昨日から、職場近くの中学生たちが
京都・奈良に
修学旅行に行っています。
新型インフルエンザの影響で、
6月だったのが延期されてやっと行くことができました。
よかったね〜
京都旅行なんていいですよね。
私も彼女たちについて行きたかったな
(それは無理^^;)
そんな私の気持を知ってか知らずか、
おみやげに「八ツ橋」を買ってきてくれるそうです
(それは嬉しい^^)
自由行動時間があるそうなので、私も彼女たちに
「八ツ橋・お漬物ほか試食めぐりコース」
を教えてあげました
そういえば
「八ツ橋」って
今でこそ京都のおみやげの定番ですけど、
新選組の人たちは食べたことがあったのでしょうか?
そもそも、幕末の時代に
「八ツ橋」ってあったのかしらね?
気になったので、チョッと調べてみたところ、
幕末にも八ツ橋があったみたいなんですよ。
八ツ橋の元祖ともいうべきお店があるんです。
それが「本家西尾」さん。
⇒
本家西尾 八ツ橋HP
1689(元禄2)年創業のお店ですよ。
つまり320年の歴史がある老舗中の老舗なんですね
当時は「八ッ橋屋梅林茶店」と呼ばれていたみたいです。
このお店は、
熊野神社と
聖護院の参拝客を迎える、
門前茶屋でありました。
最初は今の八ッ橋の原型でもある、
橋形のせんべいが誕生したそうです。
それが変化して今の形になったんですね。
ただ、いつから今の形になったのかは、
今回わからなかったので、幕末時代にすでに
今の形だったのかは不明です。
同じお店に
「白餅」というのがあって、
創業以来から、東海道を行く旅人の携帯食として
利用されていたそうですので、そちらはもしかしたら
新選組の隊士たちも食べていたかもしれませんね。
でも、どちらも「新選組が食べた」という資料は
今のところありません。
出てきたら面白いのに
(残念…)
幕末時代からあるものは、
彼らが食した可能性もあるので、ぜひ味わってみたいです
今回生徒たちが買ってくる八ツ橋は、
有名な「おた○」らしいので、
自分で京都に行ったときにでも食べてみましょう
あなたも京都に行くときに、
よかったら江戸時代からのお店の八ツ橋を
お試し下さいね〜
本家西尾八ツ橋じゃないけど、
調べたらこんなのもありましたよ
⇒
新選組のパッケージの八ツ橋
歴史ブログ 幕末・明治維新
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八ッ橋といえば、金戒光明寺にお墓のある、近世箏の創始者「八橋検校」を偲んで筝の形に作られたとも、三河の国にあった八橋を舞台にした「かきつばた」の句(伊勢物語)の橋に由来するとも言われます。
前者のスポンサーだった平藩内藤家、後に延岡藩内藤家になりますが、その支藩だったのが幕末の挙母藩内藤家。八橋のあったあたりも治めていました。
本家の藩祖が弓の名手とうたわれた「内藤家長」であったせいか、弓道にも力をいれていたのでしょう、幕末の日本一の弓の名人「安藤早太郎」を輩出しています。池田屋の怪我がもとで無くなりましたが、新撰組、微妙に八つ橋に関係がなくもない様です。
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