今日は島田魁さんの命日です

  • 2009/03/20(金) 15:47:17


新選組版「今日は何の日?」です

島田魁
のお話は、魁さんの誕生の日にも

お伝えしました。

⇒ 「島田魁 誕生の日」





新選組に入ってからの彼は、

新選組の歴史に残る事件のほとんどを経験しています。

「池田屋事件」「禁門の変」「伊東甲子太郎暗殺」

「油小路事件」「近藤勇襲撃事件」「鳥羽伏見の戦い」…






そして、箱館戦争――――




箱館戦争降伏後は、

一時、箱館・称名寺に収容されますが、

その後、名古屋城内にお預けとなりました。






明治6年に放免になると、妻子のいる京都に戻ります。
(新選組時代に結婚してます)






そこで、雑貨屋を始めますがうまくいかず、
(巨漢すぎてお客が怖がったらしい…^^;)


仏具屋の店員、剣術道場開業師範を経て、

縁あって西本願寺の夜警を勤めることになるのです。





ところで魁さんは、身長6尺(約182センチ)、

体重45貫(約169キロ)の巨漢ではありましたけど、

みかけに寄らず、すごい甘党だったそうですよ






なんでも鍋一杯にお汁粉をつくって、

しかもお砂糖をたっぷり入れ、

納豆のように糸が引くくらい、よく煮詰めたのを、

ひとりで全部食べてしまったそうなんです





体が大きいからよく食べる、といっても

誰も食べそうもないほど甘すぎるお汁粉を

平気で平らげる魁さんは、やはりツワモノですよね




でも、とても親しみの持てる御仁でもあります

その反面、純粋すぎるほど一徹な面も持っていますよ。




明治も十数年経った頃。

京都にいる魁さんの所に、ちょうど京都滞在中だった

旧幕府軍箱館総裁、榎本武揚からの使いが来ました。




それは

「五稜郭以来の旧交を深めたいので、宿まで来て欲しい」

というものでした。





しかし、魁さんは

「会いたければ、向こうから訪ねてくるのが筋というものだ」

と言って、榎本の依頼を拒否したのです。





魁さんの旧幕府軍(=新選組時代の旧友)への思い入れは強く、

明治政府から幾度となく出仕の誘いの話もきていましたが、

どれも応じることなく、

終始西本願寺の警備にあたります。





いくら降伏したとはいえ、おめおめと

敵方の禄を得て生きることに、

少なからず抵抗があったのでしょう。

新選組がなくなった後も、

彼の心の中にはいつも新選組があったように思います。





ある非番の日、西本願寺を訪れた彼は

そこで持病の喘息発作を起こし、

そのまま帰らぬ人となりました。




1900(明治33)年3月20日
享年75歳。

(新暦に換算すると4月19日だそうです)





彼は土方歳三の戒名を、

いつも肌身離さず身につけていたそうです。

新選組時代、土方からの命令をいつも忠実に実行していた魁さん。

それだけ、土方さんへの想い(=新選組への想い)

強かったんですね。




非番の日に西本願寺を訪問し、

そこで亡くなるといのも、魁さんらしい気がします。




新選組の歴史と共に過ごした島田魁。

新選組の主要メンバー(幹部)たちと共に、

忘れることのできない隊士のひとりです。


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この記事に対するコメント

魁さんはほんっっと良い人だったんですよねぇ。
それにびっくりするくらい子沢山だし(^^;)

近藤さんも土方さんも直接の血を残せなかったので島田さんに直系がいることはとてもうれしいですね。
現代にもその血が残ってるんですもんねぇ。。

なにか残ってるともっといいんだけどなぁ(新資料て意味で^^;)

縦にも横にも、大きいひとだったんですね。
歩けばノシノシ、走ればドドドッ!
監察職にあっても、街中を歩けば目立っちゃいますね〜。
でも、きっと「気は優しくて力持ち」を地でいく人だったのでしょうね!

魁さん♪

味のりさん こんばんは。
お体の調子は如何ですか?
季節の変わり目なので、お気をつけ下さいね。

魁さん。
親戚との交流も欠かさなかったそうで、
そのご親戚筋にはまだ史料などが
あるのかもしれませんね。

隊士たちの史料は、当時と現代をつなぐ、
私たちにとっては宝物^^
ひとつでも新史料がみつかると嬉しいですね。

気は優しくて^^

まるるんさん こんばんは。

「気は優しくて力持ち」
確かにこの言葉は魁さんに似合いますね。
魁さんが土方さんのことを信頼していたように、
土方さんも魁さんのことを頼りにしていたでことでしょうね。

まるるんさん、どうぞまた遊びに来て下さいね^^

はじめまして 早々と申します。宜しくお願い致します。

島田魁は、巨体で力もあり、優しい反面すごく誠実で武士道精神を絵にかいたような信念の人だったようですね。元屯所の西本願寺の警備をしその場所で一生を終わる。新選組での
5年間・函館戦争終結の1年余が、激動の世で彼の生きていることを実感した時だったのではと想像します。そして残りは人生は余生と達観したのでは?

こんな無骨な生き方しか出来なかったけれど、そこが彼の魅力ではと思うのですが。

はじめまして

早々さん、はじめまして。
ようこそいらっしゃいました^^

はた目には不器用な生き方にも思いますが、
魁さんの性格さゆえの生き方だったのかもしれません。
でも、早々さんのおっしゃるとおり
そこが彼の魅力でもありますよね。
魁さん、やっぱり好きな隊士のひとりです^^

早々さん、またよかったら遊びに来て下さいね。
これからよろしくお願いします。

島田さん甘党なんですか・・・・。

島田さんって甘党だったなんて知りませんでした。私も甘いケーキとか好きですが鍋一杯分食えるとは本当強者ですね!(^○^)
「気は優しくて力持ち」彼にびったりな性格だと思います。
後、彼の副長の戒名を肌身離さず身につけていたことや副長の命令を忠実に実行したことや新選組の思い・・・・島田さんはそれほど副長や新選組が大好きだったと思います!
私も彼は幹部の中では忘れることのできない隊士の一人だと思いますし新選組の中では沖田さんや市村君と同じくらい好きですね!(^○^)

はい、そうです♪

勇春さん ダブルコメントありがとうございます。

甘党は半端じゃなかったみたいですよ^^;
なんでも剣術道場を開いていたとき門弟たちと賭けをして、
勝つと汁粉をおごらせたそうです。
しかもその賭け、いつも魁さんが勝ってたらしいですから、
ちゃっかりしてるというか…
魁さんの思いがけない一面ですね。

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