大内宿にて

  • 2013/09/01(日) 00:05:28

会津旅行 2日目(その2)



湯野上温泉駅からバスに乗って大内宿へ。

湯野上温泉駅近くでは川の奇石を上から眺めたり、

山に入っていく道では景色を眺めたりして、

バスの中楽しみました

大内宿へ
大内宿へ posted by (C)ルンちゃん

夫婦岩
夫婦岩 posted by (C)ルンちゃん



そして大内宿到着!

通りから宿場に至る道に入っていきます。

すると視界に見えたのはこんな光景



歩き目線
歩き目線 posted by (C)ルンちゃん



土方歳三さんが通った道と思うだけで

嬉しくなりますね〜

この風景を土方さんも見たのかな?

でも、こんなに人は多くなかったと思うのですけど。





大内宿は会津若松駅周辺よりも山間部にあるので、

多少気温が低いそうですよ。でもこの日の気温はかなり高かったので、

低いといっても、あまり涼しく感じませんでした。

(市街地が32℃、大内宿が30℃くらい?




ひゃっこい!!
ひゃっこい!! posted by (C)ルンちゃん



でも水は別!! これはかなり冷たいですよ。

宿場内では、こうして用水路の水でラムネを冷やしています。

ずっと手を入れていると手が痛くなるくらい。

でも気持ちいい





大内宿といえば、よく見る光景がありますよね。

あの眺めのいい場所に、誰でも行くことができます。

大内宿の一番奥、小高い山の中腹です。

でもそのためには、この階段を上っていかないと…


展望の良い場所へ
展望の良い場所へ posted by (C)ルンちゃん



かなり急ですよ。でも、普段高尾山で鍛えている足ですし、

「見たい!」という思いの方が優先していたので、

あっという間に登りました。そしてあの景色とご対面!!

「おお、これぞ大内宿!」っていう感じですね!


階段の先には…
階段の先には… posted by (C)ルンちゃん
この手前の藁葺き屋根が、昼食に入った「浅沼食堂」です^^




大内宿です^^
大内宿です^^ posted by (C)ルンちゃん




この風景をしっかり満喫して、山を下ります。

その後は昼食をいただきました。今回入ったお店は「浅沼食堂」さん。

ちょうど一望の風景を眺めた際、眼下に見たお店ですよ。



浅沼食堂
浅沼食堂 posted by (C)ルンちゃん

浅沼食堂入口
浅沼食堂入口 posted by (C)ルンちゃん

浅沼食堂さんは大内宿の一番奥、しかも高台にあるので、

お店の中から宿場が一望できるのです。

裏山から吹いてくる風がとっても涼しくて、

席によってはその風を顔に受けることができて、

すごく気持いいのです。





私は幸運にもその席だったので、

お蕎麦を待っている間、涼んでいられました




さてその蕎麦なんですけど、

大内宿には変わったお蕎麦があるのです。

う〜ん チョッと表現が違うかな。

蕎麦が違うというより、食べ方が違うといった方が

いいかもしれませんね。





お箸の替わりに長ネギ1本が付いてきて、

これを箸代わりにして蕎麦を食べるんですよ。

これが「ねぎそば」です。



大内宿名物の蕎麦
大内宿名物の蕎麦 posted by (C)ルンちゃん




基本は「高遠そば」というもので、

それは「からつゆ」と呼ばれる焼きみそと

辛味大根を合わせた汁で食べるというものだそうですよ。




でも今では、それぞれのお店で工夫され、

いろいろな味が楽しめるようです。




ちなみに「高遠そば」の名は、高遠藩に由来します。

江戸時代初期に保科家が高遠から会津に移った際に、

この蕎麦文化も会津に持ち込まれたんですね





ただ「ネギを箸代わりにして食べる」というのは、

大内宿にある「三澤屋」さんのご主人が考案されたもので、

そんなに古いものではないようです。





ネギ一本で蕎麦を食べるのは、なかなか難しいです

ネギは薬味でもあるので、少しずつかじりながら

蕎麦をいただきます。





それだけだと辛いので、イワナの塩焼きも注文しましたよ。

これが骨まで丸ごと食べられるようになっていて、

とても美味しかったです





さあ、お腹がいっぱいになったところで後半です。

ここからは会津戦争のお話。






大内宿というと、ルンちゃんなんかは

「宇都宮で負傷した土方さんが、

 今市からこの大内宿経由で会津入りした」

というくらいの認識しかなかったのですが、

この大内宿にも戦争の影響は多々あったそうです。





母成峠が破られて、会津藩が戦線を縮小せざるを得なかった時、

この大内宿が南方口の防備の拠点となりました。

そのため幾度か、この場所で新政府軍と会津藩との

攻防戦が繰り広げられたようです。

あの佐川官兵衛もゲリラ戦でやって来ているそうです。





占拠者が変わる度に、大内宿の村人達は彼らに

従わざるを得ませんでした。

時には戦火に巻き込まれそうになりますが、

なんとか村人達の力でくい止めたそうです。





こちら阿部家では、当時の大砲の弾が展示されています。

ここは当時、名主だった家です。

阿部家看板
阿部家看板 posted by (C)ルンちゃん

阿部家
阿部家 posted by (C)ルンちゃん



本陣がなかった時期に、

この阿部家が本陣として使用されたそうです。

こちらの家屋は欄間がチョッと変わっていて、

立てた矢を並べて模様にしてあるんですよ。

こんなの見たのは初めてです





阿部屋の室内
阿部屋の室内 posted by (C)ルンちゃん


こちらは、阿部家に置かれている四斤砲の弾です。

戊辰戦争時の大砲の弾
戊辰戦争時の大砲の弾 posted by (C)ルンちゃん


添え書きによれば、

大内沼(現・大内ダム)で実際に会津藩と西軍とが

戦った際に使用された大砲の弾とのことです。

敵方を「西軍」と呼ぶところが、会津らしいですよね。






他の家にも会津戦争の名残りがあるようです。

今回は資料不足と時間不足とで、

戦争関連を見学したのはこのくらいです。

帰宅してから調べてみたら他にもあるみたいでしたので、

また機会を見つけて訪れたいです。






宿場内では、それぞれのお店が

郷土にちなんだお土産を売っていますよ。

ちりめんのお人形とか印象に残っています。






また食べるものも沢山あって、

美味しそうなものを見つけて、ほおばってしまいました。

山葡萄アイス
山葡萄アイス posted by (C)ルンちゃん




大内宿内は宿場町なので、そんなに長い距離でもありません。

こういう風景に興味がないと、すぐ飽きてしまい

すぐに帰ってしまう人もあるようです。





私も最初自分は「すぐ帰る派かな?」って思いましたが、

そんなことはありませんでしたね

お店も一軒ずつ時間を掛けて見ないと、気が済まないみたいです。

ですから、また絶対に大内宿を訪れたいです

大内宿本陣
大内宿本陣 posted by (C)ルンちゃん

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