沖田総司の命日です

  • 2007/05/30(水) 10:25:52

5月30日。



新選組版 「今日は何の日?」です。



5月30日といえば沖田総司の命日ですね。



近藤先生、土方さん、総司さんて

不思議と命日が集中しているのですよね。

やはり3人の「縁(えにし)」を感じます。






京都で労咳(肺結核)を発症した総司は

1868(慶応4)年の鳥羽・伏見戦に参戦することなく

近藤と共に大阪に退き、その後幕府軍が敗退すると

他の新選組隊士と共に、江戸へ帰還します。




江戸では隊士たちとは別に、医学所に入り

その後は千駄ヶ谷の植木屋平五郎宅はなれで療養します。




甲陽鎮撫隊行軍では総司も駕籠に乗り、

途中まで共に行動し、

日野佐藤家(今の日野宿本陣)に着いた際には

「まだこの通り」と玄関の式台で相撲の四股を踏んでみせ

体力回復をアピールしました。

しかし近藤が心配し府中の関田家で休養させ

江戸に戻したという伝承もあります。




京都では新選組の一番隊隊長として

誰よりも華々しく活躍した総司ですが、

臨終の際には、姉夫婦は庄内へ赴いた後で、

血縁者に看取られることもなく、平五郎宅はなれで亡くなりました。




享年27歳。






それが慶応4年5月30日でした。



その日を新暦に換算すると

1868年7月19日だそうです。




個人的な話なのですが、この7月19日には思い出があります。

中学の時、ちょうどこの日に学校で創作ダンスの発表会があり

他の人のダンスを見ながら思っていました。




「沖田総司が死んだ同日に

 私はダンスを踊っているんだな〜」って。。。




ただ これだけなのですけれどね。

それが悲しかったのか つらかったのか、

どうだったのかは覚えていません。



もうずーっと前のことなのに7月19日が来るたびに

思い出してしまうのです。

なにか強烈な印象があったのでしょうか?

その前後も やっぱり覚えていません。




5月30日のほうには特別思い出はないので、

さわやかな空気を感じながら、

毎年 かの人に手をあわせています

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こんにちは

旧暦の5/30は、沖田さんの命日ですね・・・。
なんかとても悲しくなりますね。

沖田さんの年齢は、他にも説がありますよね!?(享年25歳 or 27歳)
それにしても、20歳の半ばくらいでお亡くなりになるなんて
早すぎますよね(>_<)

そうですね

けろっぴ姫さん こんにちは

子供の時は早いとも思わなかったのですが、
いざ自分がその年齢になると感慨深いものがありましたね。
25でも27でもやっぱり早すぎます。

でも京都での日々が彼にとって
他の人の100歳にも値する程の意味があったと信じていたいです。

総司忌に。。。

行けないのがなんとも残念。
沖田さんは暑い夏の日に亡くなったんですねぇ。
きっと京都の夏を思い出していただろうな。
近藤さん、土方さんも同じような時期に亡くなっているのが不思議な運命を感じます。
まるで三国志のようで。

>100歳に値するほどの
同感です。私もそう信じたいです。

来年もありますよ

味のりさん 

そうですね。
参加したいのにできないのは とても残念ですね。
でも 来年も「総司忌」はありますから 気を落とさずに。

居合いの稽古 がんばって下さいね!^^

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