    イチョウ祭りも開催され、とてもにぎやかなんですけど、

    雌株が多いので、いたるところに銀杏が落ちています。




    町の人達が袋いっぱいに、銀杏を拾って持ち帰りますが、

    あまりに数が多いので、こうして誰も拾わず残ってしまいます。

    これが、臭うんだな〜

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銀杏がゴロゴロ posted by (C)ルンちゃん
臭い銀杏だけど、食べるのは好き〜^^





    もしあなたが銀杏好物なら、八王子に来たときには

    たくさん拾って持て帰って欲しいです。(よろしく〜)





6.了法寺(新護弁財天)
 日吉町2−1

  了法寺も何度か場所を移り、今に至っています。

  千人同心の住居が近かったので、同心達のお墓があります。

  



  こちらの弁財様はチョッと変っていますよ。

  普通は弁財様といったら、女の方で

  手には琵琶などの楽器をお持ちですよね。

  でもこちらの弁財様は右手に宝剣を持ち、

  左手に法珠を持つという、勇ましいお姿です。

  一切の衆生を正道から外れないよう

  守護するためだとか





  厄除けのみならず、

  縁結びのご利益も高いそうなんです。

  この弁天様なら、迷える心も断ち切って、

  幸せに導いて頂けそうですね。






  それからもうひとつ、お寺も変っていて、

  なんと「萌え系」のお寺なんですよ。

  「萌え寺」とも言うらしい^^;

  こんな風に変ったのは昨年の5月頃からだそうです。

  変ってから男性のお参りが増えたそうですよ。

  なんとも不思議な感じでしたね〜。

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境内の案内図 posted by (C)ルンちゃん
「萌え看板」というらしい^^;





おまけ…西八王子駅から甲州街道を超えたあたりから

    千人町が始まります。駅前通りはちょうど、

    千人同心が馬場にしていたところです。

    ですから、この通りを昔

    「馬場横丁」って読んでいたそうです。

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馬場横丁
posted by (C)ルンちゃん
交差点脇、信号待ちする場所に立っています。





7.宗格院(寿老尊)
 千人町2−14−18

  千人同心ゆかりのお寺です。

  武田家の家臣だった

  山本忠玄の子・价州良天和尚の開山です。

  ちなみに兄・忠房は千人頭となって、

  この寺を開基しています。





  こちらには不老長寿の神様、

  寿老尊が安置されています。

  でも私がこちらで一番気になったのは、

  寿老尊の後ろにいらしたお地蔵様、

  「せき地蔵」でした。





  このせき地蔵は、「せき」という娘を

  その父親である忠房が供養したものです。

  このせきさん、なんでもお酒が大好きだったそうで、

  このお地蔵様にお酒を供えてお願いすれば

  「咳の病」が治るといわれているそうですよ^^

  そんなわけで、今でもお酒が供えられています。

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寿老尊とせき地蔵 posted by (C)ルンちゃん
前が寿老尊様、後ろがせき地蔵です。





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もう1体のお地蔵様 posted by (C)ルンちゃん
千人同心の住んでいた町にあったお地蔵様を
こちらに移動しました。
でも目がなんとなく怖い^^;





  「せき地蔵」のことを総司さんも知っていたら、

  お参りしていたかもしれませんね。

  いえいえ、例え本人は病でここまで

  来られなかったとしても、

  誰かが代わりに来たかもしれません。




…なんてことを考えながら、次の場所へと向かいます。


8.吉祥院(吉祥天)
 長房町58−3

  最後の場所は、山の上にありました。

  なるほど、これが運気上昇のご利益へとつながるわけですね。

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敷地内の階段 posted by (C)ルンちゃん




  吉祥天は、海から生まれた

  インド出身の美と幸福の女神です。

  まるでビーナスのようですね。

  お顔も美しい



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吉祥天様 posted by (C)ルンちゃん



  別名は功徳天(くどくてん)とも呼ばれて、

  鬼子母神の娘で毘沙門天の妃ともいわれています。

  一切の災いを転じて吉祥(めでたきしるし)をもたらす

  ありがたい神様ですよ。





  でも吉祥天は七福神には入っていません。

  八王子七福神の「八」に因んだ

  8番目の神様なのです





  このお寺は以前は日吉町にあったそうですが、

  昭和29年にこの地に移ったそうです。






  それより以前、この辺りは湧水が各所にあり、

  縄文・弥生・奈良・平安時代にも集落がありました。

  その後、雑木林や一面の畠の風景が長く続きましたが、

  昭和の戦争の際、空襲で焼かれてしまったという歴史があります。





  敷地には鐘があり、一般の人でもつくことができます。

  私も祈りながらひとつつかせて頂きましたが、

  煩悩がありすぎるのか、にごった音が出てしまいましたよ。

  修行しないとダメだな〜^^;





  ここは見晴らしも良く、八王子市内が見下ろせます。

  高尾山も近いですよ〜。

  このまま高尾山まで行かれる方も多いとか。




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高尾山を眺める posted by (C)ルンちゃん




これで、8つの御朱印が揃って、七福神めぐりは完了です。

ありがとうございました!

八王子七福神めぐりは、正味3時間くらいの行程です。

道もわかり易く、比較的楽な七福神めぐりでした。





今回、場所はよく知っているお寺でも

その由来など、知らないことが多くありました。

何気ないお寺でも、場所ごとに驚きや感心ごとがあり、

身近な場所でもけっこう調べてみると面白いものだ

と感じましたよ







また八王子の空襲については、

多少は本を読んで知ってはいましたが、

歩いてみるとずいぶん色々な場所に、

その傷跡があることを実感したのです。






都心で幕末の資料を探そうとすると、

空襲ですべての資料が焼けてしまった

という話をよく聞きますが、八王子も同じです。

こんなときにはすごく残念な気持や、

憤りを感じますね。





今回感じたいろいろな思いをきっかけにして、

八王子についてはこれから少しずつ調べてみたいです。

(ここには八王子城や片倉城もありましたからね)

また面白いことがあったときには、

ブログにも載せてみようかと思いますので、

よかったら読んでみて下さいね


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八王子七福神めぐり 〜その1〜

  • 2010/01/04(月) 14:21:37

あけましておめでとうございます。

昨年は「多摩人漫遊記」にご訪問頂きまして

誠にありがとうござました。

今年もいろいろな新選組ネタを紹介していきますので、

変らずご贔屓の程、お願い申し上げます





さて、今年も恒例の

七福神めぐり
から始めますよ

2回に分けてお伝えしますね。






各所でたっぷり幸福祈願をしてきましたので、

あなたもこのブログから、

幸せをいっぱい持って帰って下さいね。

では、始まりで〜す♪






今年の七福神めぐりは東京・八王子市です。

毎年、新選組に因んだ場所の

七福神めぐりを考えていますが、

今回は新選組というより、

天然理心流に因んだ土地になりました。

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八王子七福神ののぼりです^^ posted by (C)ルンちゃん


でも日野の隣町なので、

土方さんが行商に歩いたかもしれませんし、

甲陽鎮撫隊の行軍ルートでもありますので、

そんなつもりで選んだと思って下さいね






さて八王子はその昔、八人の王子がいたのだとか。

その「八人の王子」から「八王子」という名前に

なったそうですよ。





そして八王子七福神めぐりも、

この「八」の字に因んで八人の神様をめぐります。

つまり正確には「七福神」ならぬ

「八福神めぐり」なんですよね。






めぐるお寺の最初で御朱印色紙(300円)を買い、

御朱印(200円)を頂いていきますが、

毎年中央に書かれている宝船の色が変ります。

それで七色(つまり7年間)集めると、

「金色の色紙」の御朱印が頂けるのです。

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金色の御朱印色紙 posted by (C)ルンちゃん
これは見本ですよ〜。
私のではありません^^;





私が今回ちょうどめぐり終わったときにも、

「金色の色紙」を頂いてた方がいらっしゃいました。

なかなかステキですよ。7年がんばろうかな〜





八王子の「七福神めぐり」は、

特に順序は決まっていませんが、

西へ進むにしたがい上がり坂になるらしく、

運気が上がり調子になるようにとの意味あいで、

東からめぐるのが良いそうです






私ももちろん運気を上げようと、

東から出発したのは、言うまでもありませんよね





1.本立寺(毘沙門天)
 上野町11−1

  実はですね、八王子は私の職場がある街なので、

  地元よりよっぽど地理に詳しいのです

  この本立寺もよく通る場所なんですよね。

  でも境内に入ったのは、これが初めてでした。





  戦国時代1566(永禄9)年に創立した日蓮宗のお寺です。

  身延山久遠寺の末寺として、古来から栄えていたそうですよ。

  思ったより広い境内でしたが、いつも見ていた門は

  実は裏門だったと今回初めて知ったのでした

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本立寺の山門 posted by (C)ルンちゃん
いつも見ている方とは反対側にあった山門




  このお寺には毘沙門天が安置されています。

  開運勝利の勇ましい神様です。




2.伝法院(恵比寿天)
 南新町4

  成田山伝法院が正式名称です。

  以前は日吉町に創立されましたが、

  1865(慶応元)年に今の場所に移されたそうです。

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伝法院 posted by (C)ルンちゃん






  ここで驚くのは石塀ですよ

  石塀に屋号などが刻まれているのです。

  明治39年から41年にかけて作られたもので、

  当時この地で栄えた700軒ほどの店の屋号が

  ずらりと彫られているのです。これは圧巻!

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伝法院の石塀 posted by (C)ルンちゃん
ねっ、すごいでしょ!





  石灯籠にも屋号や組合名・遊郭名・停車場

  が彫られているようですが、珍しさからいえば、

  石塀のほうですね。面白かったですよ。

  こちらは恵比寿様です。唯一日本の神様です。






3.金剛院(福禄寿)
 上野町39−2

  1576(天正4)年に開創されたお寺で、

  本山は高野山金剛峯寺です。

  以前はもう少し南にあったようですが、

  「武蔵名勝図会」にも載っている

  由緒あるお寺だそうです。





  とにかく目立つお寺なんですよ。

  ここもよく通る場所ですが、

  敷地が広いし建物も大きいのです。

  でも昔の建物は、昭和20年8月の

  八王子の空襲の際に全焼してしまいました。

  残念なことです。

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金剛院 posted by (C)ルンちゃん


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福禄寿 posted by (C)ルンちゃん



  こちらは招福と立身出世の神様、

  福禄寿が祭られています。




おまけ…七福神には関係ありませんけど、

    金剛院の向かいには、時の鐘があります。

    1699(元禄12)年に新野与五右衛門という
 
    八日町の名主さんを大旦那として、

    千人頭や千人同心・宿内十五組・近くの村々の協力で、

    鋳造されたという、本当にみんなの為の鐘なんです。




    昔はこの鐘で、1日の時間を知ったのですよね。

    情緒を感じて、思わずパチリ。
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時の鐘 posted by (C)ルンちゃん






4.信松院(布袋尊) 台町3−18−28

  ここは、甲州街道歩きでも立ち寄らせて頂きました。

  もちろんしょっちゅう通っている場所です。

  武田信玄の娘、松姫様ゆかりのお寺です。




  松姫様は7歳の時に、

  織田信長の長男・信忠と婚約しましたが、

  三方ヶ原の戦いで両家は不仲になり、婚約解消。

  武田家が滅びた時、姫は八王子に落ちのび、

  仏門に入り、開基したのがこのお寺でした。

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松姫ゆかりの信松院 posted by (C)ルンちゃん
ちょっと派手?でも松姫様の
御霊のおなぐさめにはいいのかも






  以前は静かな様子のお寺でしたが、

  前面の道が拡幅され車の往来も激しく、

  建物も遠くからでも見えるようになったので

  目立つようになりましたね。





  このお寺の地下に安置された布袋様が圧巻で、

  お腹をさすると福徳をさずかるといわれていますよ。
  (もちろん、さすりましたとも^^)


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信松院の布袋様 posted by (C)ルンちゃん
嬉しいことがいっぱいありますように!






  なんでも台湾の實覚寺から送られたもので、

  樟樹の一刀彫だそうですよ。

  すごく大きい。これぞ太っ腹!

  願いもなんでもかなえてくれそうです





  これで、4つの御朱印が揃いました。

  あとの4つは次回のお話で…

                続く

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