迷惑な入隊志願者

  • 2013/10/07(月) 00:09:08

すごく久しぶりですが、

新選組版・今日は何の日です





これは、新選組局長・近藤勇が京を離れ、

江戸に戻っている頃のことです。





近藤が江戸に戻っていたのは、

将軍上洛を要請する建白書の提出と、

東国出身の新しい隊士を募集するという目的からでした。





でもそれとは入れ違いに、

土方歳三が留守を預かる京都の新選組に、

2人の若者が多摩から訪ねてきたのです。





それは1864(元治元)年、10月7日のことです。
    (西暦に換算すると11月 6日)






その2人とは、

松本延三郎の息子・元太郎(松木村の元太郎とも)と、

小林重太郎で、どちらも近藤勇の門人だと名乗ります。






土方が2人を見て苦い顔をした理由は、

入隊希望と言いながら、刀も差していない容姿だったことと、

近藤・土方を、気安く呼び捨てにしていたからです。






同年の6月、新選組は池田屋に討ち入り、

多くの不逞浪士を殺傷・捕縛しました。

また7月の「禁門の変」でも、幕府の一部隊として参戦しています。

今や「新選組」の名は、天下に知れ渡っていたのです。





泣く子も黙る新選組の局長に、こんな知り合いがいることは、

体裁が悪いばかりではなく、隊の面目も立ちません。





どうしたものかと途方にくれたようですけど、

たぶん、早々に2人には多摩へ帰ってもらったことでしょう





そして「二度と、このようなことがないようにしてもらいたい」と

念を押すように、江戸にいる近藤勇と、

日野の名主で義兄でもある佐藤彦五郎宛へ

手紙を書いたのでした。


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