甲陽鎮撫隊、集結の地

  • 2009/06/29(月) 10:43:41

多摩の史跡案内  〜その27〜

          多賀神社 〜甲陽鎮撫隊、集結の地〜



八王子市役所近くにある多賀神社は、

八王子市街の西の鎮守さまです




「西の総社」ともいわれ、夏に開かれる

『八王子まつり』
のご祭神の1社です。(東は八幡八雲神社)

過去記事 ⇒ 八王子まつり





939(天慶元)年、武蔵介源義経基が、

いざなぎのみこと、いざなみのみことを祀り、

この地の繁栄を祈ったのが始まりとされています。





また1260(文応元)年には、

北条時頼が諸国巡行でこの地を訪れた際、病にかかり

社殿に古鏡を奉納し祈願したところ、

すぐさま治癒したので、そのお礼にと

社領七反歩を寄進し祈願所にしたともいわれています。





多賀神社
多賀神社 posted by (C)ルンちゃん



そんな由緒あるこの多賀神社には、

『1868(慶応4)年、甲陽鎮撫隊が

 甲州勝沼で敗退したとき、隊士たちが

 この八王子まで逃げのびこの地に集結した 』


という古老の言い伝えがあるそうです





勝沼戦で板垣退助率いる東山道先鋒軍に惨敗した

甲陽鎮撫隊は、笹子峠を抜けこの八王子に戻ってきました。





彼らは一旦この地に集まり、

再起を図るべくひとまず江戸に引き上げようと、

再び江戸へと向かったそうです。





また、この神社は八王子千人同心

信仰厚い神社でもありました。





1866年の第2次長州征伐の際、

大阪に赴いた将軍のお供として、

大阪に滞陣した八王子千人同心たち。





その組頭の神宮寺金一郎と川村豊左衛門、

そして塩野幸七郎の3人が、大坂の額細工司、

豊田左兵衛に扁額作成を依頼し、

この多賀神社に奉納したとのことです。




「多賀宮」と書かれたその扁額は今も現存し、

幕末期における貴重な千人同心関係資料として、

八王子郷土資料館 で大切に保管されています


多賀神社 鳥居
多賀神社 鳥居 posted by (C)ルンちゃん



お祭りでにぎわうこの神社も、

今の時期は人影はなく、ひっそり静まりかえった様子。





神社の境内には、『八王子まつり』に繰り出される

千貫神輿(せんがんみこし)や氏子各町会の山車が、

出番が来るまで大切に、格納庫に保管されています。


多賀神社鳥居と洋灯
多賀神社鳥居と洋灯 posted by (C)ルンちゃん
入口には鳥居と、なぜか洋風の灯りが^^;
なんとなく不思議な光景でした


多賀神社
八王子市元本郷町4−9−21

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この記事に対するコメント

多賀神社・・・・!

多賀神社は、いろいろな歴史の神社なんですね。
甲陽鎮部隊や八王子千人とゆかりとは行きたくなりました〜!(^○^)

多賀神社

勇春さん こんばんは^^

多賀神社へは私も初めて行ったのですが、
思ったよりも敷地が広く、これなら隊士たちも集まれたろうと思える場所です。
たぶん幕末の時はもっと広かったのではないでしょうか。

八王子まつりは大きいお祭りです。
機会があったら、そちらも訪れると面白いですよ^^

はじめまして。

気に入ったので、最初から記事を拝見させて頂いてましたが、多賀神社と書いてあったのでコメントをさせて頂きます。
多賀神社は我が家から徒歩三分、毎年初詣をさせて頂いている、見慣れた神社です。
しかし、多賀神社にそんな歴史があったとは…知りませんでした。
なんか、イメージ変わりそうですwww

はじめまして

ツルツルさん、はじめまして。
ようこそおいで下さいました^^

最初から読んで頂いたそうで、
どうもありがとうございます。
とても嬉しいです^^

多賀神社のお近くにお住まいなんですね。
私もこの記事を書くにあたり、
いろいろな発見がありました。
とても雰囲気の良い場所でしたので、
また立ち寄ってみたいと思っています。

どうぞまたブログにも遊びにきて下さいね。
これからもよろしくお願いします。

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