新選組売ってます

  • 2013/09/20(金) 00:25:36



ドライブしたとき、私が必ず立ち寄るのが「道の駅」です

ご当地の物が取り揃えてあって、見るだけでも楽しいですからねっ。

今は「道の駅」も、いろんな場所でお目にかかるようになりました。





もちろん、多摩地域にだってあるんですよ〜





我が家から一番近い「道の駅」は、八王子市内にある

「道の駅 八王子滝山」
です。

じつはですね〜、一番近い場所なのに

行ったことがなかったのですよ〜






いえいえ、行こうと何度も試みてはいたのですが、

人気のスポットなのか、いつも駐車場が混んでいて、

そのたびに「また今度でいいか」なんて素通りしているうちに

年月が経ってしまったのです





それで、「この夏には絶対行こう!」と思って、

先日やっと念願かなって入ることができたのです。

「道の駅 八王子滝山」デビューですよ



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ここが「道の駅 八王子滝山」です
道路の向かい側に中華料理店があって、
そこはよく行っていました。でもこちらは初めてですよ




駐車場に車を置いて、最初に目に入ったのは

観光案内の看板でした。これを見ると、

八王子も観光名所があるもんですね

観光地に来た感じがして、なんとなく心ウキウキ



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高尾山だ!陣馬山だ! 山ばっかし^^;





屋内に入ってから見たのは、お野菜の即売場です。

八王子で採れたナスやニンジン、ブルーベリーなど、

いろいろなものが置いてありますね。

丸ナスなんか珍しい! とても美味しそうだったので、

しっかり買いましたよ





少し奥にはお菓子類。

最中やおせんべいなどいろいろあります。

中でも「高尾ポテト」というのが八王子では有名で、

皮付きのスイートポテトなんですけど、美味しいですよ。






そして新選組ファンとして見逃せないのは、こちらですね

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清酒 新選組。
多摩地方で有名な新選組のお酒といえば、これです。
昔は「歳三忌」でもお清め(?)で飲んでました。






「新選組」のお酒が、ここにはあるんですよ。

以前にもご紹介した小澤酒造さんの「新選組」です。

ルンちゃんの好きなお酒でもあるんですよね。

(どちらかといえば甘口タイプ





ビンのほかに、ワンカップもありますよ。

チョッとしたお土産にするなら、ワンカップですし、

ご贈答なら一升瓶かな。

もちろん自分で飲んでもいいし





最近では近所で見かけなくなったので、

必要な時には、こちらで買おうと思います。




お店の一番奥には、イートインがありますよ。

八王子の牧場で取れる牛乳が飲めますし、

刻み玉ねぎがトッピングされた「八王子ラーメン」が食べられます。





「八王子ラーメン」はルンちゃんも大好き。

細めんのしょうゆラーメンがお好きならば、

ぜひ、食べて欲しい一品です




「車で史跡めぐり」っていうわけには

なかなか いかないかもしれませんが、

新選組の史跡めぐりのついでに こちらへ

立ち寄ってみるのもいいかもしれません。





ちなみに車でなら、天然理心流初代・近藤内蔵助先生、

二代・近藤三助先生のお墓も近いですし、少し足を運べば、

中島登さんの誕生の地も、そう遠くはないですよ。

機会があったら、おいで下さいね




ルンちゃんも、新選組仲間と一緒に

車で新選組の史跡巡りをすることがあったら、

みんなをここに連れてこようと思っています。


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ガルトネル事件

  • 2013/09/16(月) 23:27:12


あまり知られていないのですが、幕末から明治にかけて、

箱館では、ある出来事がありました。





それは「ガルトネル事件」 と呼ばれるものです





そもそもの発端は、江戸幕府がまだ存在していた頃に遡ります。

当時の箱館奉行・杉浦兵庫頭は、この箱館に

本格的な西洋式の農場を作りたいと考えました。

そこで箱館に駐在するプロイセン(ドイツ)の副領事の

ガルトネルに話を持ちかけるのです。





それはうまい具合に進み、

ガルトネルの兄が箱館近郊の土地の開拓の許可を得て、

その事業に着手することとなりました。





ところがその刹那、江戸幕府が瓦解してしまいます。

話は一度白紙に戻りますが、ガルトネル兄弟は

新政府が設けた箱館府に、改めて許可を得ることにしました。





許可を得たガルトネル兄弟は事業を始め(主に兄による)、

母国から取り寄せた苗木を植え、育て始めるのです。

しかしその開拓の途中、今度は旧幕府軍(榎本武揚ら)がやって来たのです。





旧幕府軍によって占拠された箱館。

ガルトネル兄弟は、あらためて旧幕府軍と交渉したのですよね。





…こうして利権者が次々と変わり、

最終的に箱館戦争が終わったときには、

話は伝言ゲーム(?)のような状態になり、

日本としては、ある困った事態が起こっていたんですよ





そのため新政府(明治政府)は、この事件で

後に多大な損害をこうむることになるのです。





もっとも永い目でみれば、これくらいの損害で済んで

よかったといえるかもしれません。もしかしたら、今頃

日本地図が変わっていたかもしれないくらいの話なんですから





この話を私が知ったとき、「本当の話かな?」

なんて半信半疑でもありました。だってこんな大変な事件なら、

もう少し世間に知られていてもいいはずですからね。





でも実際に箱館で被害を受けた人々もいたようですし、

現在の函館には「ガルトネル・ブナ保護林」という名なども

残っているのですから、やはり事実だったんでしょうね。

今度函館に行くときには、私もこれらの場所に足を運んでみたいです





ところで、この「ガルトネル事件」なんですけど、

この事件を題材にした小説というものが、巷に出回っているんですよ。

しかもそこには、土方歳三も登場しているんですよね





箱館売ります(上)(下) [ 富樫倫太郎 ]




中公文庫の本ですよ

副題は 〜土方歳三 蝦夷血風録〜 です。

といっても、彼が主人公というわけでもありません。

登場も上巻の後半からなので、最初から彼の活躍を期待していると

物足りなく感じるかもしれませんけど…





その土方歳三が、ガルトネル事件に関わってくるのですよ

どう関わってくるかは小説を読んだときのお楽しみとしますけど、

下巻で土方歳三の活躍する場面が味わえます。





著者の富樫倫太郎氏は、

箱館戦争についてもよくご存知のようですね。





箱館戦争について詳しい人なら知っている

斎藤順三郎(実在の新政府秘密工作員)という人物と、

土方歳三とを絡ませていたところは、「へー、そうくるんだ」

っていう感じで、楽しませていただきましたよ。





もちろんこれは小説(フィクション)なので、

全部が真実というわけではありません。それでも、

ガルトネル事件がどんなものだったのかは、

この本でよくわかるので、興味があるようでしたら

読んでみて下さいね。





ちなみに富樫倫太郎氏には、

函館戦争(=土方歳三)を描いた作品が、三部あるんですよ。

そのうちの1作が、この「箱館売ります」なんですが、

他の2作も面白い物語なので、またの機会にお話したいと思います

  
箱館売ります(上)  (下) [ 富樫倫太郎 ]
上巻の方の表紙は、たぶん土方さんです^^



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会津にも川床があるんです (^ー^)

  • 2013/09/13(金) 00:51:53

会津旅行、おまけのお話…




一応、史跡めぐりの話は終わったのですが、

もうひとつお話がしたくて、記事アップしました。

お付き合いいただけると嬉しいです





旅行といえばもちろん、史跡めぐりがメインなんですけど、

それと共に、やはり食べることも楽しみなんですよね。

今回の会津旅行でも、ぜったい食べたいと思っていた物があるんです。





それは 「こづゆ」です





「こづゆ」は会津の郷土料理のひとつで、

会津地方では、お祝いの膳にのせられます。

大河ドラマ「八重の桜」の中でも

こづゆを食べるシーンが何度か出てきましたよね。






私も以前、会津で食べたことがあって、

そのせいか、とても懐かしい食べ物でもあるんですよね。

Kちゃんも気持は同じで、今回の旅でも

「ぜったいに食べたいな」と思い、ふたり相談して

3日間のうち1回は、郷土料理を食べようと決めていました。





それで立ち寄ったのが、こちらなんですよ。

渋川問屋
渋川問屋 posted by (C)ルンちゃん

「渋川問屋」さん

名前を見ると「何屋さんだろう?」なんて思いますよね。

もともとは海産物問屋だったそうですけど、今は

郷土料理を食べさせてくれるお店ですよ。





建築物は明治時代や大正時代のもので、

建物の中には蔵を改造した部屋などもあります。





ちなみに渋川問屋さんには別館もあって、

そちらは宿泊施設だそうです。和洋折衷の不思議な空間。

大人の隠れ家のような洒落た風合いで、

いつもとは違った感覚を味わえそうな場所ですよ。





載せた写真は昼間の渋川問屋さんですが、

お食事に再度訪れたのは、夜7時頃でした。





電話で予約してから訪問しましたが、

入口ではお店の方が、にっこり出迎えて下さいましたよ。

中には数組のお客様がいらっしゃいましたが、

私達がお料理を待っている頃にはお帰りになり、

つかの間、貸切状態〜。(すぐに次のお客様がみえましたが)

渋川問屋
渋川問屋 posted by (C)ルンちゃん
こういう風景が大好き^^
自分の家のようにくつろげます





食前酒などいただき、その日の旅の話をしているうちに

やってきましたよ〜、こ・づ・ゆ!

こづゆ!!
こづゆ!! posted by (C)ルンちゃん
右側の汁ものが、こづゆです^^




「まめふ」がのっているのが特徴ですね。

さっそく一口いただいてみます。





美味しい〜 とっても優しいお味です。

お吸い物という感じですが、貝柱でダシを取っているので、

しっかりとした味なんですよね。

それに具沢山なのが嬉しいですね。






他にも長いお皿の右側には、「ニシンの山椒漬け」もありました。

こちらも会津の郷土料理なんですよ。

この後メインディッシュ(牛肉)とデザートをいただき、

満足いたしました






そしてもうひとつ!

今回の会津旅行で特筆すべきは、

会津で川床体験ができたことなんです

会津の川床
会津の川床 posted by (C)ルンちゃん


東山温泉にあるホテル「原瀧」には、

野外キッチン「川どこ」があるのです。

泊まる場所を探しているときに見つけて、

Kちゃんと即決で2日目の宿にしました





川のせせらぎが席の両方から聞こえてきて、

とても和む空間です。しかも真夏だというのに、

ここだけ暑さはあまり感じられず、

その分のんびりできるんですよね。




原瀧のお料理
原瀧のお料理 posted by (C)ルンちゃん
こちらは前菜^^



お料理もいくつかのコースがあって、

注文すれば、あとは次々とお料理が運ばれます。

それがホント品数豊富で、もう最後の方はお腹がいっぱい!!



朴葉焼きまで(^0^)
朴葉焼きまで(^0^) posted by (C)ルンちゃん
何度目かに運ばれてきたのは、
こちらの朴葉味噌の乗ったお肉。
この後も鮎の塩焼きやら、ちまきやら登場しました^^



食前酒&食中酒も手伝って、ふたりニコニコしながら

次々やってくるお料理を頬ばりました。

その後も幸せな時を過ごしたのはいうまでもありません。





翌日の「原瀧」での朝食はバイキングでしたけど、

なんと「こづゆ」も出たのです

会津旅行最後の日に、再びこづゆを味わえたのは

嬉しかったですね。






こうして、食の面でも

楽しい思い出が沢山できた会津旅行ですが、

まだまだ行きたかった場所があります。





今回の記事を編集していて、「会津へ行きたい」

という気持が残っていることを再認識しました。

ですから、できるだけ早く訪問できるようにと

またいろいろ調べてみようと思っています


(会津旅行のお話は、これで完全に終わりです

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会津戦争の傷跡

  • 2013/09/11(水) 01:04:03

会津旅行 3日目(その3)


次に向かったのは御薬園です。

これが、この旅最後の見学地ですよ





御薬園には、個人的にチョッと思い入れがあります。

じつは御薬園は、私が生まれて初めて会津を訪れた時に、

立ち寄ろうとした場所でした。






でも訪問したのが真冬の大雪の時で、

もちろん雪のために園は開いておらず、入ることができなかったのです。

その後も会津に訪れる機会はありながらも、訪問を逃してしまい

今まで来ることができずにいました。






ですから思い入れもひとしおで、

今回はできることなら訪問したいと思っていたのです。

それが念願叶い、訪れることができたんですよね





そんな御薬園は、室町時代にこの地に霊泉が湧き出し、

そこに別荘を建てたのが始まりといわれています。

ただし、しばらくは戦乱のためにそのままにされていたようです。

会津藩の藩祖・保科正之の時代になって、霊地を見直し、

庭園を整備、そして保養所として用いるようになりました。






「御薬園」の名の由来は、

会津藩主・2代保科正経が貧民を疫病から救い、

病気の予防や治療などを施したいと考え、

この地に薬草を栽培したのが始まりといわれています。





3代松平正容(まさかた)の時、朝鮮人参の栽培に成功し、

作付けを広く奨励したことから、

「御薬園」と呼ばれるようになったそうです。






約400種類の薬草が植えられているそうですが、

もちろん、こちらもありましたよ。

御薬園といえば…
御薬園といえば… posted by (C)ルンちゃん


これが朝鮮人参です。オタネニンジンともいいますね。

今回初めて実の部分を見ましたけど、葉も実も

「ニンジン」とはだいぶ違いますよね。





それもそのはず、野菜のニンジンはせり科の植物ですけど、

朝鮮人参は、ウコギ科の多年草だそうですよ。

ですから全く別の種類です。





といっても、薬として使用する根を見ても、

たぶん私には判別できないでしょうけどね〜





この御薬園は、会津戦争の際には、

西軍の病傷者の治療所になっていたそうです。

そのせいか、こんなものまでありました。


御薬園の刀傷
御薬園の刀傷 posted by (C)ルンちゃん



御茶屋御殿にある刀傷です。「戦争時の刀傷」とだけあり、

誰がやったとはありませんけど、きっと西軍がつけたものですよね。






「刀傷」といえば、京都の角屋にある

「新選組がつけた刀傷」が有名ですよね。

あんなことするのは新選組くらいにしか思われていませんが、

西軍だってやっていたというわけですよ



御茶屋御殿
御茶屋御殿 posted by (C)ルンちゃん


刀傷は、こちら御茶屋御殿の中にありますよ。

この御殿内では、冷たいお抹茶と

手作り胡麻羊羹がいただけますよ(有料)。

お庭の池を見ながらいただくお茶は美味しかったですね。




お茶をいただいた後には、こちらを見学しました

御薬園にて
御薬園にて posted by (C)ルンちゃん



こちらは、楽寿亭です。

江戸時代中期の数奇屋風建築で、

細い柱と藁葺き屋根が特徴です。こちらは

大河ドラマ「八重の桜」にも登場しましたよね。覚えていますか?






たしか、容保様が足元の紅葉を拾い、

照姫様に手渡しするシーンでしたよね。

ここを訪れたとき、そのシーンが思い浮かんできて、

なんとなく、ほのぼのした気分を味わいましたよ





でもじつはこちらにも、刀傷があるんですよね!

これも刀傷
これも刀傷 posted by (C)ルンちゃん



前写真の場所からですと裏にあたりますが、

こんなにくっきりと残っています。

明治になって、一時期容保様と家族らが、

こちらに住まわれたこともあったそうです。

そのとき、これらの刀傷を見てどう思われたでしょうね?





他に重陽閣と呼ばれる建物も、敷地内にあります。

そちらでも、お茶がいただけるようですが、

今回は外観だけ見学し、次回訪問のお楽しみとしました。






園のおみやげ売り場では、20種類以上の薬草茶が置かれていて、

そのうち3〜4種類のお茶が試飲出来るようになっています。

この日は冷たいお茶が置かれていて、サッパリした飲み応えは

熱い体にとても心地よかったです





このお店で、朝鮮人参を購入しました。

中身はもちろん会津産。これをお茶や

てんぷら(かき揚)にしていただくそうです。

otane
ルンちゃんの買った朝鮮人参。
すごく高価かと思ったけど、
そうでもありませんでした。
おみやげとしてはちょうど良い価格では^^




昔はとても高価なものだったといわれますよね。

朝鮮人参ていうと「病気になって寝たきりの、おっかさん

(又は、おとっつあん)にせめて飲ませてあげたい(涙)」

なんていうドラマのシーンが思い出されるのは、

時代劇の見過ぎでしょうか、やっぱり





こうして、2013年夏の会津旅行が終了しましたが、

今回は本当に暑かったです

この旅行を思い出そうとすると、

炎天下でじっとしていた感覚が蘇ってきますからね。






でも「絶対見るぞ!」と思っていたものが見られたので

それなりに満足しています。

まだまだ見たいものは沢山あるので、また

機会を見つけて訪問したいと思います。


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  • 2013/09/08(日) 23:40:18

会津旅行 3日目(その2)


前回の続きです。

「お秀茶屋」を出た私たちは、

うまいタイミングでやってきたバスに乗り、

次の目的地へ向かいました





バス停だと1個だけの移動なんですけど、炎天下なので

この乗り物移動は、とてもありがたかったです。





そして到着したのがこちら。

松平家墓所
松平家墓所 posted by (C)ルンちゃん


松平家御廟(ごびょう)です。

会津藩主の御廟で、こちらに2代・正経様から、

9代・容保様、照姫様のお墓があります。


道しるべ
道しるべ posted by (C)ルンちゃん

御廟の看板
御廟の看板 posted by (C)ルンちゃん
容保様の墓所は看板で見ると左上あたりです。
現在地から直線コースなら近いけど、
ちょうど迂回する感じなので、一番遠い^^;




入口近くの看板を見て、墓所への坂道を見上げてみると、

行く先はなんとなく、うっそうと茂った森のように感じられました。





「なんだか クマでも出そうな場所だよね」

なんて、Kちゃんと冗談めかして話していたところ、

あっ看板!


クマ出没注意!
クマ出没注意! posted by (C)ルンちゃん
いたるところにこの看板があります。
ちなみにこの写真は、もっと上にある
容保様の墓所近くのです




やっぱり出るんだ〜、クマが! 





じつはルンちゃん、波長が合うのか、

彼ら(野生動物)とよく遭遇するんですよね。

過去には、野ウサギ・リス・ライチョウ・エゾシカなどがありました。

(ここまではカワイイけど^^;)





甲州街道(甲府)で、突如 畑に現れた野生のサルの群れは怖かった〜。

群れまで3メートル位しか離れていなくて、ボスがそれとなく

こちらを見ていましたっけ

最近では家の近所で、ハクビシンと出会っています。





函館旅行に行ったとき、二股の戦場(山の上)にも足を運びたかったけど、

クマに会いそうな気がしたので、行かなかったくらいです。

ですからこの看板を見たときも、「まずいな〜」と思いましたよ。

ぜったい、クマには会いたくない…





しかもクマが出るなんて思ってもいないので、

音の出るもの、鈴もラジオも準備していないし。

「鈴だけでも持ってくればよかった」なんて後悔したほどです。





でもそのとき「じゃあ、引き返そう」という話にはならず。

こんな炎天下だからクマも歩いていない(かな?)なんて思いつつ、

カバンから飲みかけのペットボトルを取り出し叩きます。

こうして、なんでもいいから音を立て、周囲を気にしながら

緊張しながらもふたり登って行きましたよ。





しばらく歩くと、とても幻想的な広場に到着。

ここには歴代藩主の碑が立てられています。

歴代藩主の墓
歴代藩主の墓 posted by (C)ルンちゃん
亀趺(きふ)のある石碑
亀趺の顔は、すべて藩主のお墓の方を向いています




それぞれ、大きな亀の背に石碑が乗せられています。

この形を以前にもどこかで見たことがありました。

「この亀、何だっけ?」と思いましたが、その時は思い出せず





でも、その後もずーっと気になったので、後日ですが

帰宅してから調べてみましたよ。





この亀の像は、亀趺(キフ)と呼ばれるものだそうです。

「亀の台」というような意味みたいですが…

もとは中国の貴族階級の風習だったものが、江戸時代以降

日本にも伝わってきて、各地に建てられたようです。





この亀趺にある亀は、じつはカメではなく、中国の伝説にある

「贔屓(ひいき)」という霊獣だそうです。

龍が生んだ9頭の子のうち龍になれなかった1個体で、

「重きを負うことを好む(霊獣)」といわれるゆえに、

石碑などを背に乗せた像が作られるようになりました。





ちなみに、この「贔屓」は、あの

「○○さんは、いつも課長に贔屓されてる」

などと使われる「贔屓」で、この霊獣の名前が語源だそうですよ。





本来は「一生懸命努力して力を出す様子」を意味したようですが、

いつのまにか「特別に便宜を図ったり、力添えをしたりすること」という意味に

変わってしまったのですって。  どこをどうすれば、

こんな風に変わってしまうのかは、よくわかりませんけどね





そんなわけで、チョッと脱線してしまいましたが、

亀趺についてのモヤモヤがすっきりしたところで、話の続きです。





亀趺は、その人の高徳や功績を刻む碑が上に乗せられることが多く、

時には墓石自体が乗せられていることもあります。

私が初めて見たのは島根県の松江でしたが、

そのときは墓石が乗っていました。(だから覚えていた^^)





こちら会津では、各藩主の碑が乗せられていますよ。

墓石はこの右手にある高台の方に、それぞれ置かれています。

今回はそちらへは行かずに (クマが出るかもなので^^;)

目的だった容保様のお墓の方へ直行します。

松平容保の墓
松平容保の墓 posted by (C)ルンちゃん



こちらが容保様の墓所です。

容保様は亡くなった当時(明治26年=1893年12月5日)は、

新宿の正受院に仮埋葬されましたが、大正6年の

戊辰殉難50年祭の時に、こちらへ改葬されたそうです。

この時、義姉・照姫様も一緒に改葬されました。

照姫様のお墓は、容保様のお隣にある「松平家の墓」の方になります。




容保様の亀趺
容保様の亀趺 posted by (C)ルンちゃん
こちらが容保様の亀趺です




お参りをしていたら、クマならぬ

観光客らしき人達と次々遭遇しました。ここまで来るのは

私達くらいかと思っていましたが、やはり大河ドラマの影響でしょうか。

けっこう見学に来るみたいで、これならクマも出てこられないだろうと

チョッと安心して下山しました。



次回に続く…

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あついぞ、日新館!

  • 2013/09/06(金) 00:49:12

会津旅行 3日目(その1)



会津最終日のお話です

3日目は会津若松駅から少し離れた「日新館」に行きましたよ。

日新館には、私もKちゃんも来たことがなかったので、

この旅行で、ぜひ来てみたかった場所なんです。


日新館の門
日新館の門 posted by (C)ルンちゃん


かつて日新館は、鶴ヶ城の近くにありました。

しかし会津戦争で西軍が城下に侵入してきたとき、

「敵に奪われてしまうよりは」と自分達の手で

藩校を焼いてしまたのです。ですから現在、天文台の高台以外

その場所には、何も残っていません。





こちらの日新館は、当時の様子を再現するため、

会津若松駅から車で15分ほどの、河東町に建てられたものです。

それらの建物は、幕末当時そのままに復元されているそうですよ。






建物の中には白虎隊の少年達の人形もあって、

どのように彼らが過ごしていたのかが、うかがえます。


日新館にて
日新館にて posted by (C)ルンちゃん




水練場
水練場 posted by (C)ルンちゃん




こちらは水練場。「水練水馬池」というのだそうです。

水練といっても、今のようなクロールや平泳ぎで泳ぐというものではなく、

いろいろなワザを修練したようです。





写真で見たのは、お膳を持ちながら立ち泳ぎをして進む

という離れワザでした。

あんな練習までしていたのでしょうか。







また水馬池というくらいですから、

馬に乗っての水練もあったようです。






かつての日新館については、旅行1日目に

その敷地の周囲を歩いてみたので、

およその広さの感覚はつかんでいました。

でもこうして見てみると、やはり広いですね!


日新館全望
日新館全望 posted by (C)ルンちゃん



これは天文台から見た風景ですが、どの建物も立派ですよね。

実際の幕末時も周辺にはお城くらいしか、高い建物はなかったと思うので、

こんな感じの風景だったかも知れませんね





日新館は燃えてしまいましたが、こうして完全復元することができたのは、

図面などの資料が残されていたからだそうです。

今、目にしている学び舎で藩士の子供達はいろいろな学問を学び、

沢山の逸材が旅立ったのですね。熱いぞ会津!

(でも、志半ばで戦争に出た者もいますが…)





天文台を降りて、目に入ったのがこちら。

大砲訓練所
大砲訓練所 posted by (C)ルンちゃん



弓道場のようにも見えたのですが、

囲いの中には何も置かれていなかったので、

なんだろう?と調べてみたら、砲術訓練所でした。

山本覚馬さんも、このような場で、

調練の指導をしていたのでしょうね





敷地内の建物を隅々まで見て回りましたが、

この日もすっごく暑かったです! 

何か冷たいものをと探していたら、

ご当地広告の自動販売機が目に入ってきました。

会津らしい図柄ですね〜。

日新館のご当地自販機
日新館のご当地自販機 posted by (C)ルンちゃん



日新館での見学はとても有意義なものですが、

見学以外にも「起き上がり小法師作り」や「弓道」などの

体験もできますよ。こちらも体験してみると面白いです

(一応、弓道体験もしました^^)




午前中、じっくり日新館を見学した後は、

2日目にも使った「ぐるっとパス」でバスに乗り、

再び会津若松駅へ。





そこから「会津武家屋敷」方面のバスに乗り、

この日の昼食をいただきます。

行った所は「お秀茶屋」です


お秀茶屋入口
お秀茶屋入口 posted by (C)ルンちゃん


お秀茶屋は江戸時代の初期から営業している

老舗の田楽屋さんです。この近くの川原は当時、

会津藩士の処刑場があったそうで、罪人たちは最期の食として

こちらの田楽と清水を口にしたそうです。






田楽焼けてます^^
田楽焼けてます^^ posted by (C)ルンちゃん




炭火でこんがりと焼く田楽の香りが、

いやが上にも食欲をそそります。

なんでも秘伝の味噌をつけて焼くのだとか。




お秀茶屋の田楽
お秀茶屋の田楽 posted by (C)ルンちゃん



これで一人前。

生揚げ・こんにゃくの他に、身欠ニシンやお餅まで入っている!

特にお餅は夏という季節にもかかわらず、ハグハグ食べるのが嬉しくて、

お腹はいっぱいになりながらも、後を引く美味しさでした。

ご馳走さまでした




そうして再び、炎天下に出て行くわけですが、

この後、私達は「緊張の時間」を過ごすことになるのです。

次回に続く…


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土方歳三が入った湯・会津編

  • 2013/09/03(火) 00:43:33

会津旅行 2日目(その3)



会津2日目の宿は東山温泉でした

それで行く予定はなかったのですけど、

ちょうどその場を通ったので、写真を撮りました。

それが、こちらです


東山温泉にて
東山温泉にて posted by (C)ルンちゃん


「不動滝旅館」の壁にある土方さんの絵です。

以前この地に来たときは、

こんな絵はなかったんですけどね

噂で聞いていたけど、かなり大きな絵でびっくり。






宇都宮で負傷した土方歳三は、

今市から大内宿を通って会津に入ります。

そして東山温泉で、傷の療養のため湯治をした

と言われています。





東山温泉は奈良時代に行基という僧が発見したと言われ、

かつて「奥羽三楽郷(のひとつ)」とも呼ばれていた

由緒ある温泉だそうです。

傷にもとてもいいそうで、きっと土方さんも 

人から是非にと奨められて、ここまで来たのでしょう。

注…奥羽三楽郷とは、上山温泉(山形県)、湯野浜温泉(山形県)、
  東山温泉(福島県)の三つのこと。






写真は「東山温泉発祥の源泉跡」の場所でもあり、

使用していないようですが、お湯がたまっています。

ここが「土方歳三が入った」とか言われている場所なんですよね。





とはいっても、

土方歳三が入った場所は確定されているわけではなく、

他にも候補として、向瀧(会津藩が利用した宿)のきつね湯や、

庄助の宿の瀧の湯などもあるようです。






大河ドラマ「新選組!」放送年より前のことだったと思いますが、

一時この場所が「歳三の入った湯」ということで

話題になったことがありました





歳三戦傷湯治の岩風呂看板
歳三戦傷湯治の岩風呂看板 posted by (C)ルンちゃん
この看板の下に跡があります





たしか、その際にこの看板も建てられたと記憶していますが、

同じ頃、私も会津にやって来て、この湯場に

立ち入らせてもらったことがありましたよ。

ただし、当時は「この場所(湯)は入れません」との

説明があって、お湯だけ触らせてもらいましたっけ





でもね、その後の話だと思うのですけど、後で友人から

「水着着用で入ったよ」なんて話を聞きましたね

すごい根性、さすが新選組ファン!





今はそれも行っていないようですけどね。

それに、今は見た目もあまり「入りたい!」

というイメージが湧く場所ではないので(ただのお湯だまりですし^^;)

もう少しイメージを良くしてもらえるといいのに、と思います。





土方さんが入ったといわれている風呂跡
土方さんが入ったといわれている風呂跡 posted by (C)ルンちゃん




もし「土方さんが入ったお湯」だと確定したなら、

「私も入りたい!」って思う方が、また増えるのかもしれません。

その時にはこの場所も、もう少し風情のある様子に

変えてもらえるかもしれませんね


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大内宿にて

  • 2013/09/01(日) 00:05:28

会津旅行 2日目(その2)



湯野上温泉駅からバスに乗って大内宿へ。

湯野上温泉駅近くでは川の奇石を上から眺めたり、

山に入っていく道では景色を眺めたりして、

バスの中楽しみました

大内宿へ
大内宿へ posted by (C)ルンちゃん

夫婦岩
夫婦岩 posted by (C)ルンちゃん



そして大内宿到着!

通りから宿場に至る道に入っていきます。

すると視界に見えたのはこんな光景



歩き目線
歩き目線 posted by (C)ルンちゃん



土方歳三さんが通った道と思うだけで

嬉しくなりますね〜

この風景を土方さんも見たのかな?

でも、こんなに人は多くなかったと思うのですけど。





大内宿は会津若松駅周辺よりも山間部にあるので、

多少気温が低いそうですよ。でもこの日の気温はかなり高かったので、

低いといっても、あまり涼しく感じませんでした。

(市街地が32℃、大内宿が30℃くらい?




ひゃっこい!!
ひゃっこい!! posted by (C)ルンちゃん



でも水は別!! これはかなり冷たいですよ。

宿場内では、こうして用水路の水でラムネを冷やしています。

ずっと手を入れていると手が痛くなるくらい。

でも気持ちいい





大内宿といえば、よく見る光景がありますよね。

あの眺めのいい場所に、誰でも行くことができます。

大内宿の一番奥、小高い山の中腹です。

でもそのためには、この階段を上っていかないと…


展望の良い場所へ
展望の良い場所へ posted by (C)ルンちゃん



かなり急ですよ。でも、普段高尾山で鍛えている足ですし、

「見たい!」という思いの方が優先していたので、

あっという間に登りました。そしてあの景色とご対面!!

「おお、これぞ大内宿!」っていう感じですね!


階段の先には…
階段の先には… posted by (C)ルンちゃん
この手前の藁葺き屋根が、昼食に入った「浅沼食堂」です^^




大内宿です^^
大内宿です^^ posted by (C)ルンちゃん




この風景をしっかり満喫して、山を下ります。

その後は昼食をいただきました。今回入ったお店は「浅沼食堂」さん。

ちょうど一望の風景を眺めた際、眼下に見たお店ですよ。



浅沼食堂
浅沼食堂 posted by (C)ルンちゃん

浅沼食堂入口
浅沼食堂入口 posted by (C)ルンちゃん

浅沼食堂さんは大内宿の一番奥、しかも高台にあるので、

お店の中から宿場が一望できるのです。

裏山から吹いてくる風がとっても涼しくて、

席によってはその風を顔に受けることができて、

すごく気持いいのです。





私は幸運にもその席だったので、

お蕎麦を待っている間、涼んでいられました




さてその蕎麦なんですけど、

大内宿には変わったお蕎麦があるのです。

う〜ん チョッと表現が違うかな。

蕎麦が違うというより、食べ方が違うといった方が

いいかもしれませんね。





お箸の替わりに長ネギ1本が付いてきて、

これを箸代わりにして蕎麦を食べるんですよ。

これが「ねぎそば」です。



大内宿名物の蕎麦
大内宿名物の蕎麦 posted by (C)ルンちゃん




基本は「高遠そば」というもので、

それは「からつゆ」と呼ばれる焼きみそと

辛味大根を合わせた汁で食べるというものだそうですよ。




でも今では、それぞれのお店で工夫され、

いろいろな味が楽しめるようです。




ちなみに「高遠そば」の名は、高遠藩に由来します。

江戸時代初期に保科家が高遠から会津に移った際に、

この蕎麦文化も会津に持ち込まれたんですね





ただ「ネギを箸代わりにして食べる」というのは、

大内宿にある「三澤屋」さんのご主人が考案されたもので、

そんなに古いものではないようです。





ネギ一本で蕎麦を食べるのは、なかなか難しいです

ネギは薬味でもあるので、少しずつかじりながら

蕎麦をいただきます。





それだけだと辛いので、イワナの塩焼きも注文しましたよ。

これが骨まで丸ごと食べられるようになっていて、

とても美味しかったです





さあ、お腹がいっぱいになったところで後半です。

ここからは会津戦争のお話。






大内宿というと、ルンちゃんなんかは

「宇都宮で負傷した土方さんが、

 今市からこの大内宿経由で会津入りした」

というくらいの認識しかなかったのですが、

この大内宿にも戦争の影響は多々あったそうです。





母成峠が破られて、会津藩が戦線を縮小せざるを得なかった時、

この大内宿が南方口の防備の拠点となりました。

そのため幾度か、この場所で新政府軍と会津藩との

攻防戦が繰り広げられたようです。

あの佐川官兵衛もゲリラ戦でやって来ているそうです。





占拠者が変わる度に、大内宿の村人達は彼らに

従わざるを得ませんでした。

時には戦火に巻き込まれそうになりますが、

なんとか村人達の力でくい止めたそうです。





こちら阿部家では、当時の大砲の弾が展示されています。

ここは当時、名主だった家です。

阿部家看板
阿部家看板 posted by (C)ルンちゃん

阿部家
阿部家 posted by (C)ルンちゃん



本陣がなかった時期に、

この阿部家が本陣として使用されたそうです。

こちらの家屋は欄間がチョッと変わっていて、

立てた矢を並べて模様にしてあるんですよ。

こんなの見たのは初めてです





阿部屋の室内
阿部屋の室内 posted by (C)ルンちゃん


こちらは、阿部家に置かれている四斤砲の弾です。

戊辰戦争時の大砲の弾
戊辰戦争時の大砲の弾 posted by (C)ルンちゃん


添え書きによれば、

大内沼(現・大内ダム)で実際に会津藩と西軍とが

戦った際に使用された大砲の弾とのことです。

敵方を「西軍」と呼ぶところが、会津らしいですよね。






他の家にも会津戦争の名残りがあるようです。

今回は資料不足と時間不足とで、

戦争関連を見学したのはこのくらいです。

帰宅してから調べてみたら他にもあるみたいでしたので、

また機会を見つけて訪れたいです。






宿場内では、それぞれのお店が

郷土にちなんだお土産を売っていますよ。

ちりめんのお人形とか印象に残っています。






また食べるものも沢山あって、

美味しそうなものを見つけて、ほおばってしまいました。

山葡萄アイス
山葡萄アイス posted by (C)ルンちゃん




大内宿内は宿場町なので、そんなに長い距離でもありません。

こういう風景に興味がないと、すぐ飽きてしまい

すぐに帰ってしまう人もあるようです。





私も最初自分は「すぐ帰る派かな?」って思いましたが、

そんなことはありませんでしたね

お店も一軒ずつ時間を掛けて見ないと、気が済まないみたいです。

ですから、また絶対に大内宿を訪れたいです

大内宿本陣
大内宿本陣 posted by (C)ルンちゃん

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会津浪漫列車

  • 2013/08/28(水) 00:52:25

会津旅行 2日目(その1)



会津旅行の2日目は、大内宿に行きました。

この日は便利な周遊券を利用しましたよ



ぐるっとカード
ぐるっとカード posted by (C)ルンちゃん



「会津ぐるっとカード」といって、

会津エリアでこのカードを提示すると、

電車・バスが自由に利用できるのです。

しかも2日間 (料金は2,600円)






また、提携しているお店やホテルで、割引や特別サービスまで受けられます。

私達もコーヒーの無料サービスや、商品の割引をしてもらいましたよ

期間限定(来年3月までらしい)のカードですけど、

今会津に行くなら、これがすごくお徳なんです



八重たん
八重たん posted by (C)ルンちゃん
マスコットキャラクター「八重たん」
会津のいたるとこで見かけます^^




さて2日目は駅近くのホテルを出発して、

9:10会津若松発の「会津田島」行きに乗ります。

実はこの電車が一風かわった電車なんですよ。

注…この列車利用の場合は、別に整理券(300円)が必要です



会津若松を出発!
会津若松を出発! posted by (C)ルンちゃん





9:10発の列車の名前は、お座トロ展望列車「花」号!!

どこが変わっているかといえば、まず先頭は

視界が開けた「展望列車」なんですね〜


展望車
展望車 posted by (C)ルンちゃん





そして2両目はトロッコ列車です。

この車両は子供達に、とても人気なんですよ。


トロッコ列車
トロッコ列車 posted by (C)ルンちゃん





そして3両目はお座敷列車♪

私達はこちらを利用しました〜

お座敷列車
お座敷列車 posted by (C)ルンちゃん




掘りごたつ式なので、足も とてもラクです。

実際に冬の期間は、ふとんをかぶせて

堀りごたつになるのだそうですよ。

冬に訪れても、面白そうですよね。





この3両編成の列車で、大内宿の最寄り駅

「湯野上温泉」駅まで行きます。

観光列車なので、見晴らしの良い場所では、

停止や徐行もしてくれます。目的地までの時間は

1時間ほどだったのですが、

もっと長く乗っていたい気分でしたよ。





「湯野上温泉」駅の手前「芦ノ牧温泉」駅では、

15分の停車がありました。


芦ノ牧温泉駅
芦ノ牧温泉駅 posted by (C)ルンちゃん



停車するとお客さん達がいっせいに、

何か目指して突き進んでいました。

せっかくなので私達も降りてみましたよ。

でも理由がわからなかったので、のんびり歩いていたところ、

駅を出たらお客さんたちが、木の下でなぜかしゃがみ込んでいる!?






何をしているのかな〜?って見てみたら、写真を撮っていました。

私も別な場所で写真を構えていたら、

ちょうど私の前をよぎってくものがありました。

すかさずシャッターをパチリ!



駅長 ばすチャン^^
駅長 ばすチャン^^ posted by (C)ルンちゃん
苦みばしった顔ですが、女の子です^^;





実はこのネコ、「芦ノ牧温泉」駅で超有名な

名誉駅長「ばす」ちゃんなんですね〜

ばすちゃんは2年ほど前から、この駅で駅長さんをやっていて、

列車内には彼女の写真も貼られています。

名誉駅長のポスター
名誉駅長のポスター posted by (C)ルンちゃん




駅内には彼女専用の家があったり、

アイドル並に、多数のグッズが販売されていたりと、

なかなかのスターぶりですよ。ですからお客さん達は

さっさと下車して、彼女に会いに向かっていたのですね〜





ちなみに「ばす」ちゃんの名前は、アニメ

「となりのトトロ」の「ネコばす」の名称から取ったのだとか。

渋い顔をしていますが、チンチラとトラ猫のミックスで

これでもれっきとした女の子だそうです。




ばすちゃん、これからも

駅長さんのお仕事 がんばって下さいね

応援してます!!





芦ノ牧温泉を出発してから20分位で

目的地「湯野上温泉」駅に到着しました!


湯野上温泉駅
湯野上温泉駅 posted by (C)ルンちゃん




この駅は日本でもめずらしい、藁葺き屋根の駅舎です。

とても風情がありますね。駅近く(ほんの30秒)には

大きめの足湯もあって、電車待ちも楽しい場所です。

もちろん私達も帰りに利用してみましたよ〜。




藁葺きの駅
藁葺きの駅 posted by (C)ルンちゃん



ここからはタクシーでも行けるのですが、

バスも出ているので、今回はバスで大内宿に向かいます。

次回はいよいよ 大内宿…


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高木時尾さんち(跡地)訪問

  • 2013/08/25(日) 23:42:34

会津旅行 1日目(その3)


はい、前回の続きです

大河ドラマ「八重の桜」放送を記念して、現在

会津若松では「大河ドラマ館」を開催中です(来年1月まで)





「新選組!」放送の時も、

東京都日野市や調布市で開催していましたが、

ドラマで使用した着物や小道具が展示されていますよ


大河ドラマ館
大河ドラマ館 posted by (C)ルンちゃん



撮影禁止の場所も多くあったのですが、

「カメラOK」の所もあったので、撮ってみました。

例えばこちら

綾瀬はるかさんのスペンサー銃
綾瀬はるかさんのスペンサー銃 posted by (C)ルンちゃん

添え書き
添え書き posted by (C)ルンちゃん




鶴ヶ城ろう城のシーンで、

綾瀬はるかさん演じる八重が撃っていた、スペンサー銃ですよ。

銃を見たとき、あの場面が浮かんできましたね。

「ならぬものは ならぬものです」(なんて





八重と中野竹子の衣装
八重と中野竹子の衣装 posted by (C)ルンちゃん




こちらもドラマをご覧になっていたら、

すぐわかりますね。そうです。手前は八重が身につけていた

亡き三郎(弟)の着ていた服(着物)です。

そして奥は、黒木メイサさん演じる中野竹子の衣装ですよ。





大河ドラマ館では他に、

八重の実家にある角場を再現した場所での銃体験や、

お城のろう城体験(っていうのか? 画像です)

などができます





沢山の資料というわけでもありませんが

この1年間だけの施設ですので、会津に来たら

話のタネに見学しておくといいと思いますよ





さて「大河ドラマ館」も見たことですし、折角ですので

山本覚馬さん、八重さんゆかりの場所へも足を運んでみましょう。

最初に行った場所は「日新館跡」です。

藩校・日新館跡碑
藩校・日新館跡碑 posted by (C)ルンちゃん



鶴ヶ城から、それほど離れていない場所に「日新館」はありました。

「日新館」は会津藩の藩校のことです。

当時「日新館」は他藩の藩校と比べてみても、

とてもレベルの高い学校でした。






藩校には、八重の兄・山本覚馬も通っていましたよ。

成績優秀だったので、江戸への遊学も許可されていますね。

帰国後は、日新館の教授にもなっています。

きっと覚馬にとっては、思い入れの深い場所だったことでしょう。






敷地だったという場所をグルリと歩いてみると、

かなり広い面積だったことがわかります。でもその藩校は

会津戦争で新政府軍が城下に責めてきたとき、

敵の手に落ちるくらいならと、藩士たち自ら火矢を放ち

日新館を焼いてしまったのです。






現在、小高く築いた天文台の跡だけが

当時の面影を知る場所となっていますが、

ここに着くまでも結構な距離がありましたね。



日新館天文台跡
日新館天文台跡 posted by (C)ルンちゃん


このアングルの写真は、よく本に載っていますよね

私もここに到着して見上げた時、「あっ、見たことある」

なんて思いました。





でも、反対側はあまり見ませんよね。

さて、どうなっているでしょうか?

天文台跡
天文台跡 posted by (C)ルンちゃん




こんな風景でした。

階段を上ってみると、かなり急なんですよね。

上りはいいけど、下りはチョッと怖かったです

でも、いい体験





天文台跡から、八重・覚馬の実家へ向かいます。

歩いてみるとわかるのですが、日新館から八重宅までは

意外と近いのです。覚馬さんはこの距離を

日新館まで通っていたんですね。



山本覚馬と八重の誕生地碑
山本覚馬と八重の誕生地碑 posted by (C)ルンちゃん



普段は閑静な住宅街なのでしょうけど、

大河ドラマの影響で、こちらへ訪れる人も多いようです。

(「近隣に迷惑かけないで下さい」の注意の看板がありました)

実際の八重達の自宅があったのは、碑よりも数十メートル

隣のようです。






最近よく山本八重と高木時尾さん(斎藤一さんの奥様)が、

幼なじみだったという話を聞きます。

お互いの家が近かったんですって。

今回こちらへ訪問して、どのくらい近いかわかりましたよ。

この看板みて下さい。



高木時尾と八重の家
高木時尾と八重の家 posted by (C)ルンちゃん
緑の枠は、ルンちゃんが付けました




ほらね、こんな感じだったんですね。

ちなみに時尾さんちのお隣りさんは、日向ゆきさんち。

ちょうど碑のある裏手の方が、時尾さんとゆきさん宅が

あった場所なので、行ってみました。





もちろん昔を偲ぶものは、何も残っていません。

でも「この辺りかな?」ってKちゃんと言いながら、

幕末に想いを寄せてみましたよ。






ひと通り見終えたので、ここから鶴ヶ城入口まで

ゆっくり戻ります。この時点で

本日2万歩以上歩いています。ですからもう

早く歩けなかったというのが事実ですが…





鶴ヶ城の北側・正面の通りには、西郷頼母邸がありました。

今は「西郷頼母邸跡の碑」が建てられています。

ここで頼母家のご家族が自刃されたのですね。

お城に入ろうと思えばすぐに入れる距離なのに、

足手まといになるまじと覚悟をされたのでした。


西郷頼母邸跡の碑
西郷頼母邸跡の碑 posted by (C)ルンちゃん




そしてそのまま北へ進むと、

会津戊辰戦争終結の地の看板
会津戊辰戦争終結の地の看板 posted by (C)ルンちゃん



1ヶ月のろう城の末、とうとう会津藩は降伏しましたが、

その降伏の式を行った場所がこちらです。

緋毛氈に乗る容保様父子のこの図は、いつ見ても

胸を打ちますね。殿の心痛お察しいたします。




会津戦争締結の地
会津戦争締結の地 posted by (C)ルンちゃん



降伏した場所からお城方面を見上げると、

しっかりお城が見えますね。切り刻んだ緋毛氈を握り締めて、

会津藩士たちは、ボロボロになったお城を見たのでしょうか?


降伏の調印の地から城を望む
降伏の調印の地から城を望む posted by (C)ルンちゃん




この日の史跡巡りは、こうしてお城を見て終わりました。

かなりハードな旅(暑さも含め)ですが、

翌日はどうなるのでしょうか?




次回に続く…


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鶴ヶ城の赤屋根拝見

  • 2013/08/24(土) 00:31:49

会津旅行 1日目(その2)



はい、前回の続きです

七日町からバスに乗り、鶴ヶ城へ。






鶴ヶ城は、今回絶対に行きたい場所のひとつでした。

それは鶴ヶ城の屋根が幕末時代と同じ

「赤屋根」になったのを見たかったからなんです。







2011年の3月。会津鶴ヶ城はそれまでの黒屋根を

すべて葺き替えて、赤屋根にしたんですね。

当時「赤屋根になる」というニュースを聞いて、

「見に行きたい!」と思ったものでした。






ところが、完成という時にあの大震災が起こってしまい、

計画停電やら諸々の理由で、私もKちゃんも

家庭や仕事に余裕が持てず、

会津旅行の機を逃してしまったのです。






そんなわけで、今度の旅が私とKちゃんの

初めての赤屋根見学となったのでした。ですから

鶴ヶ城訪問をとても楽しみにしていたのです




バスを降り、鶴ヶ城入口からお城を望みます。

 
鶴ヶ城入口
鶴ヶ城入口 posted by (C)ルンちゃん


そして鶴ヶ城と ご対面〜!


鶴ヶ城
鶴ヶ城 posted by (C)ルンちゃん



幕末当時のお城は、ボロボロになって

最終的には取り壊されてしまいましたが、

その後復元されました。

そして新たに赤屋根に葺き替えられたお城は、

やはり美しい!!





ずーっと見ていたかったのですが、

もっと近くで赤屋根を見たいとも思い、

すぐに城内に入りましたよ。階段を上って、

屋根が見える場所まで行きます。

ここからですと、赤色が一層はっきりと見えますね

赤屋根
赤屋根 posted by (C)ルンちゃん

下に見えるのは「鉄門」





展望台からの眺めもいいですね。

天寧寺(近藤勇墓所)や飯盛山(白虎隊)を望みます。

ちなみにこちらは、飯盛山


鶴ヶ城から飯盛山方面を望む
鶴ヶ城から飯盛山方面を望む posted by (C)ルンちゃん


中央のポールの向こう側の、

手前の山が飯盛山ですよ。




四方の山々の景色を満喫した後は、

お城の外側にある史跡を廻ります。

「鉄門」や「茶室 麟閣(りんかく)」

「荒城の月の碑」「御三階跡地」など。






「鉄門」はその名の通り、門や柱が鉄でできた所で

会津戦争時には容保様がいらっしゃった場所だそうです。

(鉄で頑丈だから比較的安全だ との理由で






「茶室 麟閣(りんかく)」は、千利休が秀吉の命で切腹させられる時、

弟子であった当時の会津藩主・蒲生氏郷が、利休の子・少庵を

会津に匿った際に、少庵が城内に建てたという茶室です。

戊辰戦争後、鶴ヶ城を取り壊さなければならなくなった時、

一緒に壊される運命にありましたが、薬種問屋・森川善兵衛が

それを残念に思い、自宅の庭に移築したのです。





そうして保存されていた茶室は、平成2年に

元の場所・鶴ヶ城内に移築復元され、今に至ります。

こちらではお抹茶とお菓子をいただきながら、

休憩ができますよ 私達もお茶を戴きましたが、

氷が入ったお抹茶は、冷たくて美味しかったです。




「荒城の月の碑」は以前ご紹介したあの碑です。

過去記事 ⇒ 「会津鶴ヶ城」と「荒城の月」






そして「御三階跡地」

ここに阿弥陀寺で見た、御三階があったんですね。


御三階跡地
御三階跡地 posted by (C)ルンちゃん
御三階があった元の場所



こちらが建っていた建物です
御三階
御三階 posted by (C)ルンちゃん
現在 阿弥陀寺にある御三階




今、ちょうど調査をしていて、

ここに御三階が復元されるみたいです。

私達はこの光景を知っていますよ。以前函館に行ったときも、

五稜郭内で奉行所跡地を調査しているのを見かけました。

それからまもなくでしたね。箱館奉行所が復元されたのは…






あの時と同じ。

また復元された時に、見に来たいですね





お城の周辺の高い石垣を見ながら、

二の丸方面へ向かいます。

廊下橋
廊下橋 posted by (C)ルンちゃん



廊下橋は昔、屋根付きの廊下造りだったらしいです。

だから「廊下橋」

遠くから見ると、朱塗りでとても綺麗な橋です。





二の丸の穀物蔵は今はありませんが、

山本八重が開城の前夜、笄(こうがい)で

壁に和歌を彫った場所です。今は案内看板が立っているのみです。

ちなみにその歌は

「明日の夜は 何国の誰かながむらん なれし御城に残す月かげ」





八重の歌の余韻を感じながら道を進むと、

たどり着いたのは、「大河ドラマ館」の建物の前でした。

     次回に続く…


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会津にも川床があるんです (^ー^) (2013/09/13)

会津旅行 1日目(その1)

  • 2013/08/22(木) 00:11:36

お待たせしました。

先日旅した 会津のお話をさせていただきます





会津は、私が十代の頃から訪問している場所で、

私にとってはいろいろな思い出のある

懐かしさもひとしおの土地なんです。





前回訪れたのは大河ドラマ「新選組!」放送の頃ですが、

再び訪れることができて、とっても嬉しいです。

今回は2人旅。

函館や京都も旅したKちゃんが一緒です






今回の旅では、まだ見学していない場所をメインに訪問しています。

ですから以前立ち寄ったことのある、近藤先生のお墓(天寧寺)や、

白虎隊の飯盛山へは時間の都合もあって訪問していません。

(残念でしたが…)






それでもいろいろなものを見てきましたので、

順にお話していきますね。

たぶん数回に分けてのアップになります。

写真も出来る限り載せますので、

どうぞご覧になってみて下さい






今回会津に行って最初にすごいと思ったのは、人の多さですね。

会津若松駅に着いて、まず人の多さにびっくりしましたよ。

だいぶ前に来たときは、こんな感じではありませんでしたからね。

観光シーズンということもあったのでしょうけど、

やはり大河ドラマ「八重の桜」の影響なんでしょうね。

八重役の綾瀬はるかさんのポスターが

いたるところに貼られていましたよ。






駅近くのホテルに荷物を置いて、

最初に向かったのは七日町です

ここは見るものがいろいろありますね。

1日周遊券を利用してバスに乗り、「七日町白木屋前」で下車。

最初に立ち寄ったのは、清水屋旅館跡です。

(以前にも立ち寄った場所ですが)



清水屋旅館跡
清水屋旅館跡 posted by (C)ルンちゃん



清水屋旅館跡は、その名の通り「清水屋」という宿があった所で、

会津を訪れた土方歳三が泊まったという宿でした。

ここで「枕投げつけ事件」もあったようですけどね


過去記事 ⇒ 土方歳三、会津城下入りの日






それ以前には、吉田松陰や宮部鼎蔵も

泊まったことがあるそうです。でも最近では、

「新島襄と八重が泊まった宿」としての紹介が多いですよね

明治15(1882)年7月に会津を訪れた際に

彼らが宿泊したのも、清水屋旅館だったそうですよ。 






今は看板だけなのですが、

実物があったらさぞかし感動しただろうな

なんて思います。






ここから歩いて5〜7分のところに

「山田民芸工房」があるので立ち寄りました。

以前にも紹介した「新選組の起き上がり小法師」を

製作販売しているのがこちらですよ。



山田民芸工房
山田民芸工房 posted by (C)ルンちゃん


新選組隊士の他にも、白虎隊や野口英世の小法師もあります。

「せっかく来たのだから」と新選組小法師をいくつか購入しましたが、

今では会津若松市内のいたるところで販売されているのを

後で知ることになるのでした。(以前はなかったのにね)






再び七日町通りに出て七日町駅方向に歩いていくと右手に

新選組の旗がみえてきます。

こちらが「会津新選組記念館」です。お蔵を利用して作られていますよ。



会津新選組記念館
会津新選組記念館 posted by (C)ルンちゃん



1階では古物販売(むかしや)を商っていて、

古銭や古道具などを買うことができます。

他には新選組グッズなどもありましたね。

2階には新選組や新島八重・会津関連の資料などが

展示されています。(有料:300円)







今回の大河ドラマでは、

銃器などの資料提供などもしているらしいです。

館内には「新選組隊士が使用していたらしい、はちまき」

みたいなものがありましたよ。実際のところは

どうなのでしょうね?






記念館を出て向かうのはもちろん、阿弥陀寺。

こちらには斎藤一のお墓がありますよ。

「藤田家」の名でお墓は建てられていますが、

看板があるのですぐわかります。私達も墓前に立ち、

斎藤さんと時尾さんにご挨拶いたしました。






阿弥陀寺の境内には、

戊辰戦争で亡くなった方々を埋葬した区画があります。

今は他の場所より高くなっていて、立派な門も建てられています。

でも当時は意図的に小高くしたわけではないのだそうで、

実は衝撃的な理由があったのです。






戦争で亡くなった方々を最初に葬った際には、

土を掘ってそこにご遺体を安置していました。

でもその後もご遺体は次々と運ばれ、掘った穴は遺体で埋め尽くされ、

それでもまだ運ばれ続けたため、最終的にはご遺体の上に

土をかぶせるしかなかったのだそうです。

それで小高い墳墓になったそうなんです。

そのご遺体の数は1300体にもおよんだとのことです。






墓前に立つと、

なんとなく重い空気がのしかかるように感じるのは

私の思い過ごしなのでしょうか?

感じたものを真摯に受け止め、合掌いたしました。






「藤田家」墓所近くにあるのが、御三階です。この建物は、

阿弥陀寺の本堂が焼けたとき、その代わりとして

鶴ヶ城にあったものを移築したものです。

ですからとても貴重な建物なんですよ。




御三階
御三階 posted by (C)ルンちゃん



御三階は一見すると三階建てに見えますが、

実は4階建てなのだそう。お城にあった頃は

この建物で重要会議(密議)をしていたらしいです。

どんな密談をしていたのでしょうね?






その後私達は、御三階が元あった場所、

鶴ヶ城へと足を運びます。
           
 ⇒ 会津旅行 1日目(その2)に続く

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高尾山での祝い膳

  • 2013/08/17(土) 23:14:06

高尾山での祝い膳

高尾山の健康登山が満行となったので、

お祝い膳を戴きに、高尾山に登ってきました





「満行」とは高尾山の健康登山に参加して、

登山の度にご朱印をいただきます。

それが21回になると「満行」で、

「お祝い膳」のお振舞いが戴けるのです。






友人を誘って(1人分のお金を払って)いくつもりでしたが、

「お祝い膳」は満行になった人しか戴けないとのことで、

今回は1人で体験しましたよ。





いつもの通り、ご朱印場に行き

「祝い膳を食べたい」と伝えたところ、

精進料理へ至る道を教えていただきました。





それは、いつも登る仁王門への階段を通り過ぎ

仁王門は登らず
仁王門は登らず posted by (C)ルンちゃん


階段前を通り過ぎると…
階段前を通り過ぎると… posted by (C)ルンちゃん

こんな風景が見えますが、

そのまま真っ直ぐ進んでいくと



大本坊への門
大本坊への門 posted by (C)ルンちゃん

大本坊への門が見えました。

その門の脇には、なにやら看板が…

門の脇には看板が…
門の脇には看板が… posted by (C)ルンちゃん

一瞬、入っちゃいけないのかな

と思いましたが、精進料理を食べに行くのは

良いみたいなんですね

そのまま歩いていったら、大本坊の入口に着きました。





写真を撮ろうと思っていたところ、

既に受付けの方がいらっしゃったので用件を言うと

「どうぞ」と建物内に案内されました。

(結局、写真を撮り損ねました^^;)






高尾山には何度も来ていますが、

本坊に入るのは初めてですよ

ですから、建物内は興味津々。





ツルツルピカピカの階段を上り、

沢山のお部屋を通り過ぎ、長い廊下を歩いていくと、

たどり着いたのがこちらでした。

どうやら「健康登山」専用の席らしい。


精進料理を戴くお部屋
精進料理を戴くお部屋 posted by (C)ルンちゃん




幸いにも(?)部屋には誰もいなかったので、

私ひとり、貸切状態でした

でもその分、エアコンが動いていなかったので、

しばらく暑かった〜。





お料理が来る間、しばし部屋の中を探索します。

高尾山で行われる、いろいろな行事の絵や写真を

見ることができました。




そしてお祝い膳の精進料理。

祝い膳
祝い膳 posted by (C)ルンちゃん

精進料理のお振る舞い
精進料理のお振る舞い posted by (C)ルンちゃん


白いお皿にはお清めのお酒、

ゴマ豆腐と煮物と、とうもろこしのサラダ(かな?)

それに昆布交じりのご飯と、わかめ&野菜のお味噌汁でした。

あっ、食後にお菓子の瓦せんべいもね




まあ、お振舞いの膳なので

こんなところでしょうか。

お腹がすいていたので、あっという間に食べちゃいました。

ごちそうさまでした!!





私が食べ終わる頃には、他の方もみえたので

ほっと一息したところで退室しました。

来た廊下を戻りつつ団体用のお部屋なども覗いてみましたが、

室内はけっこう広くて、チョッと迷ってしまいましたよ。

でもすぐにわかりましたけどね…






というわけで、満行のお振舞い膳も戴き、

再び満行目指して歩いています。

今度はいつになるでしょうね。

満行になるのが楽しみです





あっ、その前に。





薬王院では、本格的な精進料理も楽しめます

もちろん有料ですけど、そちらのお料理は

今回と比べ物にならないくらい、品数豊富で

食べ応えがあります。





今度は友人を誘って、

そちらも体験してみたいです


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会津に行ってきます(^0^)/

  • 2013/08/10(土) 23:41:48

明日から会津に行ってきます

と言っても数日間ですけど…





会津旅行はこれで4回目だったかしら?

寒い冬に行って、それから暑い夏に行って…それからそれから

…再び暑い夏です。しかも超ド級の暑さですね




この旅行のために、いろいろと情報を仕入れましたよ〜。

お世話になった方々もいらっしゃいますし〜





そんな数々のご協力を得て、

今回の旅も楽しんでまいります





旅のことは、もちろんブログで記事アップしていきますので、

どうぞまたご訪問の上、楽しんでくださいね。

では行ってきます

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「新選組誕生と清河八郎」展やってます

  • 2013/08/04(日) 23:23:35


今年は「新選組誕生150年」の年ですね

それを記念して、各地でイベントなども行われているようですが、

新選組のふるさと日野でも、特別展が開催されていますよ〜





日野市立新選組のふるさと歴史館

新選組誕生150年記念 巡回特別展

「新選組誕生と清河八郎」

平成25年7月13日(土)〜 9月23日(月・祝)






今回の展示は「清河八郎記念館」との共催だそうです。

新選組ができた年は、清河八郎の暗殺された年でもあります。

つまり今年が新選組誕生150年なら、

清河八郎の没後150年にもあたる年なんですよね。





「節目の年」ということで今回の展示が企画され、

10月5日(土)からは同展示が庄内(山形県)の

清河八郎記念館でも行われる「巡回特別展」となりました。



20130728



さて今回の特別展では、

「新選組誕生を清河八郎との関わりから検証する」

という趣旨で、清河八郎記念館所蔵の品が、

多数展示されていましたよ。






清河八郎に関する展示は、以前でも

この新選組のふるさと歴史館で行われたことがありますが、

その時よりも多く清河さんに関する資料が並んでいましたね。





特別展資料は通常、歴史館の2階に展示されるのですが、

今回はその階のほとんどが、清河さん関連資料でしたよ。

それでもまだ足りなくて、1階の一部にもありましたね。





展示品の中には、清河八郎が父・斎藤治兵衛に送った手紙や、

弟・熊三郎の手紙もありました。

清河さんの手紙は多数展示されていて、

彼の筆まめがわかりますね






清河さんは自叙伝も残していて、

東奔西走している様子もわかります。

彼の行動力には驚くべきものがありますね。





他にも「虎尾の会」はもちろん

「ヒュースケン暗殺」もついても述べられていましたよ。






今回の展示については、

「新選組誕生への流れ」とは言っていますが、

もうほとんどが「清河八郎」です ですから、

彼に興味のある方には、うれしい展示となっていることでしょう。





ちょうど常設展示が、新選組誕生にもなるので、

常設展示も見学すると、流れがつかめていいかもしれません。

ふるさと歴史館にまだ行ったことがない方は、

この機会に訪ねてみてはいかがでしょうか

(暑いので、訪問の際には熱中症に気をつけて)

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