浅葱色で 新装しました♪

  • 2007/02/03(土) 10:12:48

今日 2月3日は節分です





節分は 季節を分ける(つまり春になる)という意味の他に

旧暦の正月(付近)なので 年を分けるという意味合いもあるそうです。

本当の新年はここからと かのDr.コパもお話していました。




今年のスタートをしくじってしまった方、

これからが本番ですョ! 0(^_^)0





新しいものを使い始めるとよい月だそうなので、←本命星によって違います

ブログのデザインを替えてみました!






とはいうものの 浅葱色を基調に緑系で統一しようと思ったのに

一番上が替えられません


私の今の技術は ここまでです。。。


また勉強してから替えますので、しばらくはこちらでご覧下さい。






さて浅葱色といって ピンッときた方!

あなたは 新選組通です(なんちゃって)






よくテレビで新選組の羽織として出てくるダンダラ羽織。

あの色が浅葱色の羽織といわれるものです。

でもあの色、どちらかといえば「水色」ですよね。





本当の浅葱色って、

ネギの白から緑に変わる際(きわ)の部分の色だそうで、

「わずかに緑色を帯びた薄い青」といいますから

こんな色でしょうか。




浅葱色 ←薄くて見えない





大河ドラマ「新選組!」放映の時、

できるだけ本当の浅葱色の羽織にしようとしたらしいのですけれど、

“テレビ画面に映える色”を考えて 結局あの色に決定したそうです。





浅葱色は昔、赤穂浪士が切腹の際着用した裃の色だそうです。

また田舎侍が羽織の裏地に使用していたとか(それを野暮という)で

あんまり良いイメージではないみたいです。





あんなに綺麗な色なのにね。。。





新選組の彼らはあえてその色を使用したのですけれど

もちろんお手本は赤穂浪士(の精神)なのでしょう。

間違っても野暮じゃありません。





でも その羽織もすぐに使用されなくなったそうです。

  ■遠くから目立ち 敵にわかる

  ■野暮ったい

  ■汚れが目立つ

  ■夏用の羽織だった




こんな理由からでしょうか。





その後は黒羅紗の筒袖装束となったそうですが、

それはいつまで続いたのか。。。





メディアの影響大で

やはり新選組というと「浅葱色の羽織」

のイメージが強いです。





ということで 新装開店です。←強引な話の展開!


私が浅葱色を使用する理由は

野暮でも赤穂浪士の手本でもなく

綺麗だからです。


お間違えなく

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この記事に対するコメント

浅葱色大好き

私も好きです。で、名前も浅葱(笑)
ちょうどいま彼らがなぜあの隊服を着なくなったかという小説をup中なので、TBさせていただきますね。差し障りがございましたら、ご一報くだされませ。
新バージョン、とても素敵です。春♪ですね。

いらっしゃいませ♪

新装開店早々 ようこそ(笑)

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みなさまのコメントお待ちしています(^_^)

たしか

初めてこっちにコメントです。 あのダンダラ羽織 着用の仕方は通常テレビ等でやっているのは間違いと…実際の戦闘ではあの羽織は邪魔な存在 よくテレビ等で羽織の紐を前でクロスさせているけどあれは間違い 実際は直ぐに脱げるように前の紐はクロスさせてなかった と某サークルの研究でありました。実際はどうなんでしょう?

こんにちは。

羽織の紐の結び方ですね。私も疑問に思ったことがあります。
着物の着付け教室に通っていたことがありますが、あんな結び方は教わらなかったですョ。
でも実際羽織を着てみると、前で紐結んだままで腕を上げると結構羽織が邪魔なのですよね。そうするとあんなつけ方もありかな…とも思ってしまいます。
そういえばどこかの史料で「ダンダラ羽織を着た新選組の絵」がありましたよね。今度見てみますね。

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