浦賀での奇遇な出来事

  • 2010/06/02(水) 19:56:58

沖田総司の命日でもあった先日の日曜日、

1年半ぶりに浦賀に行ってきました





今回は三浦半島・鎌倉道のウォーキングだったのですが、

特に幕末を意識しての訪問というわけでもありません。





でもそこは「浦賀」という土地柄

幕末や中島三郎助さんのことは、やはりはずせませんよね

庚申塔や貝塚などの見学の他に、中島三郎助さんゆかりのものも、

お目にかかることができましたよ。






ちなみに、新選組好き(特に土方さん好き)なあなたなら、

中島三郎助さんのことも、すでにご存知かと思いますけど、

知らない方のために、チョッとだけ説明しておきますね






中島三郎助さんは浦賀奉行所与力だった人で、

ペリーが来航したときに、

応接掛として黒船にも乗り込んでいます。

勝海舟や榎本武揚と共に、長崎の海軍伝習所の一期生として、

海軍士官としての学問や技術を身につけていたこともあり、

日本最初の洋式帆船「鳳凰丸」造船の際には、

主任技師にも任命されています。







勤勉家で、剣術・槍術の他に、

砲術・大筒鋳造・砲台建設の技術取得もされているんですよ。

しかも、天然理心流も修行していました






榎本武揚らが江戸を脱出したとき、

彼も息子ふたりと、腹心の同心らと共に蝦夷へ渡り、

箱館戦争では千代ヶ岡陣屋に立てこもり、

最期まで新政府軍に抵抗し、息子達共々討ち死にします。






新政府軍に最期まで抵抗したところは、土方さんと同じ。

そして俳諧も嗜んでいた(しかも上手い)ので、

きっと土方さんとは気があったはず、と思えてなりません。

私が三郎助さんを好きな理由も、そんなところなんですよね






さて今回見学したのは「大衆帰本塚の碑」です。

これはのどかな湿地帯だったこの地が、

開発によってにぎやかになったので、

ここで無縁仏となった先人達を

1箇所にまとめて供養をしようと

元治元年(1864)9月に建てられた碑です。

大衆帰本塚の碑
大衆帰本塚の碑 posted by (C)ルンちゃん




篆額(てんがく)は国学者の大畑春国のものですが、

文章と文字が中島三郎助さんなんですね。




大衆帰本塚の碑の文面
大衆帰本塚の碑の文面 posted by (C)ルンちゃん



この碑を作ろうとした人々の心がわかる文面になっていて、

それを書いた三郎助さんの気遣いまでもが感じられるのです。







この碑のある場所から徒歩数分に、浦賀文化センターがあります。

ここは郷土資料館みたいな所ですが、2階入口にはこんな看板も

浦賀文化センター
浦賀文化センター posted by (C)ルンちゃん





中島三郎助さん関連の資料として、

肖像画や手紙、刀、書簡など(一部複製)が

展示されています。

中島三郎助資料室
中島三郎助資料室 posted by (C)ルンちゃん





折角来たのだから、三郎助さん関連のコピー資料かなにか

展示室に置いてないかしら?

と思ってキョロキョロ探してみましたがありません。

それで思い切って事務所でお聞きしたところ、

小冊子を頂くことができました。

ありがとうございます






こんな風に、思ってもいなかった

濃厚な三郎助さんとのふれあいを充分堪能することができて、

とても嬉しかったです〜







しかも最後には、

こんな奇遇なことまでありましたよ






渡し船(ぽんぽん船)の船着場に行くと、

その場所で会合していたグループがあったのです。

別の用で声をお掛けしたところ、

なんと「中島三郎助と遊ぶ会」のメンバーさん達でした。






「中島三郎助と遊ぶ会」は地元の方たちが

中島三郎助を顕彰しようと発足した会だそうです。

浦賀ならではの歴史にからんだ試みを行ったり、
     (以前カレーとか作っていました^^)

史跡めぐりなど行っているそうです。







先週の函館「五稜郭祭」にも参加されたそうで、

その時の写真などを見せて頂きました

なんでも毎年参加していらっしゃるとか。

新しく建てられる「箱館奉行所」の話も話題になって、

つかの間でしたが幕末談義で盛り上がりましたよ







今後は観光客に向けての活動も行っていくそうで、

なにやら楽しそうな雰囲気の浦賀です。ますます

浦賀へ足を向ける回数が増えそう







浦賀はそんなに広い地域ではありませんけど、

幕末史跡の宝庫ですよね。

何しろ教科書の幕末史の出発は、ここ浦賀ですからね。
(ペリーの写真が必ず出てくる、あのページ^^;)






見たいところは、まだ沢山あるので、

次回は下調べをしてから訪れたいです。






あなたも幕末に興味があるなら、

一度浦賀を訪ねて、幕末の匂いを

感じてみて下さいね



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この記事に対するコメント

こんばんは。
浦賀、駅は知っているのですが町を散策したことがまだないので、いずれ教えて頂いた名所、訪ねてみたいと思っています。
猿島や戦艦三笠公園と馬堀海岸にある防衛大学校の「開校祭」は何回か行き、横須賀海軍カレーの流れを受け継ぐ(?)学内食堂のカレーライス(時には浮気してカツ丼も)だけはご縁がありました。
京浜急行の電車が終点に近づくにつれて独特の色の土と海の景色が車窓から見えてきて、何とも知れない非日常感が味わえるお気に入りの土地です。
ペリーや歴史の知識がまだない子供の頃に数回行った後、昨年ン十年振りに馬堀海岸を訪ねたら、たたずまいが変わっていないところもまだまだありました。
勢いで浦賀も…!。

浦賀はまだ新選組に興味を持っていなかった頃で、ペリー記念館や、猿島、戦艦三笠公園にいったことがあります。三郎助さんは佐幕派の武士の中でも好きな人物です。改めて浦賀を幕末視線で行って見ようと思います。

大好き浦賀

允@遊撃隊さん、こんばんは^^

戦艦三笠公園辺りは前回行ってみました。
ぽんぽん船のある辺りとは、また雰囲気が違いますよね。

横須賀海軍カレーはまだ食べたことがありません^^;
興味はあるのに、なかなか機会がなくて…
次回は是非食べてみたいです。

幕末目線

早々さん、こんばんは^^

今回、記事には載せませんでしたが、
幕末史跡はまだまだありますよ。
実は「勝海舟断食の井戸」というのも見てきました。
会津にも関係深い所がありますし、
これからも浦賀訪問は続きそうです^^

早々さんも機会があったら、お出かけになってみて下さいね。

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